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運動器超音波塾【第9回:肘関節の観察法 2】

2016/04/01
肘関節内側の超音波画像と解剖学的構造

プローブの位置は、最初上腕骨に長軸に当て、上腕骨内側上顆の位置をしっかりと同定します。上腕骨内側上顆の斜めに坂のような面が把握できたら、画面の右側に置くようにプローブをずらして、左側に尺骨の鉤状結節の突起が描出されるようにプローブを回して、上腕骨内側上顆と尺骨の鉤状結節の突起を描出します。三角形に見える内側側副靭帯の前斜走線維が描出されます。その場所でプローブを固定して、前腕を回内、回外に運動させながら観察し、併せて手関節を掌屈、背屈させるなどの動態を観察しながら、靭帯に適度にテンションをかけるストレス検査を行います。*5

図 肘関節の観察法 内側アプローチ 内側側副靭帯 前斜走線維 長軸画像

図 肘関節の観察法 内側アプローチ 内側側副靭帯 前斜走線維 長軸画像

肘関節の観察法でも重要な点は、骨性の目印をしっかり描出する事にあります。内側上顆の斜面のような形状と鈎状結節の突起の形状が正しく描出されるように、プローブを微調整して下さい。成人では靭帯実質の損傷が多いのに対して、成長期の場合は軟骨部分の裂離の有無に気を付けます。足関節の前距腓靭帯と同様に、靭帯の損傷と伴に付着部の剥離が多く観察されています。

*5 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

図 上腕骨内側上顆と尺骨鈎状結節、前斜走線維(AOL)

図 上腕骨内側上顆と尺骨鈎状結節、前斜走線維(AOL)

肘関節の屈伸動作では、前斜走線維の長さは一定である事から、外反制動の主な安定化機構であることが解ります。更に長さが一定であるという事は、拘縮への関与が少ない事を示唆しています。

 

内側型の野球肘について

肘関節の内側側副靭帯に、繰り返しの投球動作等による慢性的に引っ張られるようなストレスが加わると、この靭帯が徐々に微小断裂をして炎症を起こします。病態が進むと、石灰化を生じたり、骨が変形してきたり、ついには靭帯が切れてしまうこともあります。

また、上腕骨内側上顆炎は上腕骨外側上顆炎に比べ発生頻度は少ないと言われています。これは日常の生活動作で、前腕の屈筋群(手首、指を曲げる筋肉)が伸筋群(伸ばす筋肉)より使用頻度が少ないためと考えられています。
以前ある学会で聴講させて頂いた北大の岩崎教授のお話しでは、投手の場合、
・8.9回になると小指が冷たくなる、或いは痺れる
・カーブやフォークがすっぽ抜ける

という症状の場合、内側側副靭帯の損傷に加え、尺骨神経麻痺も疑うとの事でした。治療に関しては、先ずは保存的に行い、3~6ヶ月投球中止の間、前腕周囲の筋を鍛え、それでも問題がある場合にのみ最終的手段として、腱の移植・再建術を行うとの事でした。術後の復帰率は北大の場合、8割。合併症2割、再手術1割だそうです。

更に興味深かったのは、「どれぐらいのトルクで内側側副靭帯は破断するのか?」という事です。解剖標本による実験では、

・34Nmで破断
・130~140kmの球速で、64Nmが肘にかかる
・内側側副靭帯 54% 骨・関節面 33% 関節包・軟部組織 10%
・投球時、内側側副靭帯には、34.6Nmがかかる
・常に線維は切れている

との事で、ではなぜ、投球の度に発生する外反トルクは靭帯の許容限度を超えているのに、なぜ靭帯は破断しないのか?については、

・手首を曲げるflexor carpi ulnaris and radialisなどの屈筋(橈側手根屈筋、尺側手根屈筋)も外反トルクに対抗しているから

というお話でした。手首を曲げる屈筋についても鍛錬が必要というのは、目から鱗でした。

 

