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特集

本邦初、柔道整復の大学院が開設される!

2012/03/16

そこでまず、マクロの学問分野としての臨床柔道整復学的研究分野の研究テーマについて述べます。これは大まかに表現すると、柔道整復術のもたらす治療効果を組織・器官のレベル、あるいはそれより上の全身的なレベルで起こる時間的空間的変化として捉え、解析して行こうという研究です。骨折、脱臼、腱の断裂、打ち身、捻挫などにより局所的に破壊され変形された患部の骨、腱、筋肉などの本来の位置関係の正しい整復の術、患部の固定、ギブスの装着、包帯の巻き方等の最適技術論をその外傷の内容との関係でどのように決めていくかという施術のいわば戦略、あるいは技術論がまず思い浮かびます。次に、それに基づいて行った整復術が、その患部の回復の経過・効率等にどのように効果的であったかというような、施術の内容とその治療効果の関係という観点からの最適値の探求の研究もあります。つまりは柔道整復術の患者様への実行(施術)とそれがもたらす治療効果のマクロなレベルにおける原因・結果の関係性を研究する分野です。これには、時としてX線、MRIあるいは超音波画像診断装置なども必要になると思われますので、医師との連携も重要です。また、施術とそれに続く後療の際、外傷を負った患部の全身的または局所的な状態の変化を脈拍、血流、酸素と二酸化炭素のガス交換、運動機能変化等の生理学的な活性を指標として総合的に分析し、柔道整復術そのものとそれが患部の器官・組織に及ぼす影響の相関関係解析を主とした外傷治癒現象の因果関係の解明を目指す研究分野です。そのため、具体的には、動作解析装置(余談ですが、これはアフリカで人類がどのようにして2足歩行を確立したか等の研究にも最適な装置ですよね)等も用いて、整復後の種々の手当およびその後のリハビリテーションなどにより、患者が身体機能的にどのように変化するかを解明し、より良い治療法の開発も目指します。また、疫学的・統計学的エビデンスを集積していくことも必要であるので、この種のアプローチもこのマクロの視点の研究分野に加えます。この他にも、医療社会学的な研究も一つの受け皿として視野に入れる必要があるでしょう。これらにより、私たちの運動器を用いる生活形態のどこにどのような問題があり、どう対処すべきかが見えてきます。また、柔道整復術の類似の技術の地球全体に於ける空間的分布およびそのそれぞれの技術のそれぞれの地域における発祥および歴史的変遷なども大学院の研究テーマとして重要です。日本の中で柔道整復学がどのようにして形をなしてきたか、特に柔術の殺法・活法からどのようにして柔道整復術に発展してきたかを科学史としてひもとき、明らかにする事も柔道整復学の学問を構築して行く上の、重要な研究課題の1つとなります。

次に、ミクロの学問分野としての分子細胞組織学的柔道整復学分野の研究テーマについて述べてみましょう。私としましては、実はこちらの方が説明しやすいのですが、これは大まかに表現すると、施術前後における患部の局所的組織・細胞レベルの研究、およびその分析を更に深めた分野としての細胞下のレベル(subcellular level)から遺伝子レベルに至る研究です。ヒトもすべての他の生物と同じように細胞から成り立っているので、この分野のテーマは、基礎医学あるいは基礎生物学と区別がつかないほどに、似てきます。柔道整復学で扱う患部は、無菌的なある種閉鎖系ともいえる特殊環境の生命系であり、内部に外傷を持つ "自然回復系"でもあります。従いまして、患部の内部の組織・器官には大幅な局所的「位置情報(positional information)」の変更も無く、いわば、"柔道整復型閉鎖回復系"ですが、その回復過程の臨床的所見を組織・細胞レベルで、日々評価し、患部の回復のありさまを分子細胞生物学的、あるいは形態学的変化を指標として細かく追求します。つまり、病理学的・組織学的な変化を人体の局所の分子生物学的(molecular biological)、あるいは細胞生物学的(cell biological)、あるいは形態学的(morphological)なレベルから追求し、何がどう変化して行くかを徹底して記載し調べて行く。この部分では、ヒトの代わりのモデル動物の使用も極めて重要になるでしょう。私の場合、冷血動物ではありますが脊椎動物であるアフリカツメガエル等も必要に応じて研究材料として使っていく考えでおります。これにより、ヒトの身体ではできないモデル実験を展開することができます。そして、骨細胞、腱の細胞、筋肉の細胞、結合組織の細胞の増殖と分化をコントロールする細胞間相互作用、それに関与する成長因子(形態形成因子、また細胞運動因子)群、そのレセプター群等の研究が容易になります。そして、タンパク質ファミリーの発現パターンの解析、さらには、それらをコントロールする遺伝子の転写制御の全体(先端的なことばを用いて表現しますと、その遺伝子制御系としてのトランスクリプトームの様相)が分析され、一般の分子細胞生物学的研究とほとんど変わらないやり方で研究を展開することになります。挙げていけばきりがありませんが、細胞間物質の沈着、その有効性、およびその生理機能の研究等も重要項目になると思います。

