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運動器超音波塾【第33回:股関節の観察法8】

特集 運動器超音波塾

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

第三十三回 「陰でこっそり半チャーハン」の巻
―下肢編 股関節の観察法について 8 ―

とうとうCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)は、世界的流行期に入ったと言わざるを得ない状況です。影響を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。事務局をお手伝いしている日本超音波骨軟組織学会(JSBM)でも、セミナー等の開催予定を延期せざるを得ず、沈静化を信じて会場の再手配などの準備を整えている最中です。WHOもパンデミック宣言を出しており、もはや各国で感染拡大していることは間違いないわけで、いずれ日本でも多くの医療従事者がCOVID-19と直接対峙することになると予想されます。専門家のご指摘の通り、「呼吸器症状が軽症の場合、あわてて診断検査に行かないで自宅療養を行い、悪化の兆候があれば直ちに病院を受診する」という行動様式の確立が必要かもしれません。老若男女、未知なるが故の恐怖心に負けずに、とにかく冷静さと正確な情報のもとに地域全体で最善の感染予防策を講じ、最も必要な方への医療が崩壊しないよう注視しながら、この状況を乗り越えるしか手だてがないだろうと愚考しているところです。

外出を控えて部屋に籠っていた休みの日に、ふと10年ひと昔の2010年はどのような年だったのかを思い起こしていました。小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還(2010/6/13)したのが記憶に鮮明な所ですが、他に何があったのかもう少しネットで調べてみると、以下のようなことがありました。

01/01
公的年金業務の適正な運営のため、社会保険庁を廃止し、国民年金機構が発足
01/19
日本航空が会社更生法の適用を申請し事実上の倒産
02/12-18
第21回オリンピック冬季競技大会がカナダのバンクーバーで開催
03/11
茨城県の航空自衛隊百里飛行場が民間共用化され茨城空港としての営業を開始
05/21
金星探査機「あかつき」打ち上げ
06/08
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07/11
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09/07
沖縄・尖閣諸島沖の日本領海で、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突
09/15
外国為替市場1ドル=82円台に突入で、政府・日銀は円売り・ドル買いの市場介入
11/13-14
日本がホスト国として第18回APEC首脳会議を横浜市で開催
12/04
東北新幹線の八戸駅-新青森駅間が開業し、これにより全線開通

因みに、この年の夏は日本各地で記録的な猛暑となり、気象庁は30年に1度の異常気象と発表しています。流行語大賞は、「ゲゲゲの女房」、音楽ではAKB48の「ヘビーローテーション」、アニメでは森見登美彦原作の「四畳半神話大系」などもありました。それ以外にも、前橋市の児童相談所に伊達直人名義でランドセルが贈られていたり、山崎直子さんが宇宙から帰ってきて「地球に帰還した時の草木のにおいや心地よい風に感動した」と記者会見で話したりもしています。10年前の出来事を振り返ると、今となっては忘れている事も多くあります。困った事や素敵な事もあざなえる縄のごとしで、やることはしっかりやって、後は少しだけ心にゆとりと寛容さを持って生活できればと、改めて思っています。

確かに「社会的距離拡大」で、人と人との接触をできるだけ減らす(距離を拡大する)ことによる閉塞感や不自由さはありますが、それでも土筆ん坊は地面から顔を出しており、梅や椿、スイセン、桜も咲いて街を彩り始めているし、穏やかな日差しも感じられる季節となっています。

図 ちょっと苦い土筆(つくし)は、佃煮でも天ぷらでもおいしい
図 ちょっと苦い土筆(つくし)は、佃煮でも天ぷらでもおいしい

こうなったら積極的な予防策として、ダイエットは横に置いといての高カロリー摂取大作戦で滋養をつけるしかないという勝手な言い訳で、久々の、ニンニクと野菜マシマシで、あと、餃子と半チャーハンも食べちゃおうっと。(もちろんエビデンスはありません)

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「股関節の観察法8」として、後方走査について考えてみたいと思います。股関節の観察法は下肢の重要な起点となりますので、今回も適当に道草を食いながら、丁寧に話を進めていこうと思います。

