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運動器超音波塾【第19回:前腕と手関節の観察法5】

2017/12/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第十九回 「雨のち雪、時々落ち葉ひろい」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 5―

好天の日にはつくばの市街地からも赤城連峰や日光連山が観られる季節となり、いよいよ寒さが本格的になってきました。
落葉した街路樹の向こうには紫色の筑波山も顔をのぞかせて、里山の風景も秋から冬へ移り変わろうとしています。夏の間は茂った木々に隠れていた野鳥たちが姿を現して、ついこの間まで我が家の庭にもメジロやシジュウカラがそのカラフルな出で立ちで眼を楽しませてくれていました。さすがにこの寒さのせいなのか、ここ最近はとんとご無沙汰となっています。
動物たちは、早々に冬支度を始めたのかもしれません。

薪を割るいもうと一人冬籠   正岡子規

正岡子規の俳句の中でも、好きな句です。
薪を割る音が冬の冷たい空気を震わせて響き渡る感じと、子規を支えた妹、律が一人で薪を割っている姿、また、その音をじっと聞いている子規の想いが伝わる句であるからです。
この静寂な空気感は、生とその隣にある死を、常に身近に感じていた子規であったからこその表現であるように思います。子規にせよ啄木にせよ、身体が丈夫でなかったことで、何気ない日々の出来事を、謙虚で透明感のある作品にして残せたのかもしれません。
NHKドラマ「坂の上の雲」では、激痛にのたうち回る鬼気迫る正岡子規を香川照之さんが、気丈で可憐な妹の律を菅野美穂さんが好演されていたのを、庭で一人落ち葉をひろい集めながら思い出していました。 そのような折、久しぶりに仕事で札幌を訪問して来ました。
関東より一足早い冬を迎えた札幌は、低気圧による雪と嵐のコンサートの影響で大混雑。超音波の勉強会を終えて外に出ると、それまでの雨が突然雪に変わって、あたりは一瞬で銀世界になっていました。その晩は佐呂間牡蠣の蒸し焼きで一杯やり、翌朝はキャリーバッグでラッセルしながら、長靴持参で来なかったことを後悔しての帰路。
交通機関への影響を予想して早めに札幌駅へ向かったものの、既にホームは人が溢れて足の踏み場もなく、エスカレーターを止める大騒ぎで、降り積もる雪の静寂や新雪を踏みしめる音を楽しむ余裕などなく、そそくさと喧騒の中を空港へ移動しました。
そんな時はどうも詰まらないことしか考えていないようで、後で思い返しても大した話は出てこない。やっぱり、もう少しのんびりした歩調が自分にはあっているようです。
今週末は、また吹き溜まっているのであろう庭の落ち葉をひろいながら、ゆっくりと、『アイドルを追い掛けるファン心理と群集行動について』でも分析してみようかと思います。

赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり   正岡子規

図 雪降る街

図 雪降る街

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、伸筋支帯の第3区画に基づいて、考えてみたいと思います。

 

背側伸筋支帯の第3区画の解剖

背側伸筋支帯の第3区画には、長母指伸筋腱 EPL: extensor pollicis longusが、腱鞘を通っています。この場合も、手関節背側のリスター結節(Lister's tubercle)を骨性の目印として触診しながら観察すると、画像に映し出された構成体が理解しやすくなります。
第3区画の障害としては、長母指伸筋腱皮下断裂があります。長母指伸筋腱皮下断裂は慢性関節リウマチ(RA)や橈骨遠位部骨折などの外傷に合併して起こるとされています。断裂の機序としては諸説ありますが、第3区画は狭いうえに血流が乏しく、またリスター結節部を滑車(pulley)のようにして急激に45°橈側方向に走行を変えることなど、解剖学的な特徴が原因の一つであるといわれています。これらに機械的摩擦による外傷要因(腱の摩耗)や炎症などによる阻血要因が、さらに関与していると考えられています。

