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運動器超音波塾【第23回:指関節の観察法1】

2018/08/01
浅指・深指屈筋腱とA1プーリーの超音波観察法

それでは、弾発指の好発部位である中指(第3指)を例にして、MP関節位置での浅指・深指屈筋腱とA1プーリーの超音波観察法です。掌側から長軸と短軸で観察していきます。

観察の準備として手置台やタオルを下に敷くなどして、屈曲・伸展動作がしやすい肢位で観察します。MP関節を屈曲させると、中手骨の骨頭を触知することができます。この時の骨頭位置を把握しておくと、掌側からの観察時にMP関節位置が理解しやすくなります。Focusを合わせるためには、音響カプラ(ゲルパッド)やゲルを増量して距離を稼ぐなどの工夫をすると、明瞭な画質が得られると共に動態観察が容易となります。

MP関節位置を触知したら、指節骨に長軸にプローブを調整して浅指・深指屈筋腱を描出していきます。この時にプローブをあてる角度を微調整して、腱の線維性の構造(fibrillar pattern : 線状高エコー像の層状配列)が明瞭に描出されるようにします。MP関節から中手骨骨頭にかけて、深指屈筋腱の下には掌側板(Volar Plate)が描出されます。掌側板は伸展動作で制動に働き、屈曲時には中指骨側の膜様部がたわむのが観察され、柔軟性が画像から読み取れます。

 

図 掌側からの浅指・深指屈筋腱とA1プーリーの超音波観察法(長軸・短軸)

図 掌側からの浅指・深指屈筋腱とA1プーリーの超音波観察法(長軸・短軸)

 

では実際に弾発現象が観られる症例の、超音波画像を観てみます。これは、大学病院で「運動器分野での超音波画像の有用性」の研究に技術協力した際に採取したデータです。

 

図 掌側 弾発現象のある屈筋腱の短軸での超音波観察

図 掌側 弾発現象のある屈筋腱の短軸での超音波観察

 

短軸画像による観察では、隣の正常な部位との比較も容易なことから、浅指屈筋腱(FDS)や深指屈筋腱(FDP)、A1プーリー(白矢印)の肥厚や炎症の程度を簡単に知ることができます。この観察時には、腱鞘由来のガングリオンの有無にも注意をして観察します。

次に、長軸で弾発現象を動態観察した症例を検証してみます。

 

図 掌側からの弾発現象の超音波観察 長軸画像

図 掌側からの弾発現象の超音波観察 長軸画像

 

この症例の場合、浅指屈筋腱(FDS)や深指屈筋腱(FDP)、A1プーリーとも、肥厚している様子が観察されています。A1プーリーは卵円形に肥厚しており、画面右下方向に浅指屈筋腱の動作を止めています。それによって、浅指・深指屈筋腱共、腱の走行がクランク状に蛇行した形状に観察されています。

やがて、直接圧迫されていない深指屈筋腱が滑走をはじめると、A1プーリー最深層と思われる部分が時計方向に回るように動き始め、それと同時に浅指屈筋腱も滑走をはじめます。屈筋腱が伸びて伸展動作が完了すると、A1プーリー再深層と浅指・深指屈筋腱共、指節骨に対して平行な位置におさまった状態になっています。ここで注意すべきは、この時のA1プーリーがより扁平した卵円形になって、浅指屈筋腱を圧迫している様子に観察されていることです。つまり、この状態の時は、広い範囲に均一に圧が分散していると予想されるわけです。

そこで、屈曲動作を行うと、この逆の動きが観察されました。このことから、この症例の場合、A1プーリーの最深層と思われる部分が回転するようにして動くことによって(屈筋腱が働く時には、肥厚した部分がA1プーリーを引き連れて回転させている)、浅指屈筋腱に対する圧迫を強めた位置にA1プーリーが変形して、その動きを堰き止めていたという例でした。A1プーリーが変形、回転するように動くとは、まるで予想もできなかった様子が観察できた症例で、大学の先生とも思わず顔を見合わせた事を思い出しました。このような現象が全てではありませんが、傷病の過程での重要なファクターであることは、間違いありません。

 

動画 長軸走査での浅指・深指屈筋腱とA1プーリーの動態観察

では、動画です。
MP関節位置での屈曲・伸展の正常画像を長軸走査で観察してみます。

中手骨骨頭の上に掌側板(VP)があり、その上に深指屈筋腱(FDP)、浅指屈筋腱(FDS)が観察されます。屈筋腱の遠位での走行を観ていくと、浅指屈筋腱(FDS)と深指屈筋腱(FDP)が交叉する腱交叉(Chiasma)が観察されます。浅指屈筋腱(FDS)の上を良く観ると、A1プーリーを観察することができます。掌側板(VP)は、屈曲動作をしていくと盛り上がって、伸展動作で引き伸ばされて、過伸展を制動している様子が解ります。

運動器の超音波観察法の場合、健側患側を比較する場合は特に、健側から観察を始める事が大切です。正常画像でどのような振る舞いがあるのかをしっかり理解してから患側を観察すると、個々の病態の程度や運動療法のヒントとなる情報が沢山ある事に気づくことができます。

