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第29回日本柔道整復接骨医学会学術大会

2021/04/16
特別講演『これからのスポーツ医療』

帝京平成大学教授・増島篤氏が特別講演を行った。座長は、帝京平成大学・樽本修和氏が務めた。

①スポーツ整形外科とオリンピック

はじめにスポーツ整形外科とオリンピックについてお話しします。私の師匠である中嶋寛之先生は、1960年に東大医学部を卒業、1980年に関東労災病院に日本で初めてスポーツ整形外科を開設し、日本のスポーツ整形外科を開拓された方です。私は1988年のソウルオリンピックから日本選手団本部ドクターとしてオリンピックに参加しました。それまでのオリンピックではオリンピックごとに選手が招集され、選手に対して健康診断を直前に行うようなシステムでした。それが1986年のソウルアジア大会から経時的なメディカルチェックをしていくことになりました。それまでのメディカルチェックは人間ドック・内科的なチェックが主でした。しかしスポーツ選手の場合はスポーツ整形外科的なメディカルチェックが必要であり、その概念を初めて提唱されたのが中嶋寛之先生です。中嶋先生は、〝スポーツ整形外科的なメディカルチェックとは、スポーツ活動をするために運動器が十分機能を果たしうるかどうかをチェックし、外傷・障害の予防に役立てることが目的である。また機能的あるいは器質的に不十分な場合には、その運動器に負担とならないような範囲あるいは負担とならないような運動内容を指示するためのチェックでもある〟と述べています。これはまさに今問題となっている高齢者のロコモチェックに通じる示唆であったと思います。

オリンピックの歴史は、1911年に嘉納治五郎先生が初代大日本体育協会の会長となり、日本オリンピック委員会を組織され、1912年に日本代表選手団が初めてオリンピックに参加しました。戦前にも東京オリンピック開催案がありましたが戦争のために中止になり、1964年に東京オリンピック開催、そして2020年にオリンピックが開かれる予定でしたが今年に延期になり、今後どうなるのか非常に悩ましい現状です。

振り返ってみますとスポーツ振興法(1961年)からスポーツ振興基本計画(2000年)、ナショナルトレセン(2008年)への流れを見ることができます。1991年に日本体育協会から日本オリンピック委員会が完全独立し、2000年シドニーオリンピックでの日本選手団の成績不振からスポーツ振興基本計画が作られました。その基本計画に基づいて2001年に国立スポーツ科学センターが発足し、2008年にナショナルトレーニングセンターも設立され、スポーツ選手のメディカルサポートのハード面での充実がめざましく行われました。復興期から変動期を経て、2008年までの改革期という流れです。1988年から2008年まで、ソウル・バルセロナ・アトランタ・アテネ・北京までオリンピックに6回参加し、変動期、改革期に現場でいろいろな仕事をさせていただきました。こういったハード面の充実が日本選手団の成績の向上に役立ったことはその実績が示す通りです。2001年からは国立スポーツ科学センターにおいて毎年オリンピック強化指定選手のメディカルチェックが実施されています。2008年にはナショナルトレーニングセンター、陸上トレーニング場、屋内テニスコート、宿泊施設などハード面の充実はすばらしいものです。そしてソフト面での充実がこれからの課題であると思っています。

 

②超高齢社会と骨粗鬆

次に非常に大事なことで、現在の日本の社会はどうなっているのかについて話を進めます。現在の日本は超高齢社会になっています。2020年10月の時点で高齢化率が28.7%で、すでに10年前から超高齢社会になっていましたが、高齢化率が30%におよぶのではないかというのが日本の現状です。2000年の日本の人口構成は、団塊の世代がまだ50代で、その子供達が20代~30代です。それが2030年には、女子は75歳、男子は50歳~65歳の人口が最も多くを占めることになります。これはどうがんばっても変えることはできません。

介護が必要になった主な原因として2016年の調査では認知症、脳血管障害、老衰などがありますが、「骨折転倒」と「関節疾患」、この運動器の障害を2つ合わせると介護が必要になる第一の原因は、運動器による障害となります。骨粗鬆症による骨折は男性よりも女性に多く、閉経後の女性に骨量の減少が急激に起こります。骨粗鬆症は女性に特有な病気と考えてよいと思います。骨粗鬆症にかかっている女性の割合は、50代で10%ですが、70代以上では2人に1人です。骨粗鬆症で問題なのは骨折で、椎体骨折、大腿骨近位部骨折、前腕遠位端骨折がよくみられる骨折です。特に生命にも関わるものが大腿骨近位部骨折であり、様々な治療法が開発されています。

