運動器超音波塾【第10回:肘関節の観察法 3】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第十回 「ひじ、外に曲がらず」の巻
―上肢編 肘関節の観察法について 3―
肘について調べている最中に、「ひじ、外に曲がらず」という禅の言葉を見つけました。「肘関節は、尺骨を軸にして最大回内時、軸は外側方向に1~2%ずれ、前腕の回旋運動時に5~10°程度の側方偏位がおこる」なんて解剖学の話はさておき、そう言えば学生の頃、鈴木大拙の著書を読んだ時に出てきた言葉だなあと、想い出しました。「外に曲がらない不自由こそが自由」と言った解釈だったように思いますが、別の研究者によると「外部の他人よりも、身内をかばいがち」という解釈もあるようです。私の場合、お酒も煙草もその他色々なものが大好きで、健康保険組合の管理栄養士の方からは「腹囲と体重を毎日測りなさい」とご指導いただいている身で、煩悩との格闘の日々です。それでも多少なりとも人生経験を重ねてきたはずなので、禅語も多少理解できるようになったかと思い、「臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅 ―心をかたちに―」という展示を観てきました。*1
*1公式ホームページより http://zen.exhn.jp/
圧倒的な書や禅画、仏像や工芸など、国宝19件、重要文化財104件を含む224件の名宝が一堂に会するという展示で、異次元な時を楽しむことができました。雪舟が描いた座禅をする達磨の絵や、狩野派による龍虎図屏風など、教科書でしか見たことがない実物に触れる事ができ、まさに圧巻でした。とは言え、釈迦の十大弟子の一人、羅睺羅(らごら)尊者(釈迦の息子)が座禅をしているそのお腹から仏様が顔をのぞかせている像を観て、『トータルリコール』 (1990米)の反乱分子のリーダー、ミュータントのクワトーはこれかと考えたり、ワークショップで「雲在青天水在瓶 くもはせいてんにあり、みずはへいにあり」を写経しながら、頭の中ではビートルズの「Let It Be」を流していた私は、いやはや、大悟の道は遠い。
それでも、「巌谷栽松 がんこくにまつをうえる」、子供たちの未来に何を残してあげられるのかと、そんなことも想いながら、今日も筆を執っています。
*2(1990米)フィリップ・K・ディックが1966年に発表した小説『追憶売ります』
(We Can Remember It for You Wholesale)を映画化したSF映画 Wikipediaより
今回の「運動器の超音波観察法」の話は「肘関節の観察法」として、前回に引き続き肘関節内側の解剖と超音波でのアプローチについて考えてみたいと思います。
肘関節の内側アプローチで、もう一つ注意すべき部位があります。それは、肘部管と尺骨神経です。尺側手根屈筋は、上腕骨内側上顆に付着する数cm手前で筋腹が2つに分かれて、一方が上腕骨内側上顆(上腕頭)、もう一方が肘頭(尺骨頭)に付着していきます。尺骨神経がこの2頭の間を通過していくわけですが、この部分は「肘部管」と呼ばれ、絞扼性神経障害の好発部位です。*3
*3 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患
メジカルビュー社
肘部管症候群の主な症状と発症原因
主な症状と進行については、
- 指に力が入りにくいや、曲がった指が伸びなくなった
- 小指と薬指が曲がったまま、伸ばす事が出来なくなる
- 手の外側半分(小指、薬指側)にしびれを感じ、握力が衰える
- 尺骨神経は、手のひら側と甲側の両方を支配しているので、指全体がしびれる
- 手の骨と骨との間の筋肉がやせる(骨間筋や小指球筋群の萎縮)
- 指を開いたり、閉じたりする力が弱くなったり、親指と人さし指で物をつまむ力が弱くなり、はし等が使いづらくなる
- 「かぎ爪指・鷲手変形」という、指の関節の独特の変形を生じる(Craw Hand Deformity)
などの点が、挙げられます。*4
*4 日本整形外科学会ホームページ https://www.joa.or.jp/
肘部管症候群は、小児期に肘部骨折の既往歴がある場合や、高齢者にみられる変形性関節症によるものが全体の70~80%と言われており、上腕骨外顆の偽関節後の外反肘は、受傷後10~20年経過して発症する場合が多いとされています(遅発性尺骨神経麻痺)。
そのほかに内反肘、外反肘、滑車形成不全などの先天異常、ガングリオン、離断性骨軟骨炎、肘関節炎、リウマチ、習慣性尺骨神経脱臼などが原因となる場合もあり*5、速やかにかつ容易に判断できるのは、超音波の強みです。
- 外反肘は、神経走行の遠回りによる肘部管内での牽引
- 尺骨神経脱臼は、上腕骨内側上顆部での乗り越えによる摩擦やオズボーン靭帯下での捻じれ
- ガングリオン等の軟部腫瘍は、占拠性病変としての圧迫
- 滑車形成不全による内反肘は、不安定性による機械的刺激
- 滑車上肘筋(靭帯)は、肘部管の天蓋の一部として物理的な圧迫
- 関節鼠は、離断性骨軟骨炎などで観られ、機械的刺激
*5 松崎昭夫、城戸正喜1997.肘部管症候群原因としての尺骨手根屈筋下膜様組織について.日手会誌14:603-606.
