運動器超音波塾【第12回:肘関節の観察法 5】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十二回 「東京オリンピック・パラリンピックも楽しみだ」の巻
―上肢編 肘関節の観察法について 5―
リオデジャネイロでのオリンピックも終わり、続いてパラリンピックが開催されています(執筆時)。さまざまな競技でアスリートの研鑽された技が観られる、夢のような時間を楽しんでいます。各々が自国で一番のアスリート達が、その時代の頂点、世界で一番を競う。人類は果たしてどこまで記録を伸ばせるのか、新しい技を創造できるのか、想うだけでわくわくしてきます。
以前、大学病院で運動器の超音波の症例データ収集をお手伝いしていた時に、義肢装具士の方と話す機会がありました。控室の片隅に作業スペースがあって、装具の適合を調整されていました。その作業も神業で、どれだけ装着される方への思いやりと自分の技術への研鑽が詰まれているのかが、ひしひしと感じられました。また、運動器を映し出した超音波の動画像への質問も熱気があって、運動器の知識や動態解剖への探求心がにじみ出て、頭が下がる想いでした。パラリンピックを観ていると、さまざまな装具や車いす、その競技の為の機材に眼がいきます。あの日に出会った義肢装具士の方のように、熱い気持ちで自身の職人としてのプライドをかけて生み出されたであろうそれらの道具は、やはり美しい。身体のコンディショニングを診ている医師や柔道整復師、理学療法士やトレーナーの方、更には義肢装具士の方、さまざまな分野のいろいろな職種の方がアスリートの人達を支え、見守っているのだなあと想いながら、神々の競演を観戦しています。
*1Paul Keleher from Massachusetts, US – Crop of Boston Marathon 2009 Masazumi Soejima of Japan in the 2009 Boston Marathon, at the halfway point coming up to the intersection of Route 16 and 128. ウィキペディアより https://ja.wikipedia.org/wiki/車椅子
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「肘関節の観察法」として、肘関節外側の解剖と超音波での外側アプローチについて考えてみたいと思います。
肘関節外側の解剖学的構造
肘関節外側の安定化機構としては、外側側副靭帯複合体(LCL、LCLC)があります。外側側副靭帯複合体は、外側橈骨側副靭帯(RCL)と外側尺骨側副靭帯(LUCL)で構成され、外側橈骨側副靭帯は上腕骨外側上顆から橈骨輪状靭帯へと付着し、外側尺骨側副靭帯は上腕骨外側上顆から橈骨輪状靭帯、回外筋稜へと付着しています。
これについて関等は、肘関節外側靭帯複合体の安定化機構について、輪状靭帯が一体になったY型構造が全体として機能するとしています。*2
*2 Seki A, Olsen BS, Jensen SL, Eygendaal D, Sojbjerg JO. Functional anatomy of the lateral collateral ligament complex of the elbow: configuration of Y and its role J Shoulder Elbow Surg 2002; 11(1): 53-9.
超音波もプローブの幅という制約の為に、近視眼的に一つ一つの靭帯を検討しがちですが、更に、複合的に検討する事の重要性に改めて気づかされます。 さて、解剖学的特徴として外側橈骨側副靭帯の屈伸に伴う変化を観てみると、中間線維Bは一定の長さを保ち、前方線維Aは伸展、後方線維Cは屈曲で緊張します。*3
*3 飛騨 進,内西兼一郎,他:肘関節の軟部支持組織と機能解剖.Journal of Joint Surgery,1990; 9: 39-45.
上腕骨外側上顆に起始する筋群
上腕骨外側上顆は肘の外側にある隆起部分で、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋、総指伸筋、肘筋、小指伸筋、回外筋、尺側手根伸筋の、7つの筋肉が付着しています。手首を返す筋肉群(伸筋群)が主で、特に短橈側手根伸筋(ECRB)が障害されるといわれています。(長橈側手根伸筋(ECRL)は、正確には外側上顆にいたる外側顆上稜とすべきでしょうか)
短橈側手根伸筋ECRBは、近位でECRL、EDCの深層を走行しています。起始部は幅の狭い扁平な起始腱膜(幅10mm,厚さ1mm)で,この部分に単位面積当たり強い力が集中することで生体力学的弱点となって障害されるという説があります。*4
以上の事から、肘関節外側の障害を観察する場合に最初に考慮すべきポイントは、短橈側手根伸筋ECRBの付着部という事になります。
では、短橈側手根伸筋ECRBはどのような構造か。
短橈側手根伸筋ECRBの解剖学的特徴は、下記の点となります。
- ECRBは外側上顆から橈骨頭付近まで腱性の組織であるのに対して、EDCは外側上顆付着部付近まで筋成分を有する特徴がある
- ECRBは近位でECRL、EDCの深層を走行し、ECRBの膜状の腱はEDCと共同腱を作っている*5
上図のように、付着部の位置はEDC/EDMと隣併せにあるのも注意すべき点です。
*4 日本整形外科学会診療ガイドライン 南江堂
*5 参考資料 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
肘関節周囲の滑液包
肘関節に限らず滑液包は、圧痛点として水腫、炎症、癒着など所見の重要な観察ポイントとなります。肘関節外側の観察法の場合、特に短橈側手根伸筋ECRBの付着部にある滑液包に注意します。
臨床上よく遭遇する肘関節周囲の滑液包に発生する障害は、肘頭皮下包の炎症による肘頭滑液包炎が知られています。超音波による観察では、腫脹部が嚢腫性病変か腫瘍性病変か簡単に確認することができ、有用と言えます。外側には、外側上顆、肘筋、短橈側手根伸筋に其々滑液包がありますので観察時には注意します。
