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神戸大学医学部附属病院医療情報部・高岡准教授にインタビュー
平成24年6月17日、帝京平成大学池袋キャンパスで開催された第2回・柔道整復基礎医科学シンポジウム2012-柔整大学教育と柔整研究の在り方を考える―「トランスレーショナルな研究の実践から伝統医学領域研究の革新へ」と題し基調講演をされた神戸大学医学部附属病院医療情報部(兼・神戸常盤大学ライフサイエンス研究センター)の高岡裕氏は、講演の中で今の医学の動向を解説され、また伝統医学と今後の柔整の可能性についても話された。
更に伝統医療を志す若者たちに向かって、〝自分しかできないことに挑戦しよう〟と高らかに熱く呼びかけられた。その高岡博士の眼差しの先にあるものは、何であるのかをお聞きしたくてインタビューさせていただいた。
基礎研究と臨床研究が融合した医学研究への集学的取り組みを期待して
神戸大学医学部附属病院医療情報部 副部長 准教授 高岡 裕 氏
―まず初めに医学と医療の違いについて教えてください。
基礎研究と称されている研究には更なる基礎の学問があり、これは物理と化学がベースになっています。そしてその上の層として生物学があり、これらの学問的基盤の上に医学があります。医療は、医学の先にある訳ですから多くの幅広い知識の上に医療は成り立っています。その医療の中には、研究的医療と実際に行っている実践の医療があります。我が国では、実践の医療の中に保険医療と非保険医療の2つの区分けがあります。これらは学問としての分類と行政的な制度として出来ている分類ですが、ひとつの指標でのみ分類されている訳ではないので、其処が分かり難いところになると思います。
さて、日本で漢方薬は認可されていますが、それは伝統的に使われてきた中で形成されているコンセンサスがあるからです。ところがこれまで米国は植物製剤を認めてきませんでした。ポイントはコンセンサスなのです。アメリカが何故許さなかったかというと、コンセンサスがなかったからです。治験を行って結果が出れば、エビデンスというコンセンサスを得たことになります。現在第2相臨床試験が終わり、FDAはこれまで認可してこなかった漢方薬を認可しはじめています。
エビデンスに基づく医療をEBMといい、これは科学的な根拠に基づく医療を意味します。先日開かれた帝京平成大学のシンポジウムは、科学的な根拠に基づく医学の話が中心でしたので、基礎医学研究の成果をもってEBMというのは正確ではありません。EBMというのは、基本的に疫学研究を含む臨床研究をいいます。基礎医学研究はEBMを構成するほんの一部分に過ぎません。というのも、西洋医学のエビデンスの層構造(ヒエラルキー)では基礎医学の積み重ねの上に臨床医学がある訳です。薬の研究を例にすると、化学を出発点に細胞レベルを経て個体レベル(動物実験)で検討されます。安全性なども含めクリアされたら、臨床試験すなわち人への治験に入ります。そこで有効性が科学的に証明されたら、認可されて薬として世に出てきます。このように多層的なエビデンスに支えられて、薬や治療法というものが医療として実践されているということになります。ここで我々が考える必要があるのは、伝統医学の世界では基礎医学研究も臨床医学研究も充分になされていなかった、ということです。全く無かった訳ではありませんが、西洋医学に比べて圧倒的に研究者の層が薄く、学問的な広がりも足りなかった、ということは認めざるを得ないと思います。
―次に先日のシンポジウムで一番伝えたかったことを教えてください。
あらたな価値の創造という観点で感銘を受け、私の人生の方向性を決めた2冊の本があります。価値の創造とは、研究で新たな発見をして真実を明らかにすることと同義です。いずれも高校時代の事なのですが、梅原猛先生(国際日本文化研究センターの初代所長)と竹内均先生(故人、東大名誉教授。Newton初代編集長)の共著「科学への挑戦」の中で語られるドイツのヴェーゲナー博士の言葉「諸学の統一は、諸学を自ら学び、自らが統一するのが一番の近道である」、もう一冊は梅原先生の「学問のすすめ」の中のニーチェの「精神の三様」に関して述べた黄金のドラゴンとライオンの話です。
前者は、新しい学問には既存の学問の融合に自ら取り組むしかない、という話です。後者は、簡単な説明が必要でしょうね。ニーチェは、人間の心はラクダ→ライオン→小児と進化すると述べています。この三段階の意味はそれぞれ、忍耐、勇気、創造を象徴としています。人はラクダのように忍耐して努力します。かなりの努力の後に、孤独なライオンに変わります。ライオンは、黄金の鱗の一つ一つが千年の価値に光り輝く、既存の価値の象徴である黄金のドラゴンと独り格闘します。このライオンは強いので、群れたりはしません。多くの戦士が、孤独な闘いに傷つき倒れ、新たな価値の創造は出来ません。次にライオンは突如として、小児に変わります。小児は無垢で先入観を持たずに、稚児の遊びのように自然に価値の創造を開始します。
ではこれをもう少し具体的に伝統医療の世界に適用すると、こういうことです。医学部卒業生には行政に行く人、例えば厚生労働省の医官として就職し行政の立場から医療に関わる医師も存在します。ここでは、臨床医としての道に限定していないところに注目して欲しいと思います。柔整業界に大学が出来たことは良いことですから、今後は大学の価値を高めていく過程で、どの様な人材を輩出していくのかということを教員の先生達には考えて欲しいです。学生さん達には、自分は柔整の世界の中でどういう役割を担うのかということを考えて欲しいと思います。その上で取り組む。優秀な柔整師を多くの人が目指しているのでしょう。これもいいと思います。ただ、全員が行政に行く必要は無いですが、官僚になる柔整師が年に一人くらい存在しても良い。輩出した人材に多様性があるということは、日本を構成する各層において存在感があり、業界全体を底上げすることに繋がる可能性が高い。このように、もっと自由に柔軟に考える重要性を伝えたくて、講演に臨みました。