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運動器超音波塾【第9回:肘関節の観察法 2】

特集 運動器超音波塾

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

第八回 「宇宙航海時代は、超音波が主流となるのだ」の巻 
―上肢編 肘関節の観察法について 2―

地元のつくば市は、国内外の様々な分野の研究機関が300ほどある研究学園都市なのですが、その中にJAXAの筑波宇宙センターがあります。普段でも自由見学ができる施設ですが、特別公開の日があって、その日はディープな設備まで見学することができます。アポロの月面着陸やウルトラマンで育った世代としては、「宇宙」と言われるだけでわくわくしてしまい、毎年、子供を連れて自転車で向かってしまいます。そういうわけで、JAXAの「ISS・きぼうマンスリーニュース」に登録して、メールで国際宇宙ステーションでの活動状況などの最新情報を発信してもらっています。

そのような記事の中で特に驚いたのが、NASAの行っている微小重力下での超音波診断(Advanced Diagnostic Ultrasound in Microgravity: ADUM)の研究です。南極観測所や国際宇宙ステーション等の隔離された遠隔地での医療をどのように実現するかという研究で、2005年には国際宇宙ステーションと地上のジョンソン宇宙センターとを遠隔通信で結び、地上の医師と宇宙飛行士が交信しながら、無重力状態での筋骨格の解剖学的変化をモニター実験していました。その時の上腕二頭筋長頭腱の画像も、紹介されています。*1

*1 http://science.nasa.gov/science-news/science-at-nasa/2005/16feb_ultrasound/

国際宇宙ステーションで肩関節を観ている宇宙飛行士と、上腕二頭筋長頭腱の超音波画像
国際宇宙ステーションで肩関節を観ている宇宙飛行士と、上腕二頭筋長頭腱の超音波画像
NASAホームページより

さすがはNASAで、無重力の宇宙遊泳で肩の腱板への影響などについて、既に検討しているとの事です。宇宙飛行士の「頭からつま先まで」の身体の変化を評価するために、100 時間以上の超音波画像診断試験を行い、2011年には約20,000枚の画像やビデオデータを収集しています。更に、これらの超音波検査技術とアトラスを取りまとめ、遠隔医療の超音波診断ツールを完成させ、エベレスト等の山岳でも実験をしています。*2

人口減少に伴い、医療施設も都市部に集まる傾向があり、これからの過疎地域の医療をどのように補完するのかという、一つの答えであることは間違いありません。

国際宇宙ステーションで超音波を観ている宇宙飛行士
国際宇宙ステーションで超音波を観ている宇宙飛行士
NASAホームページより

宇宙で想定される500の医学的状況(疾患やけが)の、2/3を超音波で検査が可能という事で、宇宙航海時代は、超音波診断が主な検査になると予測されています。国際宇宙ステーションは90分で地球を一周しているそうで、ウィスキーを飲みながら地球を眺める旅がしてみたいものです。

*2 「NASA Technology Innovation Vol.15; 3, 2010; NP-2010-06-658-HQ」

今回の「運動器の超音波観察法」の話は、「肘関節の観察法」として、肘関節内側の解剖と超音波でのアプローチについて考えてみたいと思います。

肘関節を構成する上腕骨は、遠位部では薄く扁平した形状になっており、それぞれ内側と外側に突出した骨隆起があります。この骨隆起の事を内側では内側上顆、外側では外側上顆と呼び、それらに付着する筋群の付着部炎や靭帯損傷が臨床的に多く観られます。*3

*3 参考資料 林 典雄  運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢
メジカルビュー社

図 肘関節の関節包のひろがり
図 肘関節の関節包のひろがり
図 肘関節の内側を構成する靭帯

AOL 前斜走線維(anterior oblique ligament)
【起始】上腕骨内側上顆前下方
【停止】尺骨鉤状突起の内側面(鉤状結節)

POL 後斜走線維(posterior oblique ligament)
【起始】上腕骨内側下方
【停止】尺骨肘頭の内側面

TL 横走線維(transverse ligament)

肘関節の関節包は腕尺関節・腕橈関節・近位橈尺関節の3つの関節を包んでおり、近位では内側上顆・外側上顆を除いて鉤突窩・橈骨頭窩・肘頭窩の上に付着し、遠位では橈骨頚と尺骨滑車切痕の周囲に付着しています。  関節包はごく薄く、側方は内側と外側の側副靭帯、前方には斜走線維束による靭帯が補強しています。肘関節の関節包が最も緩む角度は、屈曲約80°と言われており、関節の内圧も最低となる事から、炎症や腫脹のある場合には最も楽な肢位となります。 肘関節の屈伸に柔軟に対応するために関節包は緩んでおり、動きに際して関節包が挟まれないように、前面には上腕筋が、後面には肘関節筋と肘筋が関節包に付いて引っ張っています。この事からも、骨折予後のリハビリテーションでも屈曲拘縮の予防を目的とした上腕筋へのアプローチが、重要視されてきています。*4

