HOME トピック 柔整探訪、業界内に埋もれている秀でた先生を発掘!【第1回:鶴亀(つるき)整骨院 伊藤篤 氏】

柔整探訪、業界内に埋もれている秀でた先生を発掘!【第1回:鶴亀(つるき)整骨院   伊藤篤  氏】

トピック

近年、柔道整復業務内容が不明確になったとされている。古くから「骨接ぎ」として、外傷および運動器の疾患を担当し、医療の裾野を担う職種として、地域に貢献してきたことは紛れもない事実である。

柔整養成校の急増に伴い夥しく誕生した柔道整復師は従来の柔道整復師と一体どこが違うのか?勿論、今の時代背景もあるが教育者並びに業界の責任が問われるところである。今後柔整業界はどのように整理区分され、どのように統一されていくべきなのか?また、保険者が発行するパンフレット等に記されている単なる肩こり・単なる腰痛はどういうものなのか?それにはどのようなことを提示していけばいいのか?

長野県の伊藤篤氏に率直に話していただいた。

現在の危機的な状況を打破するためには、 柔整の基準づくりを進めるべきと考えます!

―伊藤先生は米田柔整専門学校を卒業され、その後長い期間病院に勤務されていらっしゃったとお聞きしましたが、これ迄の経緯などを教えてください。

諏訪の高校を出て、米田柔整専門学校に入学、学生の時から接骨院に入りまして、学生の時の3年間と卒業してからの5年間、計8年間接骨院に勤務しました。昔からよく言われているお礼奉公といいますか、お世話になった以上は、最低でも卒業してから3年以上という思いでしたが、もっと勉強したいということで結局5年勤務しました。その後開業も考えましたが、友人から〝整形外科も見ておいたほうがいいよ〟と勧められ、たまたま通りかかった道に新規に開業される整形外科病院の募集が出ていて、ふっと目にとまり応募しましたら通って、開業のメンバーに入り、リハビリ室を全面的に任されました。何故かというと、院長先生は整形外科医でしたが、それまで主に救急医療に居たということもあって〝私はリハビリのことは全く分からないんだ、先生頼むよ〟と仰られそれからずっと5年間主任で勤めましたが、周りのスタッフ達とのコミュニケーションをとっていかなければいけませんし、女性ばっかりで男性は院長と私だけだったものですから、女性とうまくやっていくのは気を遣って結構大変でした。患者さんはあれよあれよという間にどんどん増えて、最初の内はのんびりやっていましたが手がまわらなくなってしまう程でした。非常に良い経験をさせていただきましたし、強い信頼関係も出来ましたのでそういう点でとても有難いことでした。やはりドクターと一緒にそうやって仕事が出来て信頼していただけるというのはこの上ない悦びでもありました。開業することは高校を卒業して名古屋に行く前から親に告げて出て行ったことなので、変える訳にはいきませんでした。既に院長には〝将来的には開業します〟と伝えておりましたし、時期は明確に伝えていなかったんですが、決まった時点で直ぐに伝えました。

整形外科というものはどういうものかということを観させていただいて、柔整と整形外科の比較が出来るようになりました。柔整だけでも勿論やってはいけると思いますが、やはり整形外科に勤務して本当に良い経験をさせていただきました。整形外科でも病院によっては全然違って、それによって任され方も違ってくると思いますし、また経営方針によって違いがあると思います。病院の方針は病院長が決めることなので、それにどれだけ添っていけるかは、中々難しい面もあります。

―地元で開業されて、どうでしたか?