図 背側伸筋支帯と第3区画

図 背側伸筋支帯と第3区画

 

長母指伸筋は前腕骨間膜と、長母指外転筋と短母指伸筋、示指伸筋の起始部に隣接する尺骨の背側面から起始し、尺側から第3区画を通ります。停止部は母指の末節骨底に付きます。
岡崎によるとこの筋はまれに破格があり、母指ないし示指橈側にいたる過剰筋を生じる場合(5.5%)と、おもに母指にいたる過剰腱を有する場合(7.3%)があるとしており、ヒトにおけるこれら長母指伸筋の破格出現は、母指と示指の新しい機能取得のため現在も進化していると推測されると書いています。*1
未来の人類の手の機能はどのようになるのか、興味津々です。

母指の付け根には「解剖学的嗅ぎタバコ窩〔anatomical〕snuff box」と呼ばれる窩があり、尺側縁を長母指伸筋腱、橈側縁を短母指伸筋腱と長母指外転筋腱が構成しています。
この窩底には、橈骨動脈と並行する静脈が手根の伸筋側に走行しており、その下に大菱形骨と舟状骨があります。

*1 岡崎勝至: 日本人の母指と示指に付着する前腕伸筋(総指伸筋,長および短橈側手根伸筋,長母指伸筋,示指伸筋)の肉眼解剖学的研究.愛知医科大学医学会雑誌,30(2):81-93,2002

図 手関節橈側での長母指伸筋腱の走行

図 手関節橈側での長母指伸筋腱の走行

 

図 解剖学的嗅ぎタバコ窩〔anatomical〕snuff box

図 解剖学的嗅ぎタバコ窩〔anatomical〕snuff box

 

 

長母指伸筋腱の超音波観察法

それでは、長母指伸筋腱の超音波観察法です。まず、手関節背側のリスター結節を触診した後、プローブを短軸に走査します。リスター結節の骨隆起の隣に、長母指伸筋腱の断面形状が観察されます。先に書いた通り、過剰腱の存在や極めてまれに第4区画や第2区画などの別区画を走行している場合もあるとの報告が有り、注意を要します。*2
腱の腫脹や周囲の水腫、滑膜の増生などの炎症所見に注意をしながら、近位遠位にプローブを移動させて観察をします。

*2 Kim YJ, Lee JH, Baek JH: Variant course of extensor pollicis longus tendon in the second wrist extensor compartment. Surgical & Radiologic Anatomy, 38(4):497-9,2016

図 第3区画 長母指伸筋腱の超音波観察法 短軸走査

図 第3区画 長母指伸筋腱の超音波観察法 短軸走査

 

次に、長母指伸筋腱の断面を画面の中心にしてプローブを90°直交させ、長軸での観察を行います。橈骨遠位端骨折では、転位が少ない場合でも仮骨による突起との摩擦によって長母指伸筋腱が断裂する場合があります。腱の欠損例にも注意して観察することが大切です。*3
リスター結節のすぐ尺側に腱の走行を観察して、動態で滑走の様子を捉えます。更にリスター結節による変曲点から方向を確認しながらプローブを遠位に移動させて、嗅ぎタバコ窩での観察を行います。

*3 参考 皆川洋至 : 超音波でわかる運動器疾患.メジカルビュー社

図 転位の少ない橈骨遠位端骨折後の骨棘形成

図 転位の少ない橈骨遠位端骨折後の骨棘形成

 

図 第3区画 長母指伸筋腱の超音波観察法 長軸走査

図 第3区画 長母指伸筋腱の超音波観察法 長軸走査

 

長母指伸筋腱の観察時の注意点をまとめると、腱鞘の腫脹や炎症、リウマチによる滑膜増生、長母指伸筋腱皮下断裂の場合は第3区画に腱を確認できない等となります。
上腕二頭筋長頭腱や内閉鎖筋にしろ、変曲して走行する部位には、何かありそうです。

 

 
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