運動器超音波塾【第14回:肘関節の観察法 7】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十四回 「里山の風景が好き」巻
―上肢編 肘関節の観察法について 7―
最近、タヌキが車に撥ねられているのを見かけることが多くなっています。自然豊かなつくば市ですが、気候変動の為にエサが無くなったのか、宅地造成の影響か、ジブリアニメではないですが、様々なことを考えてしまう光景です。
タヌキと言えば、小さい頃に読んだ「文福茶釜」や「かちかち山」、落語の「権兵衛狸」や手鞠歌の『あんたがたどこさ』、童謡から信楽焼の置物まで数知れず扱われてきた題材で、日本人にとって身近な動物のひとつである事はまちがいありません。元来タヌキは、極東にのみ生息する世界的に見れば珍しい動物ということで、海外からの留学生などは余り知らないようです。
日本におけるタヌキの主な生息域として、里山があります。里山というのは、日本の農村の景観で、農業を中心とした生活の中で人が長い時間をかけて作り変えてきた半自然のエリアという事になります。そこには、タヌキの他にもキツネやアナグマ、野兎なども生息していました。そのような中、タヌキは雑食で残飯など他の野生動物が食べないようなものまで食べる習性を持つことで、唯一生き残ってきたと言われています。タヌキは、野生動物なのに人の生活域に寄り添って生きて来た動物であることが解ります。*1
都市化が進んでいく中で里山も少なくなり、また地域によっては過疎の影響で里山の維持管理ができなくなるという状況が起きています。この里山という都市と自然の間の安全地帯、或いは余白が無くなってきた為、自然災害もより大きなものになっているような気がしてなりません。人間を中心に据え自然を排除してきた資本主義経済の流れは既に滞ってきており、人間も自然の一部として自然から学び恩恵を頂くという姿勢に、再び立ち返る時期が来ているのかもしれません。「勝ち取る」ばかりではなく、時には「譲る」ということでしょうか。
タヌキや野兎などが暮らせる半自然のエリア、自然界との共存の考え方は、日本人の伝統的な文化として大切にしていきたいと想っているところです。その一方で、タヌキの亡骸を持ち帰って運動器の解剖をさせてもらいたいなと想っている自分もいて、やっぱり大悟の道は遠いようです。
- *1
- 参考 : NHK解説委員室 視点・論点 「タヌキと日本人」
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/257729.html
信楽焼のタヌキの置物は縁起物として喜ばれ、狸が「他を抜く」に通じることから商売繁盛と洒落て店の軒先に置かれることが多い。信楽焼八相縁起に因んで福々とした狸が編み笠を被り少し首をかしげながら右手に徳利左手に通帳を持って突っ立っている、いわゆる「酒買い小僧」型が定番となっている。
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「肘関節の観察法」の最後として、肘内障と肘関節後面の超音波のアプローチ方法について考えてみたいと思います。
肘内障(Pulled elbow)について
肘内障について日本整形外科学会HPによると、
『肘の靱帯から肘の外側の骨(橈骨頭)がはずれかかることによって起こります。多くは、5歳以下の子供にみられます。』
とされています。*2
ある施設で運動器の症例データを収集していた時も、比較的多く観られる症例であると感じました。保育園児の疫学調査を見ても、2歳児の脱臼が多いのは肘内障が半分を占めたからとしており、再発も多い事から他の年齢よりも高率であると述べています。*3
小児の橈骨頭の形状は成長過程の為に軟骨成分が多く、輪状靭帯も柔軟性に富んでいる事で発生するとされますが、発生機序について詳しく述べた文献はまだないようです。
個人的な考察としては、
- 長軸方向に牽引され回内強制される事で前腕骨間膜が緩み、
- それに付随して橈骨・尺骨の安定化機構が損なわれ、
- 斜索や輪状靭帯が抗しきれなくなり、
- 関節腔に陰圧がかかる事で回外筋や滑膜ヒダが輪状靭帯と共に腕橈関節内へ引き込まれるのだろう
と考えているところです。これについてはまだまだ仮説の段階で、バイオメカニズムとしての検証が必要です。
秋田の皆川師匠による発表では、
- 肘内障の病態は、古くから橈骨頭の前方亜脱臼や腕橈関節内への輪状靭帯の嵌頓と考えられてきた
- 関節エコーを使用して調べたところ、回外筋が輪状靭帯と共に腕橈関節内へ引き込まれて発症することが判明した
- 輪状靭帯から起始する先細りの回外筋が、輪状靭帯とともに腕橈関節内に引き込まれた像を「Jサイン」という
- 輪状靭帯の消失、滑膜ヒダの巨大化、回外筋の腕橈関節内への引き込み(Jサイン)は、肘内障の特徴的所見である
- 肘内障の整復後も回外筋は高エコー像化するので、自然整復例も捕捉できる
という話があります。*4
