運動器超音波塾【第19回:前腕と手関節の観察法5】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十九回 「雨のち雪、時々落ち葉ひろい」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 5―
好天の日にはつくばの市街地からも赤城連峰や日光連山が観られる季節となり、いよいよ寒さが本格的になってきました。
落葉した街路樹の向こうには紫色の筑波山も顔をのぞかせて、里山の風景も秋から冬へ移り変わろうとしています。夏の間は茂った木々に隠れていた野鳥たちが姿を現して、ついこの間まで我が家の庭にもメジロやシジュウカラがそのカラフルな出で立ちで眼を楽しませてくれていました。さすがにこの寒さのせいなのか、ここ最近はとんとご無沙汰となっています。
動物たちは、早々に冬支度を始めたのかもしれません。
薪を割るいもうと一人冬籠 正岡子規
正岡子規の俳句の中でも、好きな句です。
薪を割る音が冬の冷たい空気を震わせて響き渡る感じと、子規を支えた妹、律が一人で薪を割っている姿、また、その音をじっと聞いている子規の想いが伝わる句であるからです。
この静寂な空気感は、生とその隣にある死を、常に身近に感じていた子規であったからこその表現であるように思います。子規にせよ啄木にせよ、身体が丈夫でなかったことで、何気ない日々の出来事を、謙虚で透明感のある作品にして残せたのかもしれません。
NHKドラマ「坂の上の雲」では、激痛にのたうち回る鬼気迫る正岡子規を香川照之さんが、気丈で可憐な妹の律を菅野美穂さんが好演されていたのを、庭で一人落ち葉をひろい集めながら思い出していました。 そのような折、久しぶりに仕事で札幌を訪問して来ました。
関東より一足早い冬を迎えた札幌は、低気圧による雪と嵐のコンサートの影響で大混雑。超音波の勉強会を終えて外に出ると、それまでの雨が突然雪に変わって、あたりは一瞬で銀世界になっていました。その晩は佐呂間牡蠣の蒸し焼きで一杯やり、翌朝はキャリーバッグでラッセルしながら、長靴持参で来なかったことを後悔しての帰路。
交通機関への影響を予想して早めに札幌駅へ向かったものの、既にホームは人が溢れて足の踏み場もなく、エスカレーターを止める大騒ぎで、降り積もる雪の静寂や新雪を踏みしめる音を楽しむ余裕などなく、そそくさと喧騒の中を空港へ移動しました。
そんな時はどうも詰まらないことしか考えていないようで、後で思い返しても大した話は出てこない。やっぱり、もう少しのんびりした歩調が自分にはあっているようです。
今週末は、また吹き溜まっているのであろう庭の落ち葉をひろいながら、ゆっくりと、『アイドルを追い掛けるファン心理と群集行動について』でも分析してみようかと思います。
赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり 正岡子規
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、伸筋支帯の第3区画に基づいて、考えてみたいと思います。
背側伸筋支帯の第3区画の解剖
背側伸筋支帯の第3区画には、長母指伸筋腱 EPL: extensor pollicis longusが、腱鞘を通っています。この場合も、手関節背側のリスター結節(Lister’s tubercle)を骨性の目印として触診しながら観察すると、画像に映し出された構成体が理解しやすくなります。
第3区画の障害としては、長母指伸筋腱皮下断裂があります。長母指伸筋腱皮下断裂は慢性関節リウマチ(RA)や橈骨遠位部骨折などの外傷に合併して起こるとされています。断裂の機序としては諸説ありますが、第3区画は狭いうえに血流が乏しく、またリスター結節部を滑車(pulley)のようにして急激に45°橈側方向に走行を変えることなど、解剖学的な特徴が原因の一つであるといわれています。これらに機械的摩擦による外傷要因(腱の摩耗)や炎症などによる阻血要因が、さらに関与していると考えられています。
長母指伸筋は前腕骨間膜と、長母指外転筋と短母指伸筋、示指伸筋の起始部に隣接する尺骨の背側面から起始し、尺側から第3区画を通ります。停止部は母指の末節骨底に付きます。
岡崎によるとこの筋はまれに破格があり、母指ないし示指橈側にいたる過剰筋を生じる場合(5.5%)と、おもに母指にいたる過剰腱を有する場合(7.3%)があるとしており、ヒトにおけるこれら長母指伸筋の破格出現は、母指と示指の新しい機能取得のため現在も進化していると推測されると書いています。*1
