第1回転倒予防指導士基礎講習会 開催される
平成27年2月7日(土)・8日(日)、ヒューリックカンファレンス(東京都台東区)において、日本転倒予防学会「第1回転倒予防指導士基礎講習会」が開催された。
前身団体である転倒予防医学研究会主催の「転倒予防指導者養成講座」では18回の開催で1,000名近い参加者を集めたが、今回より、日本転倒予防学会が認定する「転倒予防指導士」講習会と改め、講習終了時に実施される認定試験に合格することで「転倒予防指導士」の資格が取得できるようになった。
当日は理学療法士・介護士・看護師など80名が参加し、グループワークを含め受講した。日本転倒予防学会理事長の武藤芳照氏は、〝北は北海道、南は鹿児島・沖縄と、全国から、多職種で様々な専門性を持った方々が集まっている。ぜひ学会終了後にも連絡を取り合っていただき、輪が広がるようにしていただきたい。明日には日本で初めての転倒予防指導士が誕生する。この講習への参加が社会に役立つようにと考えている。今日明日としっかり勉強していただきたい〟と激励した。
講義1「転倒予防の基本理念と健康」
日体大総合研究所 所長 武藤芳照氏
転倒した高齢者は対照群に比して生命予後が著しく不良であると言われるが、からだが弱くなっているから転倒するという考え方が大切である。転倒を契機として、大腿骨近位部骨折などを起こし寝たきり・要介護となったり、転倒を恐れ閉じこもりがちになり廃用症候群をきたしたり、持病が悪化・合併症を起こすなどして死に至る場合がある。転倒は、年齢・病気・薬・運動不足などの要因が重なることによって起こる。1度転ぶとその後の1年間で再び転倒するリスクは約5倍とされており、予防が重要となる。そして事故が起こってしまったら、発生状況別に情報を収集・整理して分析し、個別的課題・共通的課題について考え予防策を講じる必要がある。転倒には、防ぐことができる転倒と、現状の仕組みでは防ぐことができない転倒がある。それらを認識したうえで具体的・個別的転倒予防の取り組みを推進する。転倒を予防することで、寝たきり・要介護状態を予防し、高齢者の健康と幸福と自己実現にまで結びつけることができる。それと同時に専門職スタッフの知識・経験・技術を融合させて、質を向上させると同時に専門職の人々の誇りと自信、希望につなげることも重要である。
講義2「転倒および転倒予防の現状と課題」
「転倒後の外傷に対する治療とその予後」
慶応義塾大学医学部リハビリテーション医学教室 助教 大高洋平氏
重力の下で生きる時点で転倒はつきものだが、それとどう付き合っていくかが課題である。現在は世界的に長寿社会となっているが、その中でも日本は抜きんでて高齢化が進んでいる。全転倒において5~10%に骨折が発生し、1~2%に大腿骨近位部骨折が発生している。日本における転倒率は、地域在住高齢者で10~20%ほど、施設入居者で約30%とされている。高齢者の不慮の事故死では、転倒・転落は窒息に次いで2位だが、3位の溺死・溺水のうち浴槽での転倒等を含めると1番多い非常に重要な事項である。要介護となる原因としても骨折・転倒は11.8%を占めている。転倒は外傷だけではなく、自信喪失や転倒恐怖などの心理的問題も引き起こし、要介護状態につながると社会的に問題視されている。転倒による骨折の種類は年齢層により異なり、橈骨遠位端骨折は50歳代、大腿骨近位部骨折は70歳代に起こりやすい。日本では1987年以来大腿骨近位部骨折が増加しており、25年間で5万3千人から17万6千人にまで増えた。大腿骨近位部骨折は生命予後と密接に関係していると言われ、発症後1年間の生存率が低下する。大腿骨近位部骨折の手術の方法として固定骨接合術や骨頭置換術などがあり、高齢者も積極的に手術を受けるケースが多く94%に及ぶ。実際に、保存的治療よりも手術をした方が予後が良いとされている。複数回の転倒が起こったら、原因を究明し除去改善を行うことで再発を防止したり予後を改善することができる。
講義3「転倒のリスクおよび機能評価」