勤務時代は、治療だけ専念してやっていれば良かったんですが、独立開業してからは、そこに経営というもう一つ新しいジャンルが入ってくることになって、治療に専念したいけれども、治療に専念していると経営が疎かになり、今度経営のほうを考えると治療が疎かになって、相反するもので、そういった葛藤が物凄くありました。患者さんも順調に増えてきましたが、開業する前の目的や理想からどんどん離れていってそれによるストレスが溜まって、それを何とか凌いで、これぐらいでやっていかなければいけないのかなと思い始めた頃、茅野の牛山先生とお会いして言葉をかけられた時に〝これが自分が求めていたものだ!〟と気づかされました。これが本当に自分がやりたかった患者中心の患者のための医療であり、接骨院としてやっていくために必要なことを教わり、方向転換をはかることが出来ました。当然生活は苦しくなるだろうと思いましたが、辛い時期を凌いでなんとか方向転換をはかることが出来て、今本当にやって良かったと思っています。

―整形外科診療と柔道整復診療には何か違いがありますか。

整形外科と接骨院は、基本的に運動器を扱うという点では一緒だと思います。ただ扱う範囲として整形外科は運動器全般ですので、多種多様な疾患、それこそ危険なものも扱っておりますが、個人病院では扱える範囲が限定されますから大きな病院に送ることになります。一方柔整は運動器を扱っておりますが扱える範囲が限られ、機械的に加わった外力によって起こる外傷であったり、炎症性の疾患等、範囲が限定されています。とは言っても、限られている中でも結構巾は広く、要は保存的に治療を行いますが、その違いはあります。整形の場合、所謂薬・注射・手術が基本で、当然整形でも保存的な治療を行います。それでもあまり多くはないと思います。今、当院にみえる患者さんから話を聞いても薬・注射中心の治療が多いです。また、画像があると無いとでは、診断力の違いは大きく、昔は負い目に感じていましたが、逆に今は有利であると感じるようになってきています。画像よりもっと早く診断できる方法、症状から診ていくという方法で、それは我々の武器だということが分かりました。場合によっては画像があったほうが良いものも当然ありますので、そういうものに関しては病院に送るようにしています。それらをキチンと、こういう症状はこういうタイプという風に区分・鑑別が出来るようになってこないと分からないので、その症状が一体どういうものかの判断がつかないと思うんですが、その区分ができるようになってきた時に〝あ、これはやはり有利だな〟というのが分かるようになってきました。当然、多くの経験をして、沢山の症例を診ていかないと分からないと思いますが、その基準となるものがあれば、これはこういうものだなということをその基準から判断が出来るようになるだけでも違ってくると思います。例えば本に書いてあることが、本当にそうなのかというのは経験することによって〝本当にこれはこういうものなんだ〟と実感するとまたそれが次に繋がっていく可能性がある訳です。ただ診ただけ、知識として入っただけでは、凄く勿体無いのでそれが実際に現場に役立つようになっていった時にそれが宝になると思います。

―整形外科の保存療法と柔整の保存療法において違いはあるのでしょうか?

そんなには大きく変わらないと思いますが、捉え方は多少違うかもしれません。柔整のことをよく理解されている先生であれば、似ていると思います。ただ、ドクターが診るのと柔整が診るのでは視点が異なるところがあると思います。私自身、整形外科に居た時にカンファレンスの時の視点が違っていました。柔整は割と全体的にみますが、整形は疾患の部分的なものをよく診れらますし部分的な知識が非常にたけていますので、そういう点では、柔整はかなわないんですが、全体像を診るという点では我々のほうがいくらか良いと思います。余程の状況じゃない限り整形外科も、保存で様子を診ていてそれがダメだった場合、手術でということになる訳ですが、部分的に診ているという点で、よくなっていかないことが結構あります。私が整形に居たとき、そういった患者さんを任されて、部分的なものだけではなく、何故そうなっているのかという全体を診てやるようにしていて、それが結果に繋がっていった時に、〝あ、そうなんだね〟と院長から信頼をいただいたものですから、そういう点の違い、整形の良さと柔整の良さとの両方を併せてその病院でやって来ましたので、他には無い整形外科が出来上がったと思います。

―それは患者さんにとって理想的ではないでしょうか?

