この人に聞く!【明治国際医療大学 保健医療学部 柔道整復学科スポーツ科学講座 教授・林知也氏】
これまで柔整ホットニュースでは、柔道整復大学で活躍されている教育者にテーマを設け、リレー式でご執筆いただいてきた。しかし、近年の柔整教育は4年制大学と3年制専門学校の2極化が進展していることから、大学と専門学校の差別化が加速すると思われる。そこで柔整ホットニュースでは、〝柔整教育の根幹はなんぞや〟という大きな問いかけをテーマに専門学校の教育者、大学の教育者両者に提言いただくことにした。今回の執筆者は、明治国際医療大学 保健医療学部 柔道整復学科 スポーツ科学講座 教授・林知也氏である。
研究を遂行するために必要なこと
-柔道整復を学問として構築するために-
明治国際医療大学 保健医療学部 柔道整復学科
スポーツ科学講座 教授 林知也
私は、4月より明治国際医療大学の教授を任命され、新設されたスポーツ科学講座にて職位に重責を感じつつ、柔道整復での研究の進め方、学生への教育方法、研究成果の学生や地域・社会へのフィードバックの在り方など、それらの効率的、かつより良い方法などを日々考えながら、教育・研究を行っております。今回、「学問としての柔道整復」について述べさせていただく機会をいただきましたので、若輩者ではありますが、筆をとらせていただきます。柔道整復を世の中に拡げ、多くの人に必要性を認めてもらうには、今現在多くの臨床家の先生がされている臨床面での地道な活動の拡充だけでなく、学問としての柔道整復を確立させることも重要だと考えています。学問として柔道整復を確立するために必要な教育や研究の具体的中身につきましては、このシリーズにおきまして各先生が多数の貴重なご意見を述べられていらっしゃいますので、今回は一般論として研究を遂行するために何が必要かについて、大学教育を中心に私なりの考えを述べさせていただきます。
私は現在、大学と姉妹校の専門学校で、生理学系の教育を担当しています。生理学というと、「難しくてよく分からないし、暗記する量が多すぎて大変な科目である。」という学生が多いようです。それに対して解剖学は「暗記する量は多いけど、画で分かるから覚えやすい。」という声をよく聞きます。解剖学は、生体を構成する要素の形とその名称を“覚える”ことが中心の学問であり、後は頭の中でそれらを立体的に構築できる能力があれば解剖学は修得できると捉えています。それに対し、生理学は目に見えない生体の機能を扱うため、働きを“考えて想像する”ことが必要となってきます。生理学を単位として修得させるだけであれば、表層だけを単純に暗記させるだけでも良いかもしれませんし、国家試験もパターン認識によってクリアーできるかもしれませんが、実は“考えて想像する”力をつけさせることによって、暗記する量を格段に減らすことができますし、それによって得られた知識を、臨床の科目等に応用できます。世の中の映像・画像技術の発達もあり、今の学生は映像や画像から視覚的に情報を得ることは得意ですが、画像以外の情報から頭の中で画像を作って理解することは苦手なようです。実は研究に必要な疑問を解決する能力には、この“考えて想像する”能力が必要となってきます。
今から二十数年程前に明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)鍼灸学部の学生だった私は、卒業時の進路について、臨床の場に出るか、卒業時に設置される予定の大学院に進むか悩んでおりました。当時は研究というものについて、何かを解明したいとか、研究によって社会に貢献したいなどの崇高な考えはなく、「研究って面白そうだな」という程度の考えしかありませんでした。悩んだ末に大学院に進むことを決めたのですが、進学後に、研究とはそう簡単にできるものではないことを、いやというほど思い知らされました。