股関節後方からの解剖

股関節の後面には股関節外旋に作用する、深層外旋6筋があります。深層外旋6筋は、梨状筋(piriformis)・内閉鎖筋(obturator internus)・外閉鎖筋(obturator externus)・上双子筋(superior gemellus)・下双子筋(inferior gemellus)・大腿方形筋(quadratus femoris)で構成されています。これに関してDelp らは、大殿筋の後方部分、大腿方形筋、内閉鎖筋、外閉鎖筋に股関節外旋作用があることを報告し、脳性麻痺のある人の場合、大殿筋の活性化を高めると、過度の屈曲と股関節の内部回転を矯正するのに役立つとしています。*1 また、Dostalらも大腿方形筋、梨状筋,内閉鎖筋、外閉鎖筋、上双子筋、下双子筋、中殿筋後部線維に股関節外旋作用があることを報告し、股関節の屈曲・内転・内旋は痙縮性の脳損傷患者によく見られる姿勢であるとしています。*2

これらの深層外旋筋の役割としては、股関節外旋トルクを発揮することに加え、大腿骨頭を求心位に保ち、股関節の安定化に寄与するということになります。

また、これらの筋の解剖学的特徴として、各筋が独立して走行しているわけではなく、梨状筋は中殿筋と癒合している場合や、内閉鎖筋と上・下双子筋が停止部付近で共同腱となって連結(三頭筋のような構造)している場合など、筋同士の癒合や連結があることが指摘されています。

図 股関節後面の筋肉の解剖
図 股関節後面の筋肉の解剖

内閉鎖筋と上・下双子筋を双子筋-内閉鎖筋複合体(obturator internus/gemellus complex)として、一塊(ひとかたまり)と考える捉え方があります。確かに起始・停止間での癒合や仙骨神経叢による支配神経を考えると、その考え方はうなずけます。
超音波による動態観察での実感ですが、運動器の解剖学は形態を観るだけでなく、「動かす」ことを前提にその機能としての意味を捉える必要があると思っています。

股関節外旋筋群が股関節屈曲に及ぼす影響を検討する実験では、男性、女性共に「股関節内旋角度が増加すると股関節屈曲角度は減少する」とした上で、股関節外旋筋群の伸張が股関節屈曲を制限する因子となるとの報告があり、股関節外旋筋群は股関節屈曲を制限する可能性があると指摘されています。更に、外旋筋群の中でも梨状筋と内閉鎖筋に著明な伸張を認め、特に股関節屈曲を制限する可能性が高いとしています。*3 これについては別の解剖実験で、大腿方形筋は深層外旋筋の中で最も遠位に位置しているため、股関節中心と筋の停止部との距離が最も長く、筋の伸張率という指標を考慮した場合、大腿方形筋が最も股関節屈曲可動域制限を起こしうるとの報告*4もあり、併せて注意する部位となります。

*1
Delp SL, Hess WE, Hungerford DS, et al.: Variation of rotation moment arms with hip flexion. J Biomech, 1999, 32(5): 493-501.
*2
Dostal WF, Soderberg GL, Andrews JG: Action of hip muscles. Phys Ther, 1986, 66(3): 351-361.
*3
佐藤 香緒里,他:健常人における股関節外旋筋群が股関節屈曲に及ぼす影響.理学療法科学23,2008,323-327
*4
田中 貴広ほか.股関節屈曲角度と股関節深層外旋筋群の伸張率との関係.第45回日本理学療法学術大会 抄録集. 2009,37(2).

トレンデレンブルグ徴候とデュシェンヌ徴候について

トレンデレンブルグ徴候(Trendelenburg sigh)とは「種々の股関節疾患に伴ってみられる理学所見で、患側で片脚起立すると健側の骨盤が患側より下がる症状」と定義されています。

名称の由来ともなっているドイツの外科医トレンデレンブルグは、この現象が股関節外転筋の機能不全を伴う先天性股関節脱臼症例で観察されることを報告しました。*5 一方、トレンデレンブルグより以前の1869年、フランスの神経生理学者デュシェンヌ(Duchenne)は、股関節外転筋群の麻痺により片脚立位時に患側への体幹傾斜と骨盤の傾斜が起こる現象(デュシェンヌ現象)を報告しています。トレンデレンブルグ徴候は股関節疾患に観察され、デュシェンヌ現象は神経麻痺性の疾患に観察されると報告された点が異なるだけで、現象そのものは、ほとんど同一であるとされています。*6

