一般社団法人日本転倒予防学会第10回学術集会 開催
2023年10月7日(土)・8日(日)の2日間、京都府民総合交流プラザ京都テルサ(京都市)において「一般社団法人日本転倒予防学会 第10回学術集会」が開催された。
大会長の金森雅夫氏は、‶本学術集会は「新しい転倒予防」をテーマとし、演題数は133に及び充実したプログラムを構築することができた。本大会のポスターには、琵琶湖疏水記念館に設置されている【巨大な輝き】というモニュメントの写真を使用している。疎水トンネル建設工事では転倒・転落などの事故によるたくさんの犠牲があったと思うが、その努力の甲斐あって琵琶湖から水を引くことができ、京都の活性化に繋がった。皆さんも新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響で、診療が増え忙しかったことと思うが、心機一転して「新しい転倒予防」を考えてみようということで今回のテーマとした。大いにコミュニケーションをとり、満足のいく学会としていただきたい〟と挨拶した。
大会長講演
健康な長寿を求めて~転倒予防研究に関する未来への期待~
羽衣国際大学人間生活学部教授/立命館大学総合科学技術研究機構
金森雅夫氏
2022年の国民生活基礎調査によれば、介護が必要となった主な原因の約14%が骨折・転倒であった。また、70歳以上の人でリハビリテーションが必要な人の割合は約半数いる。さらに65歳以上の通院者率(入院者を含まない:人口千人当たり)は、骨粗しょう症が57人、骨折が15人、認知症は20人、パーキンソン病は7人となっている。転倒に深く関係した疾患が多くなっていることからも、我々が「転倒」の調査・研究を重ねる責務は大きい。
医学雑誌『ランセット』によれば、30年間の疾病負荷(健康寿命を阻害している要因)には生活習慣病、感染症、不慮の事故などがあるが、不慮の事故の中でも転倒・転落の占める割合は大きくなってきている。2007年2月にカナダで行われた、高齢者の転倒予防に関するテクニカルミーティングの成果をまとめた『WHOグローバルレポート』では、高齢者の転倒に関する危険因子モデルとして、▼行動的リスク要因(多重薬剤・運動不足等)、▼生物学的リスク要因(パーキンソン病・骨粗しょう症等)、▼社会経済的リスク要因(不適切な住宅・社会交流の不足等)、▼環境的リスク要因(不適切な建築デザイン・滑りやすい床等)が挙げられている。1986年には、林泰史氏、籏野脩一氏らとともに老人の大腿骨頸部骨折に関する患者対象研究を行った。骨折群は対照群に対して、肉・豆腐類の摂取量が少ない、体重・BROCA指数も小さい傾向がある、認知症有の者が多い、転倒を頻回している者の割合が高い等の特徴があった。
そこでトレーニングで平衡感覚を取り戻せないかと考え、動的バランスに着目し、被験者に対しセグウェイのような乗り物に乗りバランスを取るというトレーニングを3か月間行った。すると最初は乗れなかった被験者も、トレーニングによって乗ることができるようになった。理由として、乗車による学習効果、繰り返すことによる脊髄反射経路の形成、筋力向上による姿勢維持能力の向上、達成への意欲向上などが考えられる。この実験結果からも、バランス能は中高年でも改善できる可能性があるのではないか。 また、平均気温と転落・転倒死亡率の関係性について調査したところ、気温が低いときのほうが転倒は起こりやすく、23℃前後が一番転倒が少ない。しかし近年の猛暑など気温の上昇によっても転倒死亡率が上昇することが明らかとなった。我々は転倒のリスク対策とともに、このような危機にも対応していかなければならない。
基調講演
Foot Healthから考えるウェルビーイングと健康長寿
学校法人立命館副総長・立命館大学スポーツ健康科学部教授
伊坂忠夫氏
歩くということは我々人間にとって極めて重要で、自立するということのひとつである。65歳以上の男女で1分間に90m程度の速度で歩ける人は、平均余命が30数年あるというデータもある。生涯を通じて自由に移動出来て自立しているということは、身体的なものだけではなく社会的なことも含めたウェルビーイング(身体・心理・社会的幸福)に繋がるものだと考える。
足の痛みやこわばりを持つ方は中齢・高齢になるとより多くなる。加齢に伴い、足趾屈曲筋力は低下する。特に女性の場合は、変形も見られやすい。足趾屈曲筋力の低下は、バランス能力の低下や歩行能力・モビリティの低下につながり、運動機能全体に影響をきたす。転倒を繰り返す高齢者では、転倒無経験者及び1回経験者に比べて足のトラブルを抱えている方が多い。足趾の力が落ちているとそれだけで転倒リスクが高まる。足の健康問題に対するケアは、転倒予防にとっても重要となる。また、足趾のトレーニングは認知機能も改善させる。認知機能の改善度合いは足趾屈曲筋力の改善度合いが最も主要に寄与する。
日本では不健康期間(健康寿命と生物学的な寿命の差)は9~13年と長期に及ぶとされており、高齢者の4人に1人は軽度認知障害あるいは認知症、運動器疾患症候群の患者数は軽度も含めると5000万人に達する勢いで増加している。足のこわばりや痛み、変形、筋力低下などはなかなかケアされない部分であるが、足の健康問題にもっと目を向けてケアしていくことで、運動機能や認知機能の改善、QOLの向上、転倒予防などに繋がり、ウェルビーイングに大きく貢献してくれると考えている。ウェルビーイングと健康長寿を伴う社会形成には、Foot Healthに対する教育・研究を促進していく必要がある。