ええ、確かに理想的だと思いました。だからこそ、患者さんからの信頼も非常に厚かったと思います。今でも話を聞く限り、変わらないスタイルでやっていて、そういう基礎づくりに私も貢献出来たということで、相変わらず忙しいという話を聞いています。その後、今は理学療法士さんも雇ったりされている様ですが、院長先生は〝柔整のことは忘れていない〟と伺っていますし、大元にはそういうものがあったからであるというのは、常に頭にあるそうです。このことは私の励みになっています。その病院の地域の方々は非常に恵まれていると思いますし、患者さんにとってはとても良いと思いますが、周辺の整形外科や接骨院にとっては辛い面があると思います。逆にそういう整形と上手く密接に提携組んでやっていけるようになって患者さんのやり取りが出来るようになり、患者さんを送ってもちゃんと返ってきます。もし危険性があれば、返書に〝様子をみます〟等、必ず一方通行ではないやり取りが出来ます。患者さん中心でやるかやらないかでその辺が変わってくるように思います。

―伊藤先生は、柔整業界の現状についてどうお考えですか?

柔整の現状は、非常に危ない状態であるということは以前からずっと感じています。私の師匠である先生からも常に言い聞かされていたものですから、危機感は常に持っていました。未だその頃は具体的には全く分っておりませんで、ただ危ないという漠然とした思いがあり、いろんな技術を学んで、もし保険がダメになっても備えをしておく考えでした。しかし、実際に自分で開業してからはまだまだこの柔整は捨てたもんじゃない、この柔整をダメにしては勿体無い、この現状をなんとかしたいという思いがどんどん強くなってきています。

―伊藤先生は柔整業界が今後どのようになっていけばよいと思ってらっしゃいますか?

やはりこの現状を打破するためには、柔整業界自体の基準を明確、且つ公けに示さなければダメだということを最近よく感じます。それを今までやってきていなかったために、例えば保険者からの信用を失って、どんどんダメになっていってしまうのは、本当に危険だと思います。それには業界団体がバラバラに動いていたのでは、この現状は突破できないと思います。1つになることによって、大きな力が必ず生れると思いますし、どうしても大きな力が必要です。そのためにはみんなが1つにならなければいけないというのは常に感じています。

―中央と地方の違い等について、何か感じられていらっしゃいますか?

恐らくやっていることは何処でも一緒です。ただ経営的な面から見れば、都会と田舎の違いはあると思います。都会は人の数も多いですから、当然ニーズも多いと思います。一時期、名古屋で開業を考えたこともありましたが、それでも田舎、地元に帰ってやりたいという気持ちは強くありましたし、地元に貢献したいという気持ちがありましたので、今はここでやって良かったと思っています。地域にどれだけ貢献していけるかというのは、やはり本人次第ですので、何処でやろうが、そんなには大きく変わらないと思います。キチッと信念を持ってやれるかやれないかです。都会ではマッサージをして欲しいという患者さんが多く居て、医療サービスという言い方をされるんですけれども、確かにサービスもある意味で必要と思います。しかし、我々柔整師がしっかり患者さんをリードしていかなければなりません。患者さん中心でやっていても、そこは個人的ニーズに応えるのではなく、こちらの治療方針と指導管理のやり方を守っていただかなければ確実によくなっていかないということを分かっていただかなければなりません。要は説明をきちんと出来るかどうかです。開業当初は私もマッサージはやらないという考えでした。しかし、何故我々柔整が肩揉んだり腰揉んだりするのか、それが如何役に立っているのかということが理解できた時に〝あ、こういうものも必要だ!〟ということがよくよく分かったものですから、考え方は今は大きく変わっているんですが、やっていること自体はそんなには前と変わっておりません。ものの見方、考え方をちょっと変えるだけでマッサージに対する偏見がとれました。その様に説明責任があるのにそれが果たせていないから保険者さんにしてみればますます不安が募り、もう信用できないという今の現状に繋がっていると思います。従って説明責任を果たすことをしていかない限りは今の危機的な状況は変わらないと思いますし、寧ろ酷くなる一方だと思います。

―厚労省から保険者に通知が出されたこともあり、適正化という名のもとに患者照会や返戻が頻繁になっていますが、伊藤先生はそのことをどのように思われていますか?

沢山経験しています。以前は非常にイヤだなと思っていました。今も決して良い訳ではありませんが、1つ違う点は〝別に恐れることはない〟〝別に悪いことをやっている訳でもない〟と。そういうものに対して、普通にやっていれば別に何の問題もないことなのに、何故そんなに恐れなければいけないのかと思うようになりました。

―伊藤先生自身は毅然とされていますが、患者さんはイヤがりませんか?

