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運動器超音波塾【第28回:股関節の観察法3】

2019/06/01
恥骨筋について

股関節の前方の不安定性に起因する痛みの場合、前回の腸腰筋と恥骨筋が原因となっている場合がほとんどで、鼡径部痛を訴える症例では必ずこれらの圧痛を確認する必要があるとされています。*10

恥骨筋は股関節内転筋群(恥骨筋、薄筋、短内転筋、長内転筋、外閉鎖筋、大内転筋)の中で唯一、閉鎖神経以外の大腿神経にも支配される、二重神経支配の筋肉です。内転筋群の中では最も上部に位置しており、扁平な形で大腿骨の後方にある恥骨筋線に停止しています。恥骨筋の柔軟性が低下すると骨盤が前傾し、股関節の伸筋群や腹直筋はそれを抑制しています。また、股関節の内転筋群は外転筋群とともに骨盤の横方向の安定性を保持しており、階段が昇りづらくなった等の症状や、段差がない平らな所でもつまずいてしまう等の場合には、内転筋の筋力の低下によってそれらが不均衡になった可能性があります。

恥骨筋は、恥骨結合炎や腱(靱帯)付着部症(enthesopathy エンテソパチー)、或いはstiffness(スティッフネス : 生理学的な可動域は保たれているが、筋の緊張により最終域までに達さない状態)が存在する場合、そこへ伸張負荷が加わることによって徐々に自覚痛を感じ始めることがあるとされています。stiffnessは筋の緊張により最終域までに達せない状態というわけですから、先にも触れたように、最終域まで自動介助運動を誘導して反回抑制による筋弛緩を得られた後にストレッチ、という手順になるわけです。*11

*10 林 典雄 運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹 メジカルビュー社

*11 林 典雄 運動療法のための運動器超音波機能解剖 文光堂

 

股関節前方の超音波観察法

それでは、股関節前方の超音波観察法として、恥骨筋の観察をします。

前回同様、この観察の肢位は仰臥位(背臥位)です。今回も、スカルパ三角の大腿動静脈を短軸走査で目印にして内側に観察していくと、大腿静脈の深部から内側にかけて広がる恥骨筋の筋腹の様子を観察(短軸画像)することができます。筋腹の位置が同定できたら、プローブを90°回転させて、長軸画像の観察をします。この場合、恥骨櫛(ちこつしつ)を意識しながら恥骨筋のfibrillar pattern(線状高エコー像の層状配列)を描出するように微調整します。比較的直線的なfibrillar patternの様子が描出されたら、プローブの角度を調整して、線維の模様が画面上で平行になるようにします。必要に応じてゲルを多めに塗布するか、音響カプラーを利用して下さい。この位置で股関節軽度屈曲から過伸展での動きをさせながら、恥骨筋の長軸画像の観察を行います。また、観察していない反対側の股関節と膝関節は屈曲位にしておくと、骨盤が固定されることで良好な画像が観察されます。*11 超音波による観察の場合、観察肢位やこのような下準備をすることがとても大切で、安定した再現性のある画像にするためにも心掛けておきたいところです。

スカルパ三角の解剖

図 スカルパ三角の解剖

 

股関節前方の超音波観察法 短軸画像によるスカルパ三角の全体像

図 股関節前方の超音波観察法 短軸画像によるスカルパ三角の全体像

 

股関節前方の観察法 恥骨筋と外閉鎖筋、閉鎖神経について

図 股関節前方の観察法 恥骨筋と外閉鎖筋、閉鎖神経について

 

次に、股関節屈曲外旋位で恥骨筋を緩めておき、恥骨筋長軸の深部にある外閉鎖筋の短軸画像の観察を行います。

 

外閉鎖筋の筋断裂などの損傷はサッカー選手に割と多く、内閉鎖筋と共に注意を要する部位です。ある発表では、閉鎖筋損傷の全例で他動的に股関節を外転内旋位で疼痛が誘発された*12、との話があります。また、恥骨筋長軸で外閉鎖筋短軸での画像を観ると、恥骨筋と外閉鎖筋の間には、閉鎖神経前肢を観察することができます。

*12 窪田大輔.サッカー選手にみられた閉鎖筋損傷第42回日本整形外科 スポーツ医学会学術集会

*13 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

 