大腿骨近位部骨折後に5割の方が骨折前の機能まで回復しません。あるいは25%が施設に入所され、5人に1人が1年以内に死亡というショッキングなデータも報告されています。骨粗鬆症学会のパンフレットに高齢女性の骨粗鬆症の進行について、身長がだんだん短縮し、転倒リスクが増加し、65歳で杖をつき、75歳では椎体骨折によって腰が曲がり、75歳以上は大腿骨近位部骨折という骨折ドミノが示されています。骨粗鬆症に対する骨折の予防対策として、どういうことを考えていったらよいのか。閉経後にいくら薬を使っても骨量を元に戻すことはむずかしい。むしろ20歳前に最大骨量を高めることの方が予防には大切ではないかと考えられるようになってきています。

最大骨量の40%は、思春期前後に獲得されます。この成長期のカーブを見逃してはいけない。最大骨量の獲得こそ予防対策の根本ではないか。リーバーマンという人類進化生物学者の『人体600万年史』という本に、「骨粗鬆症を現代のミスマッチ病にしている多様な要因の中でとりわけ大きいのは身体活動である。第1に骨格の大部分は20歳代の初めまでに形成されるので、若いうちとりわけ思春期に体重負荷のかかる運動をたくさんしておくと骨量の最大値が一段と大きくなる」とあります。骨量の変化を不活発と活発の2パターンに分けて考えると、活発か不活発かで骨量獲得に差が出てきます。不活発の女性が閉経後にいくら治療をしてもその最大骨量の値を超えるのはむずかしい。10代、20代での活発さによって骨量をいかに上げておくかが骨粗鬆症の予防には一番大事なことではないかと考えられています。

 

③子供の運動をスポーツ医学の立場から考える

子供の運動を骨粗鬆症の予防の観点から見て、どう考えるのかが第3の論点です。2013年から2017年度の日本臨床スポーツ医学会学術委員会整形外科部会の研究活動として、「子供の運動・スポーツに関する研究」を行いました。子供の怪我の予防、あるいはトップアスリートのメディカルサポートというところから180度転換しました。スポーツ嫌い、あるいは運動習慣のない子供達を作らないためにどうしたらスポーツ医学の立場から具体的な提言ができるかという目的で研究を進めました。

スポーツ庁が毎年行っている運動調査の2016年度の調査では、小学校5年生男子で運動好き約70%、女子で運動好き約55%が、中学2年生になると男子60%、女子45%で運動好きの比率が減ってきます。一方、やや嫌い・嫌いが5年生で男子6~9%、女子10~15%、中学2年生になると嫌い・やや嫌いが男子10%~13%、女子で20%~30%に増加します。運動やスポーツが好きは男子に多く、小学生に多い。運動やスポーツが嫌いは女子に多く中学生に多い。そして運動が好きと運動が嫌いの2極化が特に女子で大きく表れていることがスポーツ庁の調査からわかります。

運動が苦手、運動しない女子を作らないためにはどうしたらよいか。背景に運動する子と運動しない子の二極化があり、1週間の総運動時間が60分に満たない子供達は特に女子に多く、小学校5年生で12.9%。中学2年生で20%です。その対策としては保健体育授業の充実、運動部活動の工夫などが取り組みとしてあげられますが、中でも保健体育授業の充実が最も大切だと考えました。2010年、WHOでは、「健康づくりのための身体活動の推奨レベル 5~17歳」として①健康維持・増進のために、60分の中~高強度の身体活動を毎日行うこと②有酸素性の身体活動を毎日行うことに加えて、筋や骨を強化するための高強度運動を週3日組込むことを提唱しています。外国の文献からは、ジャンプ運動が骨塩量におよぼす効果として、60センチのジャンプを1日100回、週3回続けると腰椎や大腿骨頚部で骨塩量が増加していることがわかります。また女子が初経前にしっかりした運動をすることが骨量の増加に非常に関わっていることも明らかにされました。骨を強くする臨界期として初経前があげられます。リーバーマンは、「結局のところ、数万年にわたる自然選択は、たっぷり身体活動をして、たっぷりカルシウムを摂り、ビタミンDを摂り、タンパク質を摂取しないと骨格がしっかり成熟しないように仕向けてきた。しかも最近になるまで、女性は16歳くらいにならないと思春期に入らなかったから骨格を強く大きく育てる時間が何年か余計にあった」と述べています。日野林先生が調査したところ、1879年から戦前までの日本女性の初潮の年齢の推移は15歳から14歳、戦後から現在は13歳から12歳。この2年間の差が身体活動にいかに影響しているか。