現在,この2つの現象は,次のように区別されています。トレンデレンブルグ徴候陽性の場合は、「外転筋力の機能不全が存在する下肢で片脚立位となった時、遊脚側下肢の重量に抗せずに遊脚側の骨盤が墜下する現象」を指します。また、遊脚側への体幹傾斜がみられる場合もあります。これに対してデュシェンヌ現象陽性の場合は、「外転筋力の低下している下肢で片脚立位となった時に立脚側へ体幹が側屈する現象」を指し、かつ骨盤傾斜も起こるとしています。*6

更に、片脚起立での股関節安定性には外転筋・内転筋の同時収縮が必要との報告もあり、外内転中間位での内転筋力が外転筋力に勝り、内転筋の加速能が外転筋に勝ると、片脚起立での股関節の安定性を損なう内転筋の回転分力が外転筋の回転分力に勝り、その結果トレンデレンブルグ徴候が出現するとしています。したがって、トレンデレンブルグ徴候の出現が外転筋力低下だけでなく、外転筋・内転筋の同時収縮能の不均衡でも引き起こされることを同様に理解する必要があるという訳です。*7

山本らは、片脚立位時の骨頭合力は骨盤正中位で体重の2.97倍、トレンデレンブルグ肢位では3.10倍、デュシェンヌ肢位では1.17倍となることを報告して、デュシェンヌ肢位は単に外転筋の筋力低下を示す現象だけでなく、股関節合力を軽減するための体幹重心の立脚側への移動動作で、衝撃を緩和させるための現象としています。*8

また、福井先生によると、トレンデレンブルグ現象を起こしている股関節は内転位を呈しており、大腿筋膜張筋が強い緊張を有しているとして、トレンデレンブルグを減らすためには適切な抵抗の(通常は短縮位維持で十分)単関節運動を行うべきであると書いています。膝屈曲位から股関節を伸展位として、さらに外転位を保持させる、あるいは股関節内旋位となる横座りをとれば外転強制位となるので,この位置より伸展運動を行わせるとしています。*9

ここでも前回触れた大腿筋膜張筋の影響が指摘されているわけで、小殿筋・中殿筋や腸腰筋などのインナーマッスルと併せて注意すべき点となるわけです。

*5
Trendelenburg F. Ueber den Gang bei angeborener Hüftgelenksluxation. Dtsch Med Wochenschr 1895;21:21
*6
対馬 栄輝:理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか? トレンデレンブルク徴候.医学書院,理学療法ジャーナル,39:887,2005.
*7
寺田勝彦, 他: THA術後のトレンデレンブルグ徴候の発生起因. 理学療法学 33(suppl-2.1):184-184, 2006.
*8
山本真秀,他:片脚立位時の股関節骨頭合力に対する姿勢変化と杖の影響 -三次元運動解析装置による体重心の算出-.東京保健科学学会誌5(1):18-25,2002.
*9
福井 勉 : 姿勢制御について. 理学療法 – 臨床・研究・教育13(1):2-6,2006
図 トレンデレンブルグ歩行とデュシェンヌ歩行
図 トレンデレンブルグ歩行とデュシェンヌ歩行

トレンデレンブルグ歩行は、中殿筋の筋力低下や股関節の荷重痛がある場合、遊脚側下肢の重量を引き上げることができず、遊脚側の骨盤が墜下します。また,遊脚側への体幹傾斜がみられる場合もあります。デュシェンヌ歩行は立脚時に体幹を患側へ傾けて歩行するもので、比較的骨盤は水平位が保たれているとの事です。この点は片脚立位時と違う所で、注意が必要です。いずれにしても体幹を傾けて荷重線を大腿骨頭に近づけることで、股関節にかかる内転モーメントや圧縮力を減少させようとする反応というわけです。*10

図 片脚立位時の骨頭合力*11
図 片脚立位時の骨頭合力*11

デュシェンヌ肢位では体重の重力方向線が骨頭に近づくため,外転筋に必要な力は小さくなります。
W・a=F・b F=a/b・W   (W:体重,F:外転筋筋力,R:大腿骨骨頭合力)
もちろん、下肢に問題があり疼痛がある場合にもデュシェンヌ様歩行を呈する場合があるわけで、股関節だけに注視するのではなく、問診・視診・触診によりその全体像を大きく観る姿勢が大切です。

*10
林典雄 運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹 メジカルビュー社
*11
小林巧,他:大腿骨頚部/転子部骨折の機能解剖学的病態把握と理学療法.理学療法31(9):921-929,2014.

