ビッグインタビュー 【新・柔整考⑦】 業界内外の声をお聞きする!
元帝京大学教授で医学博士の佐藤揵氏は、柔道整復研修試験財団専門委員をはじめ宮城県「柔道整復学」構築学会名誉会長、第25回日本柔道整復接骨医学会大会会長等々を歴任され、特に柔道整復学の分野について数々の重要な提言をされている人物である。佐藤元教授から見た今の柔整の在り方について所見を述べて頂いた。
柔道整復師がやるべき軟部組織損傷を広く学生にも教え、科学的な接近をすべきです!!
―佐藤元教授は、帝京大学をはじめ、仙台赤門医療専門学校で長年教鞭をとられてきましたが、今の学生達は昔の学生達と何か変わってきているとお感じでしょうか?
(はじめにおことわりしておきます。一つは、私はSNSをやらないし、インターネットでの人的情報公開に疑問・不安・無責任さ・不信を感じているので、あまり露出されたくありません。紙媒体の公表ならかまわないのですが。従って、今回のインタビュー記事も、本当は最小限にしたい気持ちです。もう一つは、引退しましたので、現在の学界業界の状況を正しく把握しているとは限りません。)
さて、鍼灸系と柔整系を比較すると、傾向としてハッキリしているのは、東洋医学系の場合、ハリ灸の技を磨きたいという強い意志を持っている人が多く、初めから東洋医学をやろうという意欲のある学生が多いんです。一方、柔整のほうは医療を非常に軽く考えており、自分がスポーツをやっていて捻挫をして面倒をみてもらった接骨院の先生が素敵だから自分もなってみようと思ったという人が圧倒的に多いんです。つまり、昔からそうですが、接骨院の先生になるか、スポーツのトレーナーみたいなものをやりたいと安易に考えて入ってきているようです。そういう訳で、途中で脱落するか、或いは卒業しても国家試験に受からない程度の連中が多い。厳しい言い方をしますけれども、国家資格をとって開業しても組合とか柔道整復師会に入らない人が多く、しかも何をやっているかというと、保険の取扱いをしないで整体と柔道整復を兼ねて、表向きの看板を整体院にしている人が非常に多い。整体と変わらないことを行っており、その中身は殆ど按摩マッサージと同じことをやっています。やはり業界が、道義も倫理も何も無くなってきているのではないでしょうか。保険診療であそこの接骨院に行くと500円でマッサージやってもらえるという一般人の認識になっています。それは宮城県に限らないと思います。業務の範囲も、制度も明確であるのに、現場の人達の医療に対する独特なやり方等に関して、全く無関係なことをやっている人達が出てきている感じがします。実は私、身分を隠して整体院看板の整骨院に行ったことがありますが、1回3000円のマッサージです。
私はどうだこうだと言う立場ではありませんが、公益社団・日本柔道整復師会の長尾先生が格好良いことをやっても下がついていかない。しかも、あの方がいろんな立派なことをやっているレベルと学校現場でもギャップがあります。専門学校の教員自身が柔道整復師会のトップの人達がやっていることを信用していないようです。指導者自身が信用していないため、いろんなことをやっても結局ついていかないのではないかと思います。(これは特定の学校のことを指しているのではありません。青森から東京まで知己があります。)
―超音波についてはどういった見解をお持ちでしょうか?
日本柔道整復接骨医学会というのは学術会議に認められた唯一の学会ですから、キチンと運営をしなければいけませんし、毎年学会を開いていますけれども、学会で発表する人達は、柔道整復の大学がいっぱいあるので、その人達が殆どのようです。それは学問的には当然と言えば当然ですが、学会でやっていることが最前線でやっている人々にどれだけ反映しているのかを分かっているのでしょうか。医学会の場合は、開業医であっても勉強して、学会ではこういうことになっているんだというのは大体情報として知っているはずです。知るためのルートは沢山あるのにそれを知ろうとしないため、どうもギャップがありそうな気がします。
私は自分で経験していないことはあまり話したくないのですが、たまたま一昨年、自分で膝を痛めて、2つの整形外科にかかりました。その時に、普通は年だから変形性膝関節症になってもおかしくないと言われるのです。最初のドクターはレントゲンを観て「変形性だ」と言いました。横からX線写真をみると関節構造には変化がないようにみえました。おかしいなと思って別の整形外科に行ったところ「筋腱付着部の損傷」と言われました。ROM訓練と筋トレと歩行を行えばよくなる筈だと言われて、自分でいろいろやってすっかり良くなりました。つまり、前から思っていたことですが、超音波に関しては整形外科は非常に遅れていると思うんです。最近になって本が出たり研修会を行ったりするようになったようですが、やはりX線に映らないような組織に興味を持っていない方も多いのではと思います。2,3年前に「整形外科における超音波の活用法」という本が出ました。私は医療の中身まで話す立場にはありませんが、その理由としては、保険の点数の問題があるのだろうと思います。つまり、東洋医学も西洋医学も関係なく、一番先端にいる方の発想は何かというと点数にならないことには手を出さない。