2016年、日本臨床スポーツ医学会は「①超高齢社会では、運動嫌いやスポーツ嫌いの子供を作らないために運動やスポーツなど身体を動かすことが楽しい、あるいは楽しかったと感じられる子供目線の体育指導が必要である。②小学校1~3年生では基本動作や基礎体力を向上させることを目的とした授業を行う。小学校4年生~中学校1年生では身体活動時間の増加を目的に体育の授業時間数を増やし、指導内容にハイインパクトエクササイを追加する。③子供時代の運動やスポーツを生涯にわたる健康・医療戦略の入口と位置付け、小・中学生に対する学校教育ではその重要性を科学的根拠に基づいて指導する」という提言を発表しました。2018年は10年に1度の文部科学省学習指導要領の改訂期であり、その改訂に合わせて提言の小冊子を作り、スポーツ庁にも持参してアドバイスをさせていただきました。2017年告示の小学校学習指導要領解説体育編の中に〝児童が運動について生涯を通じて骨や筋肉などを丈夫にする効果が期待されることの知識を習得し、跳ぶ、はねるなどの動きで構成される運動を行うなど、運動と健康との関連について具体的な考えを持てるように配慮することが大切である〟という文言を入れていただくことができました。またオリンピックで活躍した選手が将来的にどうなるのか。1964年の東京オリンピックに参加した選手をオリンピックイヤー毎に体力測定したデータは日本にしかありません。10年前から骨密度測定も加えられた結果、70代80代になっても30代40代の男女平均値と比べて男性で90%、女性では100%の骨密度を維持しており、やはり少年少女時代のしっかりとした身体活動の証ではないかと考えます。

 

④これからのスポーツ医療

これからのスポーツ医療は、競技スポーツから健康スポーツへと変化していくと思います。〝ヒトは動く生物である。身体運動はその生命の維持、その健康の維持に不可欠なものである。人間にとって身体運動が最も重要なものであるという考えは、今までの我が国の近代医学に欠落していた部分である〟と、1964年東京オリンピックでは医事責任者として活躍され日本のスポーツ医学の父でもある黒田善雄先生は2005年に記されています。2017年3月にスポーツ庁から第二次スポーツ基本計画が発表されました。多方面にわたるスポーツの価値を高め、全ての国民に向けて分かりやすく説明を行った上でスポーツ参画人口を拡大し、他分野との連携と協力により1億総スポーツ社会の実現に取り組むことを基本方針としています。スポーツを身体運動、体を動かすという概念に置き変えるとわかりやすくなります。その中で学校体育をはじめ、子どものスポーツ機会の充実による運動習慣の確立と体力の向上ということを取り上げています。「国は保健体育の学習指導要領の改訂においてスポーツの多様な楽しみ方を社会で実践できるよう指導内容の改善を図ると共に生涯にわたって豊かなスポーツライフを実現する資質、能力の育成をはかる。」としています。2017年3月に基本計画が出され、それに基づいて学習指導要領の改訂も行われました。今後のスポーツ振興、子供の身体活動の方向性が示されたと解釈しています。

2015年ユネスコのクオリティフィジカルエデュケーション(質の高い体育教育)の中に、「運動不足が原因で毎年320万人は早死にしており、世界の死亡率の6割を占め、世界中の13歳~15歳の80%の運動量は1日60分未満、幼少時から教育を受けている子どもが身体活動に費やす時間は2・3%、運動不足は喫煙より多くの死の原因になっている」とあります。世界ではわが国よりももっと深刻な状況があると言えます。しかもこれに輪をかけてコロナ禍による運動不足があり、ポストコロナでは、人類そのものにさらに大きな影響がおよぶのではないかと非常に危惧しているところです。

最後にもう一度リーバーマンの言葉を引用します。〝過去にも未来にもあなたが持てるのはこの身体だけであり、これを楽しみ、慈しみ、保護するだけの価値はある。人間の身体の過去は適者生存によって形成されたが、あなたの未来はあなたがそれをどう使うかしだいだ。〟
医療職にあるわれわれ一人ひとりがこのことをしっかり頭に入れて運動の大切さ、体を動かすことの大切さを示していく、それが私の願いです。

 

 
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