未来の人類の手の機能はどのようになるのか、興味津々です。
母指の付け根には「解剖学的嗅ぎタバコ窩〔anatomical〕snuff box」と呼ばれる窩があり、尺側縁を長母指伸筋腱、橈側縁を短母指伸筋腱と長母指外転筋腱が構成しています。
この窩底には、橈骨動脈と並行する静脈が手根の伸筋側に走行しており、その下に大菱形骨と舟状骨があります。
- *1
- 岡崎勝至: 日本人の母指と示指に付着する前腕伸筋(総指伸筋,長および短橈側手根伸筋,長母指伸筋,示指伸筋)の肉眼解剖学的研究.愛知医科大学医学会雑誌,30(2):81-93,2002
長母指伸筋腱の超音波観察法
それでは、長母指伸筋腱の超音波観察法です。まず、手関節背側のリスター結節を触診した後、プローブを短軸に走査します。リスター結節の骨隆起の隣に、長母指伸筋腱の断面形状が観察されます。先に書いた通り、過剰腱の存在や極めてまれに第4区画や第2区画などの別区画を走行している場合もあるとの報告が有り、注意を要します。*2
腱の腫脹や周囲の水腫、滑膜の増生などの炎症所見に注意をしながら、近位遠位にプローブを移動させて観察をします。
- *2
- Kim YJ, Lee JH, Baek JH: Variant course of extensor pollicis longus tendon in the second wrist extensor compartment. Surgical & Radiologic Anatomy, 38(4):497-9,2016
次に、長母指伸筋腱の断面を画面の中心にしてプローブを90°直交させ、長軸での観察を行います。橈骨遠位端骨折では、転位が少ない場合でも仮骨による突起との摩擦によって長母指伸筋腱が断裂する場合があります。腱の欠損例にも注意して観察することが大切です。*3
リスター結節のすぐ尺側に腱の走行を観察して、動態で滑走の様子を捉えます。更にリスター結節による変曲点から方向を確認しながらプローブを遠位に移動させて、嗅ぎタバコ窩での観察を行います。
- *3
- 参考 皆川洋至 : 超音波でわかる運動器疾患.メジカルビュー社
長母指伸筋腱の観察時の注意点をまとめると、腱鞘の腫脹や炎症、リウマチによる滑膜増生、長母指伸筋腱皮下断裂の場合は第3区画に腱を確認できない等となります。
上腕二頭筋長頭腱や内閉鎖筋にしろ、変曲して走行する部位には、何かありそうです。
嗅ぎタバコ窩での舟状骨の超音波観察法
嗅ぎタバコ窩を観察する時にもう一つ注意する観察部位として、舟状骨が挙げられます。
舟状骨は親指側の列に沿って存在し、手のひら側に45度傾いています。その角度は、背屈で減少し、掌屈で増加します。
転倒により手のひらを伸展位で地面について起こる骨折に、橈骨遠位端骨折(コーレス骨折)があります。注意すべきは、10代後半から20代でこの状態(手関節が過伸展位)で激しく転倒した場合の、舟状骨骨折です。スポーツによる受傷が半数近くを占めている特徴があり、橈骨遠位端骨折時のように腫れが強くなく、骨折による転移が小さい場合には疼痛もあまり強くありません。X線検査でも見つからない場合もあり、超音波でのドプラ機能による観察が重要と言える傷病のひとつです。
舟状骨骨折の場合、「解剖学的嗅ぎタバコ窩」に圧痛所見があります。また、舟状骨へのおもな動脈は、中央部からやや遠位側の位置で2本入っています。骨折時に適切な処置がなされないと近位側への栄養が途絶えて壊死することがあって、偽関節になりやすい骨折と言われています。
舟状骨は手根骨の中でも特に負荷がかかる骨で、前述の通り、栄養血管は主に2箇所から入り込んでいます。しかもこの栄養血管は、中央からやや遠位部に存在しています。舟状骨骨折は腰部での骨折が多く、この時に栄養血管も損傷する為に、骨癒合が妨げられるとされています。更に、多くは関節包内での骨折という事で、滑液が骨折部に流入して骨膜性仮骨形成を阻害することも指摘されています。これらの要因によって、舟状骨骨折は偽関節になりやすい骨折と言われるわけです。
舟状骨骨折の分類としては、Herbert分類が良く知られています。Herbert 分類は大きく、安定型、不安定型、遷延治癒、偽関節にタイプ別されています。
Herbert, T. J. et al.: Management of the fractured scaphoid using a new bone screw. J. Bone Joint Surg. 66-B: 114-123, 1984.
