運動器超音波塾【第16回:前腕と手関節の観察法2】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十六回 「ドクダミの花に想う」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 2―
この所、天気の良い休みの日を利用して実家の草取りをしています。
しばらく放置していた庭は雑草や植木が伸び放題で、もはや草原の藪漕ぎ状態となり、ダイエットも兼ねて汗水を流しています。
アジサイの茂みを観ては、弟とアマガエルやカタツムリの観察をして絵に描いていたことや、スイカの種を縁側から飛ばしては、たくさん実るといいなあと他愛ない話をしていたことなどを感慨にふけりながらの作業で、なかなか手が先に進みません。
そんな中、日陰の一角にドクダミやセンブリ、ゲンノショウコ等が群生している場所がありました。
ドクダミ(蕺草、学名:Houttuynia cordata)はドクダミ科ドクダミ属の多年草。 別名、ドクダメ(毒溜め)、ギョセイソウ(魚腥草)、ジゴクソバ(地獄蕎麦)。住宅周辺や道ばたなどに自生し、特に半日陰地を好む。全草に強い臭気がある。開花期は5~7月頃。
生薬として、開花期の地上部を乾燥させたものは生薬名十薬(じゅうやく、重薬とも書く)とされ、日本薬局方にも収録されている。十薬の煎液には利尿作用、高血圧、動脈硬化の予防作用などがある。なお臭気はほとんど無い。 また、湿疹、かぶれなどには、生葉をすり潰したものを貼り付けるとよい。*1
実家はブルドーザーで山を切り開いた新興住宅地で、広大な茶色の丘陵にぽつりぽつりと家が建っていった風景が想い出されます。そういえば中学生のころ、ニキビ面と副鼻腔炎に悩まされていたことがあって、母親が天日干しにしたドクダミやセンブリを煎じてくれて、ずいぶん飲まされた記憶が蘇ってきました。
特有のにおいと苦さもあって、当時はだいぶ閉口した想いがありましたが、体質改善効果があったのか、お陰様でニキビもあばたにならず、鼻の通りもだいぶ楽になったことを想い出しました。
元々それらがまとまって自生していたはずもなく、母親がどこからか貰って植えたであろうそれらの薬草が、今も元気に花をつけています。ドクダミの花言葉は「白い追憶」。
木陰の風通しのいい場所で汗を拭きながら、ぜんぶを刈り取らないで一部は残して、これからもそれらの花々をたのしもうと一服しています。
ああそれにしても、まだ半分もおわっていない…
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、その他の回外制限と手根管について、考えてみたいと思います。
その他の回外制限について 前腕骨間膜
前回の観察で、方形回内筋の橈骨及び尺骨への付着形態は、橈骨では掌側面に付着して、尺骨ではかなり巻き込むように背側面近くまで付着していることがわかりました。さらに方形回内筋の長軸像では、前腕骨間膜の膜様部は回内から回外にいたる際に骨間距離が延長し、回外制限のポイントとなる可能性が観えてきました。そこで、その他の回外制限として、この前腕骨間膜について考えてみたいと思います。
前腕骨間膜は、橈骨と尺骨の間をつなぐ膜様部と腱様部で構成される組織で、ほぼ全域にわたって存在します。前腕骨間膜から上には、尺骨粗面より外下方へ斜めに走って橈骨粗面の少し下方に付く斜索があり、斜索と前腕骨間膜との間にある骨間裂孔は、背側骨間動脈が通っています。
実際に解剖標本を観ると、中央部の腱様部が線維性で厚いのに対して遠位部の膜様部は薄く疎な組織である事がわかります。さらに前腕の深指屈筋、長母指屈筋、長母指外転筋、短母指伸筋、長母指伸筋、示指伸筋がこれに付着しています。
林先生等の研究によると、長母指屈筋の筋腹は前腕長の遠位より平均50.2%(最大:54.0%、最少:45.8%)まで存在し、前腕遠位1/4では膜様部の橈側36.8%を長母指屈筋が、尺側63.2%を示指・中指の深指屈筋が位置するとして、膜様部は長母指屈筋と深指屈筋、腱様部では深指屈筋が骨間膜の緊張に影響する可能性があるとしています。*2
- *2
- 参考 :運動器超音波機能解剖 林典雄 文光堂
前腕骨間膜の主な機能としては、橈骨と尺骨の連結、前腕の回内位で弛緩し回外位で緊張することによる回外運動の制御、手に加わる長軸方向の力を橈骨から尺骨を介して上腕、肩に伝達することなどが挙げられています。
では、前腕骨間膜を前腕中央部の腱様部で、前腕骨に対して短軸像で観察してみましょう。橈骨と尺骨を画面上に表示し、プローブの橈骨側をやや遠位に調整するとほぼ正確な骨間膜に対する短軸となります。