*4 肘関節屈曲拘縮における上腕筋組織弾性の定量的評価:ShearWave Elastographyを用いての検討 永井 教生 2013年 CiNii収録論文

図 肘関節の関節包を上腕筋が引き上げる
図 肘関節の関節包を上腕筋が引き上げる

肘関節内側の超音波観察法 基本肢位は座位

重要なポイントなので、今回も肢位について触れます。超音波での観察法の場合、最初に考慮すべき点としては、観察肢位が挙げられます。被験者はもちろん、観察者も楽な姿勢での観察が的確なプローブワークにつながり、より情報の多い画像が得られます。この場合、大切なことは、動態観察を想定しての肢位を検討すべきだという事です。 肘関節の場合、肩との連動で動態観察する事もあるため、肩甲骨が床面と接触してしまうと、内外旋運動や外転運動のような自然な肩の動きができなくなるという理由によって、肩関節の観察と同様に、基本肢位は坐位が良いと考えられます。

肘関節の前方アプローチの観察肢位は、肘伸展位で手置台などを利用して。なるべく楽な姿勢を取ってもらい行います。肘関節内側側副靭帯の前斜走線維の観察の場合、肘関節を90°程度に屈曲してもらい、内側上顆を触診してプローブを当てて支点として、鉤状突起の側壁の骨隆起を探すように扇形に動かしていきます。この時、第一指の向きに注意して前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも併せて注意しながら、観察します。

図 肘関節の観察法 前方アプローチの基本肢位とプローブワーク
図 肘関節の観察法 前方アプローチの基本肢位とプローブワーク

プローブは先端を持ち、薬指小指などを患者さんに触れて、プローブを支える支点をつくります。プローブの接触部分(音響レンズ)を支点にすると、安定しません。

肘関節内側の超音波画像と解剖学的構造

プローブの位置は、最初上腕骨に長軸に当て、上腕骨内側上顆の位置をしっかりと同定します。上腕骨内側上顆の斜めに坂のような面が把握できたら、画面の右側に置くようにプローブをずらして、左側に尺骨の鉤状結節の突起が描出されるようにプローブを回して、上腕骨内側上顆と尺骨の鉤状結節の突起を描出します。三角形に見える内側側副靭帯の前斜走線維が描出されます。その場所でプローブを固定して、前腕を回内、回外に運動させながら観察し、併せて手関節を掌屈、背屈させるなどの動態を観察しながら、靭帯に適度にテンションをかけるストレス検査を行います。*5

図 肘関節の観察法 内側アプローチ 内側側副靭帯 前斜走線維 長軸画像
図 肘関節の観察法 内側アプローチ 内側側副靭帯 前斜走線維 長軸画像

肘関節の観察法でも重要な点は、骨性の目印をしっかり描出する事にあります。内側上顆の斜面のような形状と鈎状結節の突起の形状が正しく描出されるように、プローブを微調整して下さい。成人では靭帯実質の損傷が多いのに対して、成長期の場合は軟骨部分の裂離の有無に気を付けます。足関節の前距腓靭帯と同様に、靭帯の損傷と伴に付着部の剥離が多く観察されています。

*5 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

図 上腕骨内側上顆と尺骨鈎状結節、前斜走線維(AOL)
図 上腕骨内側上顆と尺骨鈎状結節、前斜走線維(AOL)

肘関節の屈伸動作では、前斜走線維の長さは一定である事から、外反制動の主な安定化機構であることが解ります。更に長さが一定であるという事は、拘縮への関与が少ない事を示唆しています。

内側型の野球肘について

肘関節の内側側副靭帯に、繰り返しの投球動作等による慢性的に引っ張られるようなストレスが加わると、この靭帯が徐々に微小断裂をして炎症を起こします。病態が進むと、石灰化を生じたり、骨が変形してきたり、ついには靭帯が切れてしまうこともあります。

また、上腕骨内側上顆炎は上腕骨外側上顆炎に比べ発生頻度は少ないと言われています。これは日常の生活動作で、前腕の屈筋群(手首、指を曲げる筋肉)が伸筋群(伸ばす筋肉)より使用頻度が少ないためと考えられています。
以前ある学会で聴講させて頂いた北大の岩崎教授のお話しでは、投手の場合、

  • 8.9回になると小指が冷たくなる、或いは痺れる
  • カーブやフォークがすっぽ抜ける

という症状の場合、内側側副靭帯の損傷に加え、尺骨神経麻痺も疑うとの事でした。治療に関しては、先ずは保存的に行い、3~6ヶ月投球中止の間、前腕周囲の筋を鍛え、それでも問題がある場合にのみ最終的手段として、腱の移植・再建術を行うとの事でした。術後の復帰率は北大の場合、8割。合併症2割、再手術1割だそうです。

更に興味深かったのは、「どれぐらいのトルクで内側側副靭帯は破断するのか?」という事です。解剖標本による実験では、

  • 34Nmで破断
  • 130~140kmの球速で、64Nmが肘にかかる
  • 内側側副靭帯 54% 骨・関節面 33% 関節包・軟部組織 10%
  • 投球時、内側側副靭帯には、34.6Nmがかかる
  • 常に線維は切れている

