柔整ホットニュース

特集

これからの日本の医療と保険制度

2010/10/16

第6の選択

しかし、そのどれもうまくいきませんでした。
手術の予定日が近づいてくる中、Aさんは友達に勧められて別の整形外科医院を受診されました。そこのヒアルロン酸注射は膝蓋骨の外側から針を入れる通常の方法でなく、膝蓋腱の脇から刺入するやり方をされており、その注射を受けてから痛みが減ってきたと、Aさんはおっしゃるようになりました。
MRI画像を見ている私としては、その言葉自体が本当なのか疑問に思っていました。少なくとも、たとえ現在何らかの理由で痛みが減っていたとしても、あまり長くは続かないと予測しました。
しかしあえてそのことを告げることはせず、経過を見させていただいていましたが、手術が目前に迫ってきたところでAさんは、「やっぱり手術をキャンセルしようと思う。」と、その日に担当した施術者に伝え、私はカンファレンスでそのことを聞きました。

Aさんは新しく通い始めた整形外科医院の先生に、どうしたらいいか相談したとのことでした。
すると、その先生はこう言ったそうです。
「手術はしなくていいんじゃないか。今は良い状態なんだから、あえてすることはない。いずれまた痛くなってくることはあるかも知れないけど、そうなったらまた考えればいいじゃないか。」
そして、自分もそう思うので手術をキャンセルしようと考えているとのことでした。

 

第7の選択

一見まともな意見のようにも聞こえます。しかし本当にそうだろうか。私は何か違うと即座に感じました。カンファレンスが終わって皆が帰った後、私は自分に問いました。どうするべきなのか。

整形外科医院の先生がそうおっしゃるのだし、Aさん自身も「今は痛くないんだし、そうしようと思う。」と言うのであれば、それでいいんじゃないか。
「そうですね。」ということで、このままこの話は終わりにして、当院は当院で施術を続けていくので、別にいいんじゃないか。 そういう選択もありました。しかし、果たしてそれが本当に正しい選択なのか?

私は、自分の考えをまとめていくにあたって、“中心軸は何か”ということにまず心を向けました。
中心軸は言うまでもなくAさんの幸せである。
しかし、幸せとは人それぞれに形が違う。
いかに、その人が本当に幸せと感じることに共鳴できるか、つまり“どれだけ具体的にその人が 本当に幸せになった時の姿を想像できるか”ということが、一番重要だ。
そうでなければ、上辺だけを見て行ったアドバイスならばもちろんのこと、どんなにその人を思って考えたアドバイスであったとしても、有難迷惑以外の何物でもなくなってしまう。

 

第8の選択

そして私は今までAさんと関わってきた日々を思い起こし、Aさんの思いを次のように想像しました。

膝の痛みはとても辛い。当然なくなってほしい。
手術は怖い。でも痛みが本当に取れるなら受けたい。
このままでいっても良くなることはないということはわかっている。
仕事は絶対に失えない。そうしたら生活ができなくなってしまう。今の職場を辞めさせられたら、次にいい職場が見つかるかどうかがすごく不安だ。

そして、整形外科医院の先生の話、当院での施術経過、画像所見、B先生の臨床判断など、現在までに私が知り得た現象の分析をし、私が想像したAさんの思いを踏まえ、以下の考えをまとめました。

強い痛みが長期間続いている上、MRIで明らかな通り、画像上も変形性膝関節症の程度は重度で、現在までの症状の経過を踏まえても、ヒアルロン酸注射で改善していく可能性はほとんどゼロと言える。
このまま保存療法を続けていった場合、最終的には関節が破壊されて歩けなくなり、寝たきりとなることも予測される。
手術を行えば、痛みを根本的に取り去ることができる可能性が非常に高い。
しかし手術には合併症などのリスクが存在する。手術を受けるのであれば、Aさん自身がそれをしっかりと承知していることが必要である。
“この状況下なら手術を受けることだけが、すべての患者さんにとって唯一正しい選択だ”などという風に決めつけることはできない。たとえば、“手術は怖いから受けない”という選択があってもおかしくはない。①~④の内容をAさんがきちんと認識された上で、最終的にどうするかはAさん自身がご自分でお決めになることである。
仕事については、今の職場に復帰できれば問題はなかったが、残念ながらそれはできなかった。しかし、だからと言ってこのまま仕事を続けていても、いずれ歩けなくなって今の仕事もできなくなる日が来るのは目に見えている。整形外科医院の先生は、そうなったらその時に手術をすればいいではないかと言う。しかし、その後は仕事をしなくてもいいということなら別だが、今までのAさんのお話からして、おそらくそうでない。ということは、そこでまた再就職先を探さなくてはならなくなる。ところがその時は今より年齢が高くなっており、Aさんにとってはさらに条件が悪くなっている。整形外科医院の先生の意見は、単に問題を先送りしているだけに過ぎない。一見まともそうでも、Aさんの状況の上辺だけを見て行ったアドバイスなのではないか。レントゲンだけでMRIも見ていないし、Aさんの病歴や生活状況についても、深く考えた上で判断を下しているとは思えない。今まで散々先送りしてきたのに、またここで先送りにすれば、1年後か3年後かはわからないが、Aさんにとって、今までよりさらにつらい思いを強いられることになってしまうことが容易に予測できてしまう。
上記の事柄と、膝関節専門医であるB先生の臨床判断を踏まえて考えれば、手術が決まったこの機会に受けることが、Aさんにとっては最良の選択となる可能性が高い。