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運動器超音波塾【第32回:股関節の観察法7】

2020/02/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第三十二回 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の巻
―下肢編 股関節の観察法について 7 ―

振替休日を取った日に近所の映画館へ家内と行って、リバイバル上映されていた「ブレードランナー」(厳密にはファイナル・カット版のリバイバル上映)を観てきました。平日の午後という事もあって、人影も疎らな貸し切り状態の館内で、ポップコーン片手に至福の時を過ごすことができました。開始前の徐々に暗くなっていく館内には、いやがおうにも胸が高鳴って、白髪交じりのおじさんも、その辺りはいつまでも子供のままです。右から左から交錯する音の波や、お腹に響く極低音の振動など、映画館ならではの醍醐味を堪能しています。家族は全員映画が大好きで、普段もケーブルテレビや、最近はNetflixも利用して、あれやこれやと映画三昧です。それでも月に何回か、映画館の大画面で楽しみたくなって、せっせと足繁く通うことになります。もちろん夫婦割りを活用させて頂くと、お安く観られる事も忘れてはなりません。

「ブレードランナー」は2019年11月のロサンゼルスを舞台とした映画で、まさに今、この時の物語という設定となっています。(初期劇場公開版は1982年に上映された38年前の作品)

監督のリドリー・スコットと、先日亡くなられた工業デザイナーのシド・ミードが創り上げたその世界観は、未来的で退廃的でカオスな映像美で、そのデザインセンスは群を抜いています。また、ヴァンゲリスのシンセサイザー音楽とも見事に融合しており、何十回も観ているはずなのに、時々急にその世界観に浸りたくなる、私にとっては、そういう作品です。

ざっくりストーリーを説明すると、遺伝子工学により創り出された「レプリカント」が人間の代わりに宇宙開拓の最前線で過酷な労働を強いられる世界で、反乱を起こし地球に逃亡してきたレプリカントと、彼らを処刑する任を負った専任捜査官「ブレードランナー」が対峙する物語です。人造人間を意味する「レプリカント」という言葉は、クローン技術の「レプリケーション(Replication複製)」という用語からの造語とのことで、このレプリカントの寿命は4年とされています。レプリカントは写真をとても大切にしており、生まれ育った環境、家族や友人との想い出、育てられ、学び、愛されてきたそれらの記憶と証拠としての写真が、自己の存在理由として描かれています。それが、創造主が植え付けた、作り出された記憶であっても、です。
考えてみれば、それは人間も全く同じで、我々もそれらの記憶や想い出の品を愛で、自己を確認しているわけです。レプリカントはその短い寿命を延ばしてくれるよう創造主の博士に懇願しますが、博士からは「様々な方法を試みたが不可能だった」と、告げられます。

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』と言うゴーキャンの絵の言葉ように、この映画ではまさにそれらのテーマがポエティックな祈りとして描かれていると思う訳です。

police spinner

図 おもわず衝動買いした劇中に出てくる空飛ぶ警察車両のミニカー police spinner

リドリー・スコット監督が創造した近未来のロサンゼルス・ダウンタウンは、東京・新宿歌舞伎町にインスパイアされたと言われています。酸性雨が降るロサンゼルスの暗い空を飛ぶ夢の車は現実の物とはなっていませんが、やがてドローン技術でそれに近い乗り物が実現する日が来るかもしれません。

好きな物の話になると止まらなくなってしまう癖は、この年になっても変わらないようです。但し、女性と映画に行く場合は、麗しき女優をひたすら褒めるのは禁忌ですぞ。

 

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「股関節の観察法7」として、外側走査について考えてみたいと思います。股関節の観察法は下肢の重要な起点となりますので、今回も適当に道草を食いながら、丁寧に話を進めていこうと思います。

 

腸脛靭帯の解剖

「腸脛靭帯とは大腿四頭筋の外側に位置し、大腿筋膜張筋と大殿筋の付着部から. 脛骨近位前面の Gerdy 結節に停止する筋膜様組織である」というのが、一般的な概念となっていると思いますが、大分大学の解剖学教室やピッツバーグ大学医療センターの調査によるともう少し深い話があるようです。

 

腸脛靭帯の近位部の構成線維は線維の走行の違いにより浅層と深層の2層の線維束に分けられるとしています。
浅層の線維束は主に大殿筋表層の腱膜から腸脛靭帯(Iliotibial band : ITB)主部線維となり、カプラン線維(Kaplan fiber : KF)を介して大腿骨遠位骨幹端へ付着しています。この付着部周囲では、外側の腓腹筋と大腿二頭筋からの筋膜に続いた膝前外側靭帯(anterolateral ligament : ALL)によって強化されているとされています。*1膝前外側靭帯は海外の論文では97%に認めたとする論文*2がある一方、日本人では13%とする報告*3と、37.2%とする報告*4があります。

また、カプラン線維は外側から内側の方向に走行して、近位と遠位に分かれており(Proximal and distal Kaplan fibers : PKF and DKF)、外側上膝動脈の枝に近接しているというのは興味深い所です。このあたりのことは、膝関節編でもう一度調べてみようと思います。

深層の線維束は大殿筋の4筋束(上・中・下・最下部)のうちの最下部を除く3筋束からと、中殿筋の表層筋束ならびに同筋膜から、大腿筋膜張筋表層・深層部からの3 線維束が大転子の前後から立体交差して集束し、大腿骨に付着するとしています。さらに一部の線維束は各線維側の合一後、腸脛靭帯の主幹を形成し、外側広筋表層や外側筋間中隔と密接に関わりながら、膝外側部に向かうとされています。*5大殿筋の筋束は、その浅側2/3は腸脛靭帯に停止しているということで、腸脛靭帯の起始を考える場合には、大殿筋、中殿筋、大腿筋膜張筋の3つの筋肉に着目すべきこと、更に、外側広筋表層と外側筋間中隔との関係も考慮すべきであるのが解ります。

また、腸脛靭帯は靭帯と記載されますが、海外ではITBやITTと記されband(帯)或いはtract(束)と捉えています。密な膜様組織のため、収縮はしません。つまり関連する筋肉と相互の関係にある訳です。腸脛靭帯の癒着は筋肉の動作に影響し、筋肉の硬結は腸脛靭帯を介した効果を低下させるわけです。

*1 Herbst E, Albers M, Burnham JM, et al. The anterolateral complex of the knee: a pictorial essay. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2017;25(4):1009–1014.