との事で、ではなぜ、投球の度に発生する外反トルクは靭帯の許容限度を超えているのに、なぜ靭帯は破断しないのか?については、

  • 手首を曲げるflexor carpi ulnaris and radialisなどの屈筋(橈側手根屈筋、尺側手根屈筋)も外反トルクに対抗しているから

というお話でした。手首を曲げる屈筋についても鍛錬が必要というのは、目から鱗でした。

アメリカでは、PITCH SMART (MLB Guidelines for Youth and Adolescent Pitchers)というMLBと全米野球協会が投手の故障を防ぐためのガイドラインを示した専門サイトを開設しました。その中で2012~2013でのメジャーリーグのピッチャー25%、マイナーリーグのピッチャー15% が Tommy John 手術を受けているというデータが明らかになりました。これはもう、大変な数字です。メジャーリーグのピッチャーの内、実に4人に1人がTommy John 手術(ジョーブ法 腱の移植・再建術)を受けているわけで、これを重く見たMLBでは、2015 Pitch Count Limits and Required Rest Recommendationsとして、アメリカの小学校から高校までの各年齢別に、投球回数を厳しく制限する措置を取っています。日本でも、「青少年の野球障害に対する提言」として、日本臨床スポーツ医学会学術委員会が同様に投球制限を設けていますが、現状はどうでしょう。徳島大学の発表によると、野球肘発生率は約50%という報告もあります。この点に関しては、大人がしっかりと考え、反省して、子供達の将来を守る必要があると考えています。そして、安全かつ簡便に、解剖学的な見地で病態を把握できる、超音波による野球検診の普及を、強く願ってやみません。運動器の超音波診断の実験の時に、大学病院で見せてもらった子供たちの笑顔を、忘れることはできません。

図 参考 内側側副靱帯(AOL)の損傷
図 参考 内側側副靱帯(AOL)の損傷

内側側副靱帯(AOL)の内側上顆前下方での微小断裂があり、肥厚し、下部に低エコー域が内側側副靱帯(AOL)を押し上げている状態が観察されています。

皆川先生によると、小学生の野球少年の約4割に靭帯付着部(内側上顆)の裂離骨折を認め、音響陰影を伴わない薄い骨片は、1回の投球で瞬間的に生じた場合で、音響陰影を伴う豆状の骨片は、時間経過した陳旧例であるとしています。*5
更に、内側上顆より頻度は少ないものの、鉤状結節側での裂離もあるとの話です。

*5 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

では、具体的な判断基準としては、どのような分類があるのでしょうか?
AOL付着部の内側上顆の骨形態分類*6については、下記のようなものがあります。

Type 1正常
Type 2AOLの内側上顆付着部の不鮮明像
Type 3AOL付着部の内側上顆の分離・分節像
Type 4AOL付着部の内側上顆の突出像

*6 渡辺千聡 日本肘関節学会雑誌2009

AOL実質の分類*7としては、下記のようなものがあります。

Type 1境界エコーが鮮明で内部エコーも均一
Type 2境界エコーが不鮮明
Type 3靱帯が肥厚
Type 4境界エコーが不鮮明で内部エコーも不均一

*7 Sugimoto. K., et al. J.JaSOU. 1994.

以上の2つの分類(付着部の骨形態と靭帯実質の状態)に留意して、超音波検査を進めて下さい。

それでは、成長期の前斜走線維損傷の、ストレス検査の動態を観てみます。プローブは、長軸走査です。

成長期の前斜走線維損傷の超音波画像
ストレス検査の動態観察

この症例の場合、ストレスによる動揺はほぼ無く、微小断裂とその下に低エコー領域が観察されました。内側上顆の軟骨の状態は前下方にやや突出した形状になって輪郭が不正になっており、付着部が前方にある分、関節の距離としては緩く伸びた状態である事が示唆されます。一般的には予後良好と言われていますが、不安定性がある症例の場合は外側障害、後方障害への進行があるか、併せて注意が必要となります。

超音波による動態解剖学の視点での考察をしていけば、治療に対する情報や、予後の注意点も検討することができます。

さて、まとめです。今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

  • 肘関節内側アプローチの基本肢位は、座位で行う
  • 内側側副靭帯(AOL)の観察は、上腕骨内側上顆の斜面と、尺骨鉤状結節の骨性の目印をしっかり描出し、三角形に見える前斜走線維の線維の模様を描出する
  • 第一指の向きを意識しながら、前腕の回内、回外運動、手関節の掌屈、背屈による変化にも注意して観察する
  • 成人では靭帯実質の損傷が多いのに対して、成長期の場合は靭帯付着部の軟骨の裂離骨折に注意する(2つの分類)
  • ストレス検査の動態観察をして、不安定性がある症例の場合は外側障害、後方障害への進行に注意が必要

次回は「上肢編 肘関節の観察法」の続きとして、内側アプローチその2と題して、考えてみたいと思います。

情報提供:(株)エス・エス・ビー

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