パネルディスカッション1
“転ばれる”ことへの怖れを乗り越えて転倒予防を創造する
1.チームの心理的安全性と転倒予防
滋賀医科大学医学部付属病院精神看護専門看護師
光岡由紀子氏
患者さんが転んだと聞いて、患者さんの心配をする人もいれば自分の心配をする人もいる。つまり“転ばれる”ということへの恐怖とは、人それぞれに異なる精神力動といえる。精神力動は自分の言動に影響を及ぼす心の動きのことを指すが、近年、このような精神力動にチームの心理的安全性が影響していると明らかになった。
チームの心理的安全性は「対人関係においてリスクのある行動をとっても、このチームなら馬鹿にされたり罰せられたりしないと信じられる状態」とされる。心理的安全性が高いと、目的達成のためにメンバー同士が健全で活発な意見交換ができる。このようなチームでは、患者が転倒した場合、誰の責任かではなく何故転倒したかが論点となり、患者のQOL改善のための最善を考えた倫理的な行動に繋がる。
チームの心理的安全性を高めるために、例えば、時期尚早な提案をしたメンバーに対し「あなたは患者さんの話をよく聞いていますね。ただ、昨日のリハビリの評価では・・・」というように、言わなければならないことを「人」と「タスク」に分けて伝えることで、建設的な意見交換ができる。転倒予防は患者QOLを支援するプロセスであり、患者にとってのベストが見つからない場合は多くのベターを出し合って検討を重ねることが大切だ。
2.ある病棟での身体拘束最小化の取り組み ~怖れを乗り越えた先に見えたもの~
東京都立松沢病院
山口球氏
精神科専門病院である当院の行動制限最小化の取り組みとして、1901年に5代目院長がそれまで使用していた手枷、足枷、拘束衣などの使用を禁じた。その後、2012年に着任した院長が「身体拘束最小化を目指す」という方針を示し、改革が再スタートした。2012年以降の取り組みにより、1日の平均身体拘束者数は、2011年以前の130人から2019年には20.5人に減少した。
以前は、転倒予防のために車いすベルトなどを使用し、一律に拘束時間があり個別性はない状態だった。その後病院方針の転換により身体拘束を減らすこととなったが、スタッフは「絶対無理」「自分のシフトの時に重大な事故が起きたらどうしよう」と動揺し、転倒させる恐怖から監視を強めた。身体拘束を最小限にする取り組みは患者の尊厳を守るだけでなく、職員の安心・安全を守るものでもあるとスタッフに理解してもらうことが重要だった。そこで「事故はどこにいても起こりうる」と考えて、カンファレンスで検討し、だれか一人に責任を負わせないという意識改革を行った。事故防止を目標にしないことが非常に重要であり、「事故が起きても責められない」という安心がケアの創意工夫とルールに縛られすぎない柔軟なケアに繋がり、心の拘束廃止にもなったと考える。
3.「防ぎきれない転倒」に挑戦する組織づくり ~転倒予防アセスメントと介入フローの導入で根拠に基づいた転倒予防をする~
メディカル・ケア・サービス株式会社
コーポレートコミュニケーション室室長・認知症戦略部部長
杉本浩司氏
高齢者が転倒すると、歩くことへの自信喪失や外出不安から廃用症候群に陥りやすく、QOLの維持に大きく影響するため、転倒を起こさないことが重要となる。高齢者は体内の水分量が成人と比べて少なく、脱水によってイライラ・ウトウト・落ち着かない・夜間覚醒・夜間せん妄などの症状が出やすい。そのため食事の量や質の低下により、高齢者は低栄養になりがちである。
当社入居者調査により、入院原因の多くが転倒骨折や肺炎であり、低栄養に起因することが多いと分かった。約7割の入居者にプロテインを中心とした栄養補助を行ったところ、平均BMIは18か月で19.5から22.3に上昇し、転倒骨折入院日数は59.9%減少。転倒しなくなったわけではないが、転倒しても骨折しない身体づくりができてきたといえる。 さらに転倒自体を減らすための取り組みを開始した。転倒のリスク要因を可視化し、転倒予防アセスメントシートを開発したことでハイリスク者の早期発見・早期介入を可能にした。ハイリスク者にはその状態にあった個別の運動プログラムを提案し、実施している。さらに献立連携により摂取エネルギー量のデータ取得を行い、摂取量に反映させることで栄養改善し、転倒予防対策を立てることができるようになった。
各パネリストの講演後、パネリスト全員が登壇し、会場との意見交換・質疑応答が行われた。
上記の他、本学術集会では市民公開セミナー、特別講演、特別企画3セッション、教育講演2セッション、パネルディスカッション2セッション、ランチョンセミナー3セッション、スポンサードセミナー2セッション、一般口演8セッション、ポスター発表12セッションが行われ、非常に充実した内容であった。
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