超音波に関しては前から日本超音波骨軟組織学会というのがありますが、その学会や他の研修を多くの柔道整復師が受けて使用する人が増えればもっと良いし、超音波の検査と判読の方法を勉強することは良いことだと思っています。
―接骨医学会大会号で、〝柔整の大学が15校あるが、当然質的・科学的水準は保たれていなければなるまい。西洋医学そのものではない柔整基礎医学に期待するところ大である〟と言われております。その辺についても聞かせてください。
宇都宮の帝京大学で地元の柔道整復師会とジョイントシンポジウムを開いていまして、私も講演をやったことがあります。コロナになってから止めたようです。学問的なことと現場とを繋ぐ良い方法の一つでしたが、あういうことをもっとやったらどうだと私は以前書いたことがあります。他職と交流をしょっちゅう行っている県や、業界とドクターが一緒になって活動している分については何も言うことはありませんが、地域によって相当違いがあるようです。レベルはともかくとして、最新の情報やいろんな問題等をやり取りしたり、吸収したり知ったりするチャンスがあるか無いかでは凄く違いがあります。
先に述べた「筋腱付着部損傷」を柔道整復の学生達は習っている筈ですが、きちんと知っている者はあまり居りませんでした。私はその損傷の時に、ハリと灸と、治療としての超音波をやってもらいました。一番効いたのは、超音波治療と灸でした。その時に研修に来ていた学生に聞いたところ、知っている学生は7,8人の中で1人だけでした。習っていないはずは無いので、悪く言えば、学校で教える教員側も国家試験の方向が偏っているので、多分そっちに向いているのでしょう。骨関節疾患だけを重点的にやっているから、骨以外の軟部組織のことは適当にやってしまっているのではないかと疑問を持ちます。
―接骨院の業務は軟部組織のほうが多いと思いますが…
圧倒的に多いのでは?と思います。いまは骨折しても接骨院に行きませんから。私が柔道整復師研修試験財団の専門委員をやっていた頃、当時の理事長は長谷川慧重先生でした。長谷川先生は〝これからの柔道整復師は軟部組織の専門家になったほうが良い〟って何度も仰っていました。その当時にです。私に言わせると、未だにその話の域を出ない状態が続いている感じがします。学校で疼痛(痛み)について系統的に教えてほしいと思います。
―日本柔道整復師会の長尾新会長は患者さんアンケートを実施すると公約されておりますが、これについてもお考えをお聞かせください。
長尾先生が患者さんへのアンケートをどういう方法で、どなたを対象にしてアンケートをするのか知りませんが、私はアンケートは非常な曲者だと思っています。下手にやると物凄く事実と違った偏った結果が出ます。アンケートは簡単ではありません。系統誤差と言いますが、選択バイアスがかかりやすいので、どういう方を対象にしてやるかは物凄く大事なことです。其処で既にバイアスがかかってしまうと、例えば長尾先生を知っていて、好きで気に入っている人がたまたま対象だとすると答えは肯定的になってしまいます。また反対の考えの人は、初めから参加しないので、そっちの答えは上がってこない。出てきた結果が物凄く誤差の多いことになってしまいます。特定の地域で行うのであれば〝ここの地域でやります〟というと、其の地域の人達が接骨院にどういうイメージを持っているかで違ってきます。大都会で行ったら、危ない結果がいっぱい出てくると思います。ところが地方の、田舎のほうの人を対象にして行えば違ってくると思います。アンケートを実施するのは簡単なようですが、非常に危ないんです。余程慎重に統計学の方法をとらないとバイアスがかかりやすい。やるか、やらないほうが良いかではなく、私はそっちのほうが気になります。アンケートは簡単に出来るけれども、アンケートの結果ほど偏って危ないものは無いのです。
仙台大学に居た頃、学生の卒論でアンケートをやりたいというのを、とるのは簡単だけど後の結果を分析するのは大変だよと反対していました。何を対象にして調べるかで決まってしまう。だから、なんとなくどうなっているのか、どう思っているのかを調べたいというのはやらないほうが良いと言って、やらせませんでした。その代わりやらせたのは、昔ですが、全国の病弱児養護学校と養護学級の養護教諭に対して、喘息の子ども達がどういう風に生活しているかということの実態調査を行ったことがあります。これは対象が決まっていますし、答える人も養護の先生と決まっていますから。それを研究室の名前で行ったので、75%位の回収率でそれを分析しました。何もしらないで行うと回収率20%位にしか普通はなりませんし、一般的にはそんなもんです。
―一昨年の接骨医学会で帝京大学医学部整形外科学講座の中川教授が〝変形性膝関節症の国際学会のガイドラインでは、治療の基本はピラミッドのように段階的治療が推奨されています。第1段階は、病気をよく知っていただく。運動療法、肥満は減量、これが基本です。運動療法は、痛み止めと同等の効果があるというエビデンスがあり、必要性があります。足上げ体操、伸びない曲がらない患者さんにストレッチ、ウオーキングを推奨しています〟等述べられ、運動療法は痛み止めと同等の効果があると話されました。佐藤先生はどのように思われますか?
