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運動器超音波塾【第30回:股関節の観察法5】

2019/10/01
股関節前方の超音波観察法 上前腸骨棘AIIS周辺筋の短軸画像

図 股関節前方の超音波観察法
上前腸骨棘AIIS周辺筋の短軸画像

 

股関節前方の超音波観察法 上前腸骨棘AIIS周辺筋の短軸画像

図 股関節前方の超音波観察法
上前腸骨棘AIISと縫工筋の長軸画像

 

股関節前方の超音波観察法 鼡径靭帯(IL : inguinal ligament)の長軸画像と外側大腿皮神経LFCN

図 股関節前方の超音波観察法
鼡径靭帯(IL : inguinal ligament)の長軸画像と外側大腿皮神経LFCN

 

腸骨稜と外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の観察

図 腸骨稜と外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の観察

 

成長期スポーツ障害として、この観察位置でもう一つ押さえておくべきなのは、腸骨稜骨端症、或いは裂離骨折です。女性では14歳前後、男性は16歳前後の、骨性癒合の完全でない時期に発症することが多いといわれています。腸骨稜の前1/3に多く、この部分が腸骨稜の他の形状と比べて外側に向って唇状に突出していることと、上前腸骨棘には縫工筋と大腿筋膜張筋が付着しており、その緊張が反牽引力として働きやすい為といわれています。発症機転としては、付着する内・外腹斜筋と中臀筋により、中臀筋の牽引力により剥離した骨片が下方へ転位する例と、腹斜筋の牽引力により剥離し上方へ転位する例が報告されています。また、文献上、本骨折の報告例は少なく、しかしながら、発生機転から考えて決して稀な骨折ではなく、保存的に治療された上前腸骨棘骨折の中に本骨折が少なからず含まれているのではないかと結んでいます。*10 上前腸骨棘と、併せて観察しておきたい部位となります。

経産婦のみならず、成人女性の30~40%以上に、尿失禁の経験があるとの報告があります。*11 女性の健康問題の中で、尿失禁はとりわけ深刻な課題です。腹圧性尿失禁の場合、その予防・改善のためには、骨盤底筋群の機能が重要とされています。この骨盤底筋群の収縮には、一般的に横隔膜、腹横筋、多裂筋の同時収縮が必要であると考えられており、理学療法分野では、超音波によるバイオフィードバック療法の研究も進んでいます。バイオフィードバックとは、超音波の画像で筋の収縮状態を被験者に見せながら、動作課題を遂行できるように自分で力の入れ具合やその感覚を調整してもらう方法です。腹横筋のように自分で意識しづらい筋肉の場合、画像を観ながらいろいろ試している内に、正解の力の入れ具合や感覚が解るようになり、意識的に収縮させるコツが習得できるわけです。*12
超音波による動態観察で、普段あまり意識することのない筋肉を選択的に収縮させる感覚を養うということは、安全性の高い超音波ならではの療法であり、アスリートや経産婦、高齢者に限らず、運動器分野の様々なシーンに応用できる方法であると思っています。

*10 佐々木賀一:腸骨稜裂離骨折の1例 ,整形外科と災害外科 27, 42-44, 1978

*11 坂口けさみ, 他:尿失禁を有する一般成人女性のQOLと関連する要因について, Japanese Lournal of Maternal Health 48(2),2007, 323-330.

*12 布施陽子, 他:超音波診断装置による腹横筋厚計測の信頼性の検討(原著)文京学院大学保健医療技術学部紀要2010;3:7-12

 

それでは、動画です。腸骨稜の位置にプローブを置いて、立位で上体をやや後屈して捻る動作での内・外腹斜筋と腹横筋の様子を観察します。

動画 上体をやや後屈で捻転させながら腸骨稜で内・外腹斜筋と腹横筋を観察

被験者の右の腸骨稜で、腹横筋の長軸に合わせるようにプローブを置いています。ゆっくりと上体を捻っていくと、腹横筋や内腹斜筋が伸張されていく様子を観察することができます。この場合の外腹斜筋は、筋線維の模様が画面上平行に描出されない事からも解る通り、ほぼ短軸像で描出されています。また、腹横筋は呼吸に伴う腹圧の影響も受けており、併せて観察します。

 

