運動器超音波塾【第7回:肩関節の観察法 5】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第七回 「脂肪は邪魔者じゃない 運動器の大切な構成体だ!?」の巻
―上肢編 肩関節の観察法について 5―
私事ですが、最近おなか周りがすっかり立派になってきて、健康診断で「おなかの脂肪をなんとかしないとねー」との指導が厳しくなっている今日この頃です。脂肪の過剰な蓄積が関与する病名としても、脂肪肝や動脈硬化症、心臓病、大腸がん等と数々あるのはご承知の通りで、メタボリック症候群がリスク要因とされて、日常的にテレビ等の媒体で取りあげられない日はないくらいです。もともと脂肪は、糖質(炭水化物)、たんぱく質と共に、「三大栄養素」と呼ばれており、そもそも大切なものだったはずなのですが、すっかり悪役のイメージで定着してしまっている気がします。超音波で自分のおなかの脂肪を観る度に、「今日から摂生に努めるぞ」という意気込みは持つのですが、その日の晩には数多の誘惑で簡単に挫けるという日々です。
では、運動器における脂肪はどうか。超音波で関節周囲を観察していると、骨に筋肉や腱などの付着が無い部分などに、必ずと言ってよいほど脂肪が存在しています。更に動態観察をすると、その脂肪が筋肉や腱などの滑走と共に流動している。可動域制限のあるOA(変形性関節症)の方を観察すると、この脂肪の量が低下しており、線維化し癒着を起こしている状態を見ることができます。脂肪は、靭帯などへの栄養に関与している以外に、滑り機能や圧力の分散、或いはスペーサーとして働くなど、どうやら運動器として何らかの役目を果たしているようで、自分はこの脂肪を、運動器の構成体のひとつとして捉えています。
「関節拘縮における関節構成体の病理組織学的変化」*1という論文によると、ラット膝関節の外固定モデルを用いてその病理組織学的変化を観察すると、固定2週群から関節周囲脂肪織の萎縮と線維増生を認め,固定期間の延長と共にそれらの変化は進行した、と書かれています。さらに、関節軟骨と周囲組織との癒着が固定4週群から観察され、固定16週群以降では,脛骨,大腿骨が線維性に連結する例が見られ、32週に渡る長期ギプス固定により,関節構成体の萎縮,線維化,関節腔の狭小化が進行し,線維性強直に至ったとのことです。
*1 関節拘縮における関節構成体の病理組織学的変化
─ラット膝関節長期固定モデルを用いた検討─
渡邊 晶規ほか 理学療法科学 Vol. 22 (2007) No. 1 P 67-75
やはり、運動器、特に関節周囲に観察される脂肪は運動器としての役目を持っていて、絶妙なバランスで滑走や潤滑と、使わなければ固着という、相反する現象に関わっている。決して悪役で邪魔な存在ではなく、過剰な蓄積を許している生活習慣や運動不足などの不養生に、素直に反応しているだけなのかもしれません。だからこそ、過緊張した筋肉をリリースしたにも関わらず最後の30°の可動域回復に難渋する症例でも、その癒着を少しずつ剥がす行為が、手技で可動域を回復できる一つの要因であると考えています。手技においてのゴッドハンド(神の手)の解剖学的な理由が、ここにあるのかもしれません。
静止画像ではなく、動態で運動器を解剖学的に観る事の重要性を、改めて感じています。
今回の「運動器の超音波観察法」の話は、「肩関節の観察法」の続きとして肩関節の棘下筋を中心、後方アプローチについて考えてみたいと思います。
肩関節後方の痛みを調べてみると、さまざまな病態が存在しているようです。野球の場合、投球のコッキング期やフォロースルー期に生じる場合が多く、いずれの症例も主に後方関節包の慢性炎症が伴うとされています。*2
更に、吉川らは、コッキング期に上腕骨頭が後方へ移動する、あるいは後方へ力を受けると仮定すると、いわゆるposterior glenohumeral impingement(後方関節窩と上腕骨頭の衝突)という状態になって後方病変が生じると考えられるとしています。*3
後方の関節包が引き伸ばされるような動作が繰り返し行われた場合に起きると言われ、固くなった関節包は骨化して、やがて弾力性が失われていきます。肩甲骨後下方の骨棘形成をベネット病変といい、腋窩神経による刺激が痛みの発現に関与しています。症状としてはワインドアップの時に肩の後方に痛みが走り、加速とフォロースルーのときに肩外後方から上腕外側にかけて劇痛が走り、全力投球ができなくなります。
野球だけでもたくさんの文献がありますが、肩関節後方の痛みを大きくまとめると、
- 棘下筋腱の炎症や関節面での断裂
- 肩甲上神経障害
- 臼蓋後下縁の骨棘形成(Bennett lesion)
- 外方四角腔(quadrilateral space)症候群
- 後方関節唇損傷
- 変形性関節症での骨頭、関節窩の骨棘、関節水腫の貯留、関節内遊離体
- ガングリオン
- 脱臼に伴う骨頭の陥没骨折(Hill-Sachs損傷)
などが主として挙げられるようです。*4
*2 Lombardo SJ, et al. : Posterior shoulder lesions in throwing athletes. Am. J. Sports Med., 5:106-110.
