運動器超音波塾【第3回:肩関節の観察法】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第三回「母さん お肩をたたきましょう」の巻
―上肢編 肩関節の観察法について―
肩たたき
作詞:西條八十 作曲:中山晋平
母さん お肩を たたきましょう
タントン タントン タントントン
母さん 白髪が ありますね
タントン タントン タントントン
お縁側には 日が いっぱい
タントン タントン タントントン
真赤な 罌粟が 笑ってる
タントン タントン タントントン
母さん そんなに いいきもち
タントン タントン タントントン
童謡に歌われた『肩たたき』も、日本の肩こり人口の多さを表す代表的な例かもしれません。縁側で繕いものをする母親の傍らで、小さい子が肩をたたいている光景が目に浮かびます。最近は、縁側やその先に咲き誇る初夏のケシの花という風景は少なくなっているかもしれませんが、肩こり人口についてはパソコンなどの普及に伴って増えているのではないでしょうか。それと、中高年以上の人が多く悩まされる肩の痛み、いわゆる「五十肩」も、高齢化社会の訪れとともに増加しているのでしょう。いわゆる「五十肩」は、50歳代以降に、肩関節周囲組織の退行性変化を基盤として、明らかな原因なしに発症する、肩関節の痛みと運動障害を認める疾患群と定義されています*1。
*1 佐藤毅ほか:骨・関節・靭帯 17(10):1079-1083, 2004
診断技術の普及により腱板断裂,石灰沈着,上腕二頭筋長頭腱炎,腱板疎部損傷,不安定症など痛みや機能障害の直接的な原因が突止められるようになった半面、まだ原因の特定できない症例も多数あります。そのような事で、最近は発症のはっきりしない痛みと拘縮がある肩をfrozen shoulder と呼び,癒着性肩峰下滑液包炎および腱板炎として捉えられてきています。
今回の「運動器の超音波観察法」の話は、「肩関節の観察法」について、考えてみたいと思います。
肩関節の観察法 基本肢位は座位
超音波での観察法の場合、最も考慮すべき点の一つとして、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん観察者も楽な肢位での観察が、的確なプローブワークにつながります。
肩関節の場合、仰臥位では後方からのアプローチが出来ない事や、肩甲骨が床面と接触してしまう事により、内外旋運動や外転運動のような、自然な肩の動きができなくなるという理由によって、基本肢位は坐位が良いと考えられます。手のひらを上にして大腿部の上に置き、肘を体側につけてもらいます。
運動器の超音波観察法は触診の延長であり、触診の答え合わせを解剖学的に行う
第一回でも書きましたが、肩関節を観察する場合に限らず超音波で運動器を見る場合には、必ず触診や徒手検査などの身体所見を取ってから始めます。触診で得られる熱感や圧痛点、硬結や陥凹を触れるといった情報を基に、実際に解剖学的にどうなっているのかを答え合わせしていくということが使い方の基本です。柔道整復師の皆様はその触診のエキスパートですから超音波は取っ付き難いものでも、難しいものでもないわけです。「触診した指の方向に超音波をあてる」、これが運動器分野の超音波観察法の、最大の極意でもあり、基本中の基本でもあるわけです。
では、結節間溝と上腕二頭筋長頭腱の短軸走査を行ってみます。結節間溝を触知しながら、上腕前面上部に対して、前額面より骨頭に垂直になるように微調整しながらプローブをあてます。 (短軸走査) この時、骨頭は丸い形状である事から、プローブは、やや下から上に向けた傾きが骨頭に対しての垂直となります。
上腕二頭筋長頭腱は、結節間溝の谷の中に納まっており、その上から横靭帯が溝を閉じた形状になっています。この事から上腕二頭筋長頭腱は骨頭に沿って走行することになり、長頭腱への正しい描出方法は骨頭に対して垂直にプローブを傾けることになります。
運動器の超音波観察法は、健側から行う
運動器の超音波観察に限らず、画像観察の基本は正常像の把握にあります。正常像での解剖学的な認識ができていれば、異常箇所は比較的容易にわかるはずです。日常的にも正常像をたくさん見て、眼を養う訓練が必要です。
また、超音波診断装置は、プローブの幅でしか見る事ができないという欠点があります。使用機器の二画面表示機能(機種によって呼称はいろいろありますが、BBモードも二画面表示機能です)を積極的に活用して、健側・患側と分けて観察すると、画像比較がしやすくなります。