中川先生の論文を見たことがありませんから何とも言えませんが、昔は強いエクササイズを行ってはいけないと言われていました。しかし、今は強度のエクササイズを行ったほうが寧ろ良いというエビデンスが出てきたようで、そういう傾向になっているようですし、そのことではないかと思います。付け加えるとすれば、膝蓋骨は凄く重要です。膝の専門家は、膝のお皿、つまり膝蓋骨は動かなければダメなんですよ、そのエクササイズが非常に大事であるということを強調しています。膝蓋骨の手技操作というのは非常に大事で、私も外傷後、自分でやりました。特に膝蓋骨の下側に脂肪体の固まりがあり、「膝蓋下脂肪体」と称します。これがあっちこっちに動いてくれないと駄目です。膝蓋骨を動かすと同時に膝蓋下脂肪体が中をグルグルするように手でちゃんとやってあげないと駄目なんです。特に膝のお皿の下をマッサージして一か所に溜まらないように行います。接骨院の方々がそれをしていないから、今度出る広報誌の原稿に〝膝蓋骨と膝蓋下脂肪体を重視しなさい〟ということを書いた訳です。これは、非常に重要です。膝をやっている整形外科の何人かの先生は前からそのことを雑誌とか論文に〝エクササイズの中で膝蓋骨をちゃんとやりなさい〟と書いています。
―1月1日の柔整ホットニュースで配信された筑波大学の白木名誉教授は、〝柔整の場合には、その人の生活に入っていくんです。〝家ではどういうことをしていますか?〟と、手を差し伸べるだけではなく、ライフスタイルの中で治療するための生活指南(養生訓)を処方してくれます。柔整は生活リハビリテーションを教えてくれるので、其処が柔整の一番凄いところで、誰も言っていない〟とお答えになられました。ただこういった柔道整復師の先生というのは、相当の熟練というか、かなり勉強を積んだベテランにおいてのことのように思います。佐藤元教授のお考えをお聞かせください。
白木先生自身は柔道整復の専門家でもあるし、スポーツ医学の専門家でもあるので、自分達のやれることをやったほうが良い、と言われています。その他に今の社会情勢を見ると法律上、政令上、〝骨折、脱臼に関してはドクターのOKを得なければならない〟と徐々に狭くなり、捻挫・打撲・挫傷系が業務の範囲のようです。彼は、以前にもちゃんと〝軟部組織に力を入れて自分達のやれることをやっていくのが良い〟と仰っていました。しかも〝生活の中まで入っていく〟と、確かに地域によってはそういう場面も当然あるでしょう。スポーツ大会に行けば、あそこの家の子はこうだという話も出てきます。特に腰痛系は生活習慣病みたいなところがあるので、それをなんとかしてあげようと思ったら生活療法に踏み込まざるを得ないでしょう。しかし、突き放して見ると、彼の言う地域医療に溶け込もうとしてこういうことをやっている柔整師の先生は真面目な勉強家の先生です。そうではなくて来た患者さんを1回3000円でやっているタイプの整体院だか何だかわからない所の人には全く分からないことでしょう。
私は日本の医療の歴史を詳しく解っている訳ではありませんが、伝統医療が長い歴史があるというのは、その通りです。現在とこれからの世の中でやっていくとすれば、世界に類のない仕事であることは確かで、本当は彼らが一番得意なのは包帯固定です。包帯を使って生きた人間の体を全部固定することが出来るって他には無いんです。その包帯固定の方法を看板にしなかったら私は柔道整復の本来の仕事はギブアップしたのと同じことだと思っています。勿論、今も学校で包帯の巻き方をやります。どうやって教えているかというと、以前は〝下に落とすなぁ〟と言って、みんな手巻きでやっていました。しかし今は器械で巻いているんですね。あれはどうでしょうか。そういう技術も匠の技じゃないけれども、伝承どころではなく、学校で教えるほうもアンチョコになっているようです。昔の柔道整復師にはもう戻れないと思います。特に都市では、役割が完全に違っています。ただ長谷川先生が前に仰ったように軟部組織の専門家としては生き残る道はあると思っています。その時に何が必要かとなったら、やはり「手」だと思います。一つは手で触ってみて、見て触って動かしてみてという、「視診」・「触診」・「問診」の技術です。あれをちゃんとやることと、それを裏付けるための超音波機器、それを使いこなせばなんとかなるかなと思っています。直ぐに電気かけますって、なんだか電気物療屋みたいになってしまっているようなので、其処も安易です。〝何故この患者さんに通電療法が必要なの?〟ということを説明できない人がいっぱい居ます。〝研修した接骨院でやっていましたから〟って、それだけです。上のほうは一生懸命学問をやっていますが、大きなギャップがあります。
―柔整(術)(学)は、診断(推測論)と治療(反応論)が一体化している接近法(治療診断学)と考えられるからであるとも述べていらっしゃいますが、他の柔道整復師の方からの反応は如何なんでしょう?
