運動器超音波塾【第6回:肩関節の観察法 4】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第六回「江戸時代も今も、医術は「可視化」がキーワード」の巻
―上肢編 肩関節の観察法について 4 ―
少し前に長崎での仕事の折り、「特別展 医は仁術」という企画展示を観てきました。歌川国芳の大宅太郎光圀妖怪退治之図や杉田玄白らが3年の月日をかけ翻訳した解体新書、3Dプリンタで作られた臓器モデル、ヒトIPS細胞の固定標本など、日本における医の歴史的過程を具現するさまざまな展示物がありました。その中でも特に興味を持ったのが、驚くべき精密さで再現された、木工技術による骨模型でした。
「江戸時代に制作された木骨に関する研究」という広島大学大学院医歯薬学総合研究科 片岡教授の論文によると、
「奥田木骨2体は同じ骨をモデルとし、奥田万里が細工師・池内某(またはその工房)に彫らせた等身大の成人女性骨格である。桧材を精巧に彫って形作り、一部の軟骨のみを白または褐色に彩色している。頭蓋は頭蓋冠を水平断し、内部構造が見える。奥田木骨は椅座位で展示できるように専用の台座や支柱があり、胸郭や骨盤は一体化し、組み立ての装具に工夫が見られる。各部の精粗についてはそれぞれの木骨で長短があるが、当時の日本にあった解剖学書の図に比べて極めて正確である。木骨は人骨を座右において観察できなかった江戸時代の医師が作らせた我国特有の医学資料で、正確・精巧に作られており、当時の医師の探究心,工人の観察眼の確かさ、技術の高さを伝える貴重な資料である。」*1
と、記されています。
*1「江戸時代に制作された木骨に関する研究」片岡勝子
参考HP https://kaken.nii.ac.jp/d/p/16018213.ja.html
広島大学 http://www.hiroshima-u.ac.jp/med/facility-02/p_bf7463.html
江戸時代も今も、医術は「可視化」がキーワードであり、人骨を所有することができなかった当時の整骨医など先人の、人体探求への熱い想いが伝わる特別展でした。
今回の「運動器の超音波観察法」の話は、「肩関節の観察法」の続きとして肩関節の烏口肩峰靭帯について考えてみたいと思います。
スポーツ選手で、特に上肢を使う競技者に多くみられる肩関節前方の圧痛点は主に3箇所で、結節間溝、前回お話しした烏口上腕靭帯と、今回テーマとする烏口肩峰靭帯が挙げられます。興味深いのは、結節間溝付近には正常でも滑膜性の索状物が見られることがあり、肩峰下面にもfibrillationとして瘢痕化が見られるということです。*2
また、C-A archと腱板の間には、人体中最大の滑液包、肩峰下滑液包が存在しています。関節などの可動域に存在し、脂肪とともに複雑な働きをする運動器の構成体、滑液包です。肩峰下滑液包は、血管と神経が豊富な事で、少しでも炎症が起こると突然痛みが出るところです。滑液包自体が炎症を起こしたり、腱板が切れて滑液包内の液体が漏れ出したりすることで痛みが起こり、肥厚、癒着を起こします。更に、腱板に沈着した石灰が白血球に貪食される事で肩峰下滑波包に急性炎症を起こす、石灰沈着性滑液包炎もあります。これらの事柄にも注意しながら、今回は、烏口上腕靭帯の観察法について、解剖と共に考えてみたいと思います。
*2高岸 憲二 編集 : 図説 新 肩の臨床 : 株式会社メジカルビュー社
肩関節の超音波観察法 基本肢位は座位
重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な肢位での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。 肩関節の場合、仰臥位では後方からのアプローチが出来ない事、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
烏口肩峰靭帯の観察肢位は、手の甲を上にして大腿部の上に置き、肘を体側につけてもらいます。脇を締めた姿勢で、手首を持って内外旋運動を再現しながら描出します。併せて、この内転位から徐々に肩関節を外転させ、インピンジメントの状態や、内外旋運動による求心位の変化にも注意して観察します。
プローブ位置は烏口突起と肩峰の両方を横切るように当て、烏口肩峰靭帯の線維構造を描出します。場所が同定できたら、内外旋運動を再現しながら観察します。次に、肩関節を内転位から中間位、外転位と変えながら、併せて内外旋運動を観察します。
烏口肩峰靭帯の解剖学的構造
烏口肩峰靭帯は第2関節(肩峰下関節)を構成する組織で、下記の事が言われています。
- 烏口肩峰靱帯は、肩甲骨の烏口突起水平部から起こり、肩峰の尖端で肩鎖関節の外側との間をつなぐ比較的強い靱帯。
- 肩関節を上から被っており、肩峰下滑液包および肩甲下筋と棘上筋の腱が介在し、関節包とは直接、接していない。
- 肩関節を保護すると共に、上腕骨が水平より上方にあがることを抑制する。
- 上肢の外転は水平位(90°)までで、それ以上の上肢の挙上には胸鎖関節や肩鎖関節の働きを必要とする。
烏口肩峰靭帯周囲の神経の分布について論文を調べてみると、森澤らが*3、肩甲上神経が棘上筋、棘下筋のみならず、後方から肩峰および鳥口肩峰靭帯へと分布しているとし、烏口肩峰靭帯におけるmechanoreceptor(機械受容器)は、肩甲上神経を介したreflex arc(反射弓)を形成、肩関節の運動制御機構や運動時痛に関与するとした発表がありました。