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

骨盤部の二次骨化核は、おおむね12~15歳で出現し、下前腸骨棘は16~18歳で閉鎖、上前腸骨棘と坐骨結節は少し遅く20~25歳で閉鎖するとされている
上前腸骨棘(ASIS)はスタートダッシュなどによる縫工筋の急激な収縮により損傷し、骨端症などが前駆症状として存在する例もある
上前腸骨棘(ASIS)は、外側下方より大腿筋膜張筋と内側下方より縫工筋、恥骨結合から鼡径靭帯が付着することで、大きく転位することは稀であるとされている
ASIS 裂離骨折は、受傷後55 日目に単純X 線で仮骨形成が確認されたが、エコー観察するとASIS 骨端には依然健側と比較して患側の血流増加を認め、受傷後73日で健患側差を認めない程度まで血流反応が消失したとして、復帰基準として従来の単純X 線や理学所見だけでなく、エコーでの血流評価も補助診断として有用なツールとなるとの報告がある
パワードプラで血管新生を評価する可能性をテストした動物実験では、骨折手術後のエコーの血流反応は術後20 日間は増加し、71~80日で消失するとして、血流反応の消失は骨折治癒の進行の指標となるとの報告がある
脂肪の蓄積が起こらない箇所(上前腸骨棘や鼡径靭帯など)は、触診でもわかりやすい位置なので安易に捉えがちとなり、必ず肢位や必要に応じての音響カプラーなど、良好な画像を得るための準備を忘れないように注意する
触診で上前腸骨棘ASISの位置が把握できたら、プローブを短軸に置いてやや遠位に移動してくると、外側に大腿筋膜張筋、内側に縫工筋が広がってくる
上前腸骨棘ASISで骨端線離解がある場合には、本来のなだらかな山なりの形状に溝があって波型のような形の様子が観察され、併せて、前駆症状としての軟骨の腫れにも注意する
鵞足部に疼痛が発現した場合、股関節伸展・内転・内旋位で膝関節を伸展させて痛みが誘発されるかを確かめると、縫工筋が関与しているか解る
鼡径靭帯(IL: inguinal ligament)の深部に外側大腿皮神経(LFCN: lateral femoral cutaneous nerve)が通っている様子を観ることができ、梨状筋症候群に合併する外側大腿皮神経LFCN障害は26.7%あったとの報告があり、併せて注意する
外側大腿皮神経は鼠径靭帯や腸腰筋、縫工筋に被覆されており、これらの筋の攣縮や短縮に伴う絞扼が無いかを観察する
ASISを近位に上っていくと、腸骨稜上部に外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋を捉えることができる
腸骨稜骨端症、或いは裂離骨折は、女性では14歳前後、男性は16歳前後の、骨性癒合の完全でない時期に発症することが多いといわれている
腸骨稜裂離骨折は腸骨稜の前1/3に多く、腸骨稜の他の形状と比べて外側に向って唇状に突出していることと、上前腸骨棘には縫工筋と大腿筋膜張筋が付着して、その緊張が反牽引力として働きやすい為といわれている
腸骨稜裂離骨折の発症機転としては、付着する内・外腹斜筋と中臀筋により、中臀筋の牽引力により剥離した骨片が下方へ転位する例と、腹斜筋の牽引力により剥離し上方へ転位する例が報告されている
腸骨稜裂離骨折の報告例は少ないが、発生機転から考えて決して稀な骨折ではなく、保存的に治療された上前腸骨棘骨折の中に本骨折が少なからず含まれているのではないかとの指摘がある
成長期のスポーツ障害の場合、上前腸骨棘と腸骨稜は併せて観察すべき部位
成人女性の実に30~40%以上に尿失禁の経験があり、予防・改善のためには、骨盤底筋群の改善が言われ、横隔膜、腹横筋、多裂筋の同時収縮が必要であると考えられている
バイオフィードバックは、骨盤底筋群や腹横筋など意識していない筋肉の収縮を超音波画像で確かめながら行う事で、意識的に収縮させるコツを習得させる方法
普段あまり意識することのない筋肉を選択的に収縮させる感覚を養うということは、安全性の高い超音波ならではの療法であり、アスリートや経産婦、高齢者に限らず、運動器分野の様々なシーンに応用できる方法であると思われる

 

次回は、「下肢編 股関節の観察法について6」として、外側走査について考えてみたいと思います。

 

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情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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