田島 光 1994.肘部管症候群の病態.別冊整形外科26:160-165.
内西兼一郎、伊藤恵康、堀内行雄1988.肘部管症候群.整形外科Mook54:214-223.
投球による尺骨神経への負担
肘部管の障害を受けやすい部位は、3つとされています。Osborne靭帯、滑車上肘筋あるいはその靭帯、尺骨神経溝部です。その中でも野球選手に多いのは、肘の内側にあるオズボーンバンドと、裏側にある滑車上肘靱帯(筋)です。オズボーンバンドは尺側手根屈筋の中に尺骨神経が入り込む部分で、膜のようになっています。この膜が投球動作を繰り返すことによって固くなって障害を発生しやすくなり、滑車上肘靱帯は、その下を通る神経を圧迫することで障害が生じるわけです。
野球の投手の場合、8・9回になると小指が冷たくなる、或いは痺れが出てくる等の症状や、カーブやフォークがすっぽ抜けるといった場合には、単なる疲労と片付けないでこの障害も疑う必要があります。投球時のコッキングポジションをとった時に尺骨神経にかかる圧力は、なんと安静時の約6倍と言われています。反復的な刺激により、障害されるわけです。日常生活に支障はなくても、投げ始めると症状が表れたり、肘がだるくなったり、指先に力が入らないことでボールがすっぽ抜けるといった時には、超音波による検査が有効と言えます。前回触れた野球検診時にも、注意すべき点であると考えています。
コッキングポジションをとった時に尺骨神経にかかる圧力は、なんと安静時の約6倍*6
*6 Pechan J, Julis I. The pressure measurement in the ulnar nerve. A contribution to the pathophysiology of the cubital tunnel syndrome. J Biomech. 1975;8(1):75–9.
Osborne靭帯の解剖学的構造
Osborne靭帯に関しては、28検体で調査した結果、膜構造の中に靭帯様組織があるようで、type1は3つの靭帯、type2は4つの靭帯が存在したとの論文があります*7。
3つの靭帯のtype1は膜構造の長さが5.6㎝、4つの靭帯のtype2は7.7㎝という事で、肘部管での絞扼点は一つとは限らないという裏付けにもなる、興味深い発表です。
肘関節内側の超音波観察法 基本肢位は座位
重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な姿勢での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。 肘関節の場合、肩との連動で動態観察する事もあるため、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、肩関節の観察と同様に、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
肘関節の内側アプローチの観察肢位は、肘伸展位で手置台などを利用して。なるべく楽な姿勢を取ってもらい行います。肘部管の観察の場合、肘関節を90°程度に屈曲してもらい、内側上顆を触診してその後面にプローブを当てて尺骨神経を同定します。伸展動作や、第一指の向きに注意して前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも併せて注意しながら、観察します。
プローブは先端を持ち、薬指小指などを患者さんに触れて、プローブを支える支点をつくる事で安定させることができます。良好な画像を得られる為には、プローブの持ち方から注意が必要です。手置台なども利用して、患者さん、観察者とも楽な姿勢を作って下さい。
肘部管の超音波画像と解剖学的構造
プローブの位置は、最初上腕骨に短軸に当て、上腕骨内側上顆の位置をしっかりと同定します。上腕骨内側上顆の三角形の形状が把握できたら後面に移動して、画面の右側に上腕骨内側上顆を置くようにプローブをずらして、左側に肘頭の突起が描出されるようにします。画面の中に、上腕骨内側上顆と尺骨の肘頭の突起が描出されると、やや楕円に見える尺骨神経とその上を閉じている滑車上肘靭帯(弓状靭帯)が描出されます。尺骨神経の下には、ハンモックのように神経を包む、内側側副靭帯が描出されます。その場所でプローブを固定して、肘関節を屈曲・伸展運動させながら動態を観察して、靭帯に適度にテンションをかけるストレス検査を行います。併せて、神経の厚みや外周を計測します。
更に、プローブを遠位に動かしながら、尺骨神経の走行をたどります。
肘関節の内側から後面にかけてプローブを上腕骨に短軸に置くと、内側側副靭帯(ulnar collateral ligament)がハンモック状に尺骨神経を支え、滑車上肘靭帯(Arcuate ligaments 弓状靭帯)がその上を閉じているのが観察できます。*8
この時、肘関節を屈曲してくると尺骨神経が圧迫される様子を観る事ができます。
