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運動器超音波塾【第32回:股関節の観察法7】

2020/02/01
大腿筋膜張筋(Tensor fasciae latae muscle)について

大腿筋膜張筋(TFL)は、腸脛靭帯(ITB)の浅層と深層の間にある大腿の近位前外側の筋肉です。筋肉の長さには大きなばらつきがありますが、ほとんどの場合は、大腿骨の大転子の前に終わります。大腿筋膜張筋は、屈曲、外転、内旋を含むさまざまな股関節の動きで、大殿筋、中殿筋、小殿筋と連携して機能します。脛骨への腸脛靭帯の接続を介して作用し、膝の屈曲と側方回転を支援します。大腿筋膜張筋は、立っている時と歩いている時の骨盤の安定を助けるために臨床的に最も重要です。

大腿筋膜張筋は前内側線維(AM)と後外側線維(PL)の二頭に分けられ、機能的に違いがある事が指摘されています。前内側線維の主な機能としては、歩行周期の遊脚期での運動連鎖で股関節を屈曲させることです。これに対して後外側線維は、歩行の立脚期に最も活発で、股関節外転および内旋に作用することにより、片脚支持期で主要な股関節安定装置として作用することを示唆しています。ここで注目すべきなのは、大殿筋の上部線維束もこの歩行周期で活動しています。後外側線維には大殿筋の上部線維束からくる腱に結合する線維があることを考えると、後外側線維と大殿筋の上部線維束が相乗的に作用して立脚期の骨盤の安定性を制御していると示唆されるわけです。*10

大腿筋膜張筋はサイズも小さいので、多数の筋肉グループと連携して、股関節と膝の両方の動きと安定化を支援します。機能の特徴としては先にも書いた通り、中殿筋および小殿筋と連携して股関節を内旋、外転させ、腸脛靭帯を介して大殿筋とも連携して股関節を外転、股関節の屈曲における大腿直筋も支援しています。

 

臨床的に考えれば、大腿筋膜張筋の主な機能は歩行を支援することです。大腿筋膜張筋は、重量を支える側で腸骨を下に引っ張り、反対側の股関節を上昇させることでこれを行います。つまり、体重を支えないヒップ側の上昇により、歩行の遊脚期に足が地面にぶつかることなく運ぶことができるというわけです。

 

大腿筋膜張筋の筋肉はほとんど大転子の前で終わると書きましたが、意外にも障害のある患者さんの約3分の1は、大転子まで遠位に伸びることがあるとの話があります。整形外科で大腿骨近位部への側方アプローチを行う場合、大腿筋膜張筋の内側筋膜の外側縁をつまみ上げ、筋腹を外側へよけるように分割する必要があるため、これは臨床的に重要とされています。*11

股関節周囲はなかなか複雑で、この構造があってこそのヒトとも言えるわけです。

*10 Paré EB, Stern JT, Schwartz JM: Functional differentiation within the tensor fasciae latae. J Bone Joint Surg Am, 1981, 63: 1457–1471

*11 Amy P. Trammell; Holly Pilson..StatPearls[Internet]. Anatomy, Bony Pelvis and Lower Limb, Tensor Fasciae Latae Muscle. December 8, 2018

 

股関節外側の超音波観察法 大腿筋膜張筋

前回の中殿筋、小殿筋の観察から続き、今回は大腿筋膜張筋を観察していきます。この観察の場合にも、視診・触診・問診をしっかり行った上でアプローチすることが重要となります。

この場合の観察肢位は側臥位として、下方に位置する反対の脚は股関節屈曲位、膝関節屈曲位で観察します。観察する上方の脚は、股関節を軽度伸展位、内転位、外旋位で、膝関節を伸展位で行います。下方の股関節を屈曲させることで、なるべく骨盤の前傾を防ぎ代償運動が行われないようにするのがポイントとなります。*12

