運動器超音波塾【第11回:肘関節の観察法 4】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十一回 2016年度から学校健診において運動器検診が必須化」の巻
―上肢編 肘関節の観察法について 4―
野球の離断性骨軟骨炎に代表される上腕骨小頭障害は超音波画像診断装置による検診が各地で行われるようになり、超音波の、特に事前の準備を必要としない簡便性、移動が容易、場所を選ばない、被爆がなく安全性が高い等の長所が、高く評価されてきています。前にも触れましたが、今まで運動器分野は、体力検査は行っているものの運動器検診については十分行われてきたとは言えないのが現状でした。一部、脊柱側弯症や胸郭の検診が行われていただけでした。 平成26 (2014)年4月30日に文部科学省から「学校保健安全法の一部改正」により「運動器等に関する検査を必須項目に追加」となり、平成28年(2016)年4月1日より実施となりました。とうとう2016年度から学校健診において運動器検診が必須化された*1というわけで、とても期待しております。成長期の子供たちを運動器障害から守る、大いなる前進です。さまざまなスポーツ分野で子供たちが守られるよう、指導者や保護者へのスポーツ障害に対する啓蒙も進んでいく事を願ってやみません。更には、痛みの有無に関係なく、超音波による成長軟骨と靭帯や腱の付着部の検査へと繋がっていく事を願っています。そうすれば、今回も触れていますが、無症状期のOCDの内的素因に関しても膨大なデータから明らかになるはずです。運動器分野の新しい扉が、また一つ開かれました。
*1 公益財団法人 運動器の10年・日本協会(The Bone and Joint Decade Japan)
公式ホームページより http://www.bjd-jp.org/index.html
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「肘関節の観察法」として、上腕骨小頭障害を中心に、肘関節の解剖と超音波での前方アプローチと屈曲位でのアプローチについて考えてみたいと思います。
上腕骨小頭の解剖学的構造
上腕骨小頭は上腕骨の長軸にやや縦長の半球状の構造をしており、離断性骨軟骨炎の好発部位は上腕骨軸に対して約45°前傾している頂点を中心に生じるとされています。
離断性骨軟骨炎の好発部位は上腕骨小頭遠位前方で、上腕骨軸に対して約45°前傾している頂点を中心に生じる特徴がある。したがって、伸展障害をきたしやすい小頭障害では、伸展位では橈骨頭に隠れてしまう場合が少なくない。*2
*2 参考資料 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
成長帯(骨が成長する場所)が開在している若年者の離断性骨軟骨炎では、内上顆の裂離(運動器超音波塾 第九回参照の事)を合併しており、肘関節内側にゆるみがあると上腕骨小頭の外側縁により大きな圧迫力が加わり、離断性骨軟骨炎が発症しやすくなると考えられています。この時、離断性骨軟骨炎の初期病変は軟骨の扁平化(透亮型)で、扁平部は新生骨によって修復されていきます。 しかしこの間に投球を続け繰り返しの外力が加わると、不安定な骨軟骨片が形成され偽関節(分離型)となってしまいます。*3
*3 野球肘の自然経過:上腕骨小頭離断性骨軟骨炎:高原政利 (山形大 医 整形外科)、荻野利彦 (山形大 医 整形外科)、村成幸 (山形大 医 整形外科):日本肘関節学会雑誌 巻:12 号:1 ページ:S5:2005
離断性骨軟骨炎(OCD)の主な症状と発症する過程
離断性骨軟骨炎(OCD)の特徴としては、
- 10代前半のオーバーヘッドアスリート(投球動作をするような運動選手)に好発
- 上腕骨小頭が外側に出る
- 関節痛、クリック感、ロッキング、伸展制限があるが、基本的には無症状
- 内側側副靭帯の損傷がある為、見過ごすケースが多い
などが挙げられており、超音波検査が強力なツールであると言われています。更に、その発症する過程として、
- 投球動作は6つのフェーズに分けられ、ボールをリリースする直前のコッキング後期が最も肘に負担がかかる
- 肘に外反力が生じ、そのうちの54%という、内側側副靭帯の破断強度に近い力学的負荷がかかっている