*8 参考資料 Ultrasound of the elbow with emphasis on detailed assessment of ligaments, tendons, and nerves Radiology. April 2015Volume 84, Issue 4, Pages 671–681
この観察時に注意する点としては、加齢とともに増加する尺骨神経溝底の骨隆起や骨棘などの骨性因子で、通常でも屈曲動作に伴い減少する肘部管容積をさらに減少させ、神経圧迫の原因となる可能性がある事です。尺骨神経の性状だけでなく、尺骨神経溝底の骨形状にも十分注意をして、観察して下さい。
更に遠位にプローブを移動させてくると、尺骨神経が尺側手根屈筋(FCU)上腕頭と尺骨頭の下に潜っていくのが観察されます。
尺側手根屈筋(FCU)の上腕頭、尺骨頭の下に潜りこんだ尺骨神経。藤色の部分は遠位に行くと、FCUの筋内へ分枝していくのが観察されます。
尺骨神経の分枝について
骨神経の肘関節枝の分枝位置や形態はさまざまで、1本から4本あるとの話があります。*9
それによると、解剖所見において、37肘(72枝)の内、35肘(69枝)が内側上顆と肘頭を結ぶ基準線を中心に、中枢20㎜から末梢17㎜の間で分枝していたという事で、近位は上腕骨内側上顆後面の尺骨神経溝から遠位は尺側手根屈筋の2頭間の腱膜で覆われたcubital tunnel に相当し、広義の肘部管に一致しているとの事です。
尺骨神経の本幹だけでなく、肘関節枝の絞扼も要因の一つと推測されるという事で、併せて注意が必要な点であると、考えています。
*9 http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00000596 肘部管での尺骨神経圧迫因子の検討 宮島 良博 広大医誌
併せて、長軸画像での超音波観察を行います。尺側手根屈筋(FCU)の中を通る尺骨神経で、分枝により遠位が細くなっているのが解ります。
内側上顆後面での尺骨神経の振る舞いについて
内側上顆後方での短軸による観察に於いて、肘関節を深く屈曲させてくると、上腕三頭筋の内側頭が尺骨神経を押して内側上顆の後方の斜面を登っていくのが観察されます。この時尺骨神経は、20%の人が前方に脱臼し、30%の人が乗り上げた状態(亜脱臼)になり、残りの50%の人は斜面に留まっている(正常)との話があります。*10
*10 参考 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社
この事から、肘屈曲動作での反復刺激により、尺骨神経麻痺を起すことがあるとしています。
それでは肘関節の屈曲動態を観てみます。プローブは、内側上顆の後面に短軸方向におきます。
この動画は、実は私自身の肘関節です。肘屈曲をしてくると、やや低エコーの円形に観える尺骨神経の断面が、内側上顆の斜面に沿って登って行き、山頂付近で留まって、飛び越えはしていない状態が観察されました。山の真上に来る時には尺骨神経が拉げた形状になって、擦られているのが良くわかります。この観察時には、プローブを強く押し当てると正常な動態を再現できなくなり、また尺骨神経にしびれ感を起こさせてしまうので、エコーゼリーを多めに塗布して観察するなどの注意が必要となります。どうやら私の場合、30%の尺骨神経前方亜脱臼タイプのようです。
この観察も、超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、今後の注意点も検討することができる良い例です。
さて、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 肘関節内側アプローチ(肘部管と尺骨神経)の基本肢位は、座位で行う
- 肘部管と尺骨神経の観察は、上腕骨内側上顆と尺骨の肘頭の突起を骨性の目印としてしっかり描出し、やや楕円に見える尺骨神経を描出する(短軸走査)
- 尺骨神経の走行に沿って、遠位に移動しながら観察する
- 肘部管の障害を受けやすい部位は、3箇所でOsborne靭帯、滑車上肘筋あるいはその靭帯、尺骨神経溝部には特に注意して観察する
- 主に肘関節の屈曲・伸展と、前腕の回内・回外の動態なども併せて観察する
- プローブで余り圧迫しないように注意をする事が大切で、必要に応じてゲルを多めに塗布するか、パッドを使用する
- 尺骨神経溝底の骨隆起や骨棘、ガングリオン等の軟部腫瘍の存在にも注意をする
- 尺骨神経は計測機能で外周を測定するなどして、偽神経腫などの厚みの変化に注意する
- 尺骨神経の分枝に注意して、分枝への絞扼も併せて観察する
- 肘関節屈曲に伴う、尺骨神経の脱臼に注意する
次回は「上肢編 肘関節の観察法」の続きとして、上腕骨小頭アプローチについて考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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