「転倒予防の運動療法」
雲南市立身体教育医学研究所うんなん 主任研究員 北湯口純氏
転倒は結果でもあり原因でもある。転倒を予防するには何故転倒が起こるのかという背景や要因を適切に評価して、転倒リスクに応じた対策を講じる必要がある。なかでも身体機能の低下は高齢者の転倒の大きな要因となっている。多角的に評価を行い、それに基づく多角的な介入を行うことで、転倒を防ぐことができる。運動機能の測定は特別な装置を必要とせず簡便に行えるため、様々な測定を組み合わせて総合的な評価を行い、適切な転倒リスク評価を行うことが重要となる。結果の良し悪しだけではなく、自分の体の状態をきちんと把握してフィードバックをしっかり行い、今後に生かすことが大切である。転倒は身体機能の低下によるところが大きいが、内的要因が大きくなればなるほど住環境などの外的要因の影響も受けやすくなり、介入効果を得ることも難しくなってしまう。機能が伴わないまま急激に活動度を上昇させると転倒リスクも高くなってしまうため、段階的にアプローチするなどリスク評価に基づいた対策が必要となる。高齢者の運動指導には、主体的に無理なく行うことができ、安全で効果的であることが求められる。転倒予防の効果に限らず、高齢者の健康増進に身体活動は欠かせず、個々の状況に合わせたアプローチが必要となる。
講義4「疾病と転倒予防」
みまき温泉診療所 所長 奥泉宏康氏
転倒には内的要因と外的要因があるが、内的要因である身体要因としてパーキンソン病、進行性核上性麻痺、筋委縮性側索硬化症などの運動要因、末しょう神経障害や視覚障害などの感覚要因、認知症等の高次要因などがある。パーキンソン病は前傾姿勢やすくみ足などの症状が現れるが、薬物での治療が可能である。進行性核上性麻痺は前頭葉の委縮も見られるのが特徴であり、6か月頃から転倒が出現するようになる。脊髄小脳変性症は歩行障害などの運動失調を主症状とする。特発性正常圧水頭症は、歩行障害や認知症、排尿障害を特徴としているが、髄液シャント術で改善可能である。糖尿病患者も神経障害を起こしやすく年間に18~78%が転倒している。大腿骨近位部骨折は視力低下、コントラスト感度や視野の低下と関連している。前立腺肥大症や前立腺がんは男性ホルモンの減少、夜間頻尿により転倒リスクも高くなり、さらにホルモン療法で筋力低下、貧血、骨塩量減少をきたし転倒・骨折リスクが増大する。処方薬剤数に比例して転倒リスクは高くなり、5剤以上の多剤投与はハイリスクとされる。特に抗精神病薬やベンゾジアゼピン系薬、抗うつ剤などを使用している場合は特に注意が必要となる。転ばないために、①住環境の整備、②トイレ・入浴時に目を離さないこと、③声掛けを念入りにすること、④トイレは時間で促すこと、⑤屋外は付き添ってもらうこと、⑥けがが最小限になるよう心掛けること、などがポイントとなる。
講義5「認知症に対する転倒予防」
「転倒アセスメントシート」
佐久大学看護学部 教授 征矢野あや子氏
認知症患者はこれからますます増えていくと予測されている。認知症は行動症状として徘徊、攻撃、暴言など、心理症状として興奮、不安、うつなどがある。認知症の周辺症状には治療薬はないことから、日常生活の改善を目指すため非薬物療法が取られることが多い。認知症高齢者は身体機能・歩行機能・バランス機能の低下により転倒することが多いため、外傷を伴うリスクも高い。脳の障害により各種の神経症状、錐体外路症状(パーキンソニズム)、自律神経の機能低下などが生じ、歩行を傷害する。レビー小体型認知症はパーキンソニズムを伴うことが多く、アルツハイマー型認知症よりも10倍転倒しやすい。 認知症高齢者との向き合い方として「パーソン・センタード・ケア」という考え方がある。認知症患者の世界を理解し、どのように感じているかを考えてみるなど、認知症高齢者の視点を重視することが重要となる。活動を制止することはできないので、ベッドをすべて柵で囲うのではなく下に降りられる隙間を開けておく、すべり止めマットを敷く等、安全な行動をとれるよう誘導・支援することも重要。また認知症患者は周囲の環境に影響されやすいので、介護者は忙しい時も声を荒げない、そっと見守るという患者が過ごしやすい環境を整えることも大切だ。