この時、骨間膜の走行方向にプローブを調整して長軸像を描出すると、骨間膜のfibrillar patternを観察することができます。プローブ位置は、下図のようになります。こうして観察してみると、腱様部の骨間膜は、「膜」というよりは「靭帯」のような構造をしているように観えます。
橈骨、尺骨の「かなめ」としての強さを感じる画像です。
次に、前腕骨間膜を前腕の中央部で前腕骨に対して短軸像で観察してみます。この場合は、前腕骨に対して90°直交させてプローブをあてます。回内・回外動作をゆっくりと行いながら観察してみると、回外動作により骨間膜は折れ曲がることで骨間距離を変化させているのを観ることができます。つまり、前腕骨間膜は回外位で折れ曲がり、中間位で直線的になり、骨間膜自体が伸張するわけではないという特徴がわかります。
骨間膜自体に形状を変える力はないはずなので、「何が作用しているのか」背側から観察してみます。中間位から回外位の動作に伴い、前腕骨間膜が伸筋群に押されて曲がっていくのが観察されました。
関節周囲では動作にともなってできた空間に脂肪が流入するのが観察できますが、ここでは、筋肉が移動を見せています。
続いて、前腕骨間膜の膜様部の観察をします。前腕中央部から短軸画像のまま遠位にプローブを移動して、方形回内筋を描出してから少し近位に戻した位置で観察します。中間位から回外位に動作させながら観察すると、橈骨と尺骨の骨間距離が延長されるのがわかります。
橈骨・尺骨の位置は、音響陰影を観ると解りやすくなります。
整理すると、前腕骨間膜は回外動作に伴って、前腕中央部の腱様部では折れ曲がる事で骨間距離が短縮し、前腕遠位部の膜様部では緊張しながら伸張し、骨間距離が延長するということになります。
では、同じ位置で今度は背側から観察をしてみます。中間位から回外位で伸筋が、中間位から回内位で屈筋が、橈骨尺骨間に侵入し骨間膜を押している様子を観察することができます。
林先生も著書で書かれているように*2、骨間膜自体の働きで骨間距離を変えていると言うよりは、伸筋と屈筋の橈骨尺骨間への入り込みのバランスで骨間距離を変えているように観えます。思うに膜様部の骨間膜は、それらのバランスの中で伸張される事で、骨膜と併せてセンサーとしての役割があるのかもしれません。この点については、さらに研究が必要なところです。
また、橈骨近位骨片の尺側転位や遠位骨間膜損傷などで遠位骨間膜が機能しなくなると、橈骨背側不安定性が問題になるという発表があります。*3この点も、注意すべきポイントであると言えます。
- *3
- 森友 寿夫, 大森 信介:バイオメカ二クスからみた橈骨遠位端骨折後DRUJ不安定症.第57回日本手外科学会学術集会2014 ;
さて、以上のような観察をもとに治療に有用な観察のポイントを考えると、「骨間膜とそれに接する筋肉の、それぞれの癒着や柔軟性に着目」という事でしょうか。
手根管の解剖
手根管とは、手根骨と横手根靭帯とからなるトンネルで、この中には正中神経と長母指屈筋腱(1本)、示指から小指の深指屈筋腱および浅指屈筋腱(4 本ずつ計8 本)が通過しています。手根管症候群はこの部位に起こる、様々な原因によって生じる正中神経障害の総称とされています。*4*5
方形回内筋付近での手関節の断面解剖は、下図のようになります。
この位置より関節を超えて手根骨側に手根管のトンネルがあります。
- *4
- Bland JD : Carpal tunnel syndrome : Curr Opin Neurol 18 : 581-585, Review, 2005
- *5
- Rosenbaum R, Ochoa J : Carpal tunnel syndrome and other disorders of the median nerve. Stoneham, MA : Butterworth-Heinemann, 1993
- *6
- 超音波でわかる運陶器疾患 皆川洋至 メジカルビュー社
手根管の観察法
手根管の観察は、豆状骨と舟状骨の触診から始めます。
豆状骨と舟状骨の位置を確認したら、プローブを平行に置きます。この時に、遠位近位方向に少しあおって調整すると、腱の実質や正中神経に垂直な位置を見つけることができ、手根管の断面画像が描出されます。正中神経が描出されたら画面中央に調整し、そこから90°プローブを回して長軸画像も観察します。
指先を曲げ伸ばしすると屈筋腱が滑走する様子や、手関節を掌屈から背屈すると手根管が圧迫される様子を観察することができます。
手根管の観察の場合、正中神経などの観察位置が比較的浅い位置にあることから、この場合もゲルを多めに塗布してプローブを浮かせて撮るなどの工夫が必要です。