二画面比較機能は、健側・患側、近位・遠位、外側・内側、長軸・短軸、緊張・弛緩など、さまざまな比較に活用してください。
運動器の超音波観察法は、骨などの目印となる形状から観察する
まず解剖の構造を見てみると、大結節と小結節の山の谷間に結節間溝があるのが解ります。その谷の中に上腕二頭筋長頭腱が走行しており、プローブを上腕骨に短軸走査した場合、横断面で観察されることがわかります。
上記のプローブ走査で、実際に観察される超音波画像です。上腕骨骨頭の大結節と小結節の山を目印にプローブを垂直に当てると、大結節と小結節の間に、結節間溝が観察できます。結節間溝の中にはその間を通る、上腕二頭筋長頭腱の断面が、やや楕円形に観察する事が出来ます。また、小結節側からは肩甲下筋、結節間溝の上を覆うような形で、横靭帯が観察されます。横靭帯の上には、三角筋がひろがっています。解剖学的な位置関係が把握できたら、近位・遠位にプローブを走査して、全体像を把握します。
この観察例の場合、上腕二頭筋長頭腱の周囲に、関節水腫あるいは血腫と考えられる低エコー域が観察されています。併せて、大結節や肩甲下筋の上に見える烏口下滑液包内にも、低エコー域が多く観察されています。このような例の場合、腱板断裂を伴う事が多いとされており*2、注意が必要です。
*2 超音波でわかる運動器疾患 皆川洋至 ㈱メディカルビュー社 より
また、超音波のドプラ機能も併用すると、烏口下滑液包や横靭帯周囲に本来観察されない拡張した血管による炎症の血流を見る事があります。この場合、プローブで強く圧迫してしまうと、水腫も血流反応も見えなくなる事がありますから、圧迫を緩めながらプローブ角度を微調整して観察してください。
この観察例の場合、腱周囲の水腫と共に、上腕二頭筋長頭腱が腫れて正円に近い形に肥大しているのが観察されています。この事により、上腕二頭筋長頭腱は結節間溝の谷に納まりきれず、横靭帯を押し上げている状態であるのが解ります。また、肩甲下筋の上部の烏口下滑液包にもやや低エコー域が観察されています。上腕二頭筋長頭腱の肥大は腱板断裂に伴う所見として知られ、結節間溝上方を中心とした局所肥大であるとされています。*2。
*2 超音波でわかる運動器疾患 皆川洋至 ㈱メディカルビュー社 より
関節鏡所見では、一次性凍結肩と診断された患者さんの,二頭筋長頭腱周辺の滑膜炎や肩甲下筋下滑液包の閉塞,関節容量の減少が観察され、一方、関節窩下の閉塞や関節内癒着はなかった*3との論文もあり、超音波以外の診断装置でも多くのことが解ってきています。
*3 Wiley AM: Arthroscopic appearance of frozen shoulder. Arthroscopy 7: 138-43, 1991.
次に、肩甲下筋腱の観察をしてみましょう。結節間溝の観察位置から小結節を画面中心にするように描出して、患者さんの手首を持って外旋させていきます。上の動画のように、肩甲下筋が引出されるのが解ります。肩甲下筋腱は深層で小結節に付着しており、表層は横靭帯へと移行しています。内部には層状に配列された線維の模様が見え、表面には脂肪の結合織の膜(peribursal fat)が見えます。腱板の断裂の有無や、烏口下滑液包の水腫の貯留、肩甲下筋腱上縁の滑膜に注意をしながら観察をしてください。
今回の観察法で大切な事項をまとめると、下記のようになります。
- 肩関節の観察法の基本肢位は、座位で行う
- 運動器の超音波観察法は触診の延長であり、触診の答え合わせを解剖学的に行う
- 運動器の超音波観察法は、健側から行う
- 二画面比較機能は、健側・患側、近位・遠位、外側・内側、長軸・短軸、緊張・弛緩など、さまざまな比較に活用する
- 運動器の超音波観察法は、骨などの目印となる形状から観察する
- 解剖学的な位置関係が把握できたら、近位・遠位あるいは外側・内側にプローブを走査して、全体像を把握する
- プローブで強く圧迫してしまうと水腫も血流反応も見えなくなる事があり、圧迫を緩めながらプローブ角度を微調整して観察する
- 結節間溝と上腕二頭筋長頭腱の観察は、関節水腫、長頭腱の肥厚や断裂、烏口下滑液包の水腫に注意する
- 肩甲下筋腱の観察は、腱板の断裂の有無や、烏口下滑液包の水腫、肩甲下筋腱上縁の滑膜に注意をする
次回は、「上肢編 肩関節の観察法」の続きとして、腱板について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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