肘関節外側の超音波観察法 基本肢位は座位
重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な姿勢での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。
肘関節の場合、肩との連動で動態観察する事もあるため、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、肩関節の観察と同様に、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
肘関節外側アプローチの観察肢位は、肘屈曲90°で手置台などを利用して、なるべく楽な姿勢を取ってもらい行います。これは、長橈側手根伸筋が手関節の伸筋群であると共に、肘関節では屈筋として働く事や、前腕の回内・回外動作による観察が容易であることによります。主な観察ポイントとして、短橈側手根伸筋の付着部と実質、滑膜ひだや後骨間神経の状態、輪状靭帯の損傷や狭窄、関節水腫にも注意をして観察をします。この場合、血管線維性の慢性腱症の指摘もあることから、ドブラ機能を併用し、血流シグナルの増加の有無も確認します。肘関節屈曲拘縮などがある場合には、特に屈伸動作での柔軟性の観察が重要となります。前回も触れましたが、離断性骨軟骨炎の症例で肘関節屈曲拘縮を有する場合、長橈側手根伸筋の組織弾性が有意に硬くなっているという論文があります。*6
動態観察としては、肘関節の屈曲、伸展、第一指の向きに注意して前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも併せて注意しながら、観察していきます。
*6 福吉正樹ほか:長橈側手根伸筋の組織弾性が及ぼす肘関節伸展可動域の影響について~上腕骨小頭離断性骨軟骨炎症例におけるZONE Sonography技術を用いた検討~.整外リハ会誌15:38-41,2012
長軸走査での観察と併せて、必ず短軸走査での観察を行います。短橈側手根伸筋(ECRB)は、近位では総指伸筋(EDC)の深層を膜状の腱組織として走行し、遠位に行くに従って、筋線維の厚みが増していくのが解ります。短軸での観察の場合、示指中手骨底に抵抗を加えて長橈側手根伸筋(ECRL)の収縮を、中指中手骨底に抵抗を加えて短橈側手根伸筋(ECRB)の収縮を観察することで、其々が理解しやすくなります。また、下図のように肘筋の位置を確認して目印にしても良いでしょう。(肘筋は深層に尺骨が近接しており、解りやすい) この場合、固有小指伸筋(EDQ)は日本人男性30.9%で分裂していますが、全く欠如していることがあり,また総指伸筋あるいは尺側手根伸筋の1つの筋束によって代られていることもあるという事で、注意が必要です。*7
短軸走査の場合、肘筋は深部に尺骨が近接しており、目印となりやすい。
*7 小金井良精,新井春次郎,敷波重次郎:東京医学会雑誌17巻,127~131,1903
では、動態で肘関節外側の観察を行います。前腕を回内・回外に動かしながら観察をすると、橈骨頭の運動を許容する外側側副靭帯LCL、橈骨輪状靱帯の柔軟性の状態が観察可能です。疼痛の要因のひとつとして、この柔軟性の欠如が指摘されており、有用な観察法です。
前腕回内運動時、橈骨頭は回転運動ともに外方かつ後方へ移動します。外側側副靭帯LCL、橈骨輪状靱帯、関節包の柔軟性をチェックします。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 肘関節外側アプローチの基本肢位は、座位で行う
- 肘屈曲90°で手置台などを利用して、なるべく楽な姿勢を取ってもらい行う
- 短橈側手根伸筋ECRBは、近位でECRL、EDCの深層を走行し、起始部は幅の狭い扁平な起始腱膜(幅10mm,厚さ1mm)で,この部分に単位面積当たり強い力が集中することで生体力学的弱点となって障害される
- この事により、肘関節外側の障害を観察する場合に最初に考慮すべきポイントは、短橈側手根伸筋ECRBの付着部である
- 主な観察ポイントとして、短橈側手根伸筋の付着部と実質、滑膜ひだや後骨間神経の状態、輪状靭帯の損傷や狭窄、関節水腫にも注意をして観察する
- 血管線維性の慢性腱症の指摘もあることから、ドブラ機能を併用し、血流シグナルの増加の有無も確認
- 動態観察としては、肘関節の屈曲、伸展、第一指の向きに注意して前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも併せて注意する
- 長軸走査の手順としては、外側上顆を触診したらプローブを長軸方向に置き、総指伸筋の筋線維の模様と短橈側手根伸筋の腱繊維が連続して描出されるように、プローブを微調整する
- この時に、遠位のリスター結節の伸筋腱第2区画(ECRL、ECRBの通過する区画)を目印に調整すると解りやすい
- 短軸走査は、尺骨に近接する肘筋を目印にすると理解しやすい
- 短軸走査の場合、示指中手骨底に抵抗を加えて長橈側手根伸筋(ECRL)の収縮を、中指中手骨底に抵抗を加えて短橈側手根伸筋(ECRB)の収縮を確認すると、其々が理解しやすい
- 固有小指伸筋(EDQ)は日本人男性30.9%で分裂しているが、全く欠如していることがあり,また総指伸筋あるいは尺側手根伸筋の1つの筋束によって代られていることもあるという事で、注意が必要
- 橈骨輪状靭帯は、前腕回内運動時、橈骨頭は回転運動ともに外方かつ前方へ移動し、橈骨頭の運動を許容する
- 外側側副靭帯LCL、橈骨輪状靱帯の柔軟性の欠如が疼痛の要因のひとつとして指摘されており、動態観察が有用である
次回は「上肢編 肘関節の観察法」の続きとして、肘関節外側アプローチでの病態について考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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