運動器超音波塾【第5回:肩関節の観察法 3】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第五回「カメの肩はどこにあるの? 烏口上腕靭帯を考える」の巻
―上肢編 肩関節の観察法について 3 ―
最近、携帯やのど飴のCM等で、カメの姿を観ることが多々あり、日本人はつくづくカメが好きなのだなあと思いました。日本人にとって亀は昔から身近な存在で、浦島太郎伝説に代表されるように不老長寿の象徴であったり、神の使いだったりします。個人的には、ドラゴンボールの亀仙人なども好きではありますが。
カメと言えば甲羅に覆われた姿で、そう言えば肩関節の構成体である肩甲骨はどうなっていたかと思い、調べてみました。独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センターが「カメの甲羅にまつわる100年来の謎を明らかに」と題して、ホームページに掲載していました。以下、抜粋させて頂きます。
『カメの甲羅は肋骨が変化したものである。通常の羊膜類(哺乳類、鳥類、は虫類を含む、胚が羊膜に包まれている動物)の肋骨は、背骨から腹側へと互いに平行に伸びるが、カメの肋骨は腹側には伸びずに、背骨から横に広がり、さらに背側で扇状に広がる(図1、※1 科学ニュース 2007.6.11)。この肋骨の幅が広がって、隣同士の肋骨がつながり骨性の板を作ったものが甲羅であり、種によってはその上に角質の鱗(いわゆる亀甲模様)を作る。実はカメの甲羅は、解剖学、形態学、古生物学分野では100年以上にわたる謎であった。』
独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センターが「カメの甲羅にまつわる100年来の謎を明らかに」より
カメの肩甲骨は肋骨の内側にあり、また肩甲骨の移動にともなって、肩にある筋肉も甲羅の内側に移動し、この肩甲骨と付随する筋の位置の逆転というカメの進化過程は、それが如何にして起こったのか全く予想がつかないとされてきました。この事について、形態進化研究グループ(倉谷滋グループディレクター)の長島寛研究員らが、そのメカニズムを明らかにしたという報告です。
『発生後期に、カメの背側にとどまった肋骨が扇状に広がって肩甲骨に覆い被さることで、肩甲骨が肋骨の内側にあるように見えるようになる。また、肩甲骨、二の腕と胴体を繋ぐ筋群についても、やはり発生中期までは他の羊膜類と同様の形態形成が確認された。肩甲骨と胴体を結ぶ筋は発生後期に肋骨が扇状に広がるのに従い、それまでの骨格-筋の位置関係を保ったまま、折れ曲がるようにして内側に入り込むことがわかった。発生初期に骨格とのつながりが形成される筋は折れ曲がることによって周囲の骨格との位置関係を変えずに発生し、発生後期に骨格との付着位置を変えて発生していることが分かった。(図2)』
掲載された論文
http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/325/5937/193
一般的羊膜類(左)とカメ(右)の骨格・筋の比較 カメは肩甲骨や肩にある筋肉が肋骨の内側にあるが、これは体を内側に折れ込ませることで作られていた。
図2 独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センターが「カメの甲羅にまつわる100年来の謎を明らかに」より
驚きです。『カメは肩甲骨や肩にある筋肉が肋骨の内側にあり、これは体を内側に折れ込ませることで作られていた』という事です。
以前お話しした希少動物の繁殖研究をされている獣医学教授からの友達の輪で、ニホンイシガメの繁殖研究のために、お腹の中の卵の成長状態を超音波で観察するお手伝いをすることがありました。お祭りの夜店やペットショップ、ホームセンターで簡単に買える幼体の小さな緑色のカメ、見たことありませんか? 北米原産のこのカメは商品名をミドリガメと言い、やがて大きく成長して飼育しきれず、或いは飽きてしまって近くの河川や沼に放してしまう。正式名は、ミシシッピアカミミガメです。この、大人になったミドリガメが、日本古来の在来種で日本にしか生息していないニホンイシガメを、絶滅の危機に追い込んでいる。ニホンイシガメは、2012年に発表されたレッドリスト(環境省が公開している、絶滅危機の程度を定めた一覧)で、準絶滅危惧種に指定されています。
岐阜大学動物繁殖学研究室のホームページには、以下のような記述があります。まさに同感です。
『ミシシッピアカミミガメは,外来種の中でも特に生態系等への影響が大きい生物とされ,IUCNという世界最大の自然保護機関が2000年に「世界の侵略的外来種ワースト100」に,また日本生態学会が2002年に「日本の侵略的外来種ワースト100」に選んでいる。2005年には,環境省が「生態系に悪影響を及ぼしうることから,適切な取扱いについて理解と協力をお願いするもの」として,要注意外来生物に指定した。しかし,これらは注意喚起であって,今のところ日本ではこのカメを飼育したり販売したりすることにほとんど規制がない。当たり前だが,飼ったら(買ったら)最後まで飼育する。絶対に逃したり,捨てたりしてはいけない。今,日本中,いや世界中で外来種が問題となっている。忘れてはならないことがある。アカミミガメが悪いのではない。私たち人間が引き起こした問題なのである。』
今回の「運動器の超音波観察法」の話は、「肩関節の観察法」の続きとして肩関節の烏口上腕靭帯について考えてみたいと思います。
「烏口突起の圧痛は癒着性関節包炎の96.4%にみられ,腱板断裂の11.1%,石灰沈着性腱板炎の14.5%に比較すると、特徴的な徴候といえる。」*1
*1 Carbone S, Gumina S, Vestri AR, et al.: Coracoid pain test: a new clinical sign of shoulder adhesive capsulitis. Int Orthop 34: 385-388, 2009.
前回から考えてきた「いわゆる五十肩」のうち、癒着性関節包炎に必ずと言っていい程見られる徴候に、烏口突起の痛みがあります。これは、スポーツ選手で特に上肢を使う競技者にも多くみられ、外旋制限と供に現れます。今回は、この烏口上腕靭帯の観察法について、解剖と共に考えてみます。
烏口上腕靭帯の主な役割としては、下記の事が言われています。*2
- 肩甲下筋を内上方に吊り上げる事で、肩甲下筋がたわまないように保持している。
- 膜状に上腕二頭筋長頭腱を取り囲む事で、安定化させている。
- 肩関節内旋位で弛緩し、外旋位で引き伸ばされて緊張する。
- 肩関節伸展位では、肩甲下筋に付着する線維は緊張し、棘上筋に付着する線維は、弛緩する。
- 肩関節軽度屈曲位では、肩甲下筋に付着する線維は弛緩し、棘上筋に付着する線維は、緊張する。
*2 吉村英哉ほか:烏口上腕靭帯の肩甲下筋腱付着部に関する解剖学的研究:肩関節Vol. 35(2011) No.3 P707-710
*2 山口久美子ほか:烏口上腕靱帯の形態について : 肩関節 34(3), 587-589, 2010-08-04
烏口上腕靭帯は、想像以上に複雑な働きをして、広範囲に付着している事が解ってきています。
「肩関節の超音波観察法 基本肢位は座位」
重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な肢位での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。
肩関節の場合、仰臥位では後方からのアプローチが出来ない事、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、基本肢位は坐位が良いと考えられます。
烏口上腕靭帯の観察肢位は、手のひらを上にして大腿部の上に置き、肘を体側につけてもらいます。脇を締めた姿勢で、手首を持って内外旋運動を再現しながら描出します。
プローブ位置は烏口突起と上腕骨頭の両方描出し、内外旋運動を再現しながら観察
この場合、烏口上腕靭帯と腱板疎部の瘢痕化と癒着に注意を
図 肩関節の観察法 烏口上腕靭帯の観察の基本肢位
「烏口上腕靭帯の解剖学的構造」
烏口上腕靭帯は、烏口突起の基部より起始し、上腕二頭筋長頭腱の上方に接しながら大結節、小結節に付着しています。吉村らの研究によると、小結節側は、肩甲下筋の表面と後面を広く覆って付着し肩甲下筋下部の停止にまで及び、大結節側は、上腕二頭筋腱の一部をラミネートしながら棘上筋腱の表面と後面(関節包と腱板の間)を袋状にラミネートしていると言っています。*3
なかなかイメージが難しいと思いますが、下図のイラストを参照してください。
烏口上腕靱帯は、腱板疎部周辺と共に滑膜に富み、周辺の炎症が容易に波及しやすい場所であるという事で、スポーツ選手のトラブルも多い印象があります。