上前腸骨棘ASISと大転子を触診して、長軸にプローブを当て、大腿筋膜張筋の筋線維の方向に微調整していきます。線維の状態が調整できたら、股関節を外転・内転させてその動きを観察していきます。大腿筋膜張筋の線維角が変化していく様子を観察していくと、筋肉の緊張の様子も画像から理解できます。

構造の位置関係に迷う場合は、あらかじめ前回の大転子短軸の観察から始めると、小殿筋や中殿筋の位置関係が理解しやすくなります。

股関節外側の超音波観察法 大腿筋膜張筋の観察肢位の注意点

図 股関節外側の超音波観察法
大腿筋膜張筋の観察肢位の注意点

下方の股関節を屈曲させることで、骨盤の前傾を防ぎ代償運動が行われないようにするのがポイントです。

 

前回も触れたとおり、大腿筋膜張筋は、knee-outされた時に、外側広筋と共に制動を掛けて安定化を図ります。また、大腿筋膜張筋は両脚立ち、外側広筋は片脚立ちの場合knee-in で活動が増大し、片脚立ちと両脚立ちでは活動が増大する筋が異なるという話もあり、着目すべき点です。*13

従ってこの観察時でも、膝蓋骨や爪先の方向、或いは観察肢位による変化にも注意をして観察します。股関節を内外旋してみるなども行って、下腿全体の動きをしっかりと意識しながら観察することが大切です。
大腿筋膜張筋が緊張すると、それに連なる腸脛靭帯が張ってきます。大腿筋膜張筋が緊張する主な理由を見ていくと、

  • 膝がknee-inすることで、大腿筋膜張筋が引き伸ばされて緊張してくる
  • 中殿筋や腸腰筋の筋力が低下すると、大腿筋膜張筋が代償することで緊張してくる
  • 偏平足のように、足部の縦アーチが崩れることによりknee-inが誘発される場合
  • 長内転筋および大内転筋等の短縮によりknee-inが誘発される場合
  • 臀筋群の筋力低下や緊張により、ランニングなどの動作時に骨盤がうまく回旋できなくなり、本来前傾している骨盤が後傾することで、股関節が外旋してknee-in toe-outになる

等が挙げられています。大腿筋膜張筋の過緊張を取ると共に、その原因となる部位にも観察の眼を向けることが重要となるわけです。

股関節外側の超音波観察法 大腿筋膜張筋と中殿筋、小殿筋、腸脛靭帯

図 股関節外側の超音波観察法
大腿筋膜張筋と中殿筋、小殿筋、腸脛靭帯

 

大転子とその周囲の滑液包にも注意をしながら観察をしていきます。ゆっくりと外転・内転させると、中殿筋と小殿筋の間の脂肪とおもわれる部分が流動する様子が観察されます。この位置は上殿神経の前肢と上殿動静脈が横切っている位置で、目印として有効です。そして、ここでも関節運動に伴う脂肪の移動が起こっている可能性があると、示唆されます。やはり、「関節周囲の脂肪組織は運動器としての役割を持つ」という思いが、より強くなりました。股関節の動きに伴い、神経の位置関係も微妙に動いているように観察され、そう考えると、その動きを助けている脂肪は重要な運動器だ、と思います。

 

それでは、動画です。大転子外側で腸脛靭帯を短軸に描出し、股関節を内外旋動作させながら観察をします。

動画 大転子外側での短軸画像
股関節を内外旋動作させて腸脛靭帯の観察

股関節を内外旋動作させながら、大転子の前外側面で腸脛靭帯を観察すると、中殿筋や小殿筋が付着する大転子の回転運動に伴って、滑液包がひしゃげたり、腸脛靭帯が持ち上げられ、或いは少し撓んだりする様子が観察されます。これは私の股関節で、ややごつごつと成長した骨棘様の突起が腸脛靭帯に影響しているのも解ります。触診してコキコキと音が感じられる弾発股の場合、このポジションでの観察を試してみて下さい。

