運動器超音波塾【第18回:前腕と手関節の観察法4】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十八回 「夏らしくない夏、秋らしい秋」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 4―
今年の夏は、「夏らしくない夏」であった気がします。雨降りや曇りの日が多く、猛暑日も少なかった。気象庁の発表によると、東京(東京都)でも8月の月間日照時間が少ない方からの1位の値を更新したという事で、晴れ間が平年の半分という話です。*1
また、台風3号と活発な梅雨前線による九州北部豪雨災害や、秋田県の雄物川が2度も氾濫するなど、各地で河川の氾濫や土砂災害などが発生した夏でもありました。7月に大分県で仕事があって、移動中に見た福岡県朝倉市の惨状は、地元つくば市の隣、常総市で起きた2015年9月、台風18号の影響により鬼怒川(きぬがわ)の堤防が決壊し大きな被害が出た、あの時の記憶を呼び起こしました。
- *1
- 気象庁:報道発表資料,8月の天候,平成29年9月1日発表
日照不足の影響は、海水浴場やプールなどの夏レジャーやイベントのみならず、夏野菜や果物など農産物の流通量も減少させているようです。秋の味覚にも影響が出ているようで、食いしん坊としてはちょっと辛い。そのような中、大好物である地元の梨(茨城県は全国2位の収穫量)は、今夏の影響もないようでとても美味しい。
梨の起源には大陸渡来説と日本固有説があり、まだ結論は出ていないようです。約1800年前の弥生時代後期の登呂遺跡(静岡県)からは、既に炭化した梨の種が出土しているそうで、我々にとって長い付き合いの果実と言えそうです。
そう言えば、幼いころによく食べた、長十郎(梨の品種で最近は幸水、豊水が多い)はどこへ行ってしまったのだろうか。あの硬い果肉が妙に懐かしい。
調べてみると、収穫量のグラフから名前が無くなっているほど流通していません。酸っぱい夏ミカンが突然変異の甘夏に置き換わったように、長十郎もフェイドアウトしてしまうのでしょうか。本来は十分に甘い梨で収穫量を上げるために糖度を下げていたとか、採ってすぐ食べるととにかく美味しいのに、一週間以上経ってしまうともうダメとかの話も出てきて、これはもう、もう一度食べたい。今度の休みには、「秋らしい秋」を求めて、ドライブがてら愛車を駆って地元を探してみようかと想っているところです。結局私の場合、「秋らしい秋」は、食いしん坊の「食欲の秋」なのね。
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、少し戻りますが伸筋支帯の区画に基づいて、考えてみたいと思います。
手関節橈側の障害について
前回の観察では、手関節尺側の障害とその観察法として三角線維軟骨複合体(TFCC)について考えてみました。では、手関節橈側の障害はどのようなものがあるのでしょうか。
第15回で背側伸筋支帯の区画の解剖について触れましたが、手関節橈側の炎症部位を調べてみると、橈骨茎状突起部炎・De Quervain’s tenosynovitis(第1背側伸筋腱区画の狭窄性腱鞘炎 長母指外転筋腱と短母指伸筋腱)・短母指・長母指伸筋腱の狭窄性腱鞘炎・Intersection Syndromeなどが出てきます。
そこで今回は、これら手関節橈側から背側の超音波観察法について考えてみたいと思います。
背側伸筋支帯の第1区画の解剖
背側伸筋支帯の第1区画には、長母指外転筋腱 APL: abductor pollicis longus、短母指伸筋腱 EPB: extensor pollicis brevisが、同一の腱鞘を通っています。
この場合、手関節背側の橈骨茎状突起とLister結節を骨性の目印として触診しながら観察すると、画像に映し出された構成体が理解しやすくなります。
何度も言いますが、運動器の超音波観察法は触診ありきです。
手の伸筋支帯は前腕筋膜が前腕下端部で厚くなったもので、その下に前腕伸筋の腱が透明な滑液鞘(腱鞘)に包まれて通る6管を作っています。この滑液鞘は伸筋支帯の1.5㎝程度中枢側から始まっており、線維鞘を持たないとされています。*2
長母指外転筋腱(APL)と短母指伸筋腱(EPB)は橈骨茎状突起上にあり、双方の間に隔壁がある場合があります。