- 一方、外側では内側側副靭帯を損傷することよって力が入らなくなり、上腕骨小頭前方への応力がより増大して炎症が起き、離断性骨軟骨炎を発症すると考えられる
- つまり、内側側副靭帯を損傷すると離断性骨軟骨炎を発症するリスクが非常に高まる
という話があります。*4
*4 第44回北海道学術大会 札幌大会特別講演 「野球肘の診断と治療」
北海道大学大学院医学研究科 機能再生医学講座整形外科学分野 岩崎倫政教授
野球肘の考え方として、内側型や外側型、後方型というタイプ分けがありますが、この話でもわかるように、それぞれは合併症であり、障害の進行過程であるという事です。投球時にボールへ与えるエネルギーの半分は上肢と肩から出力されますが、残りの半分は下肢の筋群と体幹の回旋から力が生み出され、肩甲骨を介して上肢へと伝えられます。この力の伝達過程で、安全装置であり仲介役として働く肩甲骨がうまく機能しなくなると、下肢と体幹で生み出された大きな力が効率よくボールに伝わらなくなります。さらには肩や肘に無理なストレスをかけてしまい、障害を起こします。大切なのは、肘関節の問題だけではなく、各部位の連携が取れた正しい投球フォームの習得や疲労回復のストレッチ、休息であり、そして何よりも早期発見と治療という事で、やはり「超音波による動態解剖学的な検査の出番」という事ではないでしょうか。
内側側副靭帯(AOL前斜走線維)と屈筋回内勤群の付着部、内側上顆骨端線離解、内側上顆裂離(内側上顆下端剥離骨折)、内側上顆下端の分節化などに注意する。
野球のピッチングフォームで、最も矯正すべきであると指摘されるのが「肘下がりの投球」です。肘が下がった状態で投げると、下半身が使われずに手投げになってしまうという事がよく言われます。では、肘が下がった投球動作がなぜ悪いのか、その場合の肘関節への作用について考えてみます。
- 肘が下がると肩の外旋がしづらい状態になる
- 上腕骨近位の骨頭の関節面(軟骨面)も小頭と同様に45°の範囲に限られており、拳上の肢位より肘が下がるにつれて、外旋方向に使える関節面が少なくなる
- それによって脱臼しないように動きを制限する働きが生じる
- そのため腕がしなる時(最大外旋位)に肩の外旋がすぐに限界になり、肩の外旋を制御する場所に負担がかかる
- 更に肩が外旋できない分を肘の外反が補うようにするため、肘に負担がかかってくる
*5 上肢挙上時の臼蓋上腕関節での接触域の推移-OpenMRIを用いた健常人での解析-:
建道寿教など: 肩 関節,2004;28巻. 第3号427431
肘が下がる事によって肩関節の外旋がしづらくなり、その結果、肘関節での外反で補おうとするために肘にも負担がかかってくる、という事になります。
上腕骨小頭の超音波観察法 基本肢位は座位
重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な姿勢での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。
肘関節の場合、肩との連動で動態観察する事もあるため、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、肩関節の観察と同様に、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
肘関節の上腕骨小頭アプローチの観察肢位は、肘屈曲位で手置台などを利用して、なるべく楽な姿勢を取ってもらい行います。これは、伸展障害をきたしやすい小頭障害では、伸展位では損傷部が橈骨頭に隠れてしまう事によります。この時に大切なのは、伸展位の観察をしなくても良いという事ではないという事です。もちろん伸展位にて前方より、橈骨窩内の遊離体の有無や、上腕骨小頭を覆っている上腕筋と長橈側手根伸筋も観察します。肘関節屈曲拘縮などがある場合には、特に重要な観察となります。6 離断性骨軟骨炎の症例で肘関節屈曲拘縮を有する場合、長橈側手根伸筋の組織弾性が有意に硬くなっているという論文があります。7
更に動態観察として、屈曲、伸展、第一指の向きに注意して前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも併せて注意しながら、観察していきます。
*6 永井教生ほか:上腕骨小頭前面軟部組織のエコー動態からみた肘伸展制限因子の一考察.