嫌がると思います。多分、患者さんが来なくなったということに繋がっている点はあると思います。パンフレット等に〝外傷のもの以外は接骨院にかかってはいけない〟という書き方をされているものですから、当然患者さんにしてみれば〝えっ?〟と思うんですね。それでも普段から接骨院がどういう所かということをキチッと説明が出来ていて、信頼関係が出来ていれば、患者さんが〝先生、こんなものが来たよ〟と持ってきてくれますが、別に何も恐れるものがないので〝もしそれに何か言ってきたら私が対応するから好きなように書いて〟と患者さんに心配させないように安心させるように答えています。保険者さんとの信頼関係を取り戻すためにはキチンとこちら側が基準を示していく必要があると思うんですね。それを今までやっていないということが、今のこの現状に繋がっている原因だと思いますので、その原因が排除されればこの現状は突破できると考えております。

―そういった状況が今後も続き、ますます増えていく状況というのは、柔道整復師がどんどん誕生している背景があってのことだとも思われますし、それらの相乗作用が働いて業界が混とんとしており、規律が働かなくなっているように感じます。若い伊藤先生はこういった事態をどう思われ、どうすれば悪循環を断ち切れると思いますか?

国に対してキチンと基準を示いくことは学会の役割なのかなとも思いますし、そういうための学会でもあると思うんです。国のほうから適切な指示が下りてくるようにこちら側が明確に示していかないことには変えることは不可能で、やはりそれが柔整の弱点なのかなと考えています。他の整形外科、臨床整形外科も学会が基準を公に提示して明らかにしています。そのように柔整もキチンと示していかないことにはやはり信用されないと思うんですね。それが出来ていないから今の状況がどんどん悪化していってしまう。学会にはそういう役割があると私は思います。単に症例発表をすることも財産であると思いますが、その場その場で終ってしまったら勿体無いですし、その財産を如何活用していくのか、それらをしっかり纏めあげて、基準作りをして公に表明していかなければと思います。そのためには他人任せではなく、そういう行動を起こしていかないことには人を動かすことは出来ないと思うんです。ただし、一人の力ではとても難しく賛同者を少しでも増やして行けたらと思っており、その兆しが若干見えているかなと今感じています。集ったら必ず大きな力になります。

―整形外科の論文に匹敵するほどの論文発表をされている方もおられますが、柔整学の論文とすべきなのか、整形外科学的とすべきなのか?

整形外科と同じように書かれた優れた研究発表も多々ありますが、それを柔整に転換していかなければ、柔整の現場に役立っていかない訳です。そうでなければ〝整形と同じことをやりました〟で終ってしまいます。どうしても整形のほうが我々柔整よりも上という風に皆さん思っていて、当然学問的には医者にかないません。しかしながら、先ほども話しました通り、柔整は医療の一部を行っている訳で、ある一部に関しては優れている点が未だ今であればあると思っています。なので全体から見れば医者にはとてもかないませんし、大半の方がそう思っていて、少しでも整形に近づけようと勉強していると思います。私も整形に居た時はそうでした。整形はどういうものか、整形的疾患はどういうものかということも学ばせて頂きました。ただし、そのまま行ってしまったならば、それはやはり柔整ではないんですね。柔整というものが如何いうものなのかということを理解できていないと転換出来ないと思います。私は両方見てきたことによって柔整と整形の良さ、その両方を融合することを今は行っているところです。柔整だけでは足りないですし、整形の知識というものがないと今の現状を変えることはできないと思っています。つまり整形の知識は絶対に必要ですが、其処で終るのではなく、柔整の現場に役立てるためには転換が出来ないといけません。そのためには柔整というものをよく理解しないと出来ないと思います。こんな偉そうなことを言うと生意気だと思われるかもしれませんが。

―所謂単なる肩こり、単なる腰痛という表現で、健康保険組合のパンフレット等に接骨院で保険取扱いができませんと表記されておりますが、そのことについて柔道整復師の先生方はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?納得されていらっしゃるのでしょうか?