講義6「在宅における転倒予防」
「地域連携のためのチームマネジメント」
慶友整形外科病院リハビリテーション科
転倒予防骨折予防センター 室長 森田光生氏
在宅における転倒場所は圧倒的に庭が多いが、加齢に伴い居間・便所・寝室での転倒が増加する。しばしば取りざたされる浴室については、転倒率は6.2%であるが死亡事故に直結しやすい。加齢により転倒恐怖は増していく傾向にあり、特に女性は恐怖感が強い。恐怖感は行動を制限してしまい、廃用性疾患を引き起こす可能性がある。在宅での転倒予防では、行政サービスや地域運動指導員などの多職種連携が重要となる。2006年から市区町村に義務付けられた介護予防事業では転倒(骨折)予防教室が行なわれ、実施自治体の9割が「効果あり」とした。転倒予防教室実施に際しては、高齢者の健康障害、ADL、転倒リスクなどから参加可能であるか評価すること、高齢者が自ら進んで参加できるよう意思決定を支援すること、自宅でも行える運動を指導・習慣化することなどが大切である。住み慣れた家を変えないで暮らし続けたいと願う高齢者は高齢になるほど多くなるが、転倒の一因が居住環境にあることを認識していないケースが目立つ。住環境の整備として①注意力を高める、②模様替えを実施する、③福祉用具を活用する、④住宅改修を実施する、などのポイントがある。地域における運動プログラムについては、頻度は多くなくとも継続が重要であり、公的機関や行政とお互いのニーズや問題点を共有し、連携を図る必要がある。
講義7「病院・施設における転倒予防」
「転倒予防の限界と法律的責任」
みまき温泉診療所 所長 奥泉宏康氏
平成25年の医療事故報告では、転倒・転落は治療処置に次いで多く、全体の約23%を占めている。ヒヤリハットでも2位であり、医療事故での比率が高く死亡や高度に障害残存の可能性が高い症例がみられる。病院における平均転倒率は1000人につき2~3人とされ、入院1週間目と退院間近に多い。トイレ動作やベッドからの移動動作の際に転倒することが多いとされており、排尿時には注意が必要となる。65歳以上の転倒においては認知症や脳血管障害、パーキンソン病、悪性腫瘍、糖尿病患者などが多くみられ、筋力が落ちていることも考慮して疾病の治療だけでなく転倒予防の指導も行うべき。しかし転倒には避けられるものと対応が困難なものがあり、それらを認識して出来る対策を行ない全体のリスクを減らしていくことが重要となる。介入下での転倒・転落は看護や介助方法を見直すことにより対応が可能である。非介入下の転倒では、患者が「できるはず」と自力行動する中で起こることが多い。医療スタッフだけでなく患者及びその家族に対しても転倒予防の教育を行ない、転倒リスクをアセスメントしたうえで環境を整備する必要がある。そのうえで転倒のおそれがある人は監視を強化し、緩衝床、緩衝マット、ヒッププロテクターなどで骨折・外傷を予防することが大切である。
2日間に及ぶ講習終了後、受講者は認定試験に臨み見事全員合格となった。緊張の表情から一転、会場は安堵と喜びに包まれた。学会理事長の武藤氏は〝全員が笑顔で終わることが出来て大変ほっとしている。運営スタッフも全員が合格であることがわかり拍手をしていた。学会初の事業であり行き届かない点があったかと思うが次回に繋げていきたい。学会の活動には学術研究と社会的活動があるが、私どもは「人材育成」を三本柱に据えている。その主たるものが転倒予防指導士の養成事業であり、今回このように無事に転倒予防指導士が誕生したことを嬉しく思っている。それと同時に社会的責任も増したと感じている。これからもご支援ご協力をお願いしたい〟と締めくくった。
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