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運動器超音波塾【第29回:股関節の観察法4】

2019/08/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第二十九回 「空を自由に飛びたいな」の巻
―下肢編 股関節の観察法について 4 ―

竹とんぼが好きで、幼い頃、父親に肥後守(簡易折りたたみ式刃物)で竹を削って作ってもらって、庭先で弟と遊んだ記憶があります。竹とんぼが自分の手から離れて上昇していくのを見ると、わくわくして空に描き出された軌跡を追いかけて行きました。ナイフを使えるようになったのも自分で竹とんぼを作るようになってからで、その後も凧を作ったり、バルサ材を使ってハンドランチグライダーを作ったりと、お陰様で鉛筆も上手に削れるようになりました。最初に空への憧れを強烈に感じたのは、紙飛行機からではなく、むしろ、この浮遊感のある竹とんぼからだったように思います。

竹とんぼの起源を調べてみると、それはかなり古いようです。Wikipediaによれば日本と中国の伝統的な飛翔玩具として、奈良時代の長屋王の屋敷後から類似の木製品が出土しているほか、中国でも紀元300年ごろの東晋時代に葛洪(かつこう)が著した神仙術(仙人になるための養生術、練丹術、方術など)に関する諸説を集大成した文献、『抱朴子』(ほうぼくし)に「飛車」という名前で出てくると書かれています。*0

同じような回転翼で考えるとブーメランもそういうことで、小学生ぐらいの頃にはプラスチック製のペナペナしたブーメランがずいぶん流行って、広場で遊んでいました。こちらもアフリカやヨーロッパの岩絵や遺跡に描かれているとのことで、人類は早くから空を飛ぶ道具を考案していたようです。

 

2008年3月に「宇宙の無重力下でも地球上と同様にブーメランは手元に戻ってくるのか」というエキサイティングな実証実験が行われ、土井隆雄宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで3枚羽のブーメランを飛ばしました。土井さんの投げたブーメランは見事に手元に戻ってきたので、大興奮でした。ブーメランの飛行原理は微小重力環境下にあまり影響されないのかとも思い、無重力下の飛行原理に一石を投じることになるのかとゾクゾクしていましたが、一方で飛行距離が短いことで微小重力環境下の影響を受けなかったのではないかという話もありました。2018年2月の金井宣茂宇宙飛行士の直角型のブーメランは、前方へわずかに上昇しながら進むだけでした。ブーメランは空気抵抗と重力によってカーブするとされていますが、もしかすると重力は最小限の影響力なのか、やはりこの件はもう少し検証が必要なようです。

これらの飛行道具を人類が考案できたのは、植物の種子が風に運ばれていくのを観察していたからだという説があります。日本では日常的に庭先や公園などで観ることができる楓(カエデ)は、紅葉が終わって葉が散り始めると、枝のあちこちに羽根のようなものをぶら下げている姿を見かけます。これは楓(カエデ)の種子で、二枚のとんぼの羽を合わせたような格好をしています。枝から離れて回転しながら踊るように落ちてゆく様は、いつ見ても見飽きることがありません。拾った種子を真上に飛ばして、よく遊んだのも覚えています。この、回転しながら落ちる二枚の羽根のような構造は、風に乗るとかなり遠くに落ちてゆくことができるわけで、子孫を広範囲に残そうとする植物の知恵と言われています。  
楓(カエデ)に限らず、タンポポの落下傘のような浮遊感のある種や、菫(スミレ、マンジュリカ)や酢漿草(カタバミ、片喰)、鳳仙花(ホウセンカ)のように弾けて種を飛ばす植物など、自らの生息域を広げるための競争も大変そうです。

ドラえもんの秘密道具で有名なタケコプターがありますが、揚力を発生させて飛ぶ原理からいつしか反重力場を発生させて飛ぶ原理に設定が変えられていたのは少し残念です。いづれにしても人類は、自らの想像力の中から新しい技術や道具を獲得してきたわけで、そのうちタケコプター的な移動手段を編み出す日が来るかもしれません。今のスマホなんて通話から情報端末、カメラやビデオ、お財布としての機能まであるわけですから、それを考えると未来の移動手段がどうなるのかも楽しみです。ただしそれを利用しているのが人類でなく、生息域を広げたAIだったらどうしましょう。