解剖での隔壁の存在の報告は24%~75%と幅があり、堀内らは52%と報告しています。*3
De Quervain病での隔壁の報告は67.5%~91.0%と高率で、城石らは76.5%と報告し、腱鞘中隔の存在がこの疾患の発生に少なからず影響しているとしています。
中隔の形態も、完全な物から、遠位のみや近位のみの物もあるとのことで、超音波で観察する場合には遠位近位に移動して観察することが大切であると、あらためて解りました。併せて、腱の病変については短母指伸筋腱(EPB)が多く、腱鞘については短母指伸筋腱(EPB)、長母指外転筋腱(APL)単独の病変に有意差はなく、大半が双方の腱鞘に病変がみられたと報告されています。
また、長母指外転筋腱(APL)は2~3本の副腱が走行していることが多く、1本の場合が逆に少ない。短母指伸筋腱(EPB)についても2~3本の人が10.4%、欠損が5.2%であったとし、解剖図だけでは解らない人間の身体の個体差が、ここでも理解されます。*4
- *2
- 参考 : 船戸和弥のホームページ
http://www.anatomy.med.keio.ac.jp/funatoka/ - *3
- 堀内行雄,高山真一郎,仲尾保志ほか : de Quervain病手術時における短母指伸筋腱識別法について.日手会誌,13:174-177,1996.
- *4
- 城石達光,安永 博,太田佳介・他:de Quervain病における第1区画の臨床的意義.整形外科と災害整形. 2002, 51(3): 570-574.
- *5
- 超音波でわかる運陶器疾患 皆川洋至 メジカルビュー社
第1区画の周囲には橈骨神経浅枝が走行しており、余計な刺激をしないようプローブワークには十分注意します。橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の走行は交叉しており、その位置と頻度は、橈骨茎状突起より近位で62.6%、遠位で17.1%、橈骨茎状突起の位置で14.3%、また、橈骨神経浅枝は常に橈側皮静脈より深層に位置していたとする報告があります。*6
橈骨神経浅枝の位置の同定には、橈側皮静脈を目印とすると良いでしょう。
- *6
- 向井 加奈恵,小松 恵美,浦井 珠恵ほか : 橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の交叉の位置と頻度の解剖学的調査. 形態・機能Vol. 14 ,No1,3-11, 2015.
背側伸筋支帯第1区画の観察法
では、手関節背側の橈骨茎状突起とLister結節を骨性の目印として触診しながら、第1区画を短軸で観察してみましょう。
橈骨茎状突起上に長母指外転筋腱(APL)と短母指伸筋腱(EPB)が2つ並んで描出されます。長母指外転筋腱(APL) は短母指伸筋腱(EPB)と比べやや太く、楕円形の形状をしています。
前述の通り、長母指外転筋腱(APL) は副腱が多く、腱内部が分離して観えるのは異常ではありません。この時に、低エコーに観える腱鞘内隔壁の有無に注意して観察します。腱鞘内隔壁がある場合には床側に骨隆起を認める特徴があり、観察のポイントとなります。
腱の肥大や腱鞘の肥厚、周囲の水腫などに注意して観察します。併せて、ドプラ機能で炎症状態も観察します。また、観察位置を近位遠位へと移動しながら観察し、遠位のみの隔壁や近位のみの隔壁も見逃さないように注意しましょう。
背側伸筋支帯第1区画の隔壁の有無をしっかりと確認したい場合は、骨隆起の確認と伴にプローブの入射角に工夫をします。
橈側皮静脈を目印に第2区画まで描出する角度にプローブを振る(橈側から手背方向)と、隔壁に超音波ビームが当たることで反射波が得られ、描出することができます。
伸筋支帯第1区画と第2区画の間に観えるのは骨棘です。
長母指外転筋(APL)に比べ短母指伸筋(EPB)の滑走距離が大きいことから短母指伸筋(EPB)の機械的摩擦が生じやすいという報告もあり、炎症ということで関係しているかも知れません。研究の余地ありです。*7
- *7
- 小倉 丘、橋詰博行、佐々木和浩、赤堀 治:伸筋支帯第1区画における短母指伸筋と長母指外転筋の滑走距離.日本手の外科学会雑誌14:124-127,1997.