アメリカでは、PITCH SMART (MLB Guidelines for Youth and Adolescent Pitchers)というMLBと全米野球協会が投手の故障を防ぐためのガイドラインを示した専門サイトを開設しました。その中で2012~2013でのメジャーリーグのピッチャー25%、マイナーリーグのピッチャー15% が Tommy John 手術を受けているというデータが明らかになりました。これはもう、大変な数字です。メジャーリーグのピッチャーの内、実に4人に1人がTommy John 手術(ジョーブ法 腱の移植・再建術)を受けているわけで、これを重く見たMLBでは、2015 Pitch Count Limits and Required Rest Recommendationsとして、アメリカの小学校から高校までの各年齢別に、投球回数を厳しく制限する措置を取っています。日本でも、「青少年の野球障害に対する提言」として、日本臨床スポーツ医学会学術委員会が同様に投球制限を設けていますが、現状はどうでしょう。徳島大学の発表によると、野球肘発生率は約50%という報告もあります。この点に関しては、大人がしっかりと考え、反省して、子供達の将来を守る必要があると考えています。そして、安全かつ簡便に、解剖学的な見地で病態を把握できる、超音波による野球検診の普及を、強く願ってやみません。運動器の超音波診断の実験の時に、大学病院で見せてもらった子供たちの笑顔を、忘れることはできません。

図 参考 内側側副靱帯(AOL)の損傷

図 参考 内側側副靱帯(AOL)の損傷

内側側副靱帯(AOL)の内側上顆前下方での微小断裂があり、肥厚し、下部に低エコー域が内側側副靱帯(AOL)を押し上げている状態が観察されています。

皆川先生によると、小学生の野球少年の約4割に靭帯付着部(内側上顆)の裂離骨折を認め、音響陰影を伴わない薄い骨片は、1回の投球で瞬間的に生じた場合で、音響陰影を伴う豆状の骨片は、時間経過した陳旧例であるとしています。*5
更に、内側上顆より頻度は少ないものの、鉤状結節側での裂離もあるとの話です。

*5 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

 

では、具体的な判断基準としては、どのような分類があるのでしょうか?
AOL付着部の内側上顆の骨形態分類*6については、下記のようなものがあります。

Type 1 正常
Type 2 AOLの内側上顆付着部の不鮮明像
Type 3 AOL付着部の内側上顆の分離・分節像
Type 4 AOL付着部の内側上顆の突出像

*6 渡辺千聡 日本肘関節学会雑誌2009

AOL実質の分類*7としては、下記のようなものがあります。

Type 1 境界エコーが鮮明で内部エコーも均一
Type 2 境界エコーが不鮮明
Type 3 靱帯が肥厚
Type 4 境界エコーが不鮮明で内部エコーも不均一

*7 Sugimoto. K., et al. J.JaSOU. 1994.

以上の2つの分類(付着部の骨形態と靭帯実質の状態)に留意して、超音波検査を進めて下さい。

 

それでは、成長期の前斜走線維損傷の、ストレス検査の動態を観てみます。プローブは、長軸走査です。

成長期の前斜走線維損傷の超音波画像
ストレス検査の動態観察

この症例の場合、ストレスによる動揺はほぼ無く、微小断裂とその下に低エコー領域が観察されました。内側上顆の軟骨の状態は前下方にやや突出した形状になって輪郭が不正になっており、付着部が前方にある分、関節の距離としては緩く伸びた状態である事が示唆されます。一般的には予後良好と言われていますが、不安定性がある症例の場合は外側障害、後方障害への進行があるか、併せて注意が必要となります。

超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、予後の注意点も検討することができます。

 

さて、まとめです。今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

肘関節内側アプローチの基本肢位は、座位で行う
内側側副靭帯(AOL)の観察は、上腕骨内側上顆の斜面と、尺骨鉤状結節の骨性の目印をしっかり描出し、三角形に見える前斜走線維の線維の模様を描出する
第一指の向きを意識しながら、前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも注意して観察する
成人では靭帯実質の損傷が多いのに対して、成長期の場合は靭帯付着部の軟骨の裂離骨折に注意する(2つの分類)
ストレス検査の動態観察をして、不安定性がある症例の場合は外側障害、後方障害への進行に注意が必要
次回は「上肢編 肘関節の観察法」の続きとして、内側アプローチその2と題して、考えてみたいと思います。

 

情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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