 

―ちょっと専門性が強く出たような話になりましたので、今度は教育研究上の理念から見た、高等教育機関としての帝京大学柔道整復学専攻の特色について、お聞かせください。

帝京大学では、大学院に限らず、医療技術学部の学部教育のときから、国際化・情報化・多様化の進展と、科学技術の発達、労働形態の変革、環境問題の深刻化や少子・高齢化の進行に対応するため、教育理念に「自分流」というコードワードを掲げています。この「自分流」は、帝京大学の冲永佳史学長が何時もいっておられる教育理念でありますが、自立した精神を基盤として自らを律し、自分で考え行動を起こすこと、そのために必要な知識や技術を自ら主体的に獲得していこうとすることです。そのような教育を行う為に、具体的には「実学」「国際性」「解放性」という目標を設定し、これらをコンセプトとして個性ある教育を推進しようとしています。

また、大学院医療技術学研究科の教育の目的としては、「高度に専門化している先端医療に対応しかつ指導的立場で活躍できる医療技術職の人材の養成を目指し、さらに、高度の専門的知識、技能及び態度を習得し、社会の要望に応えられる人材の育成を目的とする」こと等を掲げております。

今回の新専攻設立の目的は、柔道整復学に於ける高度の専門的知識・診療能力をもつ柔道整復師を養成する事です。すなわち、独立して優れた接骨院を経営する事はもちろん、他の医療機関とも共同して補完医療や統合医療においてチーム医療をも充分に行う事のできる可塑性に富む新しい開かれたタイプの柔道整復師を育成します。同時に、この分野での指導的人材を養成し、この専門分野において柔道整復師の後進の指導.育成に当たらせることも目的としております。そのための教育方針の主な柱は、以下の通りです。

現代医療の各種診療科の知識技術レベルに匹敵する能力をもった柔道整復師の養成、特に整形外科の高度で専門的な知識および保存的療法としての技術レベルに近いか、できればそれに勝るとも劣らぬような診療技術を有する人材の養成に努める。
柔道整復術の施術の効果をサイエンスの目で客観的かつ冷静に評価し、国際的なレベルで、其の柔道整復術の良さとそこからもたらされる恩恵を人々にひろく与え、もって柔道整復学の学術的な発展に寄与できる人材を養成する。
医師および他の医療従事者と適切かつ密接に連携を取り合い、医師を中心とした医療の補完医療として、またあるいは統合医療の一員として、客観的な治療効果にもとづく判断により、チーム医療に参加できる資質を備えた優秀かつ可塑性に富む人材を養成する。
柔道整復学に於いて常に新機軸を打ち出し、理論的また技術的に常に新しい臨床分野を開拓し、もって、柔道整復学の更なる発展を担うことのできる人材を養成する。

以上から、この新設の柔道整復学専攻の教育理念に付いて考えた場合には、学部教育の際にスローガンに掲げました「細胞の気持も分かる柔道整復師を作る」という理念は未だ連続しているということであります。すなわち、大学院の修士課程であろうが博士課程であろうが、学部の課程であろうが、専門学校の課程であろうが、基本的なプリンシプルは同じであり、細胞の気持も分かり、人に優しい、優れた柔道整復師を作るというのが本来の柔道整復学科の狙いであり、今回新設の大学院柔道整復学専攻の理念でもあります。