回外筋が挟み込まれて損傷するのであれば、わずかに腫脹があり回外制限が認められる事や、整復直後に痛みを有して肘を動かさない子がいる事、受傷から整復までに時間を要した場合など特に痛みが残存するのも理解できる事だと思います。
さらに、ドプラ機能で観察すると、橈骨頭を乗り上げる形になった回外筋の内部に、健側に観察されない血流反応を観る事があります。整復後も回外筋の高エコー像が健側と同じにならないのも、回外筋の関与を感じるところです。
実際に整復しながらの観察では、挟み込まれたJ型の部分が整復されると同時に立ち上がって直線的になるのを動的に観ることができます。
成人の腕頭関節の動きを観ると、橈骨頭は回内していくと2㎜外方変位し、わずかに傾斜します。小児の橈骨頭の動きはどうであるのか? 肘内障の発症に関与するメカニズムのひとつなのか? 知りたいところです。
健側と比較すると、上腕骨小頭と橈骨頭間が開大して、輪状靭帯と滑膜ヒダ、回外筋の一部が腕橈関節内に引き込まれた様子が観察されます。
クリック音を触知する指の位置にプローブを置き、観察を行います。この時にプローブは先端を持ち、薬指・小指などで肘との支点を作って保持すれば、整復動作を行いながらの観察も可能です。また、患児を親御さんに抱っこして頂いた状態でアプローチするなど、観察しやすい肢位の工夫も大切です。
- *2
- 日本整形外科学会HP www.joa.or.jp/jp/public/sick/condition/pulled_elbow.html
- *3
- 保育園児の事故調査 第2報 年齢・原因別にみた特徴 石原花子・田中俊也 名古屋市立保育短期大学研究所紀要第27巻別刷1990.8
- *4
- 第26回日本整形外科学会基礎学術集会 教育研修講演 城東整形外科 皆川洋至
参考資料 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
海外の超音波の文献を調べていると、snapping elbowの症例で超音波観察をしたものがありました。肘関節伸展動作で腕橈関節内に肥厚した輪状靭帯が引き込まれていき、屈曲動作でもとに戻るという動画で、上腕骨小頭と橈骨頭の間に過剰に肥厚した輪状靭帯がスリップしていく状態が観察されていました。*5
この場合、回外筋までは引き込まれていない様子でしたが、snappingの様子が肘内障の発生機序を考える上で参考になる画像でした
- *5
- Ultrasonographic diagnosis of snapping annular ligament in the elbow. Jee Won Chai , Ultrasonography 2015; 34(1): 71-73.
肘関節後面の解剖学的構造
肘関節後面の超音波観察法は、肘頭窩、肘頭、上腕骨小頭の観察があり、肘関節屈曲位での観察が有効です。上腕骨小頭の観察法は野球肘の章で説明しましたので、今回はそれ以外の解説をしていきます。 肘関節後面での疼痛や伸展制限を考察する上で重要なのは、肘関節後方脂肪体とそのインピンジメントと言われています。*6
肘関節後方脂肪体は、関節包の内側で滑膜外にある組織です。
肘終末伸展(30°屈曲位からの終末伸展運動)に伴う後方部痛は、関節内骨折後の整復不良例や肘頭に発生した骨棘や遊離体が原因となる骨性インピンジメントを除けば、後方関節包の周辺組織の瘢痕や関節包内に存在する脂肪体に何らかの原因があると考えられる訳です。林先生等は、後方脂肪体は、肘の伸展に伴い肘頭に押し出されるように機能的に形態を変形させながら、より背側、近位へ移動するとして、この脂肪体の移動は併せて関節包を背側近位へと押し出す結果となり、後方関節包のインピンジメントを回避していると考えられるとしています。*7
- *6
- 運動器超音波機能解剖 林典雄 文光堂
- *7
- 肘関節伸展運動における肘後方脂肪体の超音波動態観察よりみた後方インピンジメントの病態考察. 林 典雄. 日本理学療法学術大会 2010(0), CaOI1021-CaOI1021, 2011
肘後方にある脂肪体は、肘頭窩を埋めるように存在しており、関節包の内面、滑膜の外面に存在しています。終末伸展運動における後方脂肪体の動態は、肘頭の肘頭窩への侵入とともに背側近位へと移動し、挟み込みを回避しています。*8
- *8
- 林 典雄 第28 回東海北陸理学療法学術大会/三重
第12回でも説明しましたが、後面には肘頭付近に関節包があります。臨床上よく遭遇する肘関節周囲の滑液包に発生する障害は、肘頭皮下包の炎症による肘頭滑液包炎が知られています。超音波による観察では、腫脹部が嚢腫性病変か腫瘍性病変か簡単に確認することができ、有用と言えます。
肘関節後面の観察法
肢位は基本的に座位にて、肘関節屈曲位での後方アプローチにより観察をします。必要に応じて屈曲・伸展動作を併用し、動態を解剖学的に観察することが重要です。
この場合プローブの持ち方は、示指を伸ばした状態で上腕に沿うように接触させてパームグリップのように保持すると、安定した画像を得る事ができます。その都度、肢位に併せて持ち方も工夫していく事が大切です。