その中で、鳥口肩峰靭帯には、求心性の神経終末であるmechanoreceptorが存在し、その分布はimpingementの生じる肩峰付着部の肩峰下面側に密度が高く、impingementに関連があるとまとめています。
先に、結節間溝付近には正常でも滑膜性の索状物が見られることがあり、肩峰下面にもfibrillationとして瘢痕化が見られるのが興味深いと書きましたが、靭帯の骨性付着が外傷や修復などに役割を果たしているという話もあり、この旺盛な神経終末の分布と、炎症、癒着の関連性と併せて、もう少し調べようと思っています。
*3烏口肩峰靭帯における神経終末の観察 その形態と分布について
森澤 豊ほか 肩関節 Vol. 14 (1990) No. 2 p. 161-165
烏口肩峰靭帯の観察
では、烏口肩峰靭帯の観察法です。結節間溝を触知してから、小結節の山にプローブを合わせます。肩甲下筋腱を内側に辿っていくようにすると、やや頭側に烏口突起が観えてきます。烏口突起が描出されたら、その位置を支点にしてプローブを扇型に動かして肩峰を描出します。烏口肩峰靭帯を示す高エコー像が、fibrillar pattern(線状高エコー像の層状配列)に描出されます。この時に、手首を持って内外旋運動を再現しながら観察すると、烏口肩峰靭帯の下で腱板と上腕骨頭が回旋する様子が見られ、正常であればストレスなく動く状態が観察されます。腱板がきれいに描出されない場合は、骨頭に対して垂直を意識しながらプローブの傾きを調整していくと、腱板の線維に対する垂直が探しやすくなります。
烏口肩峰靭帯と上腕骨頭の間には、肩峰下滑液包と腱板、上腕二頭筋長頭腱の断面が観察されています。
この観察時に注意する点は、腱板に部分的な厚みの変化がある場合、或いは骨頭の求心性の問題が生じている場合(前上方変位)には、その動きに伴って烏口肩峰靭帯が押し上げられ、靭帯が緊張したり撓んだりする様子が観察される事です。靭帯や滑液包の肥厚や癒着に注意すると共に、このような例には、肩峰下滑液包内に水分性の貯留を認める事があります。併せて、静止状態でのドプラ機能による血流の観察を、行うようにして下さい。
次に、肩関節を外転位に動かして、同様に内外旋の状態を観察します。内転位と比較しながら、同様の注意点で観察を行います。凸な形状に緊張した、烏口肩峰靭帯が観察されます。
腱板との癒着があり動きが制限されている場合には、fibrillar patternの消失や、境界の不明瞭さなどにも注意をします。
また、透析をされている方の肩痛の場合、烏口肩峰靭帯にアミロイドが沈着する事で肥厚し、肩峰下滑液包を圧迫して症状が出現している可能性がありますから、この観察法が不可欠と言えます。 肩峰下滑液包と腱板の癒着が生じた場合、肩関節内転に伴い烏口肩峰靭帯が引き下げられる、pull-down現象が観察されます。*4
烏口肩峰靭帯の下方には、肩甲下筋腱、上腕二頭筋長頭腱、棘上筋腱が、内外旋動作と共に観察されます。
この時に、上腕骨頭の求心位の変化にも注意する事が重要です。
肩関節外転・内転での烏口肩峰靭帯と肩峰下滑液包について
肩峰下滑液包(subacromial bursa)の上面の一部は、三角筋下面の筋膜、肩峰下面、烏口肩峰靭帯、肩鎖関節下面の関節包と一体になっており、肩峰下滑液包の下面の一部は、腱板表層に密着し一体となっているとされています。この事により、肩関節外転挙上時(三角筋および腱板収縮時)には、肩峰下滑液包はその包の形のまま肩峰下を移動していくのではなく、肩峰下滑液包の上面と下面の線維性結合部を、ベルトが回るように滑動するという話があります。腱板の機能低下や肩関節支持機構に硬さが出てくると、骨頭の求心位が乱れ、肩峰下滑液包や腱板が炎症し、癒着が進行していきます。つまり、肩峰との間で上手く滑走できなくなり、外転や内転が制限されるわけです。前回の烏口上腕靭帯に癒着がある場合、今回の烏口肩峰靭帯と肩峰下滑液包の位置でも、超音波観察が重要となります。*5
*5参考資料 林 典雄 運動器超音波機能解剖 文光堂
さて、まとめです。今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 烏口肩峰靭帯の観察法の基本肢位は、座位で行う
- 烏口突起を支点にして、プローブを肩峰に向かうように扇型に動かして観察する
- 自然下垂・脇を締めた状態で、手を大腿部に置いた位置から内外旋動作を観察する
- 内転位から外転位に肢位を変えながら、内外旋動作を観察する
- 動作に伴う烏口肩峰靭帯の上下の動き、押し上げられたり、引き下げられたり(pull-down現象)する様子に注意をする
- 烏口肩峰靭帯の肥厚と線維化の状態と、肩峰下滑液包との境界面の動き、或いは不動を観察する
- 肩峰下滑液包、腱板との癒着があり動きが制限されている場合には、fibrillar patternの消失や、境界の不明瞭さなどにも注意する
- 併せて烏口上腕靭帯の癒着にも注意して観察する
次回は、「上肢編 肩関節の観察法」の続きとして、後方の観察として棘下筋について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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