*3 肩関節後方の痛みを訴えた野球選手の関節内後方病変 肩関節後方の痛みを訴えた野球選手の関節内後方病変 吉川 玄逸 肩関節 Vol. 20 (1996) No. 2 p. 445-450
*4 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
肩関節の超音波観察法 基本肢位は座位
重要なポイントなので、今回も重ねて肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な肢位での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。
肩関節の場合、仰臥位では後方からのアプローチが出来ない事、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
棘下筋と後方アプローチの観察肢位は、手の甲を上にして大腿部の上に置き、肘を体側につけてもらいます。脇を締めた姿勢で、手首を持って内外旋運動を再現しながら描出します。併せて、肩関節伸展位にして徐々に内旋させ、インピンジメントの状態や、内外旋運動による求心位の変化にも注意して観察します。
プローブ位置は、最初、外側に当て上腕骨の位置をしっかりと同定します。上腕骨の位置が把握できたら、ほぼ平行に後方へ移動してくると、肩甲骨の関節窩や棘下筋の筋内腱が描出されてきます。肩甲棘とほぼ平行にプローブを置き、関節裂隙を中心にするよう調整すると良いでしょう。場所が同定できたら、内外旋運動を再現しながら観察します。次に、肩関節を伸展位に変えながら、併せて内外旋運動を観察します。
後方腱板と後方関節唇の解剖学的構造
肩関節の後方を支持する腱板は棘下筋と小円筋で構成する組織で、下記の事が言われています。
- 棘下筋はおおきく棘下筋横走線維と棘下筋斜走線維とに大別され、それぞれ肩甲棘、棘下窩から付着している。
- 肩関節後面上部を超音波で長軸走査すると、棘下筋横走線維と棘下筋斜走線維の2層構造が観察される。
- 肩関節後面中部を超音波で長軸走査すると、棘下筋斜走線維のみの単層構造が観察される。
- 肩関節後面下部を超音波で長軸走査すると、小円筋のみの単層構造が観察される。
肩関節後方の観察
では、肩関節後方の観察法です。肩関節外側で上腕骨を短軸に観察をして、上腕骨の位置を確実に同定します。外側では三角筋の下に半円形に上腕骨が描出され、解剖学的に理解しやすい画像が観察できます。上腕骨を同定できたら、内側にほぼ平行に辿っていくようにすると、肩甲骨の関節窩や関節唇が観えてきます。棘下筋はその内部に筋内腱を示す高エコー像が、fibrillar pattern(線状高エコー像の層状配列)に描出されます。この時に、手首を持って外旋運動を再現しながら観察すると、上腕骨頭が回旋する様子が見られ、棘下筋が内側方向に移動していく状態が見られます。正常であれば、ストレスなく動く状態が観察されます。筋内腱がきれいに描出されない場合は、筋内腱に対して垂直を意識しながらプローブの傾きを調整して、画面上平行になるようにすると、線維状の高エコーに描出することができます。
三角筋の下に、上腕骨頭、関節窩と後方関節唇が観察されています。
この観察時に注意する点は、内外旋時に観察される骨頭の形状です。肩関節脱臼の陳旧例には、しばしば骨頭の軟骨に窪みを観察することができます。これはHill-Sachs Lesionと呼ばれ、脱臼した際に関節窩と上腕骨骨頭の後方が衝突して、軟骨損傷をおこした状態を表しており、肩関節前方脱臼(関節唇前下部分)した場合の、特徴的な所見となります。
また、この肢位で腕を下方に引っ張ると、動揺肩の状態も観察することができます。関節窩の位置を目印にして、どの程度骨頭が移動するのかを注意深く観察してください。関節唇の周囲に水分性の貯留(低エコー域)を認める場合には、併せて、静止状態でのドプラ機能による血流の観察を、行うようにします。