動態を機能解剖学的な視点で観察、評価していく「動態解剖学」(勝手にそう呼んでいます)が、運動器の超音波観察法には必要であると思っています。

ところで、プーリー自体の断裂はどうであるのかを調べてみると、前回触れたボルダリング同様、ロック・クライミングのケースが古典的なようです。ロック・クライミングは通常、MP関節およびPIP関節の屈曲およびDIP関節の伸長を伴い、滑車に大きなストレスを与え、完全または部分的な断裂を生じるとして、環指のA2プーリーが最も負傷しているとの報告があります*13。また最近では、野球選手の損傷も報告されており、観察時の注意事項となります*14

*13 Crowley TP. The flexor tendon pulley system and rock climbing. J Hand Microsurg 2012; 4:25–29

*14 Lourie GM, Hamby Z, Raasch WG, Chandler JB, Porter JL. Annular flexor pulley injuries in professional baseball pitchers: a case series. Am J Sports Med. 2011 Feb;39(2):421-4.

 

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

腱鞘には靭帯性腱鞘(線維性腱鞘)と呼ばれる強靭な線維部と柔らかい膜性腱鞘があり、靭帯性腱鞘は中枢側から母指の場合A1~A2、他の4指はA1~A5(Annular:輪状)と呼ばれ、膜性腱鞘の周囲を輪状に取り囲んでいる
輪状部の間には、斜めに十字に交差して網目状になっている十字部、C1~C3(Cruciform:十字型)があり、滑車のような働きからプーリーと呼ばれている
A1が分割している場合とA1とA2の間にC0腱鞘がある場合などがある
PIP関節から遠位手掌皮線までのZone 2と呼ばれる区間には、深指屈筋腱と浅指屈筋腱の交叉(腱交叉 Chiasma)部がある
Zone 2での腱断裂は高率に癒着を生じることで、早期の運動療法が有効とされている
「弾発指」は、一般罹患率は約3%、更年期や妊娠出産期の女性に多く、スポーツや指を良く使う仕事の人、糖尿病患者の20%、リウマチ、透析患者にもよく発生すると言われている
「弾発指」は、統計的に母指、中指、環指に多く、示指、小指はそれほど多くないとされている
「弾発指」は、手指のこわばりの状態からさらに進行すると腱自体も腫れてくることが解ってきており、この膨らんだ腱の部分が狭窄した腱鞘を通ろうとする時に、通り辛い所を無理に通ることで起こる現象である
電子顕微鏡を用いた組織病理学研究では、健常のA1プーリーは2層構造で浅層は疎な結合組織、深層は密な結合組織であるのに対して、罹患(りかん)したA1プーリーは3層構造で、最深層に小さなコラーゲン線維および豊富な細胞外マトリックスにより形成された不規則な結合組織、”chondroid-metaplasia”(軟骨性化生)が観察されたとの報告がある
超音波による屈筋腱と滑膜性腱鞘の厚みを測定した研究では、非RA症例は屈筋腱肥厚による痛みが主原因とし、RA症例では滑膜性腱鞘肥厚に加え炎症を起こしていることが強い痛みに関係していると結論した上で、RA症例のばね指において、複数ヵ所に滑膜増生を伴うもの、滑膜が腱を圧排しているもの、リウマチ性肉芽の腱内侵入、滑膜が屈筋腱を巻き込んでいるような状態で測定不能な症例も経験し、すなわち、検討した計測や血流観察のみでは評価できない様々なバリエーションが存在していると報告している
加齢や更年期による女性ホルモンの減少、妊産婦、糖尿病やRA(関節リウマチ)の影響、抗がん剤治療で起こる例など、スポーツや仕事などでの指の酷使以外にも様々な原因が挙げられており、逆に酷使しているのに罹患(りかん)しない場合もある
観察の準備として手置台やタオルを下に敷くなどして、屈曲・伸展動作がしやすい肢位で観察する
MP関節を屈曲させると、中手骨の骨頭を触知することができ、この時の骨頭位置を把握しておくと、掌側からの観察時にMP関節位置が理解しやすくなる
腱の線維性の構造(fibrillar pattern : 線状高エコー像の層状配列)が明瞭に描出されるようにプローブを調整する
長軸走査では、中手骨骨頭の上に掌側板(VP)があり、その上に深指屈筋腱(FDP)、浅指屈筋腱(FDS)が観察され、遠位には浅指屈筋腱(FDS)と深指屈筋腱(FDP)が交叉する腱交叉(Chiasma)が解る
長軸走査で伸展動作をしていくと、掌側板(VP)が引き伸ばされて過伸展を制動している様子が解る
腱鞘由来のガングリオンの存在にも併せて注意をする
短軸画像による観察では、隣の正常な部位との比較も容易なことから、浅指屈筋腱(FDS)や深指屈筋腱(FDP)、A1プーリー(白矢印)の肥厚や炎症の程度を簡単に知ることができる
運動器の超音波観察法の場合、健側患側を比較する場合は特に、健側から観察を始める事が大切で、正常画像でどのような振る舞いがあるのかをしっかり理解してから患側を観察すると、個々の病態の程度や運動療法のヒントとなる情報が沢山ある事に気づくことができる
プーリーの断裂は、ロック・クライミングで多く、環指のA2プーリーが最も負傷しているとの報告があり、また最近では、野球選手の損傷も報告されてきている

 

次回は「上肢編 指の観察法」として、PIP関節について考えてみたいと思います。

 

情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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