では、動画です。
股関節屈曲位にて内旋方向への伸張負荷での閉鎖神経の動態を観察してみます。

内旋方向へ動かすと、閉鎖神経が伸ばされる様子が観察されます。

動画 股関節屈曲位にて内旋方向への
         伸張負荷での閉鎖神経の動態観察

股関節を外旋内旋に動かして、恥骨筋と外閉鎖筋の筋膜での癒着や絞扼に注意して観察をします。この位置で癒着がみられる場合、股関節屈曲位にて内旋方向への伸張負荷で閉鎖神経症状は増悪し、画像上では滑走されないで引っ張られるような状態を確認することができます。また、外閉鎖筋には関節包の下を通過して坐骨大腿靱帯との間に外閉鎖筋下滑液包があり、後面を上双子筋・下双子筋・内閉鎖筋で抑え込まれています。また、関節包を介さないため外閉鎖筋下滑液包が炎症となり、そのような場合、外閉鎖筋自体も炎症している例を観ることがあるそうで、併せて注意を要します。

超音波による動態観察をしていると、このような神経の遊びや伸張されたり絞扼されたりの様子を観察することができます。これらの観察は、実際に今行っている運動の解剖学的な意味を知る上でとても大切な事で、超音波による運動器観察法の重要な長所であると信じています。

 

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

骨盤前傾で骨頭被覆が増大して力学的に安定するという話の一方、連動する腰椎も前弯が過度となって、椎間関節症や仙腸関節症などの腰痛の要因となるとされている
サッカー選手の姿勢と傷病に関する2年間の調査では、腰椎前弯やスウェイバック姿勢の場合、肉離れ、膝関節の疾病が有意に高い発生率を示し、筋肉の緊張に苦しんでいた被験者の場合は、腰椎前弯、振れおよび異常な膝間隔の発生率が高かったとの論文がある
姿勢と傷病の関連性については、予防の観点からも十分に検討されるべき問題である
歩行時の内腹斜筋は他の腹筋群とは異なり、荷重応答期に活動している
スウェイバック姿勢は、腰部と骨盤に加わるストレスが増加する姿勢である
腰椎過前弯姿勢は、股関節と股関節伸筋群に多大なストレスがかかる姿勢である
超音波の観察法は、近視眼的なテーマになりがちで、この落とし穴(pitfall)に落ちないように注意を要する
「伸張反射」は、姿勢調節のために筋の長さを一定に保つ負帰還回路(negative feedback loop)の作用としての機能を持ち、過剰に伸ばされた筋肉が損傷を回避するために収縮するという、一種の防御機能としての側面を持つと考えられている
「屈曲反射」は、痛み刺激から手や足を引っ込める逃避反射で、更に反対の手足の伸筋を興奮させ収縮、屈筋を抑制することで踏ん張って姿勢を維持するという、「交叉性伸展反射」を起こす
反回抑制(recurrent inhibition)は、これらの反射強度を調整する回路である
「痙縮(spasticity) けいしゅく」は、意志に関係なく筋肉の緊張が高まり、手足が勝手につっぱったり曲がったりしてしまう状態を指し、速度依存性がある
痙縮は筋緊張の亢進により関節変形や疼痛の原因となることもあり、活動能力の機能低下につながり、症状を長い間放っておくと、筋肉等が固まってさらに関節の運動が制限される拘縮へと移行する
股関節の前方の不安定性に起因する痛みの場合、腸腰筋と恥骨筋が原因となっている場合がほとんどである
恥骨筋は、恥骨結合炎や腱(靱帯)付着部症(enthesopathyエンテソパチー)、或いはstiffnessが存在する場合、そこへ伸張負荷が加わることによって徐々に自覚痛を感じ始めることがある
スカルパ三角の大腿動静脈を目印にして内側に観察していくと、大腿静脈の深部から内側にかけて広がる恥骨筋の筋腹の様子を観察(短軸画像)することができる
恥骨櫛(ちこつしつ)を意識しながら、恥骨筋のfibrillar pattern(線状高エコー像の層状配列)を描出するように微調整する
恥骨筋の下には外閉鎖筋、恥骨筋と外閉鎖筋の間には、閉鎖神経前肢を観察することができる
股関節屈曲位にて内旋方向への伸張負荷で閉鎖神経症状がある場合は増悪し、画像上では癒着、絞扼の状態が観察される
外閉鎖筋下滑液包の炎症の場合、外閉鎖筋自体も炎症している例を観ることがあり、併せて注意を要する

 

次回は、「下肢編 股関節の観察法について4」として、引き続き前方走査について考えてみたいと思います。

 

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情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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