坐骨神経について

坐骨神経は、腰椎(下部)と仙骨の5つの神経(L4、L5、S1、S2、S3 )によって形成されています。これらの神経線維は、通常、下半身の運動機能と感覚機能に関与します。5つの神経は、臀部の深部にある梨状筋の前面近くに集まって、大きく太い坐骨神経を形成します。梨状筋下縁で最も厚い部分では、神経の直径が平均15.55㎜になると言われています。*12

図 坐骨神経の解剖
図 坐骨神経の解剖

寛骨の大坐骨切痕は、仙結節靱帯と仙棘靱帯によって下方を閉ざされて大坐骨孔(greater sciatic foramen)になります。これに対して、仙結節靭帯と仙棘靭帯・小坐骨切痕に囲まれたトンネルを小坐骨孔(lesser sciatic foramen)と呼びます。大坐骨孔は梨状筋により2つに隔てられ、上部を梨状筋上孔、下部を梨状筋下孔と言います。梨状筋上孔には上殿神経と上殿動静脈が通り、梨状筋下孔には下殿神経と下殿動静脈、陰部神経と内陰部動静脈、後大腿皮神経、そして坐骨神経が通過します。ただし、この上図のような坐骨神経の梨状筋の通過の仕方は全体の89%と言われており、残りの11%に破格(様々な変位のバリエーション)があると推定されていました。*13 *14

図 股関節後方 仙棘靭帯と仙結節靭帯
図 股関節後方 仙棘靭帯と仙結節靭帯

坐骨神経は、坐骨結節と大転子の間を通り、骨盤から膝までの単一の長い脂肪鞘に囲まれ、大殿筋および大腿二頭筋長頭の深側、大内転筋の浅側を垂直に下り、大腿屈筋群に分枝したのち、膝窩の上方5~12㎝頭側の膝窩三角頂点(この2辺は半腱様筋および半膜様筋の下端と大腿二頭筋の下端からなり、底辺は腓腹筋の起始部)レベルで総腓骨神経と脛骨神経に分かれます。この両神経は、小骨盤を出る前にすでに分岐している場合や、すぐに再び合流し、単一の神経として下向きに進むものなど、大腿部でも分岐に破格があるようです。

*12
Tomaszewski KA, Graves MJ, Henry BM et al. Surgical anatomy of the sciatic nerve: a meta-analysis. J Orthop Res. 2016; 1820-1827.
*13
Beaton LE, Anson BJ: The relation of the sciatic nerve and its subdivisions to the piriformis muscle. Anat Rec 70: 1–5, 1937
*14
Lewis, S., Jurak, J., Lee, C., Lewis, R., & Gest, T. (2016, December). Anatomical variations of the sciatic nerve, in relation to the piriformis muscle. Translational Research in Anatomy, 5, 15-19. doi:10.1016/j.tria.2016.11.001

では、梨状筋を通過する坐骨神経は全体の約11%に破格があるとされていましたが、解剖学的構造としてはどのような分類があるのか、図で見てみます。

図 解剖標本および手術症例における坐骨神経異常と有病率(主要文献値)
図 解剖標本および手術症例における坐骨神経異常と有病率(主要文献値)*15
*15
Van Erdewyk, Jonathan I., “Anatomical Variations of the Sciatic Nerve Divisions in Relation to the Piriformis Muscle and Clinical Implications” (2017). Theses & Dissertations. 194. https://digitalcommons.unmc.edu/etd/194

このメタ解析によると、Type Aが83.1%でType B-Fは16.9%という事になります。
この破格については、正常とみなされていますが、神経の衝突、絞扼、または刺激により坐骨神経痛の痛みを発症するリスクが高い可能性があるとされていました。この点について、別のメタ解析による報告では、梨状筋症候群(piriformis syndrome)の患者における異常の有病率は、正常な集団と考えられるものと有意な差がないため、この異常は、以前に考えられていた梨状筋症候群の病因において重要ではない可能性があることを示すとしています。*16

つまり、形態の異常が直接的な原因ではないとしているわけで、何やら振り出しに戻った感もありますが、治療を考える上では重要な意味を持つことが解ります。

*16
Smoll NR. Variations of the piriformis and sciatic nerve with clinical consequence: a review. Clin Anat 2010;23(1):8-17.

