柔道整復師と介護福祉【第98回:介護保険の基礎知識ver2】
次期改正のポイント
前号では、次期介護保険改正の大きなポイントをまとめてご説明しました。
本号においては、前回取り上げていない改正の内容について取り上げ解説していきます。
業務の効率化と経営の大規模化・協働化について
事業所の規模別に見ると、規模の大きな事業所・施設や事業所の数が多い法人ほど平均収支率が高い結果となっており、介護分野では主として収入面が公定価格によって規定されるという特徴があります。従って、費用面の効率化が最も重要です。このことから、備品の一括購入、請求事務や労務管理など管理部門の共通化、効率的な人員配置といった費用構造の改善、さらにはその実現に資する経営の大規模化・協働化が推奨されています。また、小規模な法人が他との連携を欠いたまま運営を行うということは、新型コロナウイルスのような感染症発生時や災害時において、業務継続も施設内療養の実現もおぼつかなくなってしまう。このため、根本的に介護事業の経営の大規模化・協働化が抜本的に推進されるべきであるとしています。令和6年4月より、各支援事業所は事業継続計画の策定が義務化、更に有事の際の事業継続について行政指導が高まっています。
事業継続計画の策定義務
2024年4月より、施設系・在宅系を問わず介護事業所では「BCP」の策定が義務化されます。
「BCP」とは、Business Continuity Planの略で、厚生労働省では「業務継続計画」と翻訳しています(介護以外のビジネスでは、主に「事業継続計画」と訳されます)。BCPの目的は、大地震や水害などの自然災害、感染症の蔓延といった不測の事態が発生した場合でも、可能な限り業務を継続したり、早期に復旧したりできるよう備えることです。
- 地震で公共交通機関が止まり、職員が出勤できなくなったら。
- 大雨で堤防が決壊し、事業所周辺が水没・孤立したら。
- 電気、ガス、水道の途絶でエレベーターや風呂・トイレ、台所が使えなくなったら。
- 利用者様や職員の間で感染症のクラスターが発生したら。
BCP策定が義務化される2024年以降は、そんな非常事態が発生しても「想定外だった」では済まされません。近年多発している気象災害では、毎回のように介護事業所の被災状況が報道されています。たとえば、2020年7月の熊本豪雨。河川の氾濫で特別養護老人ホームが浸水、孤立し、避難の遅れもあって、入所者14人が亡くなりました。(参考:熊本日日新聞「高齢者14人が犠牲 老人ホームで何が起こった? 熊本豪雨、関係者の証言」)同じような豪雨災害が起きたとき、もし犠牲者を出してしまったら…。利用者様や職員、地域からの信頼が失われ、事業所や法人の経営にも打撃となるリスクが想定されます。社会的な責任を追及されることは免れません。しかも、名古屋市をはじめ東海地区は、南海トラフ地震による地震・津波被害や、河川の増水・堤防の決壊などが広い地域で懸念されます。利用者様や職員の生命と安全を確保するためのBCPの策定は、急務といえます。
BCPとは?義務化の対象となる具体的事業所は?
BCP とは「平常時の対応」「緊急時の対応」の検討を通して、①事業活動レベルの落ち込みを小さくし、②復旧に要する時間を短くすることを目的に作成された計画書です。
出典:厚生労働省老健局「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」(2020年12月)
つまり、被災時や緊急時であっても、影響を最小限にとどめながら可能な限り事業を継続すること、早期復旧の準備をしておくこと、が求められています。
BCP義務化の背景
介護事業所でBCPの策定が義務化される背景について、同じガイドラインでは下記のように説明がされています。
施設等では、災害が発生した場合、一般に「建物設備の損壊」「社会インフラの停止」「災害時対応業務の発生による人手不足」などにより、利用者へのサービス提供が困難になると考えられています。一方、利用者の多くは日常生活・健康管理、さらには生命維持の大部分を介護施設等の提供するサービスに依存しており、サービス提供が困難になることは利用者の生活・健康・生命の支障に直結します。他の業種よりも介護施設等はサービス提供の維持・継続の必要性が高く、BCP 作成など災害発生時の対応について準備することが求められます。
出典:厚生労働省老健局「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」
製造業など他の業種と異なり、介護事業は利用者様の生活・健康・生命と直接的にかかわっています。
「全ての介護サービス事業者」対象
義務化の対象については、「全ての介護サービス事業者」です。令和3年度介護報酬改定において、下記のように取り決められました。
感染症や災害が発生した場合であっても、必要な介護サービスが継続的に提供できる体制を構築する観点から、全ての介護サービス事業者を対象に、業務継続に向けた計画等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等を義務づける。(※3年の経過措置期間を設ける)
出典:厚生労働省「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」
つまり、訪問介護や訪問看護、通所介護(デイサービス)、共同生活介護(グループホーム)、小規模多機能型居宅介護はもちろんのこと、福祉用具貸与・販売や居宅介護支援に至るまでのあらゆる事業所で、3年の経過措置期間が終わる2024年4月までに策定を完了していなくてはいけないこととされています。
既存の防災計画との整合性について
多くの事業所では既に、自然災害を想定した「防災計画」などを策定していることでしょう。この防災計画をもって、BCP(業務継続計画)とすることはできないのでしょうか?防災計画とBCPでは、その目的や対策の検討範囲などが異なるため、そのまま同じものを使うことはできません。ただし、両者には共通する要素も多く、内容を一体的に検討していくことが有効です。
防災計画と業務継続計画の違い
防災計画の目的は、「身体、生命の安全確保」「物的被害の軽減」とされています。
一方、BCPの目的は、「身体、生命の安全確保に加え、優先的に継続、復旧すべき重要業務の継続または早期復旧」です。
また、重視する事項についても、防災計画では死傷者数や損害額の最小化を挙げているのに対して、BCPではそれらに加え、下記の事項についても重点的に検討することとされています。
- 「重要業務の目標復旧期間・目標復旧レベルを達成すること」
- 「経営及び利害関係者への影響を許容範囲内に抑えること」
- 「利益を確保し企業として生き残ること」
出典:厚生労働省老健局「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」
BCPにおいては、防災計画で定められているような安全確保に加えて、被害を最小限にしつつ、業務を継続していくための手段について検討するよう求められています。
「自然災害」と「感染症」の策定
BCPの計画は、自然災害に対応するものと感染症に対応するもの、それぞれを想定した2パターンを作成する必要があります。
発生後の時間経過に伴う変化
BCP策定における自然災害と感染症の主な違いは、時間的経過にともなう変化という点にあります。自然災害では、発災直後から数日間の対応が重要です。浸水や建物の被害から人命を守り、一時的なライフラインの途絶を乗り切れるだけの備えが必要です。この数日を乗り越えれば、着実に復旧が進むのが一般的です。
感染症では、長期的な対応が必要となります。感染対策をしながらのケア、感染や濃厚接触で休業する職員の代替要員の確保・心理的なケアも求められることになります。
策定する「計画」のポイント
BCPの「計画」策定の中には、具体的には、どのような事項を盛り込む必要があるのでしょうか?厚労省では、策定のガイドラインのほか、ひな形、研修動画などを公開しています。その目次を見てみると、たとえば自然災害については下記のような項目が並んでいます。
- 総論
- 平常時の対応
- 緊急時の対応
- 他施設との連携
- 地域との連携
- 通所(訪問、居宅介護支援)サービス固有事項
出典:厚生労働省「自然災害ひな形(自然災害発生時における業務継続計画)」
この資料を踏まえれば、厚労省の求める水準のBCPを作成することが可能です。
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