与えられた研究テーマに沿って、教わった手法でそのとおりに実験を行い、データを出すことは比較的簡単なのですが、ある事象に疑問を持ち、実験手法も自分で選びながら、研究を進めるとなると突然にハードルが上がります。正確なデータを出すためには、実験手法や実験装置の原理を含んだ幅広い研究方法の知識が必要であり、得られたデータから客観的な解釈をして結論を得るためには、専門領域だけでなく関連領域の幅広い知識が必要となり、さらにここで客観的なものの見方をするために“考えて想像する”力が必要となります。研究分野にもよりますが、研究には世界で共有した知識が必要となり、その成果も世界で共有されることが必要となるため、研究を遂行するためには研究知識だけでなく、英語などの論文を読み書きする語学力も必要となってきます。このように、研究を遂行するためには、語学も含めた多くの知識と、客観的なものの見方が必要となるので、研究を遂行できる研究者となるためにはそれなりの時間と努力と手間と、最後まで研究をやりぬく“情熱”が必要となります。
大学は教育・研究機関であるため、大学の教員の多くは修士、博士の学位を持っています。それらは単に肩書ではなく、研究者を示す称号だと思っています。博士を意味するPh.D.はDoctor of Philosophyの略称であり、“真理”を発見・追究することができる者に与えられる学位だと私は理解しています。修士は、研究をするための方法を一通り身に付け、研究とは何かをある程度理解した者に与えられ、学士は研究するために必要な知識を一通り持つ者に与えられると、私は理解しています。
誤解しないでいただきたいのですが、博士や修士(あるいは学士)を持っていないと研究ができないということを言っているのではありません。博士や修士は学位授与機関から与えられる称号ですので、取得するためにはそれなりの手続きを踏み、それなりの時間が必要となりますので、立派な研究をされている先生でもお持ちでない先生も数多くいらっしゃいます。ただ、“真理”を発見・追求するための研究というものは、そう簡単に“完成”させられるものではなく、しっかりした考えや、知識、経験がないとできないものであり、それらを身につけるためには、それなりの時間と手間と覚悟が必要になることを知っていただきたいのです。
私が教鞭をとる大学では、4年生の4月から「卒業研究」、すなわち卒業ゼミが開講されます。この原稿を書いている今現在は、4年生の学生がどのゼミに入るか悩んでいる最中です。卒業ゼミで行う研究では、勿論、一通りの実験を行い、データを解析し、卒業論文を書かせますが、そこで必ずしも新しいことが発見、証明できなくても良いと私は考えています。先に述べました学士に対する考えから、「研究はこのように行うものだ」ということを一通り“体験”してもらい、“考えて想像する”力をさらに養ってもらえば良いと思っています。
ゼミに入る前の多くの学生は「研究って簡単にできるんだ」と考えており、特に私のゼミに入った学生は大概自分の考えが甘いことを認識し、研究の大変さを知りつつ“考えて想像する”力を蓄え、おそらく最後は研究の重要性と面白さを理解して卒業していくものと思っています。後継者としての研究者を育てることも重要ですが、研究者とならない多くの卒業生を、“考えて想像する”力を多く蓄えscienceを基盤としたものの見かたができる学士として育てることは、大学にとっての使命であると考えています。
柔道整復系の大学では、大学院を設置したところも出てまいりました。学問としての柔道整復を確立、維持するためにはほとんどの大学で大学院(勿論、博士後期課程まで)は必要となってきます。大学院ができた以上、勿論大学院生には良い研究をしていただくことが望まれますし、将来は研究者として嘱望されるでしょう。しかし一般論として、大学院の定員は学部の定員よりはるかに少ないですし、目指す学生もそれほど多くないでしょう。大学院の裾野を広げるためにも、柔道整復系の各大学で大事なことは、これまで以上に、研究を一通り知っていて、かつ物事に常に疑問を持ち、“考えて想像する”力によってその疑問を解決する能力を備えた卒業生を数多く輩出することではないでしょうか。そのことが、学問としての柔道整復を確立することの一助になることと私は信じます。
林知也氏プロフィール
【経歴】
1993年 明治鍼灸大学大学院鍼灸学研究科修士課程修了,修士(鍼灸学)
1997年 岐阜大学大学院医学研究科博士課程修了,博士(医学)
1997年 岐阜大学医学部 生理学第2講座 助手
2002年 明治鍼灸大学 第1生理学ユニット 助手
2004年 明治鍼灸大学 生理学ユニット 講師
2009年 明治国際医療大学 生理学ユニット 准教授
2013年 明治国際医療大学 スポーツ科学講座 教授
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