日整超研誌21:51-55,2010
*7 福吉正樹ほか:長橈側手根伸筋の組織弾性が及ぼす肘関節伸展可動域の影響について~上腕骨小頭離断性骨軟骨炎症例におけるZONE Sonography技術を用いた検討~.整外リハ会誌15:38-41,2012
プローブは先端を持ち、薬指小指などを患者さんに触れて、プローブを支える支点をつくる事で安定させることができます。良好な画像を得られる為には、プローブの持ち方から注意が必要です。手置台なども利用して、患者さん、観察者とも楽な姿勢を作って下さい。長軸の場合は外側~内側、短軸の場合は遠位~近位と移動させて全体像を把握するよう心掛けて下さい。
上腕骨小頭の超音波画像と解剖学的構造
では、肘関節屈曲位での観察から説明します。プローブの位置は、最初上腕骨に短軸に当て、上腕骨小頭と滑車の位置をしっかりと同定します。上腕骨小頭の形状が把握できたら遠位~近位に移動して観察をしていきます。この時に、軟骨下骨の状態に注意しながら垂直にプローブをあてるようにするのがコツです。次にプローブを長軸にして、離断性骨軟骨炎の好発部位である上腕骨小頭遠位前方の上腕骨軸に対して約45°前傾している頂点を中心に観察していきます。外側~内側へ移動させながら、全体像を把握していきます。短軸像で観察した時の上腕骨小頭の形状に注意をして、プローブを少しずつ内側に傾けながら外側~内側に移動して観察すると、良好な画像を得る事ができます。
軟骨下骨の不整や途絶、欠損、遊離体の有無などがないか慎重に観察していきます。遊離体などが疑われる場合はプローブによって圧迫を加えることで、遊離体が不安定なものか判別が可能です。小頭障害は小頭の外側から発生して中央へ進展し、修復も外側から中央へ向かっていきます。つまり小頭障害の初期は、小頭の外側に注意ということになるわけです。*8
*8 参考資料 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
軟骨仮骨の不整が、より広範囲に存在することが観察できます。
離断性骨軟骨炎(OCD)の超音波分類としては、下記の分類があります。*9
Stage I (初期) :骨端線閉鎖前の軟骨下骨の平坦化
Stage IIA (安定型):平坦化した軟骨下骨を覆う新生骨
Stage IIB (不安定疑い):繰り返す傷害による分節化
Stage III (不安定型):骨軟骨損傷部の転位
Stage IV (終末期):骨軟骨損傷部の完全分離
Stage IIとStage IIIは、病変の径が1.5㎝を境界としており、StageIVの完全に遊離しているOCDでも吸収ピンで接合すると癒合するとしています。*9
*9 Takahara M, Ogino T, Tsuchida H. Sonographic assessment of osteochondritis dissecans of the humeral capitellum. AJR Am J Roentgenol. 2000 Feb. 174(2):411-5.
上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(OCD)の発生メカニズムについては、コンセンサスがない
「11歳前後の子どもでは100人に1名の割合で離断性骨軟骨炎が発生する。」*10
これは、「肘実践講座 よくわかる野球肘 離断性骨軟骨炎 全日本病院出版会」の著者である柏口先生の発表ですが、サッカー少年の肘を検診したところ、小頭OCDの発症には内的素因が大きく関与していることを裏付けるデータであり,X線では評価できない無症状期のOCD診断に超音波は極めて有効とされています。
OCDの原因に関しては、純外傷説、持続外傷説、血行障害説、遺伝性素因説、内分泌異常説などが報告されています。これについて柏口先生は「一旦できた骨が吸収されること」や「あまりスポーツ経験のない子どもや利き手の反対側でも起きることがある」こと等より、“壊死”がその原因であるのではないかと推測されています。そしてその発生要因に関して、2つの素因、すなわち、1.内的素因(障害発生の設計図、つまり遺伝的要因などの内因的な因子)と、2.外的素因(メカニカルストレス)(障害発生のスイッチ=投球における肘関節に対する外反ストレスなど)を仮説として挙げられ、上記に述べた少年サッカー選手の臨床データからも、前者(内的素因)の割合の方が大きいのではないかとの話をされています。*11
*10 柏口新二:少年サッカー選手における離断性骨軟骨炎発生率の調査
(平成22年9月日本整形外科スポーツ医学会)