梨状筋症候群(piriformis syndrome)は坐骨神経の絞扼性神経障害の一つで、坐骨神経痛・知覚異常・筋力低下を呈する疾患とされています。発症機転については、以下の3つに分類されるとの報告があります。*17

  1. 仙腸関節に生じた何らかの侵害刺激により、L5・S1・S2に支配される梨状筋、双子筋、大腿方形筋に反射性攣縮を生じさせたもの
  2. L5 ・S1の椎間関節に生じた何らかの侵害刺激はL5内側枝を介して、外旋筋群に反射性攣縮を生じさせたもの
  3. 梨状筋単独での梨状筋症候群

この報告によると、大部分は1の仙腸関節由来であり、仙腸関節における圧痛を約8割に認めたとしています。

*17
中宿伸哉 赤羽根良和・他:梨状筋症候群の理学所見よりみた発症タイプ分類と運動療法成績.整形外科リハビリテーション学会誌.2007; 10: 58-63.

股関節後方の超音波観察法 坐骨神経

今回は、坐骨神経(sciatic nerve)を観察していきます。この観察の場合にも、視診・触診・問診をしっかり行った上でアプローチすることが重要となります。

観察肢位は腹臥位として、大転子の近位端を触診して目印として観察していきます。坐骨神経の出口となる梨状筋の遠位には上双子筋、内閉鎖筋、下双子筋と構成されているので、大転子を近位から観察していくのがポイントとなります。観察する膝関節を90°屈曲させて、股関節を自動介助運動で内外旋させると、それに伴う梨状筋の収縮を観察することができます。*18

坐骨神経の位置関係に迷った場合は、臀溝(臀部と大腿後部との境界線)にプローブを置き坐骨神経を短軸に捉えると、神経はブドウの房、或いは蜂の巣のような断面構造で描出され、位置が特定できます。正中神経や尺骨神経の観察法でも書きましたが、この特徴的な断面画像を覚えておくと、他の部位での神経の観察にも役に立ちます。更に神経の位置を外さないようにして近位にプローブを移動させていくと、神経がどの方向を通過しているのか、位置関係を理解する手助けとなります。

図 股関節後方の超音波観察法 坐骨神経の観察肢位
図 股関節後方の超音波観察法 坐骨神経の観察肢位
図 股関節後方の超音波観察法 坐骨神経
図 股関節後方の超音波観察法 坐骨神経

この観察法の場合、整形分野での神経ブロックなどの用途ではコンベックスプローブ(周波数が低く深度が稼げるのと、扇型の形状により深部の視野が広くなるが浅部は歪む)での観察が一般的で、初心者の方には位置関係が把握しやすいかもしれません。今回は、敢えて常用しているリニアプローブ(周波数が高く浅部の解像度が良く、歪みもない)での観察をしています。リニアプローブは浅部の観察用に調整されていますので、機器によって、周波数を下げるなどの設定調整が必要となります。また、トラペゾイド機能(台形走査モード)があると、視野を広角にすることで位置関係が把握しやすくなります。

この観察の場合の目印は、大転子、骨頭、坐骨結節等となります。坐骨神経の形状を良く観察して、肥厚している部分や周囲組織との癒着がないか等に注意して観察します。梨状筋の出口付近での肥厚や、大腿方形筋から坐骨結節レベルにかけての癒着の有無は、特に着目すべきポイントです。

座骨神経の出口となる梨状筋の解剖学的な注意点は、股関節の角度によって機能が変わる事です。股関節伸展位では外旋筋として働くことから、検者により内転・内旋に力を加え、これに抵抗するように外旋させる(ペーステスト)と梨状筋を収縮させる事による痛みを誘発します。*19、これに対して、股関節屈曲位では外転筋として働くため、側臥位での内転・内旋(フライバーグテスト)で、梨状筋が伸張されると疼痛を誘発します。*20これらの疼痛誘発テストと併せて、覚えておくと良い解剖学的な特徴です。