そういう言われ方に対して適切に返すことが出来ないからだと思います。やはりそうやって言ってこられたことに対してキチンと答えることが出来たならば、保険者側は納得してくれると思います。実際に長野県の保険者さんと割りと良好な関係が結べてきています。結局、明確に答えたら保険者さんは分かってくれます。そのことは私も今は実感できているので、全然恐いと思いません。単なる肩こりダメだ、単なる腰痛がダメだと言われているその「単なる肩こり」って何なのか、「単なる腰痛」って何がいけないのか?〝それは症状でしょう〟と言って帰しただけでは、保険者さんは納得してくれません。又、それがどういうものであって、何故我々が取り扱っているのかということを詳しくちゃんと伝えることが出来たならば保険者さんは必ず納得してくれます。それが出来ていないから結果的に保険者さんの思い通りにどんどん変えられてきてしまっている訳です。従来我々の保険取扱いは、5疾患であると言われ「骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷」の5つの中で請求していかなければいけないというルールがあります。従ってそのルールに当てはめるという言い方に語弊があるかもしれませんが、接骨院に来られた患者さんに対してそのルールに当てはまるようにしていかないと請求出来ないものですから、そのくい違いが出て不信感が募ると思うんです。もし其処を変えることが出来るのであればその辺を明確にしたいと考えています。腰部疾患について、我々はこういう風に把握して分類しており、それを腰部捻挫として出しているんですよということを分かってもらうように先ずはしていく必要があります。腰部捻挫というものの中にはどういうものが含まれているのかの分類をしてキチンと扱っており、危険なものは病院に送っていますといったことを明かにしていかなければ、ただ「腰部捻挫です」では〝それって本当に捻挫なの?〟と疑念をもたれてしまいます。ただ当てはめて請求をする、近いところに当てはめて請求をする、私も最初の内はそういう風に行っていましたが、現場にそぐわないのではないか、こじつけっぽいところもあるのかなという思いはありました。でも、徐々に堂々とやりたいという思いが膨らんできたんです。

―長野県の先生でさえそういう悩みをもたれていたのであれば、個人の方はどのように対処されているのかと心配ですね。

個人の方であればダイレクトに保険者さんにいくと思いますので、個人で対応がとれていれば良いとは思いますが、それが出来なければ、直接返戻になるため打撃は大きいと思います。その点、会に入っているとワンクッションありますし、適切な指導もしていただけますので、キチッとした対応がとれると思います。

―伊藤先生はこれまで接骨医学会に続けて腰部捻挫の研究発表をされているとお聞きしましたが、もしよろしければ何故その研究を続けていらっしゃるのか、その目的と経緯などを教えてもらえますか?

諏訪地域の柔整師会から有志が集まり活動している研究会があるのですが、その集まりのときに牛山先生から「学会で発表してみないか」と誘われたのが始まりです。最初ははっきり言ってあまり乗り気ではありませんでした。何故ならば、私は面倒くさいことが嫌いだからです。でも、「牛山先生の誘いならばやってみようかな」と思い始めました。そして、テーマを決めようということになり考えていたところ、牛山先生が「伊藤先生、前に県の学会で腰の研究発表をしたでしょう、まずは発表することを目的にして腰の研究発表してみたら」と助言を頂きました。それから何度も牛山先生のところへ足を運び、出来上がったものの演題が「急性腰痛症に対する柔道整復の平均的治療」です。これが第17回で今年が22回ですので、かれこれ6年やっております。その間、牛山先生についていくのは大変でしたが、その反面大きな収穫もありました。最初は発表することだった目的が、診断基準作り、ガイドライン作りへと変わっていきました。その大きな目的は、個人差がありすぎる柔整全体を統一するためです。

―6回発表された内容はどのように評価され、臨床現場に役立つようになっていくと思われますか?

