運動器超音波塾【第19回:前腕と手関節の観察法5】
嗅ぎタバコ窩での舟状骨の超音波観察法
嗅ぎタバコ窩を観察する時にもう一つ注意する観察部位として、舟状骨が挙げられます。
舟状骨は親指側の列に沿って存在し、手のひら側に45度傾いています。その角度は、背屈で減少し、掌屈で増加します。
転倒により手のひらを伸展位で地面について起こる骨折に、橈骨遠位端骨折(コーレス骨折)があります。注意すべきは、10代後半から20代でこの状態(手関節が過伸展位)で激しく転倒した場合の、舟状骨骨折です。スポーツによる受傷が半数近くを占めている特徴があり、橈骨遠位端骨折時のように腫れが強くなく、骨折による転移が小さい場合には疼痛もあまり強くありません。X線検査でも見つからない場合もあり、超音波でのドプラ機能による観察が重要と言える傷病のひとつです。
舟状骨骨折の場合、「解剖学的嗅ぎタバコ窩」に圧痛所見があります。また、舟状骨へのおもな動脈は、中央部からやや遠位側の位置で2本入っています。骨折時に適切な処置がなされないと近位側への栄養が途絶えて壊死することがあって、偽関節になりやすい骨折と言われています。
図 舟状骨の主な栄養血管
舟状骨は手根骨の中でも特に負荷がかかる骨で、前述の通り、栄養血管は主に2箇所から入り込んでいます。しかもこの栄養血管は、中央からやや遠位部に存在しています。舟状骨骨折は腰部での骨折が多く、この時に栄養血管も損傷する為に、骨癒合が妨げられるとされています。更に、多くは関節包内での骨折という事で、滑液が骨折部に流入して骨膜性仮骨形成を阻害することも指摘されています。これらの要因によって、舟状骨骨折は偽関節になりやすい骨折と言われるわけです。
舟状骨骨折の分類としては、Herbert分類が良く知られています。Herbert 分類は大きく、安定型、不安定型、遷延治癒、偽関節にタイプ別されています。
図 Herbert分類(Herbert classification)
Herbert, T. J. et al.: Management of the fractured scaphoid using a new bone screw. J. Bone Joint Surg. 66-B: 114-123, 1984.
舟状骨の超音波観察
舟状骨の超音波観察は、嗅ぎタバコ窩の直下にあるために、観察位置としてはさほど難しくはありません。嗅ぎタバコ窩より橈骨を描出してから遠位へ舟状骨を観察していきます。舟状骨骨折の所見としての注意事項は、以下のことが言われています。
- 1.
- anatomical snuff boxや舟状骨結節での圧痛、腫脹
- 2.
- 第1・第2中手骨軸からの軸圧痛
- 3.
- 運動制限(特に回内・回外、橈屈・尺屈)
これらの所見をしっかり確認した上で、超音波による観察を行います。
図 舟状骨の超音波観察 長軸走査
舟状骨の全体像を把握する為には、必ず掌側からの観察も併せて行ってください。
手関節拘縮の舟状骨と月状骨の連関
舟状骨と月状骨を動態観察してみると、前述のとおり手関節中間位で舟状骨は橈骨の長軸に対して45°掌側に傾斜しています。背屈時には水平となり、掌屈時には垂直位置になります。この時に月状骨は、舟状骨遠位とは逆方向に滑って行きます。
この掌屈・背屈運動に伴い、橈骨と舟状骨、橈骨と月状骨に付着した関節包靭帯が伸張されます。この動きを超音波で観察すると、手関節拘縮の改善には舟状骨と月状骨に付着した関節包靭帯の運動療法が重要であることが解ります。*4
図 舟状骨と月状骨の連関
*4 参考 林典雄 : 運動器超音波機能解剖, 文光堂
つまり、手根不安定症(carpal instability)としての舟状月状骨間靱帯損傷、あるいは橈骨舟状骨間靭帯損傷も、この観察時に併せて注意すべき点という事になります。
単純X線正面像による舟状月状骨間靱帯損傷の診断については、舟状月状骨間距離を3mm以上とする報告が多く、個人差があるため健側との比較も重要であるとされています。
また橈骨茎状突起骨折(chauffeur fracture)には、舟状月状骨間靱帯損傷が伴う場合が多いと言われています。*5
ここでもう一つ注意すべきは、変形性手関節症です。
変形性手関節症SLAC (Scaphoid Lunate Advanced Collapse) wristは舟状骨・月状骨・橈骨の配列の乱れや適合性に異常が生じて、関節症へと至る病態を言います。*6
膝関節や股関節などに比べると、手関節は荷重が常時かからない為に頻度はそう多くないとされています。しかしながらこれらの靭帯損傷の病態が、徐々に変形に進行し慢性化する恐れもあるわけですから、超音波によるこれらの観察は、とても有用と言えそうです。
*5 橈骨遠位端骨折診療ガイドライン 2012より
*6 Watson, H. K., Ballet, F. L.: The SLAC wrist : scapholunate advanced collapse pattern of degenerative arthritis. J. Hand Surg., 9A : 358-365, 1984.