また、患者さんの手首を保持している側の手の親指でプローブの先端を止めて補助すると、より安定した観察が可能となります。このような、ほんの些細な工夫で良好な画像が撮れるところが超音波のおもしろい所であり、難しい点でもあります。
では実際に手根管内部の様子を正中神経に短軸走査と長軸走査で観察し、さらに長軸走査で指の屈伸と手関節の背屈とを、動かしながら観察してみます。
正中神経の下で屈筋腱が滑走する様子と、背屈で月状骨が橈骨よりも上がって手根管を狭めていくのが観察されます。この月状骨の上昇(不安定性)には個体差があり、研究の余地があります。特発性CTS(手根管症候群) における手根管部正中神経の腫大は遠・近位での腫大(仮性神経腫)が顕著である結果、砂時計様に変形するが、絞扼部も多くが腫大し、ただし、個人差があり、腫大が遠・近位のいずれかに偏在することがあるという指摘があります。*7
つまり、神経腫大は遠位のみに認めることもあるわけで、近位に加え遠位でも観察が必要であるということになります。
- *7
- 手根管症候群の超音波診断 中道 健一 臨床神経 2013;53:1217-1219
短軸での観察時に指先を屈伸して屈筋腱を動作させると、正中神経が手根管の内部の余白のスペースへ移動して、屈筋腱が最短距離で引っ張るのを助けている様子が観察されます。臨床的に観てみると、手根管症候群の患者さんの場合この動きが鈍く、正中神経の遊びが無いように観えます。
この観察も、超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、今後の注意点も検討することができる良い例です。やはり運動器の超音波観察では、動態観察が大切であるということです。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 前腕骨間膜の膜様部は長母指屈筋と深指屈筋、腱様部では深指屈筋が骨間膜の緊張に影響する可能性があるとの著作がある
- 腱様部の骨間膜は、「膜」というよりは「靭帯」のような構造をしているように観える
- 前腕骨間膜の腱様部の観察は、前腕骨に対して90°直交させてプローブをあて、回内・回外動作をゆっくりと行いながら観察する
- 前腕骨間膜の腱様部は回外位で折れ曲がり、中間位で直線的になり、骨間膜自体が伸張するわけではないという特徴がある
- 前腕骨間膜の腱様部は中間位から回外位の動作に伴い、前腕骨間膜が伸筋群に押されて曲がっていく
- 前腕骨間膜の膜様部の観察は、方形回内筋を描出してから少し近位に戻した位置で、中間位から回外位に動作させながら観察する
- 前腕骨間膜は回外動作に伴って、前腕中央部の腱様部では折れ曲がる事で骨間距離が短縮するのに対して、前腕遠位部の膜様部では緊張しながら伸張して骨間距離が延長する
- 前腕骨間膜の膜様部を背側から観察すると、中間位から回外位で伸筋が、中間位から回内位で屈筋が、橈骨尺骨間に侵入し骨間膜を押している
- 橈骨近位骨片の尺側転位や遠位骨間膜損傷などで遠位骨間膜が機能しなくなると、橈骨背側不安定性が問題になるという発表がある
- 前腕骨間膜の治療に有用な観察のポイントは、骨間膜と移動する筋肉のそれぞれの癒着や柔軟性に着目する
- 手根管の観察は豆状骨と舟状骨の触診から始め、その位置を確認したら、プローブを平行に置く
- この時に、遠位近位方向に少しあおってプローブを調整し、腱の実質や正中神経に垂直な位置を見つけることで、良好な画像が得られる
- 手根管を正中神経に対して長軸で観察する場合には、患者さんの手首を保持している側の手の親指でプローブの先端を止めて補助すると、より安定した観察が可能となる
- 特発性CTS(手根管症候群) における手根管部正中神経の腫大は遠・近位での腫大(仮性神経腫)が顕著である結果、砂時計様に変形するが、絞扼部も多くが腫大し、ただし、個人差があり、腫大が遠・近位のいずれかに偏在することがあるという報告がある
- つまり、手根管部の正中神経腫大は、遠位のみに認めることもあり、近位に加え遠位でも観察が必要である
- 手根管で正中神経に短軸走査で、指先を屈伸して屈筋腱を動作させると、正中神経が手根管の内部の余白のスペースへ移動して、屈筋腱が最短距離で引っ張るのを助けている
次回も「上肢編 前腕・手関節の観察法」の続きとして、掌側橈尺骨靭帯と掌側尺骨手根靭帯について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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