日本の臨床医学の発達を見ると、昭和30年代までは間違いなく内科系は治療診断学です。〝あ、そうかじゃこの薬を投与してみようか〟10日位経ったら、〝あーよくなったな、効いた〟〝じゃこれだったんだろう〟とやっていたのです。治療の計画があって、これはこういうガイドラインがあるから、このスタンダードを行うことでこうなるというのが今の西洋医学です。ガイドラインを創れば良いというものではないけれども、柔整の場合にはガイドラインが出来るレベルに未だいっていないんです。個人的に作った方はいましたが。これやったから、こういうことをすればこうなりますよという証拠固めが未だ不十分です。こっちの人がこうやって、じゃ俺もこうやったら同じような結果が出るとなれば、それはそれで良い。それを追試するなり比較検討をしないので俺のやり方、俺のやり方になるんです。東北地方の学術大会の抄録を点検して見ても、新しい足関節の固定方法を考案したというのを読んで、〝これ前に違う人がやっているよ〟ということがあり、回り(他者の報告)を見ていないで自分が考案したとやってしまっています。其処のところが未だ昭和30年代の日本の内科学と同じです。長年鍼灸系を勉強して臨床もやっている方がたまたま私の講演「症例研究と単一事例実験計画法について」の(有意差があるとか無いとか、そういう問題ではなくても科学処理が出来るという)講演内容を読まれて、こういうことをもっと前に誰かに教えてもらえれば、私もいろんな勉強が出来たという手紙をくれました。鍼灸系も俺流というのがいっぱいあるようですが、やはり一つに纏まらなければ無理でしょう。
―やはり佐藤元教授は以前に、〝柔整(学)が西洋医学そのものではなく、まして整形外科(内科)学の疑似でもなく存在しうるためには、その「対象」と「方法(計測、分析、評価)」と「治療指針」において独自のものが必要であるが、これを確立体系化しうるのか〟と言われていますが、今もそのお考えは変わりませんか?
未だにそのままだと思います。私は、遠ざかっているのでそのレベルに達したのかどうかは分かりません。なお、これらの問題を考える時に、宮城県柔道整復師会が学会を作って10年かかって検討し、私も参画してまとめた「柔道整復学構築学会論文集」(巻頭言は私)は、自慢ではありませんが、参考になるものと思っています。とくに傷病再分類案と痛みへの接近は。
ただ、現場の方々はどこまで情報を把握しているんでしょうかね。
佐藤 揵氏 プロフィール
1966年東北大学大学院修了。1977年医学博士号取得。1969年~1981年東北大学病院鳴子分院(医学部兼任講師)。1980年~2006年仙台大学体育学部教授。2008年~2013年帝京大学教授。柔道整復研修試験財団専門委員(1998年~2007年)、宮城県「柔道整復学」構築学会名誉会長(2013年~2022年)、第25回日本柔道整復接骨医学会大会長(2016年11月)、赤門鍼灸柔整専門学校講師(1990年~2023年)。
専門:
スポーツリハビリテーション論、臨床運動学、リハビリテーション医学、心身障害学
著書(スポーツ関係の主なもののみ):
「スポーツとリハビリテーション医学」「ケーススタデイ・スポーツ障害のリハビリテーション」「スポーツ科学講習会標準テキスト」「スポーツマッサージ指導論」「スポーツ理学療法(訳)」「トレーニングの生理学(訳)」「キネシオロジーノート」
社会的活動(スポーツ関係の主なもののみ):
東北学生アメリカンフットボール連盟副会長・副理事長(元)、仙台大学アメリカンフットボール部部長・監督(元)、日本学生トライアスロン連合常務理事(元)・参与、仙台大学トライアスロン部部長(元)、宮城県トライアスロン協会顧問、宮城県障害者スポーツ指導者協議会顧問(元)、仙台市障害者スポーツ協会顧問(元副会長)等を歴任。
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