また、高齢者では筋肉の厚みが減少するとともに、筋肉内の脂肪変性の様子などにも併せて注意が必要です。

股関節を様々な方向に動かしてみると、それに伴って坐骨神経もおおきく影響されているのが観察され、そう考えると、その動きを助けている脂肪はやはり重要な運動器だ、と思います。

それでは、動画です。坐骨神経を長軸に描出し、股関節を少しだけ屈伸動作させながら観察をします。

リニアプローブのトラペゾイド機能(台形走査モード)を使用し、広角に描出しています。コンベックスプローブと違い、表在の歪みが観られません。

動画 座骨神経の長軸画像
股関節を少しだけ屈伸動作させての観察

股関節を少しだけ屈伸動作させながら坐骨神経の長軸での振る舞いを観察すると、ほんの少しの動きにも関わらず、坐骨神経は筋肉の動きに伴って、走行方向の角度を変えているのが解ります。つまり、この位置での坐骨神経には遊び(移動性)があるわけです。このように、臀部での坐骨神経はほんの少しの股関節の動きにも影響されるため、観察が難しいことが理解できます。更に、坐骨神経の垂直位置も表面形状と違い大腿骨の方向にあるため、微調整により繊細さが求められます。
また、この座骨神経の動きを観て解る通り、周囲筋に腫脹、萎縮、短縮、持続的な痙縮、或いは癒着などの障害がある場合、神経の遊び(移動性)が制限され、容易に疼痛の誘発につながる事が考えられます。手根管で観察される正中神経で、障害がある場合の正中神経は遊び(移動性)を無くしているのと同様だと思うところです。先にも書いた通り、周囲筋の触診などを十分行った上で、神経の絞扼や肥厚している部分、周囲組織との癒着がないか等に注意して観察することがポイントとなります。

*18
林典雄 運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹 メジカルビュー社
*19
J.B. Pace, D. Nagle Piriformis syndrome West J Med, 124 (1976), pp. 435-439
*20
A.H. Freiberg, T.A. Vinke Sciatica and the sacroiliac joint J Bone Joint Surg, 16 (1934), pp. 126-136