舟状骨の超音波観察
舟状骨の超音波観察は、嗅ぎタバコ窩の直下にあるために、観察位置としてはさほど難しくはありません。嗅ぎタバコ窩より橈骨を描出してから遠位へ舟状骨を観察していきます。舟状骨骨折の所見としての注意事項は、以下のことが言われています。
- anatomical snuff boxや舟状骨結節での圧痛、腫脹
- 第1・第2中手骨軸からの軸圧痛
- 運動制限(特に回内・回外、橈屈・尺屈)
これらの所見をしっかり確認した上で、超音波による観察を行います。
舟状骨の全体像を把握する為には、必ず掌側からの観察も併せて行ってください。
手関節拘縮の舟状骨と月状骨の連関
舟状骨と月状骨を動態観察してみると、前述のとおり手関節中間位で舟状骨は橈骨の長軸に対して45°掌側に傾斜しています。背屈時には水平となり、掌屈時には垂直位置になります。この時に月状骨は、舟状骨遠位とは逆方向に滑って行きます。
この掌屈・背屈運動に伴い、橈骨と舟状骨、橈骨と月状骨に付着した関節包靭帯が伸張されます。この動きを超音波で観察すると、手関節拘縮の改善には舟状骨と月状骨に付着した関節包靭帯の運動療法が重要であることが解ります。*4
- *4
- 参考 林典雄 : 運動器超音波機能解剖, 文光堂
つまり、手根不安定症(carpal instability)としての舟状月状骨間靱帯損傷、あるいは橈骨舟状骨間靭帯損傷も、この観察時に併せて注意すべき点という事になります。
単純X線正面像による舟状月状骨間靱帯損傷の診断については、舟状月状骨間距離を3mm以上とする報告が多く、個人差があるため健側との比較も重要であるとされています。
また橈骨茎状突起骨折(chauffeur fracture)には、舟状月状骨間靱帯損傷が伴う場合が多いと言われています。*5
ここでもう一つ注意すべきは、変形性手関節症です。
変形性手関節症SLAC (Scaphoid Lunate Advanced Collapse) wristは舟状骨・月状骨・橈骨の配列の乱れや適合性に異常が生じて、関節症へと至る病態を言います。*6
膝関節や股関節などに比べると、手関節は荷重が常時かからない為に頻度はそう多くないとされています。しかしながらこれらの靭帯損傷の病態が、徐々に変形に進行し慢性化する恐れもあるわけですから、超音波によるこれらの観察は、とても有用と言えそうです。
- *5
- 橈骨遠位端骨折診療ガイドライン 2012より
- *6
- Watson, H. K., Ballet, F. L.: The SLAC wrist : scapholunate advanced collapse pattern of degenerative arthritis. J. Hand Surg., 9A : 358-365, 1984.
この観察も、超音波による運動器の動態観察で治療方法への根拠が示される、良い例だと思います。では動画です。手関節を中間位から掌屈動作で観察してみます。
左が橈骨、真中が舟状骨です。舟状骨が回転していく様子が良く解ります。
中間位から掌屈していくと、周囲の脂肪体が移動していく様子が良く解ります。ここにも脂肪組織が充填されており、可動域を保っているようです。
また、掌屈位では舟状骨の回転と共に関節の軟骨の状態や、関節包が伸張されていく様子を観察することができます。この画像は私自身の手関節ですが、やや骨棘様に堤防が形成されているようです。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 背側伸筋支帯の第3区画には、長母指伸筋腱 EPL: extensor pollicis longusがあり、手関節背側のリスター結節(Lister’s tubercle)を骨性の目印として触診しながら観察する
- 長母指伸筋にはまれに破格があり、母指ないし示指橈側にいたる過剰筋を生じる場合(5.5%)と、おもに母指にいたる過剰腱を有する場合(7.3%)がある
- 長母指伸筋は、極めてまれに第4区画や第2区画などの別区画を走行しているとの報告も有り、注意を要する
- 長母指伸筋腱の超音波観察法では、音響カプラ(ゲルパッド)を使用するかゲルを多めに塗布してプローブを浮かせて撮る
- 腱の腫脹や周囲の水腫、RAによる滑膜の増生などの炎症所見に注意をしながら、近位遠位にプローブを移動させて観察を行う
- 橈骨遠位端骨折では、転位が少ない場合でも仮骨による突起との摩擦によって長母指伸筋腱が断裂する場合があり、腱の欠損例にも注意して観察する
- 舟状骨は親指側の列に沿って存在し、手のひら側に45度傾いており、その角度は、背屈で減少し、掌屈で増加する
- 舟状骨骨折は腰部での骨折が多く、この時に栄養血管も損傷するという事と、多くは関節包内での骨折という事で、滑液が骨折部に流入して骨膜性仮骨形成を阻害する事などにより、偽関節になりやすい骨折とも言われている
- 舟状骨の超音波観察法は、anatomical snuff boxや舟状骨結節での圧痛や腫脹、第1・第2中手骨軸からの軸圧痛、運動制限(特に回内・回外、橈屈・尺屈)の有無などの所見をしっかり確認して、掌側からの観察も併せて行う
- 手根不安定症(carpal instability)としての舟状月状骨間靱帯損傷、あるいは橈骨舟状骨間靭帯損傷も、併せて注意する
- 徐々に変形に進行し慢性化する恐れのある変形性手関節症SLAC (Scaphoid Lunate Advanced Collapse) wristにも注意する
次回も「上肢編 前腕・手関節の観察法」の続きとして、伸筋支帯の区画に基づいて、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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