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東日本大震災から1年 復興への願いを込めて!
【(社)宮城県柔道整復師会会長・豊嶋良一氏】

2012/04/16

2011年3月11日に巨大な地震・津波・原発事故が起こってから、様々な報道が途切れることなく続いて丸1年が経過した。被災地の復興の進捗状況はどんな感じであろうか。決して忘れるべきでない歴史的事実を後世に伝えていくことが重要である。何時何処で起きるかもしれない自然災害を私達はどうやって乗り越えるべきか、又どうやって尊い命を救い被害を少なくするか等について、被災地の方達から学ばなければならない。まだまだ復興とは程遠い東北を日本全体で支えていくべきである。被災地である宮城・岩手・福島の会長をインタビューし、復興への道筋をお聞きした。

宮城県は死者9510人(60歳以上62%、溺死8691人・焼死81人、圧死・損傷死他273人、不詳465人)・行方不明1694人もの大切な命が失われた。また助かった人たちの生活が奪われ壊された数は、はかりしれない。 宮城県柔道整復師会は、阪神淡路大震災での苦い経験を生かして、1996年に接骨院ボランティア宮城(SVM)を立ち上げ、組織的本業ボランティア活動を地道に行ってきた経験と実績が今回のような想定外といわれる大震災に対しても地域住民の医療救護と支援にあたることが出来た。 (社)宮城県柔道整復師会会長・豊嶋良一氏にお話しをいただいた。

 

―1年間の苦労や、湧き起ってくる思いをお聞かせください。

やはり一番苦労したというのは、会員が患者さんを診ることが出来ない状況、つまり治療室をあけることができない、又、患者さんも治療どころではない状態だったことです。
確かに沿岸部の津波による被害は想像を超えるものだったのですが、内陸部においても震度6強~7強だったものですから、殆どの治療室は何らかの被災を受けたことになります。
その中で患者さんを診ることができる環境を整え、患者さんが元の様に来院されるまでには随分時間がかかり大変でした。
執行部としては、会員の安否確認からはじまって、再開に至るまでを区切りとして全力投球しました。特に私が最初行ったことは、明日の生活費の為金融機関に会員むけの融資をお願いしたり、パソコンをはじめ、カルテ等の紛失、負担金の問題を行政にお願いに行ったりしました。当初、収入がないのに各月の引き落とし等はそのまま継続されていました。あとは避難所へのボランティア活動の仕切りを、5月末まで継続する為に奔走しました。その間にも日整の萩原会長をはじめ、色々な方々に被災地に入って頂き実状を見て頂きました。県外からのボランティアの方々を受け入れコーディネートすることや被害の大きかった会員を再開させることに力をそそぎました。その様なことが1年間で一番大変だったことではないでしょうか。
日整本部をはじめ、各県又は個人の皆様からの心温まるお見舞いは再起への大きなはずみになりました。改めてこの場をお借りし、衷心より感謝と御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 

―震災が起こって直ぐ取られた行動、それ以降に取られた行動等、お聞かせ下さい。

当会、当会館の近くで開業している保険部長が即事務所の被害状況を見に駆けつけ、転倒物等の簡単な片づけをしながら職員を帰し、その日は事務所を閉めました。翌日からは、会員の安否や被災状況の確認を主体的作業としながら、沿岸部会員の安否確認に行くための、緊急車両の許可証を申請しました。現地は警察や自衛隊、消防署等の緊急車両優先で一般車両は一切入れない状況でしたから。
北は気仙沼から三陸、松島、南は名取、亘理付近まで施術所や会員の安否確認のため、記録映画でしか見たことの無い悲惨な状況を見て回りました。
地震直後、海岸付近で津波の警戒避難誘導にあたられていた警察官、消防士、消防団員が多く亡くなっています。敗戦後はこうだったろうなと想像できるようでした。人々の顔も服装も真っ黒で緊急用に持参したおにぎりを一個出すと、わぁっと飛び付いてくる状態でした。
一面のヘドロ、火災で焦げた臭い、オイルの臭い、魚の腐敗臭などの入り混じった筆舌表しがたい悪臭がしばらく鼻について離れませんでした。 安否確認と情報収集と共に当会SVM組織の機能回復への行動でしたが、発達した情報網の時代が当たり前化していたのが、ライフラインがきれるということは何事も前に進まないということを痛切に感じました。

 

―会員の方、会員の家族の方達の被災状況等はどうだったでしょうか。

会員、知人には自宅や治療室が無くなった方も、奥様お子様をはじめ多くの家族を亡くされた方もいます。例えば、津波により奥様と二階まで逃げて、自分は屋根をぶち壊して逃れましたが奥様は天井を開けることができずに無念なことになった。そういう方が沢山います。とても悲惨なことです。

 

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