ダンクルオステウス 興味のある人は国立科学博物館に行ってみて

図 ヒューマノイドロボット
地元つくばの産総研で開発された、HRP-4C未夢(ミーム)。
身長158㎝、体重46㎏という日本人女性の平均的な体型を目標に作成された。人間の音声を認識し、応答動作もできる。また、自然な歌声や顔の表情で踊り、瞬きまで行う。バッテリーが切れると瞼を閉じて寝てしまうその姿は、まるで『鉄腕アトム』や『銃夢』の世界。

 

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「股関節の観察法4」として、ひきつづき前方走査について考えてみたいと思います。股関節の観察法は下肢の重要な起点となりますので、今回も適当に道草を食いながら、丁寧に話を進めていこうと思います。

 

成長期の骨盤周囲の裂離骨折

プロスポーツ選手に限らず、外傷性やoveruseによる股関節損傷は思った以上に頻繁に発生しています。股関節は、その複雑な軟部組織の解剖学的構造や、傷害が起こり得る場所が広範囲であることによって、それらの評価を難しくしています。従って、しっかりと身体所見を取った上で触診による位置決めをして、超音波での観察を心掛けることが大切です。

青年期の運動選手で成長期の軟骨がまだ閉鎖していない場合、骨盤周囲の裂離骨折に注意を要します。典型的な骨盤周囲の裂離骨折は、突然の強い筋収縮が働くことで起こります。日本整形外科スポーツ医学会の資料によると、上前腸骨棘(ASIS)はスタートダッシュなどによる縫工筋により、下前腸骨棘(AIIS)はキック動作などで大腿直筋、坐骨結節(ischial tuberosity)は全力疾走や跳躍などでハムストリングの、それぞれ急激な収縮によると解説しています。

骨盤周囲の典型的な剥離骨折

図 骨盤周囲の典型的な剥離骨折

「上前腸骨棘(ASIS)はスタートダッシュなどによる縫工筋、下前腸骨棘(AIIS)はキック動作などで大腿直筋、坐骨結節(ischial tuberosity)は全力疾走や跳躍などでハムストリングの急激な収縮による」*1

*1 日本整形外科スポーツ医学会の資料 スポーツ損傷シリーズ22

 

海外の論文を見てみると、骨盤周囲の裂離骨折、合計596人の患者を対象とした14件の研究を精査した所、平均患者年齢は14.3±0.6歳であり、そして患者の75.5%は男性であったと書かれています。影響を受けた部位としては、下前腸骨棘AIIS(33.2%)、坐骨結節 IT(29.7%)、上前腸骨棘ASIS(27.9%)、腸骨稜 IC(6.7%)、小転子 LT(1.8%)、恥骨結合の上縁 SCPS(1.2%)との内容で、ほとんどの患者は保存的治療を受けたとされています。

また、特に15 mm以上の骨片の変位と高い機能要求を有する患者の場合には、外科的治療が考慮されるべきであるとしています。*2 成長期に骨盤やお尻の痛みを訴える場合には、これらの骨端線部や成長軟骨の観察が必須となるわけで、相対頻度と共に知っておく良いと思います。

青年期の骨盤周囲の裂離骨折の部位と相対頻度

図 青年期の骨盤周囲の裂離骨折の部位と相対頻度

「患者の平均年齢は12.5~16.0歳。上記の影響を受けた部位に対して、その要因となったスポーツは以下の通り。主に下前腸骨棘AIISおよび坐骨結節ITの剥離骨折の要因となるスポーツ分野は、ボールスポーツ(それぞれ70%および45%)、上前腸骨棘ASISの剥離骨折はボールスポーツおよび陸上競技(いずれも46%)、腸骨稜ICの剥離骨折は陸上競技(63%)であった。そして、小転子LTおよび恥骨結合の上縁SCPSについては、ボールスポーツによる骨折(それぞれ67%および86%)だった。」と記載されていました。*2

*2 Eberbach H, Hohloch L, Feucht MJ, Konstantinidis L, Südkamp NP, Zwingmann J. Operative versus conservative treatment of apophyseal avulsion fractures of the pelvis in the adolescents: a systematical review with meta-analysis of clinical outcome and return to sports. BMC Musculoskeletal Disorders 2017; 18: 162.