 

腸脛靭帯ITBについて思うところ

腸脛靭帯ITBについて、あれこれ文献を当たっていると、ある疑問が生まれてきます。

Netterの解剖アトラスによると、大腿筋膜FLは、腰部と大腿の筋肉を被覆するストッキングのような構造の最上部の部分であり、腱から移行する領域で顕著に厚く、強くなると書かれています。太ももの上部と外側が最も厚く、大殿筋からの線維性拡張と大腿筋膜張筋からの付着を受けます。ITBまたはITTと呼ばれるこの大腿筋膜FLの肥厚領域は、外側大腿全体に沿って遠位に伸び、脛骨前外側部のGerdy結節遠位に付着する筋組織の縦方向に顕著なバンドと説明されています。*14つまり腸脛靭帯ITBは、解剖学的に独立した構造ではなく、大腿筋膜FLの外側の一部の少し厚みを増した部位に過ぎないということです。はたとそこで疑問が生まれたわけです。

先にも書いた通り、腸脛靭帯ITBは密な膜様組織のため、収縮はしません。つまり関連する筋肉と相互の関係にあり、硬さなどの変化は他動的な結果で、あくまでも二次的な現象にすぎないということです。筋肉の硬結は腸脛靭帯ITBを介した効果を低下させ、炎症がおこれば腸脛靭帯が癒着して筋肉の動作にも影響を及ぼします。腸脛靭帯短縮テストのOberテストにしても、林先生の書かれているとおり*12、大腿筋膜張筋の短縮(伸張性)の評価であるのだと。

今までそれらの疾患や障害の多くは、腸脛靭帯ITBの硬さが原因で引き起こされると漠然と思うところがありました。が、臨床的に捉える場合には、腸脛靭帯ITBよりもっと近位の股関節筋肉群や関節包の状態によって引き起こされると、明確に立ち位置を変える必要があるわけで、今回はそこからもう一度考えようと思ったわけです。機能としては二足歩行での骨盤の安定性や歩行時の弾性エネルギーに関与する仕組みではありますが、あくまでも疾患の主な原因ではないというわけです。何となく、解剖図の白く強調された腸脛靭帯ITBに見慣れてしまうと、それが主役と思い込んでしまい、最初にご献体で見せて頂いた時の不思議な印象が描きかえられてしまっていたようです。身に着けたことも、時々、考え直す必要があると、深く反省です。

 

もしかすると未来人は、宇宙に生活圏を拡げて腸脛靭帯が退化しているのかなんて空想もしたりして、おやおや、最後にきて脱線です。

 

*12 林典雄 運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹 メジカルビュー社

*13 野村 瞬他. knee-in,neutral,knee-out肢位の違いによる膝関節周囲筋の筋活動パターン変化. Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)

*14 Netter FH. Atlas of human anatomy. 5th ed. Philadelphia, Pa: Saunders, 2010.

 