最初にも書きましたが、関節周囲には必ずと言って良いほど脂肪組織が存在しています。関節窩と肩甲骨、棘下筋と観てくると、棘下筋と肩甲骨の間に、脂肪組織を観察することができます。この脂肪組織は、肩甲頚から関節窩、関節唇から後方関節包へと広がりを見せています。更に、肩関節外旋運動に伴って棘下筋が内側へ移動するのと共に脂肪組織も内側へと移動し、肩甲頚のあたりでは脂肪の厚みが増していきます。逆に肩関節内旋運動では、棘下筋が肩甲骨へと押さえられることによってスペースがなくなり、外側へ移動しながら厚みも少なくなります。この点を調べてみると、肩甲頚周辺部には全く筋肉が付着しておらず、棘下筋腱と肩甲骨の間には、滑動機能が要求されるとありました。*5
*5 参考資料 林 典雄 運動器超音波機能解剖 文光堂
棘下筋深部の脂肪組織は、肩甲頚から関節窩、関節唇から後方関節包へと広がりを見せており、肩関節外旋に伴って、内側に移動しながら厚みも増していきます。
肩関節の外旋制限などの機能障害がある症例、特に、いわゆる拘縮肩の場合、多くはこの脂肪組織が委縮し、線維化して高エコーになっており、癒着して内外旋で滑動しない状態を観察することができます。林先生は、「棘下筋の深部で起きている脂肪組織の機能が、棘下筋とその深部との滑動機能であることを前提とした技術を展開することが大切である」と述べています。*5
*5 参考資料 林 典雄 運動器超音波機能解剖 文光堂
三角筋の下方には、棘下筋横走線維、棘下筋斜走線維が、内外旋動作と共に滑走する動きが観察されます。この時に、上腕骨頭の求心位の変化にも注意する事が重要です。また、後方脱臼は少なく、むしろ上腕骨頭表面の連続性に注目すると、Hill-Sachs Lesionを見つけることもあります。
脱臼に伴う、棘下筋の断裂部や前方の関節窩縁や関節唇にも着目する。 烏口突起のレベル以下では、通常、上腕骨頭が後外側に平らになる為、 pseudo-Hill-Sachs lesion(偽ヒル-サックス損傷)との鑑別に注意する。
次に、肩関節を伸転位に動かして、観察します。内転位と比較してみると、明らかに棘下筋が伸張されている状態を観察することができます。この状態から更に内外旋運動をしてみると骨頭が関節窩より後方へ突出してきます。これは、棘下筋と関節包が伸張されることで起こっています。では棘下筋に緊張がある場合はどうなるのか。林先生は、骨頭が前方へ押し出される、obligate translationを生じるとして、上肢を酷使するアスリートの場合、棘下筋の硬さの早期発見としても有効であると述べています。*5 *6
*5参考資料 林 典雄 運動器超音波機能解剖 文光堂
*6腱板の組織弾性および肩関節可動域からみた症候性腱板断裂の特徴
福吉正樹 (名古屋スポーツクリニック リハビリテーション科)
日本整形外科超音波学会学術集会プログラム・抄録集
巻:26th ページ:44 発行年:2014年
棘下筋に緊張がある場合、肩関節過伸展内旋動作で、上腕骨頭が前方へ押し出される様子が観察されます。
さて、まとめです。今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 肩関節後方アプローチの基本肢位は、座位で行う
- 自然下垂・脇を締めた状態で、手を大腿部に置いた位置から内外旋動作を観察する
- 外側にプローブを置いて上腕骨を同定してから、肩甲棘とほぼ平行にプローブを移動、この時、関節裂隙を画面の中心にくるように調整して観察する
- 肩関節前方脱臼、動揺肩、関節唇の周囲に水分性の貯留(低エコー域)、ガングリオン、関節内遊離体、棘下筋下脂肪体の萎縮、癒着などに注意する
- さらに肩関節中間位から外転位に肢位を変えながら、内外旋動作を観察する
- 棘下筋の拘縮の場合、肩関節過伸展内旋時に緊張が高まった棘下筋により、骨頭が前方へ押し出される様子が観察され(obligate translation現象)、上肢を酷使するアスリートの場合、棘下筋の硬さの早期発見としても有効
次回は次の章として、「上肢編 肘関節の観察法」について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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