*2 Steven C,Evie V,Michael M et al(2013)Anatomy of the anterolateral ligament of the knee.J Anat.223(4),321-328.

*3 勝木 員子他. 日本人における膝前外側靭帯について. 了徳寺大学研究紀要 (9), 159-164, 2015.

*4 25.J. Watanabe, D. Suzuki, S. Mizoguchi, S. Yoshida, and M. Fujimiya, “The anterolateral ligament in a Japanese population: study on prevalence and morphology,” Journal of Orthopaedic Science, vol. 21, no. 5, pp. 647–651, 2016.

*5 三浦真弘,影山幾男,紀瑞成,加藤征治腸脛靱帯の構成線維とその機能解剖学的意義について.臨床解剖研究会記録6:6~7, 2006

 

 

股関節外側の筋肉の解剖

図 股関節外側の筋肉の解剖

 

股関節外側の腸脛靭帯の起始部の解剖

図 股関節外側の腸脛靭帯の起始部の解剖

左図は放射線科医のMRIの書籍を参考に作画していますが*6、大腿筋膜張筋の起始部を大きく描いています。中殿筋の付着部については、もう少し前方にも領域があるとの認識(右図)もありますので、その辺りはどのように考えられているのか、今しばらく継続して調べて行こうと思います。

参考にさせて頂いた書籍では、外側股関節痛の要因としての大腿の深筋膜である大腿筋膜(fascia lata : FL)に影響するのは、腸脛靭帯、大腿筋膜張筋、中殿筋を覆う殿筋筋膜(gluteal aponeurotic : GA)などで、やはり、着目すべき部位であると書かれていました。*6

浅層の腸脛靭帯をめくった解剖

図 浅層の腸脛靭帯をめくった解剖

浅層の腸脛靭帯(sITB)の深部には、カプラン線維(KF)を介した大腿骨遠位骨幹端へのしっかりした付着があります。*7この遠位カプラン線維の近くには外側上膝動脈の枝があり、腸脛靭帯炎などの症状がある場合、なにがしかの変化が観られるのか、観られないのか、とても興味があります。

前外側靭帯(ALL)は、比較的新しい解剖知見として着目に値します。詳しくは膝関節の考察の時に触れたいと思います。

*6 Huang BK, Campos JC, Michael Peschka PG, Pretterklieber ML, Skaf AY, et al. (2013) Injury of the gluteal aponeurotic fascia and proximal iliotibial band: anatomy, pathologic conditions, and MR imaging. Radiographics 33(5): 1437-1452.

*7 J.A. Godin, J. Chahla, G. Moatshe, et al.A comprehensive reanalysis of the distal iliotibial band: Quantitative anatomy, radiographic markers, and biomechanical properties Am J Sports Med (2017)

 

腸脛靭帯は他の類人猿には無い

人体の運動器の構造を解剖学的に捉える場合、他の動物と比較して、進化の過程において4足歩行から2足歩行に移行したことを前提に考えていくと、解りやすくなります。腸脛靭帯(ITB)は、大腿の筋膜(FL)に由来する人間の下肢のユニークな構造であり、他の類人猿には存在しません。それ故、ほぼ確実にヒト族で独立して進化しました。4足動物の類人猿とは異なり、2足歩行のヒト族は、小さなサポート領域で体の重心を安定させなければなりません。したがって、外転モーメント容量を増やすための選択が、歩行中に前額面の骨盤を安定させるのに役立つように、ITB、または他の構造に作用した可能性が指摘されています。*8

ITBは他の類人猿には存在しないことから、「歩行時の弾性エネルギーを保存するのか」と言うテーマで、チンパンジーとの比較検討がありました。*9人間のITBに連結する筋肉は、チンパンジーFL(チンパンジー大腿筋膜)に連結する筋肉よりもかなり大きな力を伝達する可能性があるとして、これらの筋肉のサイズも増加するとしています。

大殿筋と大腿筋膜張筋による腸脛靭帯の筋骨格モデル

図 大殿筋と大腿筋膜張筋による腸脛靭帯の筋骨格モデル

 

「大殿筋と大腿筋膜張筋によって生成された力が腸脛靭帯を引き伸ばし、弾性エネルギーを保存するか」をテーマとした筋骨格モデルによる実験より。*9
ヒトとチンパンジーのモデルを比較すると、チンパンジーは股関節を屈曲したナックルウォーキングの方が、骨盤が安定するのが解ります。

*8 Kaplan, E. B.. The iliotibial tract: clinical and morphological significance. J. Bone Joint Surg. Am. 40, 817-832. (1958)

*9 Eng CM, Arnold AS, Biewener AA, Lieberman DE. The human iliotibial band is specialized for elastic energy storage compared with the chimp fascia lata. J Exp Biol. 2015 Aug;218(Pt 15):2382-93.

 

 
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