この観察も、超音波による運動器の動態観察で治療方法への根拠が示される、良い例だと思います。では動画です。手関節を中間位から掌屈動作で観察してみます。
動画 舟状骨の動態観察(長軸走査) 中間位から掌屈運動
左が橈骨、真中が舟状骨です。舟状骨が回転していく様子が良く解ります。
中間位から掌屈していくと、周囲の脂肪体が移動していく様子が良く解ります。ここにも脂肪組織が充填されており、可動域を保っているようです。
また、掌屈位では舟状骨の回転と共に関節の軟骨の状態や、関節包が伸張されていく様子を観察することができます。この画像は私自身の手関節ですが、やや骨棘様に堤防が形成されているようです。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
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- 背側伸筋支帯の第3区画には、長母指伸筋腱 EPL: extensor pollicis longusがあり、手関節背側のリスター結節(Lister's tubercle)を骨性の目印として触診しながら観察する
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- 長母指伸筋にはまれに破格があり、母指ないし示指橈側にいたる過剰筋を生じる場合(5.5%)と、おもに母指にいたる過剰腱を有する場合(7.3%)がある
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- 長母指伸筋は、極めてまれに第4区画や第2区画などの別区画を走行しているとの報告も有り、注意を要する
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- 長母指伸筋腱の超音波観察法では、音響カプラ(ゲルパッド)を使用するかゲルを多めに塗布してプローブを浮かせて撮る
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- 腱の腫脹や周囲の水腫、RAによる滑膜の増生などの炎症所見に注意をしながら、近位遠位にプローブを移動させて観察を行う
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- 橈骨遠位端骨折では、転位が少ない場合でも仮骨による突起との摩擦によって長母指伸筋腱が断裂する場合があり、腱の欠損例にも注意して観察する
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- 舟状骨は親指側の列に沿って存在し、手のひら側に45度傾いており、その角度は、背屈で減少し、掌屈で増加する
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- 舟状骨骨折は腰部での骨折が多く、この時に栄養血管も損傷するという事と、多くは関節包内での骨折という事で、滑液が骨折部に流入して骨膜性仮骨形成を阻害する事などにより、偽関節になりやすい骨折とも言われている
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- 舟状骨の超音波観察法は、anatomical snuff boxや舟状骨結節での圧痛や腫脹、第1・第2中手骨軸からの軸圧痛、運動制限(特に回内・回外、橈屈・尺屈)の有無などの所見をしっかり確認して、掌側からの観察も併せて行う
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- 手根不安定症(carpal instability)としての舟状月状骨間靱帯損傷、あるいは橈骨舟状骨間靭帯損傷も、併せて注意する
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- 徐々に変形に進行し慢性化する恐れのある変形性手関節症SLAC (Scaphoid Lunate Advanced Collapse) wristにも注意する
次回も「上肢編 前腕・手関節の観察法」の続きとして、伸筋支帯の区画に基づいて、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー