運動器超音波塾【第2回:超音波の安全性と基本原理について】
株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一
近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。
第二回「超音波って、お腹の赤ちゃんを見られる機械だよね」の巻
―超音波の安全性と基本原理―
超音波による運動器の画像処理を開発している頃、どうも超音波でいろいろ研究している変わった人がいるらしいとの噂が噂を呼び、テレビの製作会社から技術協力の要請がありました。
NHK教育の「科学大好き土よう塾」という番組で、「なぜラクダは砂漠でも平気で生きられるの?」という企画での協力依頼で、弊社の超音波観察システムを持参して、群馬サファリパークに行きました。ラクダが灼熱の砂漠の中で生きていけるのにはコブに秘密があるという事で、獣医学の教授の指導のもと、ラクダのシャツを着た人間のお腹とラクダのコブを超音波診断装置で比較観察して中身を調べるという実験を行いました。どちらにも脂肪が詰まっており、ラクダの場合は、砂漠での活動の為のエネルギーの貯蔵庫としての役割と、内臓を直射日光による熱から防御する意味がある事などが解りました。その後、その時に知り合った獣医学の教授とも仲良くして頂き、希少動物の繁殖研究のお手伝いもすることになりました。超音波で、不思議なご縁を頂きました。
さて、超音波というと、大部分の人が最初に思い浮かべるイメージとして、胎児の映っている画像を挙げられるのではないでしょうか。子宮の中で眠る胎児の画像は、医学的な診断のための情報である以上に、観る者にとても神秘的な生命の力強さを感じさせてくれたりします。運動器の観察に使用される超音波も、実はこれと全く同じ超音波を使っています。
小児の場合、臓器の放射線感受性が高く、余命が長いために放射線の影響が将来出現する確率が高いなどの理由により、X線などの検査は必要最小限となっています。
そのような理由で、超音波は数ある診断装置の中でも最も安全性が高いという事で、胎児の観察によく使われています。
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という事で、今回の「運動器の超音波観察法」の話ですが、「超音波の安全性と基本原理」について、考えてみたいと思います。
前回、超音波による運動器観察の利点の一つとして、非侵襲的で安全性が高いことを挙げましたが、実際の安全性は何を基準に言われているのでしょうか。まず基本的に超音波というものが、どういうものなのかを考えてみます。
超音波も光や地震波などと同様に、物理現象としての波動の一種です。疎密波という縦波で、進行方向に疎密を繰り返して伝わっていきます。こう言うと何か難しい事のようですが、要は自然界にある音の仲間で、非常に高い音を使っているという事です。人間の耳で聞き取れる音の範囲を可聴域、或いは可聴音と呼びます。個人差や加齢、朝夕でも違ってきますが、およそ20Hz~20,000Hzと言われています。Hz(ヘルツ)という単位は、1秒間に何回振幅するのかという波の数(周波数)で、音の高さをあらわしています。これに対して運動器の観察で主に使っている超音波の周波数は、3.5MHz~18MHzという範囲です。1MHz(メガヘルツ)は10の6乗ですから、1,000,000Hzとなり、とても高い音を使っている事がわかります。動物では、イルカやコウモリが超音波を利用しているのは良く知られていますが、ハチノスツヅリガと呼ばれる蛾の一種は、既知の動物では最も高周波となる300kHzまで感知できることが解りました。0.3MHzという事ですから、驚きです。
ハチノスツヅリガに興味のある方は
World’s Most Extreme Hearing Animal: The Greater Wax Moth
http://www.sciencedaily.com/releases/2013/05/130508092830.htm
運動器の観察に使う超音波が、非常に高い音だという事はわかりましたが、どのような仕組で画像化しているのでしょうか。
超音波診断装置を構成する機器は、超音波診断装置本体とプローブ(探触子)に大別されます。このプローブから音を発生させて、体の中のさまざまな組織で反射してきた音をまたプローブで受け取り、その情報を基にして画像化する、というのが、超音波の基本的な仕組みという事になります。また、一般のカメラと同様に、焦点距離を持っています。自分の観たい深さにこの焦点(Focus)を合わせるというのが、最初にすべき調整という事になります。大切な事項をまとめると、下記のようになります。
- 超音波は音の反射現象を利用して画像化する。
- 生体内軟部組織ではあまり密度の差は無く、このことを考慮すると、反射率の差は 音速の違い(硬さ)を反映している。
- 観察する部位によって、周波数やフォーカスを調整すると、良好な画像が得られる。
- 画像診断には、アーティファクト(虚像)に注意。
超音波のプローブ(探触子)の中には、超音波を送受信する為の圧電素子が入っています。この圧電素子に電圧をかけると、振動を起こして超音波を発生させる事ができます。逆に圧電素子に外から超音波の振動が入ってくると、今度は電圧を発生させるという性質を持っています。これを、ピエゾ効果と言います。尚、この圧電素子からは細い制御線が多数出ており、精密部品ですからプローブの取り扱いには十分注意をして、落としたりぶつけたりしないで下さい。
では、最初にスポンジのコアラを使って、超音波がどのように描出されているのかを音響的に考えてみます。水槽に水を張ってスポンジのコアラを入れて、何度か握って水を含ませた状態にして、プローブを当ててみます。
- A コアラの頭の上方
プローブから発射された超音波は、水槽の水を伝わっていきます。水は一定の媒質で反射が起きない為、暗く(黒く)表示されます。 - B コアラの頭部
スポンジ内の穴には水で満たされており、水とスポンジの境界で反射を起こしながら音は伝播します。そこでコアラの頭部は少し明るく(グレーで)表示されています。 - C コアラの鼻
コアラの鼻はその形状にくり抜かれているので、水だけで満たされています。水は一定媒質で反射が起きない為、暗く(黒く)表示されます。 - D 鼻の下方の白いヨダレのような描出が出現している意味
鼻を通過した超音波はその間に反射が起きないので、周辺のスポンジを通過して反射している超音波より、多くのエネルギーが残っています。そこで鼻の下方部を通る超音波はより強い反射エコーを発生させる為、鼻の下は周辺より少し明るく(明るいグレー)表示されることになります。このように、本来の状態と違う描出が現れる事をアーティファクト(虚像)とよびます。この場合は、音響増強という種類のアーティファクトです。
このように超音波の画像は、音響的な性質により描出されています。また、他の診断装置と同様に、超音波にも超音波特有のアーティファクト(虚像)が存在する事に、注意をしてください。
さて、この資料をみると超音波画像診断装置は、他の手法の診断装置と比べて圧倒的に低いエネルギーレベルであるという事がわかります。それでもエネルギー波ではあるわけですから、超音波の音圧・強度・出力が上がっていけば、何らかの作用を引き起こすことになるわけです。身体の中に超音波を当てて振動させる事によって起こる作用は、主に2つです。
- 超音波が体に吸収されて起こる温度上昇
- 疎密波により起こるキャビテーション
(気泡の発生と消滅)の影響
これらの問題が生体に影響しないように、超音波診断装置の音響出力は国際規格IEC60602-37 Ed.1&Amd.1(国内ではJIS T0601-2-37:2005)によって規制されています。これによると、最大音響出力が720mW/㎠、MI=1.9を超えないようにとなっています。運動器でよく使う電子リニア走査式超音波診断装置の場合、JIS T 1507に音響強度が10mW/㎠以下でなければならないとしており、国際規格よりもさらに厳しく規制されています。 車の安全性を保つためには、走行速度を示すスピードメーターやエンジンの1分間あたりの回転数を示すタコメーター、エンジンの冷却水の温度を示す水温計など、さまざまな計器類がついています。超音波診断装置の場合も、音圧・強度・出力という理解しづらい物理量よりも、そのまま生体作用へのリスクを認識するための、2つの指標が用意されています。それが、サーマルインデックス:TI(Thermal Index)とメカニカルインデックス : MI(Mechanical Index)です。
- サーマルインデックス : TI(Thermal Index)
超音波による熱的作用の安全性を評価する指標
組織の温度を1度あげるのに必要な超音波出力の値で、妊娠の走査、眼の走査、潅流のない組織(血液が十分に行き渡っていない)、検査時間の長い照射などの場合に重要な指標となります。 - メカニカルインデックス : MI(Mechanical Index)
超音波による非熱的作用の安全性を評価する指標
いろいろな周波数の負音圧を1MHzに置き換えた時の負音圧に換算した指標で、造影剤を使用する場合、肺を照射する可能性のある心臓走査、腸管内にガスのある腹部走査などの場合、キャビテーションにより小さな気泡が発生して弾ける事で組織の損傷や活性酸素の発生する場合に、重要な指標となります。
ということで書いてきましたが、世界超音波医学会(WFUMB)では、通常のBモード画像診断に於いて超音波強度が低い装置であれば、過熱による作用を考慮する必要はないとしています。また、身体への影響を考慮する必要のない場合には、指標自体表示されない機種もあります。MI、TIを下げるには、音響出力(送信出力)を下げて、受信ゲインを上げるという事になりますが、通常の運動器の場合、造影剤を使用しての観察や、体の内部に素子を挿入して観察するような事もないのですから、安全性は高いと言えるわけです。したがって、短時間に観察を終えるよう心掛ける事が、最も大切となります。
次回は、いよいよ上肢編として肩関節の観察法について、考えてみたいと思います。
情報提供:(株)エス・エス・ビー
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