続いて、伸筋支帯第1区画の長軸走査です。
短軸走査から腱の中心を支点として長軸方向にプローブを動かしていきます。
背側伸筋支帯の第2区画と腱交叉部の解剖
背側伸筋支帯の第2区画には、長橈側手根伸筋腱 ECRL: extensor carpi radialis longus、短橈側手根伸筋腱 ECRB: extensor carpi radialis brevisが、同一の腱鞘を通っています。
この場合も、手関節背側の橈骨手背のLister結節を骨性の目印として触診しながら観察すると理解しやすくなります。
長橈側手根伸筋腱(ECRL)と短橈側手根伸筋腱(ECRB)は、橈骨の外側縁を下方に進み、長母指外転筋(APL)と短母指伸筋(EPB)の筋腹と交叉してから、伸筋支帯の第2区画を通ることから、交叉部での障害(Intersection syndrome)に注意をします。
短母指伸筋(EPB)の走行を超音波で観ると、手関節の掌尺屈運動に抵抗するように緊張する様子が観察されます。人体標本を用いたバイオメカの実験で、隔壁の有無と手関節の角度との組み合わせが有意に短母指伸筋(EPB)の滑走抵抗に影響を与えていたとするものがあり、超音波での観察を裏付けしているように思います。*8
この短母指伸筋(EPB)の振る舞いについては、腱交叉部での障害の発生要因の一つとして着目しているところで、更なる研究が必要です。
- *8
- Keiji Kutsumi. Gliding resistance of the extensor pollicis brevis tendon and abductor pollicis longus tendon within the first dorsal compartment in fixed wrist positions( 手関節固定位での第1背側区画における短母指伸筋腱と長母指外転筋腱の滑走抵抗).博士論文.北海道大学
伸筋腱第2区画から腱交叉部への超音波観察法
第1区画の背側にプローブを移動させ橈側皮静脈を越えていくと、第2区画内の高輝度を示す卵円形の2本の腱(橈側:長橈側手根伸筋ECRL、尺側:短橈側手根伸筋ECRB)を観察することができます。短橈側手根伸筋(ECRB)はLister結節に接しており、目印となります。
この位置から近位方向にプローブを動かすことで、intersection(ECRB,ECRLとAPL,EPBが交叉して走行)が観察可能です。海外でのエコー所見で言われているのは、滑液鞘の浮腫、交叉部での筋膜浮腫、周囲の水腫、腱の肥厚、皮下浮腫と筋肉内の浮腫などで、皮下浮腫と筋肉内の浮腫という点は要注目でAPL,EPBの筋肥大の指摘もあります。*9*10*11
この位置には線維鞘が無いため、正式には腱炎と周囲滑膜の肥厚による滑膜炎や腱周囲炎と筋膜炎などと捉えるべきかもしれません。
いずれにしても超音波での観察の場合には反射角度の問題がありますから、観察時にはゲルの塗布量を多くして、角度を変えながら低エコー域が確かに存在するのかを判断することが重要です。また、健側と比較して筋肉の緊張状態をその形状や筋内腱の様子に着目して、掌屈背屈、回内回外、母指の外転対立と動態観察するのも大切です。
- *9
- Sahar Shiraj, Carl S. Winalski, Patricia Delzell, Murali Sundaram. Intersection Syndrome of the Wrist. Orthopedics. March 2013 – Volume 36 · Issue 3: 165, 225-227
- *10
- Giovagnorio F, Miozzi F. Ultrasound findings in intersection syndrome. J Med Ultrasonics. 2012; 39(4):217–220 doi:10.1007/s10396-012-0370-y
- *11
- Descatha A, Leproust H, Roure P, Ronan C, Roquelaure Y. Is the intersection syndrome is an occupational disease? Joint Bone Spine. 2008; 75(3):329–331 doi:10.1016/j.jbspin.2007.05.013
では、背側伸筋支帯第2区画から腱交叉部へ短軸で観察してみます。
続いて、動画です。短軸走査で背側伸筋支帯の位置から近位に腱交叉部までプローブを移動している様子です。橈側皮静脈と橈骨神経浅枝を目印に、第1区画と第2区画を両方観察できる位置から始めます。第1区画の長母指外転筋(APL),短母指伸筋(EPB)が第2区画の長橈側手根伸筋(ECRL),短橈側手根伸筋(ECRB)の上を横切っていく様子が観察できます。