今まで発表してきたものは私個人の発表に過ぎないため、あまり評価されないと思います。しかし、毎年続けていることは評価されるのではないかと思います。もし、現在行っているガイドライン作りが成功すれば、現場で必ず役立つことはもちろん、保険者との信頼回復になり評価されると思います。そして、地域医療はもちろんですが、広く国民のため、さらには少々オーバーですが世界中の人々のためにもなると思っています。また、特に研修中の先生や開業歴の浅い先生には必携になると思います。

―もし、いろんな疾患の定義が出来たとしても、業界全体の共通認識にならなければダメでしょうし、同時に学校教育に反映されなければ意味がないように思います。その辺についてはどのようにお考えですか?

やはり学校教育には決められた枠があります。当然それに添ってやっていかなければなりません。大学は少しゆとりがあるので、授業と逸脱したこともできると思いますが、しかし専門学校の3年間だと余りにもゆとりがなく国家試験に向けてやっていかなければならないため、現場のことは学校で学べないのが現状です。それでも学校教育は臨床現場に合わせてやっていかなければいけない訳ですが、管轄が国にあるもんですから国自体でそれを変えていってくれなければ難しいと思います。やはり国を変えるためには、何度も言うようですが、明確に基準を示して柔整教育のカリキュラムに取り入れていかなければならないと考えます。学校教育の中で臨床現場に沿って教えていかなければいけないものを明示しなければ国は動いてくれないと思います。ですからそのための学会だと思いますし、学会の役割って非常に重要だと思うんです。そういうことをやはり早急にやって欲しいと思っています。

―卒後研修制度の必要性について、聞かせてください。

研修は絶対必要だと思います。私も10年以上研修をしてからの開業で、それは間違っていなかったと思っています。しかし長くやればいいとも限りません。その期間にどれだけ内容が濃いか薄いかの差だと思います。結局、行った研修先によって変わってきます。学校卒業しただけで直ぐ開業ができるのかといったら、まず無理なので、現場に行って其処で又新たに学び直す、勉強し直していかなければいけないということがあるので、研修先で如何学ぶかによって、その先が大きく変わっていくと思います。柔整の必要性を学生の内から理解できていれば、また大きく変わると思うんですね。そういう教育が未だ十分出来ていないのではないかと感じております。いくら学校を卒業したといっても現場では全くど素人というのでは、役に立たないということだと思います。知識はあってもその知識がどれだけ役に立つかというのは研修先で多くのことを学んでいかないと中々それが活かせるようになっていかないんですね。従って学校教育の内からキチンと現場に合わせてやって欲しいと思います。今はそれが出来ていないので卒後研修ということで動かれていると思います。ただし学校でやるべきことと卒後研修でやるべきことは同じである必要は無いので、卒後では現場を実際に学ぶ研修であれば良いと思います。それには、ある程度統一したものが出来ていなければ行った先で差が出てしまいます。整形ではやはり最低これくらいは出来なければいけないという基準がありますので、何処へ行っても最低限のことはできる訳です。ですが柔整は、凄くよく出来る所もあれば、基準を下回るような所もあり、その中間ぐらいの所もあったりで平均化されているという現状ですので、ある程度底上げをしていかないことには卒後研修というものが役立たないと思います。

―最後に言いたいことがあれば。

私みたいな若造が偉そうなことを言うのもどうかとは思うんですけれども、一人でも多くの人に賛同して頂けたらと切に思います。この柔整業界を変えて、本当に素晴らしい柔道整復を存続させたい。この柔道整復をダメにしたら勿体無いので、なんとしてでもこの業界を守りたいと思います。まだまだこの仕事は捨てたもんじゃない、まだまだ可能性は持っています。その可能性に皆さんが気づいていただいて一つになれば現状突破は必ず出来ると思います。一人でも多くの、特にこれからの若い先生方たちに賛同していただけたらと願っております。

伊藤篤氏プロフィール

1974年3月、諏訪大社がある地域に生まれ、氏子として子供の頃から御柱祭りに参加。県立諏訪実業高校を卒業後に米田柔整専門学校に入学。1995年柔整師免許取得。接骨院にて学生時代を含め8年間の研修。新規開院の整形外科にて5年間リハビリ室主任を務める。2005年3月、諏訪郡富士見町にて鶴亀(つるき)整骨院を開業。2008年から日本柔道整復接骨医学会に毎年発表。2013年認定柔道整復師取得。

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