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宮城県「柔道整復学」構築学会名誉会長 医学博士 佐藤揵氏に聞く!

2014/02/16

加速する超高齢社会。近年、医療費及び介護費は増加の一途を辿り、如何に抑えるかが国家的な課題である。そして医療・介護・介護予防・住まい・生活支援サービスを一体化する地域包括ケアシステムの整備・構築が急がれている。今後、病院だけではなく如何にして自分の健康を維持増進させていくべきかが問われているのである。そういった中で活躍する医療職に柔道整復師は間違いなく含まれている。リハビリテーション医学・臨床運動学を専門とされる元帝京大学教授の佐藤揵氏は、柔整にも造詣が深い人物であり、柔道整復研修試験財団の専門委員も務められていた。その佐藤元教授に柔整学等について忌憚なく話して頂いた。

 

柔道整復の科学化、地域化、研究プロモーターの創設、 近接領域の交流等、学会・業界・教育界が揃って取組むべき!

宮城県「柔道整復学」
構築学会名誉会長
医学博士   佐藤   揵   氏

 

 

―佐藤揵元教授は帝京大学柔道整復学科の開設に関与され、また宮城県柔道整復学構築学会名誉会長も務められていらっしゃいますが、佐藤元教授がこれまで歩んでこられた経緯を教えてください。

柔整業界と関りを持つようになって19年になります。2008年4月~2013年3月迄、帝京大学医療技術学部柔道整復学科(宇都宮)の開設から5年間手伝ってきました。また1990年から現在迄赤門鍼灸柔整専門学校講師、そして1998年~2007年迄柔道整復研修試験財団のスポーツ科学講習専門委員も務めておりました。専門は、リハビリテーション医学、スポーツリハビリテーション論、心身障害学、臨床運動学です。柔整業界と関りを持つ以前は、仙台大学体育学部で26年教鞭をとっておりました。

 

―柔整業界に対する率直な感想をお聞かせください。

いまだに柔道整復の領域は、補完代替医療に入るのか入らないのかの議論があり、WHOのほうの立場からいうと立派に入る訳ですが、国内の大半の人は恐らく入らないということで見解が分れています。伝統医療と職人技を西洋医学と比較してどうとらえるかでしょう。驚くほど長い伝統があるのに、実践と科学が中々結びつかないという印象を持っています。しかし、宮城県の場合、豊嶋前会長も現在の櫻田会長も科学化に対する腰の入れ方が凄いですから、中途半端では終わらせないということです。〝なんとかしなければ〟という、ある意味危機感を抱えています。聞くところによれば、こういう気持ちといいますか、志が無い都道府県が結構あるようです。専門性の確立のために誰かがプロモーターにならないと向上しません。しかも、収入にも繋がることが必要ということになります。その役目を寧ろ宮城県がやらなければいけないだろうということで背負って立つ、前を歩いて行くということです。従ってこれをどんどん繋いで他の県の人にも入ってきて頂いて、いろんなことを見聞して学んで頂ければ良いのではないかと思っています。山形県・福島県・岩手県からも参加されています。何かあると熱心な先生達は仙台まで聴きに来てくれます。

 

―信原先生が学の構築への努力をされた以後も様々に〝学の構築を目指して〟といったタイトルを目にしますが、柔道整復業界でそういったことは統一のテーマとして共有出来ていないようにも感じられるのですが、佐藤揵元教授はそのことをどのように感じていらっしゃいますか?

もの凄い努力を重ねられて信原先生が、『柔道整復學』という分厚い論文集を出されました。凄いことをやられたと思いました。あれが1つ出来たということで形あるものになったのです。ただし、それで柔道整復学の構築が出来たかというと、そうではないだろうと。つまり、1ステップな訳です。こんなことを言うと大変な努力をされた信原先生に失礼になりますが、これからなんです。柔道整復学というのは未確立だと思っています。何故かと言うと、推測統計論が無いのです。ですから医学になっていない。独特の測定・評価・診断(判断)であり、西洋医学でのレントゲンを撮る、CTスキャンを撮る、MRIを撮る、或いは血液検査を行う等の常套手段が何所にも無い。学校でさえ出来ていないのです。しかも纏まった本が出来ていない。方法論がなかったら学問にならないのです。逆に、これからやるべき問題を、一番持っていると思っています。

柔整の方達が最も弱点とするところは、人に伝えることが出来る言語で、自分たちのやっている方法論を証明できていない点です。そういう意味では、未だスタートして間もないのでしょうか。しかしながら富山大学の講座でも努力されているようですし、これから一つ一つ創られていくことになるとは思います。

今、柔整の大学は15ありますが、昔は大学を作ることが夢だったそうで、その夢を実現した訳です。実現したけれども、15の大学が何をやっているかというと勝手にバラバラにやっているだけで、今の日本の医学・医療の進歩に間に合わない。また、学校協会というのは専門学校で構成されていて、大学は関係がない。ということは夫々の大学が勝手なことをやっているわけで、その内の幾つかが、業界唯一の柔道整復接骨医学会に参加をして発表するなどしている訳です。結論的にいうと、4年制の大学になって、専門家を養成するシステムが出来た、システムは出来たけれど、それで学問になるかというと関係ないのです。もっともこれは柔整の分野だけではありません。大学は本来、学問や研究を行って指導者を養成するという役目があった筈ですが、小泉元総理の規制緩和以降、そういうのは野放しで良いということに受け取られてしまった。柔整の科学なり学問の独立性は今は捉えられないんです。大学には指導者養成という仕事がある訳ですが、近年、本来の重要な役目が希薄になってしまいました。何故かというと、15も大学がありますから大学の教授になっている人はいっぱい居ます。我々のように柔整が専門でない人間で、学位を持っていろんな関連の専門分野を受け持ち指導されてきた方々というのはみんな柔道整復以外の人でやってきているのです。解剖学であったり生理学であったり、他の分野の人たちがやってきているのです。肝心の柔道整復を学んできた人がどれだけいるかというと数える程しかいないでしょう。柔道整復の大学で専門教育を出来ますかと問われると疑問なんですが、今は、そういう人でも准教授として招聘できます。そうしなければ学校が延命できないためにみんなを呼ぶ訳です。全部を掌握している訳ではありませんが大体は想像がつきます。大学が出来たから学問ができるかというと今は全く関係ありません。私に言わせれば器の問題ではなく人間だと思います。(東北大学の研究所の中には大きな建物の中で古い機械を使って、膨大な種類の新しい機械と同居しながら最先端の研究をしているところもあります。)専門の科が専門の職人を育てるために専門のことを指導することは当たり前だと思うのですが、今はそうではなく、大変ニーズに合わない形になっています。実は体育系もそうでしたが。昔の骨接ぎと今の柔整師は違うと思われます。

 

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