この時ゲルは多めに塗布して、橈側皮静脈の圧迫にはくれぐれも注意して下さい。
第1区画の長母指外転筋(APL),短母指伸筋(EPB)が第2区画の長橈側手根伸筋(ECRL),短橈側手根伸筋(ECRB)の上を横切っていく様子が観察できます。最初に短母指伸筋(EPB)が高エコーの腱から低エコーの筋腱移行部となって横切り、次に長母指外転筋(APL)が同じように筋腱移行部になって横切っていくのが解ります。
この位置では短母指伸筋(EPB)が低エコーの筋組織に移行しているのに対して、長母指外転筋(APL)は未だ腱組織で、短橈側手根伸筋(ECRB)の上を交叉する位置位から筋組織に移行していきます。プローブの傾けを微調整しながら、内部構造にも注意をして観察する事が大切です。また、炎症所見の場合には、ドプラ機能で筋膜や腱周囲の毛細血管の拡張を観察する事もポイントです。一部の患者では交叉部に隣接する軽度の皮下浮腫も特徴であり、恐らく周囲の充血に起因するとのMRIによる報告もあります。*12
海外の文献の中には、この位置に生理食塩水を超音波ガイド下に注射して癒着を軽減したという話もあり(妊娠中の女性のケースという事で非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の候補者ではなかった)、痛みと握雪音を直ちに救済したとして、やはりここでも「癒着と剥離」がキーワードのようです。*13
この仕組みについては、さらに解剖学的な研究が必要です。
この観察も、超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、今後の注意点も検討することができる良い例です。やはり運動器の超音波観察では、動態観察が大切であるということです。
- *12
- Costa CR, Morrison WB, Carrino AJ. Mri features of intersection syndrome of the forearm. AJR Am J Roentgenol 2003;181:1245–9.
- *13
- Thomas M. Skinner. Intersection Syndrome: . J Am Board Fam Med July 1, 2017 30:399-401
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 背側伸筋支帯の第1区画には、長母指外転筋腱(APL)、短母指伸筋腱(EPB)が、同一の腱鞘を通っている
- 滑液鞘は伸筋支帯の1.5㎝程度中枢側から始まっており、線維鞘を持たない
- 第1区画の長母指外転筋腱(APL)、短母指伸筋腱(EPB)の間には隔壁がある場合が多く、De Quervain病では特に高率で76.5%との報告がある
- 隔壁の形態も完全な物から、遠位のみや近位のみの物もあり、遠位近位への移動走査が大切である
- 隔壁がある場合、その隔壁部分に一致した床側の骨隆起を認める特徴がある
- 腱の病変は短母指伸筋腱(EPB)が多く、腱鞘の病変の大半は長母指外転筋腱(APL)、短母指伸筋腱(EPB)の双方に観られる
- 長母指外転筋腱(APL)は2~3本の副腱が走行していることが多く1本の場合が逆に少なく、短母指伸筋腱(EPB)についても2~3本の人が10.4%、欠損が5.2%であったとの報告がある
- 橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の走行は交叉しており、その位置と頻度は、橈骨茎状突起より近位で62.6%、遠位で17.1%、橈骨茎状突起の位置で14.3%、また、橈骨神経浅枝は常に橈側皮静脈より深層に位置していたとする報告がある
- 第1区画では腱の肥大や腱鞘の肥厚、周囲の水腫などに注意して観察する
- 第1区画の隔壁の実質を確認したい場合は、橈側皮静脈を目印に第2区画まで描出する角度にプローブを振る
- 背側伸筋支帯の第2区画には、長橈側手根伸筋腱(ECRL)、短橈側手根伸筋腱(ECRB)が、同一の腱鞘を通り、Lister結節を目印に観察する
- 第2区画からプローブを近位方向に移動させることで、APL,EPBがECRL,ECRBの上を横切っていく様子が観察できる
- 第2区画と腱交叉部の観察では、滑液鞘の浮腫、交叉部での筋膜浮腫、周囲の水腫、腱の肥厚、皮下浮腫と筋肉内の浮腫、APL,EPBの筋肥大などに注意する
次回も「上肢編 前腕・手関節の観察法」の続きとして、伸筋支帯の区画に基づいて、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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