*11 第23回千葉上肢を語る会 http://www.chibajyoushi.com/katarukai23/katarukai_23_01.html
上腕骨小頭レベルでの伸展動作の観察法
では次に、上腕骨小頭レベルでの伸展動作の観察法を動態解剖学的に考えてみます。
上腕骨小頭レベルで長軸にプローブを置き、橈骨頭がしっかり描出される方向にプローブの向きを微調整していきます。この時に関節包の上に描出されるのは、上腕筋とECRL(長橈側手根伸筋)です。
上腕骨小頭レベルで長軸に伸展動作を観察すると、終末伸展で小頭が前方に突出し、腕橈関節の関節包はその動きを許容するように伸張します。この動態を考察すると、関節包とECRL(長橈側手根伸筋)の柔軟性が拘縮に影響を及ぼし、腕橈関節では、早期からECRL(長橈側手根伸筋)の収縮を反復する事によって、関節包の柔軟性維持に努めることが大切であるということを示唆しています。つまり、すでに拘縮が進んだ症例では、関節包と関節包周囲の脂肪組織、ECRL(長橈側手根伸筋)の接合部へ選択的伸張を加える運動療法が必要、ということになるわけです。*12
終末伸展で小頭が前方に突出し、腕橈関節の関節包とECRL(長橈側手根伸筋)はその動きを許容するように伸張する。
次に、橈骨頭レベルで短軸に観察します。画面中央に橈骨頭を描出して、回内・回外動作を観察してみます。ゆっくりと回内動作をしていくと、橈骨頭を覆っているECRL(長橈側手根伸筋)が後外方に回転しながら移動していくのが解ります。この現象は肘関節伸展動作の場合に上腕骨小頭レベルでも観察される現象で、ECRL(長橈側手根伸筋)が伸展動作に伴い、長軸方向の収縮・弛緩だけではなく、後外方へ回転しながら移動するという複合的な動きをしている事を示しています。
この事から考えると、肘関節伸展に伴い、ECRL(長橈側手根伸筋)筋束の後方回転移動を誘導する運動療法も併せて必要という事が解ります。*12
これらの事柄も、運動器を動態解剖学の視点で観察する重要性を示す、良い例ではないでしょうか。
*12 参考資料 林典雄 運動器超音波機能解剖 文光堂
それでは上記の肘関節の橈骨頭レベルでの回内動作の観察とECRL(長橈側手根伸筋)のふるまいを観てみます。
動画で観ると、肘関節の橈骨頭レベルでの回内動作に伴ってECRL(長橈側手根伸筋)が後外方へ回り込みながら、橈骨神経と動静脈も移動していくのが解ります。上腕骨小頭レベルで観察しても、肘関節の伸展動作でECRL(長橈側手根伸筋)が後外側方向へ回り込むのが解ります。つまり、肘関節伸展と伴にECRL(長橈側手根伸筋)の筋腹を後外側方向へ誘導し、更に、前腕を回外させると有効に剥離刺激を加える事が出来るというわけです。
この観察も、超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、今後の注意点も検討することができる良い例です。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 上腕骨小頭アプローチの基本肢位は、座位で行う
- 離断性骨軟骨炎の好発部位は上腕骨小頭遠位前方で、上腕骨軸に対して約45°前傾している頂点を中心に生じる特徴があり、屈曲位の観察が有効
- 併せて、伸展位にて前方より、橈骨窩内の遊離体の有無や、上腕骨小頭を覆っている上腕筋と長橈側手根伸筋の硬さも動態観察する
- 長軸での観察の場合は外側~内側、短軸の場合は遠位~近位と移動させて全体像を把握する
- 長軸での観察の場合、短軸像で観察した時の上腕骨小頭の形状に注意をして、プローブを少しずつ内側に傾けながら外側~内側に移動して観察すると、良好な画像を得る事ができる
- 軟骨下骨の不整や途絶、欠損、遊離体の有無などがないかを慎重に観察する
- 遊離体が疑われる場合はプローブによって圧迫を加えることで、遊離体が不安定なものか判別が可能となる
- 小頭障害の初期は、小頭の外側に特に注意する
- 離断性骨軟骨炎(OCD)の超音波分類としては、初期・安定型・不安定型・終末期に分類される
- OCDの原因に関しては、純外傷説、持続外傷説、血行障害説、遺伝性素因説、内分泌異常説などが報告されているが、確定的な根拠はわかっていない
- あまりスポーツ経験のない子どもや利き手の反対側でも起きることがある(内的要因を示唆)
次回は「上肢編 肘関節の観察法」の続きとして、肘関節外側アプローチについて考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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