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

腸脛靭帯の近位部の構成線維は線維の走行の違いにより浅層と深層の2層の線維束に分けられる
浅層の線維束は主に大殿筋表層の腱膜から腸脛靭帯(Iliotibial band : ITB)主部線維となり、カプラン線維(Kaplan fiber : KF)を介して大腿骨遠位骨幹端へ付着している
カプラン線維は外側から内側の方向に走行して、近位と遠位に分かれており(Proximal and distal Kaplan fibers : PKF and DKF)、外側上膝動脈の枝に近接している
深層の線維束は大殿筋の4筋束(上・中・下・最下部)のうちの最下部を除く3筋束からと、中殿筋の表層筋束ならびに同筋膜から、大腿筋膜張筋表層・深層部からの3 線維束が大転子の前後から立体交差して集束し大腿骨に付着、さらに一部の線維束は各線維側の合一後、腸脛靭帯の主幹を形成し、外側広筋表層や外側筋間中隔と密接に関わりながら、膝外側部に向かう
腸脛靭帯の起始を考える場合には、大殿筋、中殿筋、大腿筋膜張筋の3つの筋肉に着目すべきこと、更に、外側広筋表層と外側筋間中隔との関係も考慮すべきである
腸脛靭帯は靭帯と記載されるが、海外ではITBやITTと記されband或いはtractと捉えており、密な膜様組織のため、収縮はしない
放射線科医のMRIの書籍では、外側股関節痛の要因としての大腿の深筋膜である大腿筋膜(fascia lata : FL)に影響するのは、腸脛靭帯、大腿筋膜張筋、中殿筋を覆う殿筋筋膜(gluteal aponeurotic : GA)などで、着目すべき部位であるとされている
腸脛靭帯(ITB)は、大腿の筋膜(FL)に由来する人間の下肢のユニークな構造であり、他の類人猿には存在しない
人間のITBに連結する筋肉は、チンパンジーFL(チンパンジー大腿筋膜)に連結する筋肉よりもかなり大きな力を伝達する可能性がある
大腿筋膜張筋は、屈曲、外転、内旋を含むさまざまな股関節の動きで、大殿筋、中殿筋、小殿筋と連携して機能する
大腿筋膜張筋は、立っている時と歩いている時の骨盤の安定を助けるために臨床的に最も重要な組織である
大腿筋膜張筋は前内側線維(AM)と後外側線維(PL)の二頭に分けられ、機能的に違いがある
前内側線維の主な機能は、歩行周期の遊脚期での運動連鎖で股関節を屈曲させることで、後外側線維は、歩行の立脚期に最も活発で、股関節外転および内旋に作用することにより、片脚支持期で主要な股関節安定装置として作用する
後外側線維と大殿筋の上部線維束が相乗的に作用して、立脚期の骨盤の安定性を制御している
大腿筋膜張筋は、重量を支える側で腸骨を下に引っ張り、反対側の股関節を上昇させ、これにより歩行の遊脚期に足が地面にぶつかることなく運ぶことができる
大腿筋膜張筋の観察肢位は側臥位として、下方に位置する反対の脚は股関節屈曲位、膝関節屈曲位で、観察する上方の脚は、股関節を軽度伸展位、内転位、外旋位で、膝関節を伸展位で行う
下方の股関節を屈曲させるのは、なるべく骨盤の前傾を防ぎ代償運動が行われないようにするためである
大腿筋膜張筋の観察は、上前腸骨棘ASISを触診して、大転子の方向を参考にして長軸にプローブを当て、筋線維の方向に微調整する
股関節を外転・内転させて大腿筋膜張筋の線維角が変化していく様子を観察していくと、筋肉の緊張の様子も画像から理解できる
構造の位置関係に迷う場合は、あらかじめ大転子短軸の観察から始めると、小殿筋や中殿筋の位置関係が理解しやすくなる
大腿筋膜張筋が緊張する主な理由は、中殿筋や腸腰筋の筋力低下や偏平足、長内転筋および大内転筋等の短縮、臀筋群の筋力低下や緊張による骨盤の後傾などでknee-inが誘発されることにある
中殿筋と小殿筋の間の脂肪とおもわれる部分が流動する様子が観察され、この位置は上殿神経の前肢と上殿動静脈が横切っていることから、目印としても有効である
股関節を内外旋動作させながら大転子の前外側面で腸脛靭帯を観察すると、中殿筋や小殿筋が付着する大転子の回転運動に伴って、滑液包がひしゃげたり、腸脛靭帯が持ち上げられ、或いは少し撓んだりする様子が観察される
腸脛靭帯ITBの硬さが障害や疾患の原因と捉えるのではなく、腸脛靭帯ITBよりもっと近位の股関節筋肉群や関節包の状態によって引き起こされること、更にそれらの原因を考えることが重要

 

次回は、「下肢編 股関節の観察法について 8」として、後方走査について考えてみたいと思います。

 

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情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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