伸展運動による後方脂肪体の動きを観察すると、上腕三頭筋を押し上げながら近位方向へ移動してくる様子を観ることができます。この時に、上腕三頭筋の一部は、後方関節包を近位に引いて、脂肪体の近位方向への移動を促しているのが観察されます。この脂肪体の移動が妨げられると、肘頭と肘頭窩に脂肪体が挟まれ、痛みが誘発される事を示唆する画像です。
肘関節後面の観察ポイントとして
肘関節後面の観察時のチェックポイントを整理すると、
- 関節内骨折と遊離体、疲労骨折
- 骨棘形成、橈骨頭の肥大、軟骨下骨の硬化の有無など変形性肘関節症
- 関節包周囲の瘢痕化
- 関節包内の脂肪体の線維化と癒着
- 脂肪体の動きを制限する上腕三頭筋の癒着や硬さ
- 関節内の水腫・血腫
- 嚢腫・腫瘍の有無
- 関節リウマチによる滑膜増生
- 投球動作などによる肘頭先端部障害(骨端核の分離・分節、骨融解)
等が挙げられます。肘頭先端部障害については、併せて、圧痛・肘関節伸展時の後方部痛と外反ストレス痛を確認する必要があります。また、肘頭窩と脂肪体の間に低エコー域が観察される場合は、水腫の存在であり、何らかの関節内病変が疑われます。高エコーが存在する場合は、骨折に伴う血腫(脂肪滴の流入)や増殖した滑膜の存在が示唆され、対流が見られる場合は血腫を疑うとされています。*9
これらの観察時にもドブラ機能を併用する事で、増生した滑膜への旺盛な血流の様子などを観察することができます。
- *9
- 超音波でわかる運陶器疾患 皆川洋至 メジカルビュー社
それでは上記の肘関節後方での伸展運動によるふるまいを、短軸で観てみます。
動画で観ると、肘関節の伸展運動に伴って後方脂肪体が上腕三頭筋を押し上げ、関節包を緊張させながら肘頭窩より上腕骨の内側・外側の坂を上って行くのが観察されます。また、上腕三頭筋の一部は、後方関節包を近位に引っ張っており、脂肪体の近位移動を促しているのが観察されます。この時にまず大切なのは、上腕三頭筋の硬さや癒着の有無で、この事で後方脂肪体の移動が制限されると、後方インピンジメントが発生する事となります。つまり、上腕三頭筋の柔軟性の改善と癒着などの剥離、関節包を含めた近位方向への移動の改善を目指すことが治療へのヒントとなるわけです。*10
この観察も、超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、今後の注意点も検討することができる良い例です。
*10運動器超音波機能解剖 林典雄 文光堂
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 肘内障(Pulled elbow)は、回外筋、滑膜ヒダが輪状靭帯と共に腕橈関節内へ引き込まれて発症する
- 輪状靭帯の消失、滑膜ヒダの巨大化、回外筋の腕橈関節内への引き込み(Jサイン)は、肘内障の特徴的所見である
- 肘内障の超音波観察法は、クリック音を触知する指の位置にプローブを置くと、整復動作を行いながらの観察が可能
- 肘内障の整復後も回外筋は高エコー像化するので、自然整復例も捕捉できる
- 肘内障(Pulled elbow)の超音波観察法は、クリック音を触知する指の位置にプローブを置き観察する
- この時にプローブは先端を持ち、薬指・小指などで肘との支点を作って保持すれば、整復動作を行いながらの観察も可能となる
- 患児を親御さんに抱っこして頂いた状態でアプローチするなど、観察しやすい肢位の工夫も大切
- 肘関節後面での疼痛や伸展制限を考察する上で重要なのは、肘関節後方脂肪体とそのインピンジメントと言われている
- 後方脂肪体は、肘頭窩を埋めるように、関節包の内面、滑膜の外面に存在している
- 後方脂肪体は、肘頭の肘頭窩への侵入とともに背側近位へと移動し、挟み込みを回避している
- 伸展動作での上腕三頭筋の一部は、後方関節包を近位に引いて、脂肪体の近位方向への移動を促している
- 上腕三頭筋の硬さや癒着で後方脂肪体の移動が制限されると、後方インピンジメントが発生する
- 肘頭先端部障害については、併せて、圧痛・肘関節伸展時の後方部痛と外反ストレス痛を確認する
- 肘頭窩と脂肪体の間に低エコー域が観察される場合は、水腫の存在であり、何らかの関節内病変が疑われる
- 肘頭窩と脂肪体の間に高エコーが存在する場合は、骨折に伴う血腫(脂肪滴の流入)や増殖した滑膜の存在が示唆され、対流が見られる場合は血腫を疑う
- ドブラ機能を併用する事で、関節リュウマチによる増生した滑膜への旺盛な血流の様子などを観察することができる
- 後方インピンジメントは、上腕三頭筋の柔軟性の改善と癒着などの剥離、関節包を含めた近位方向への移動の改善を目指すことが治療へのヒントとなる
次回は「上肢編 前腕・手関節の観察法」として、前腕遠位アプローチについて考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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