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神戸大学医学部附属病院医療情報部・高岡准教授にインタビュー

2012/10/16

―シンポジウムの中の「トランスレーショナル(橋渡し)な研究の実践から伝統医学領域の研究の革新へ」と題した基調講演で医学研究の動向について、〝今まで私達がやってきたことは、西洋医学でも東洋医学でも、実は経験の蓄積による科学化で、そういう意味では、現代医学の人たちが行っていたことも私たちの祖先がやってきたことも本質的には変わらない〟と話され、科学的価値が低いとされる研究や科学的価値が高いとされる研究手法を示されました。その上で、革新的な医療を行うには将来予測を行うことであり、今まで実験的に理論や経験を後から検証していたが、今後は予想に向かおうというのが未来への潮流である、とも言われました。もう一度ご教授ください。

西洋と東洋では経験の蓄積の仕方が科学的かどうかの違いはありますが、いずれにしても経験医学であることに異論はないと思います。西洋医学の次の進化について具体的な話をしてみましょう。例えば医療としてはまだ先の話で、スパコンの「京」を使った話なのですが、手術中に各患者さんの血管の形やその時の血管の固さなどを数式として規定し、血管の中を流れる一個一個の血球も数式で規定する。そして、動脈硬化した部分にコンピュータシュミレーションで作った数種類のステントの形をあてはめて、スパコンを使い数分で最適なステントの形を決めることが可能です。そして、それを手術に用いる。これは厳密に決めることで、より良い治療効果を保証します。一般的に予測というのは、例えば遺伝子を調べて将来病気になり易いか、なり難いかということはよく言われています。しかし、この場合の将来予測はあくまで確率論です。ですから予測といっても、一つの形だけではないことに留意しなくてはなりません。

話が少しそれますが、私自身も学問の統合化が好きです。これは、やはり鍼灸という伝統医学を大学で学んで鍼灸師になったからだと思います。そして父親が物理学者(現・九州大学名誉教授)だった影響もあり、可能であれば数式(モデル化)にするという思考プロセスがすり込まれているようなのです。数式にすると予測に使えます。私の場合は分子シミュレーションの研究で、ある薬物代謝酵素の遺伝子型の違いによる抗がん剤の副作用予測可能な数式を導出しており、特許の国内と国際出願申請もしています。この例の場合、単純に一つの遺伝子で決着がついているので比較的モデル化が容易ですが、多くの場合はそうなりません。ここで問題なのは、一般的な病気に関係している遺伝子は多数あること、その組み合わせが多数になってしまうことです。西洋医学では、今までのように単純に病気と遺伝子を一対一で対応させて考えるだけでは上手くいかないだろうと考えており、色々な組み合わせを検討する必要があると考えているのです。その組み合わせを人間の頭だけでは処理出来ないのですが、有難いことにシリコンテクノロジーの発達により計算機が速くなったので、今後はこれを利用しようとしているのです。後は、その研究成果を医療まで持って行くことが出来るかどうかですので、最終的には医療の質を高めて国民の利益に繋げるということが目標になります。

 

―これまでの病院にかかった病歴、電子カルテ等からのデータ解析が進められていると先日の白石先生のシンポジウムで高岡先生は講演の中でおっしゃられました。これまでのカルテ等においては遺伝子情報まで記載されていないようですが、どのレベルまで治療に対して有効性を示せるものになるのでしょうか?

当病院でも、例えば癌の組織から癌遺伝子の解析をしています。他にも抗がん剤治療の前に、薬物代謝遺伝子の遺伝子検査を実施して、抗がん剤の選択を行う場合もあります。これらの遺伝子検査の結果である遺伝子の情報は、当然カルテに記載されています。遺伝子情報をゲノム情報というのであれば、まだそこまでは記載されていません。これは、ゲノム全ての解読は現状では非現実的であること、ゲノム情報をどう利用出来るかが分かっていないことがあります。加えて、医療として実施する場合はゲノム情報の扱いに関して社会とのコンセンサスを得た上で、例えば法律等のルールを整備しなければいけないでしょう。現在は一部の遺伝子に関しての情報の記載であり、当然全てのゲノムではありません。ある幾つかの遺伝子に関して、調べることが有益な例えば癌遺伝子のように癌の診断に必要な部分だけを検査しています。これは血液検査等と同じ考え方です。ピンポイントで遺伝子情報の必要な部分だけ解析しており、有効な治療をするための強力なツールであるといえます。

 

―TR(トランスレーショナルリサーチの略)の概念について、基礎研究の成果を医療に直接的に結合されるように、集学的に専門分野の人たちが集まってチームを組んで研究開発を行うことである。研究成果について、途中でキチッと評価をしていく、夫々が全体をキチッと管理して単に寄せ集めの研究はしないと話され、医学研究というのは、基礎だけでもダメ、臨床だけでもダメです。それを融合させたような研究になっていっているのが、今の医学の世界のトレンドです。どういうことかというと、基礎研究の裏付け、基礎的な理論の裏付けがある上に臨床研究が行われる。その臨床研究は厳しい品質管理のもとに担保されていると解説されましたが、厳しい品質管理という研究のクオリティが担保されるというのは、どういったことを言われているのでしょうか?

集学的に行う必要性は、基礎研究、それは細胞レベルとか試験管レベル、動物実験レベルまでと、実際の臨床をつなげるためと言えます。医学部では、臨床の部門の教授は病院の部門長を兼任しているが、基礎部門と臨床部門を兼任しているのは珍しい。私の勤務している神戸大学医学部は基礎臨床融合を掲げており、その珍しい例ではありますが…。基本的には、基礎と臨床の間が離れている。その基礎研究と臨床で行う治験の間を結ぶのがトランスレーショナルリサーチというものです。基礎研究も臨床を踏まえた上でやらなければいけないのは当然ですが、それには現場を知らないと良い研究のアイデアが出てこない。一方で、臨床をやっている人は患者さんの体の中で何が起こっているのかを想像しながら、臨床活動することになります。従って臨床の人も基礎研究をしたほうが良い。しかし全てを一人で出来る訳はないので、各分野の専門家が集まってチームとして集学的に取り組むということになるのです。

研究の品質管理については、非臨床試験および治験、すなわち臨床試験のルールを指します。研究室で基礎研究を行っているのであればGLP(Good Laboratory Practice の略)というルールが決まっているし、臨床試験ではGCP(Good Clinical Practice の略)という治験を実施するための国際的な基準があるのです。これらを満たしていなければデータとして使えない。科学的に根拠がある医療というのは、その科学性を担保するためのルールと条件を満たしたデータがある治療法や薬以外は認めないということです。こういったところが、西洋医学に比べて我々伝統医学が弱い部分ではないかと思います。