また、これらの組成はType Ⅲ collagen優位の疎性結合組織(不規則な線維配列)で、靭帯様構造ではないとされており、その結果、ひとたび炎症が起これば、組織の線維化により柔軟性が損なわれ、外旋制限の要因となるとされています。
*3 烏口上腕靭帯の肩甲下筋腱付着部に関する解剖学的研究:その意義について
吉村 英哉ほか 肩関節 Vol. 35 (2011) No.3 P707-710
「烏口上腕靭帯の観察」
では、烏口上腕靭帯の観察法です。結節間溝を触知してから、小結節の山にプローブを合わせます。肩甲下筋腱を内側に辿っていくようにすると、やや頭側に烏口突起が観えてきます。烏口突起が描出されたら、烏口上腕靭帯を示す高エコー像に沿って、大結節の付着に向かってプローブをほぼ平行移動させて、戻るように観察します。この時に、手首を持って内外旋運動を再現しながら観察すると、烏口上腕靭帯が緊張したり撓んだりする様子が観察できます。
上記の画像は、陳旧例の烏口上腕靭帯で、やや肥厚した状態と、血管の陥入が認められました。
腱板の観察法の時にも記載したように、棘上筋の5層構造の1層目と4層目は、烏口上腕靭帯という事になります。Clarkらは腱板が単一の腱組織ではなく、5層構造として分れ、複雑に腱線維、関節包、靭帯が重なり合って作られた組織であると発表しています。*4
*4 Clark J.M.: Tendon, Ligaments, and Capsule of the Rotator Cuff. J.Bone and Joint Surg.74-A:713-726, 1992
「烏口上腕靭帯の観察と拘縮について」
烏口上腕靭帯の観察と拘縮について整理すると、下記のような事が考えられます。*5
- 下垂外旋動作時に、烏口上腕靱帯が緊張し、内旋動作時に撓むのが観察される。
- 烏口上腕靱帯、腱板疎部周辺は滑膜に富み、周辺の炎症が容易に波及しやすい。この場合、ドプラ機能により毛細血管の拡張の状態を観察する事が重要となる。
- 拘縮肩発症メカニズムにおいて、烏口上腕靱帯と腱板疎部の瘢痕化が関節拘縮を加速すると言われており、癒着による制限が無く内外旋動作が円滑に行われるかを注意して観察する。
- 肩関節拘縮の病態は、烏口上腕靭帯を中心とした腱板疎部の瘢痕化と下関節上腕靭帯複合体の肥厚が原因であり、これら組織の伸張性獲得が重要となる。この場合、大円筋や肩甲下筋の伸張性にも注意し、併せて観察をする。
- 慢性的な拘縮の場合、大胸筋、大円筋、広背筋、上腕三頭筋、三角筋後部線維などに強い緊張がある。更に、小胸筋の過緊張により著明な圧痛を認める事もあり、触診の情報と併せて観察をする。
*5 参考資料 総合リハビリテーション・カパンディー関節の生理学など
内外旋動作で観察すると、上腕二頭筋長頭腱を一部ラミネートとしている状態が良くわかります。超音波は、プローブから垂直の位置は良く描出されますが、斜行している部分は不明瞭となりますので、このような動態観察で進入角度が変わると、画像が認識しやすくなります。
さて、まとめです。今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。
- 烏口肩峰靭帯の観察法の基本肢位は、座位で行う
- 自然下垂・脇を締めた状態で、手を大腿部に置いた位置から内外旋動作を観察する
- 烏口突起を目印にして、結節間溝に向かうように移動して観察する
- 腱板疎部の位置では滑膜性の炎症に注意し、ドプラ機能で毛細血管の拡張を観察する
- 烏口上腕靭帯を中心に腱板疎部の瘢痕化と癒着、下関節上腕靭帯複合体の肥厚に注意する
- 慢性的な拘縮の場合、大胸筋、大円筋、広背筋、上腕三頭筋、三角筋後部線維や、更に、小胸筋の過緊張に注意して観察する
上肢を使うスポーツ動作は特に、この烏口上腕靱帯の短縮が外旋可動域の制限や上腕骨頭の後方または下方への移動を制限して,その事で肩峰下impingementを誘発すると考えられています。烏口上腕靭帯は、一般的にはあまり知られていない肩関節の構成体ですが、日常的にストレッチ等を含めた、メンテナンスが必要である事がわかります。
次回は、「上肢編 肩関節の観察法」の続きとして、その他靭帯や注意事項について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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