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

  • 股関節後面の深層外旋6筋は、梨状筋(piriformis)・内閉鎖筋(obturator internus)・外閉鎖筋(obturator externus)・上双子筋(superior gemellus)・下双子筋(inferior gemellus)・大腿方形筋(quadratus femoris)で構成されている
  • 深層外旋筋の役割は、股関節外旋トルクを発揮することに加え、大腿骨頭を求心位に保ち、股関節の安定化に寄与することである
  • 梨状筋は中殿筋と癒合している場合や、内閉鎖筋と上・下双子筋が停止部付近で共同腱となって連結(三頭筋のような構造)している場合など、筋同士の癒合や連結があることが指摘されている
  • 内閉鎖筋と上・下双子筋を双子筋-内閉鎖筋複合体(obturator internus/gemellus complex)として、一塊(ひとかたまり)と考える捉え方がある
  • 男性、女性共に「股関節内旋角度が増加すると股関節屈曲角度は減少する」とした上で、股関節外旋筋群の伸張が股関節屈曲を制限する因子となるとの報告がある
  • トレンデレンブルグ徴候陽性の場合は、「外転筋力の機能不全が存在する下肢で片脚立位となった時、遊脚側下肢の重量に抗せずに遊脚側の骨盤が墜下する現象」を指し、遊脚側への体幹傾斜がみられる場合もある
  • デュシェンヌ現象陽性の場合は、「外転筋力の低下している下肢で片脚立位となった時に立脚側へ体幹が側屈する現象」を指し、かつ骨盤傾斜も起こる
  • トレンデレンブルグ徴候の出現が外転筋力低下だけでなく、外転筋・内転筋の同時収縮能の不均衡でも引き起こされることを同様に理解する必要がある
  • デュシェンヌ肢位は単に外転筋の筋力低下を示す現象だけでなく、股関節合力を軽減するための体幹重心の立脚側への移動動作で、衝撃を緩和させるための現象でもある
  • トレンデレンブルグ現象を起こしている股関節は内転位を呈しており、大腿筋膜張筋が強い緊張を有している
  • 坐骨神経は、腰椎(下部)と仙骨の5つの神経(L4、L5、S1、S2、S3 )によって形成され、臀部の深部にある梨状筋の前面近くに集まって、大きく太い坐骨神経を形成する
  • 梨状筋下縁で最も厚い部分では、神経の直径が平均15.55㎜になると言われている
  • 梨状筋上孔には上殿神経と上殿動静脈が通り、梨状筋下孔には下殿神経と下殿動静脈、陰部神経と内陰部動静脈、後大腿皮神経、そして坐骨神経が通過する
  • 坐骨神経は、坐骨結節と大転子の間を通り、骨盤から膝までの単一の長い脂肪鞘に囲まれ、大殿筋および大腿二頭筋長頭の深側、大内転筋の浅側を垂直に下り、大腿屈筋群に分枝したのち、膝窩の上方5~12㎝頭側の膝窩三角頂点(この2辺は半腱様筋および半膜様筋の下端と大腿二頭筋の下端からなり、底辺は腓腹筋の起始部)レベルで総腓骨神経と脛骨神経に分かれる
  • 梨状筋と通過する坐骨神経のバリエーションは、メタ解析によると、Type Aが83.1%でType B-Fは16.9%となる(Beaton and Ansonの分類)
  • 別のメタ解析では、梨状筋症候群(piriformis syndrome)の患者における異常の有病率は、正常な集団と考えられるものと有意差がないため、この異常は、以前に考えられていた梨状筋症候群の病因において重要ではない可能性があることを示すと報告している
  • 梨状筋症候群(piriformis syndrome)は坐骨神経の絞扼性神経障害の一つで、坐骨神経痛・知覚異常・筋力低下を呈する疾患とされ、発症機転については、仙腸関節に生じた何らかの侵害刺激により、L5・S1・S2に支配される梨状筋、双子筋、大腿方形筋に反射性攣縮を生じさせたものであるとして、大部分は仙腸関節由来で圧痛を約8割に認めたとの報告がある
  • 股関節後方の観察肢位は腹臥位として、大転子の近位端を触診して目印として観察する
  • 梨状筋の遠位には上双子筋、内閉鎖筋、下双子筋と構成されているので、大転子を近位から観察していくと理解しやすい
  • 観察する方の膝関節を90°屈曲させて、股関節を自動介助運動で内外旋させると、それに伴う梨状筋の収縮を観察することができる
  • 坐骨神経の位置関係に迷った場合は、臀溝(臀部と大腿後部との境界線)にプローブを置き坐骨神経を短軸に捉える
  • 神経はブドウの房或いは蜂の巣状のような断面構造で描出され、この特徴的な断面画像を覚えておくと、他の部位での神経の観察にも役に立つ
  • 臀溝から短軸で近位にプローブを移動させていくと、神経がどの方向や位置関係を通過しているのか、理解する手助けとなる
  • 深部の描出が不十分な時には、周波数をRes(分解能優先)からStd(標準)、Pen(深度優先)に順次下げていく調整も行う
  • コンベックスプローブ(周波数が低く深度が稼げるのと、扇型の形状により深部の視野が広くなるが浅部は歪む)を使用すると、初心者の方には位置関係が把握しやすい
  • リニアプローブでもトラペゾイド機能(台形走査モード)があると、広角に観察が可能となる
  • 目印は、大転子、骨頭、坐骨結節等とし、坐骨神経の形状を良く観察して、肥厚している部分や周囲組織との癒着がないか等に注意して観察する
  • 梨状筋の出口付近での肥厚や、大腿方形筋から坐骨結節レベルにかけての癒着の有無は、特に着目すべきポイントである
  • 坐骨神経の出口となる梨状筋の解剖学的な注意点は、股関節の角度によって機能が変わる事で、股関節伸展位では外旋筋として働き、股関節屈曲位では外転筋として働く
  • 高齢者では筋肉の厚みが減少するとともに、筋肉内の脂肪変性の様子などにも併せて注意が必要となる
  • 臀部での坐骨神経は、ほんの少しの股関節の動きにも影響され、遊び(移動性)がある
  • 周囲筋の腫脹、萎縮、短縮、持続的な痙縮、或いは癒着などの障害がある場合、遊び(移動性)が無くなり、容易に疼痛の誘発につながる事が考えられる

次回は、「下肢編 股関節の観察法について 9」として、引き続き後方走査について考えてみたいと思います

情報提供:(株)エス・エス・ビー

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