 

大腿直筋は3頭あるのか ?

腸骨の下前腸骨棘(AIIS)には、大腿四頭筋(quadriceps femoris)の中の大腿直筋(rectus femoris)が付着しています。

この大腿直筋(rectus femoris)の起始は、現在の解剖学テキストでは直頭(straight head或いはdirect tendon)と反転頭(reflected head或いはindirect tendon)の2頭で構成されていると書かれています。反転頭が先に存在し、直頭が後に現れ、直頭は二足歩行への適応から生じる反転頭の補強であると考えられています。確かに、股関節屈曲90°では反転頭は大腿骨軸に平行で、直頭は90°曲がり、股関節屈曲0°では直頭が大腿骨軸に対して平行となり、反転頭が90°曲がることになります。

大腿直筋の起始は先にも述べたとおり直頭が下前腸骨棘(AIIS)で、反転頭は寛骨臼上溝(supra-acetabular groove或いは、sulcus supra-acetabularis)となります。反転頭より表在には大腿筋膜張筋(tensor fasciae latae muscle : TFL)が位置しています。つまり大腿筋膜張筋に硬結などの異常がみられる場合には、その下の反転頭も圧迫されることで影響を受け、問題が生じる可能性が示唆されるわけです。

 

John M Ryan 等によると、直頭の起始領域での大きさは13.4mm(±1.7)×26.0mm(±4.1)で、それに対して反転頭の起始領域での大きさは47.7mm(±4.4)×16.8mm(±2.2)であると調査されています。大腿直筋の直頭および反転頭は、前外側骨盤の広い範囲にわたって発生し、重要な神経血管構造(大腿神経、腸腰筋腱、および外側大腿回旋動脈LFCAを含む重要な解剖学的構造)に非常に近接しており、関節鏡での検査中にはそれらを回避するように注意しなければならないと結んでいます。*3

更に文献を当たってみると、驚く事に3頭目(third head)を指摘する論文がありました。その筆者によると、1951年の解剖学書に3頭目の記載が既にあると指摘しており、あらためて48体(96面)の解剖研究の結果、実に83%に3番目の頭があったと書いています。この3頭目は大腿骨に付着し、深層で腸骨大腿靭帯に、表層では小臀筋の腱に付着しているとしています。直頭に対して下外側方向、大転子の前面に付着し、反転頭に対しては約60°で、長さ2㎝幅4㎝、厚さが3mm程度としています。*5 この解剖学的構造については、バイオメカニクスとしての詳細は未だ解っていないようです。

足関節の前距腓靭帯(ATFL)にしても、50%の人は2本あるとの知見が過去の解剖学書には記載されていました。どこかで忘れ去られた過去の偉人の業績が再確認されるという、そのような事がありそうです。いずれにしても、この場合も考慮すべき構造であることは、間違いないようです。

大腿直筋は3頭あるのか ?

図 大腿直筋は3頭あるのか ?

1951年の解剖学書に既に3頭目の記載があり、「Tendon recurrent du droit ant」となっています。「大腿直筋 反回頭」とでも訳せば良いのでしょうか。*4

 

European Society of. MusculoSkeletal Radiology. Musculoskeletal Ultrasound. Technical Guidelines.より

図 European Society of. MusculoSkeletal Radiology. Musculoskeletal Ultrasound.
Technical Guidelines.より

この第3頭に関しては、欧州筋骨格放射線学会議のテクニカルガイドラインの解剖イラストにも、「reflected tendon」として記載がされており、やはり着目されているようです。 確かに山を登ったり坂を駆け下りたりと、より様々な方向の動きに不安定な身体を支えて対応するとなると、この方向にも安定化の為の力の出力方向があっても良いような気がします。それとも反転頭を補う役目を主に担っているのか、或いは腸骨大腿靭帯や小殿筋と連動して制御に関係しているのか、はたまた将来的には退化の道を辿るのかもしれません。いずれにしても片側しかない人や両方ない人もいるようなので、結論は今後の研究を待ちたいと思います。

 

*3 Ryan JM, Harris JD, Graham WC et al. Origin of the direct and reflected head of the rectus femoris: an anatomic study. Arthroscopy 2014; 30: 796–802.

*4 Paturet G (1951) Traité d’ Anatomie Humaine. Vol. 2.Masson et Cie, Paris, p. 599.

*5 Tubbs RS, Stetler W Jr, Savage AJ, Shoja MM, Shakeri AB, Loukas M, Salter EG, Oakes WJ.Does a third head of the rectus femoris muscle exist? Folia Morphol (Warsz). 2006; 65:377–380.

*6 https://essr.org/content-essr/uploads/2016/10/hip.pdf

 

股関節前方の超音波観察法 下前腸骨棘AIISと大腿直筋

大腿直筋の拘縮はOsgood-Schlatter病の発症と関連が深いとされていますが、逆に考えれば下前腸骨棘AIISの裂離骨折も併せて注意すべき点であると思います。

超音波の利点の一つに、触診との連関があります。触診で判り辛い部位の場合、超音波で触診位置や指を入れる方向の正確性を求めながら触診をしてみることをお勧めします。超音波で正解の位置や方向が解ったら、その時の触診の感触をしっかり記憶します。すると、その時点で覚えた感覚が、次の触診時に役に立つことになるわけです。正解の位置を答え合わせしながら触診できるということは、運動器分野の触診技術を短期間に、尚且つ飛躍的に向上させることができるというわけです。同様に、硬結がある場合や炎症所見の場合にもこの方法は有効で、熱感や硬さの感覚を画像として、解剖学的にも理解できるわけです。人間の指の感覚というのは実にたいしたもので、ほんのわずかな違いを感じ取ることができます。超音波の教育的有用性の一つとして、是非、活用すべきであると考えています。

 

それでは、股関節前方の超音波観察法として、下前腸骨棘AIISと大腿直筋RFの観察を考察します。前回同様、この観察の肢位は仰臥位(背臥位)です。この場合も、反対側の股関節と膝関節は屈曲位にしておくと、骨盤が固定されることで良好な画像が観察されます。
上前腸骨棘ASISは比較的触診が簡単であると思いますが、下前腸骨棘AIISは少し深部にあり外側に傾きがありますので、やや難しいかもしれません。超音波での観察の場合は、大腿骨頭を目印に短軸走査で中枢方向にプローブ走査をしていくと、簡単に位置関係を把握することができます。大腿骨頭は、下肢を内外旋すると骨頭が回転する様子を観ることができますので、位置の同定ができます。
下前腸骨棘AIISの位置が解ったら、次にプローブを90°回転させて、大腿直筋直頭の線維に沿って長軸走査で観察します。この時、下前腸骨棘AIISから伸びる線維の束、fibrillar pattern(線状高エコー像の層状配列)が画面上平行に描出されるように微調整します。この線維の束が、大腿直筋直頭です。

成長期の骨化していない下前腸骨棘AIISの場合、軟骨状態の頂から大腿直筋直頭が起始している状態を観察することができます。皆川先生によると、「成長期ではしばしば下前腸骨棘AIISの骨端線離開が生じるが、直頭と反転頭に起始部が分かれている為、大きく離開することは稀である」と書いています。*7 この点については、反転頭が損傷していなければ骨片の遠位への変位が制限される可能性があるとの論文がありました。*8

大腿直筋の長頭を観察すると、起始部からやや遠位に一部暗く抜けてしまう部分がある事に気づきます。これは、直頭から分かれて寛骨臼上溝へと向かう反転頭ということになります。直頭の線維にプローブの入射角を合わせると、反転頭はこの分岐点から方向転換することによって、反転頭の線維の走行にはプローブの入射角が合っていないことになります。そのため異方性によって黒く抜けてしまう、という訳です。

*7 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

*8 Metzmaker JN, Pappas AM. Avulsion fractures of the pelvis. Am J Sports Med 1985;13:349-358.

 
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