ビッグインタビュー:防衛医科大学校防衛医学研究センター教授・加來浩器氏
防衛医科大学校・防衛医学研究センター教授の加來浩器氏は、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症クラスター対策班及び東京iCDC専門家ボード人材育成チームのメンバーである。
また日本環境感染症学会では、東京2020大会対策委員会の委員長を務められており、先の見えない新型コロナによるパンデミックを一日も早く終息させようと数多くの助言をされ、様々な対策に取り組まれている。
果たして世界中が楽しみにしている東京2020オリンピック・パラリンピックは開催できるのか否か、真意を尋ねた。
人感染対策を正しく理解し、しっかりワクチン接種を行うことで、必ず収束に向かうでしょう!
防衛医科大学校
防衛医学研究センター
教授 加來 浩器 氏
―はじめに、防衛医科大学校での加來教授の研究内容等、教えてください。
私は、防衛医科大学校にある防衛医学研究センターにおいて、「感染症疫学」を用いて「感染制御」につなげていく研究を行っています。具体的には、感染症のアウトブレイクが発生すると、現地に行き、なぜ、どのように広がっていったのかを調査します。これを実地疫学調査と言います。そして、その結果からどうしたら感染を収束させることができるか、再発防止のためにはどのような感染対策が必要かなどを考えていきます。私たちの研究テーマは、輸入感染症や新興・再興感染症、大規模自然災害後の感染症、食品の安心・安全などに焦点をあてています。新型コロナウイルス感染症対策においては、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症クラスター対策班のメンバーとして、またときには青森県や埼玉県川口市などからの依頼を受けて、疫学調査などの支援を行っています。今年の3月からは、東京iCDC(東京感染症対策センター)専門家ボードに新しく設置された人材育成チームの一員としても活動を行っています。
―2020年8月19日~21日の3日間、グランドニッコー東京 台場で開催された第94回 日本感染症学会総会学術講演会「FUSEGU2020 市民公開講座」で、加來教授は、『国際的大イベントを迎える日本 その他の輸入感染症にも備えよう』と題した講演で〝人は基礎的な疾患や基礎的な免疫があり、または特異的な免疫があることによって、発病しなかったりする訳で、私たちはこの感染症の成り立ちの3要素を上手にコントロールします。感染菌を撲滅させる、感染経路を遮断させる、ワクチンなどによって宿主を守るといった考え方です。特にこの3要素でしっかり対策をとる、実は一口で言うと公衆衛生基盤を整備することで感染症をコントロールできる形に繋がってくる訳です〟等、述べられておりましたが、現在の状況を加來教授はどのように捉えていらっしゃいますか?
感染症の成り立ちの3要素とは、①感染源、②感染経路、③宿主のことです。現在、猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症においても、感染をコントロールするには、この3要素をしっかり押さえて対策をとるという基本に変わりはありません。新型コロナウイルス症での①感染源(ウイルス)は、感染者のくしゃみや咳などの飛沫が最も重要ですが、無症状感染者の呼気中のマイクロエアロゾル、感染者の体液で汚染された物(リネンなど)や環境、感染者が(汚染されている)手指で触れた物の表面となります。②感染経路は、飛沫感染、接触感染であり、密閉、密集、密接の「3つの密」を避けることが大切です。「3つの密」が重ならない「1つの密」の場合でも、できるだけリスクを軽減することが重要です。③の宿主に関しては、今回の新型コロナウイルス感染症は人類にとって初めての新興感染症なので、すべての人が感受性者となります。その中でも高齢者や基礎疾患を有する人は重症化しやすくて致死率が高いことがわかってきました。宿主に対するワクチンは、発症予防や重症化抑止に効果があることがわかってきており、期待されています。
東京オリンピック・パラリンピック大会といった多くの人が集まるマスギャザリングイベントでは、海外からのさまざまな感染症が国内に持ち込まれるリスクがあるので、それに対する備えが必要となります。まずは、ボランティアの皆さんにも学んでいただく必要があるので、日本感染症学会と日本環境感染学会が協同でボランティア用の「e ラーニング教材」を準備しました。 新型コロナウイルス感染症では、無症状であっても他の人に感染させる能力をもっている人がいると述べましたが、他の感染症でも同様のことが起こりえます。私たち、医療従事者が「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」と呼んでいるものは、「何らかの症状あっても無くても、患者さんは病原菌を持っている可能性が高いという前提で、手洗いやマスク・手袋の装着を行う」というものです。
病原体の種類には、ウイルスの他に、細菌・真菌・寄生虫等がありますが、それぞれの病原体ごとに感染経路が異なります。前述の飛沫感染、接触感染の他に、結核や麻疹での空気感染(長い時間、空中に病原体が浮遊するという特徴があります。)デング熱やチクングニア熱は蚊の吸血によって媒介されます。
輸入感染症が難しいのは、感染源そのものが日本国内のものではないために、国内では診断がつきにくいという点です。また、外国人の方であれば、言葉の問題や習慣や風習の問題もあるでしょう。トイレ一つとってみても、その使い方次第では、他の人への感染リスクが高くなります。そういったことも忘れないでください。
―免疫力に関しても教えてください。
免疫力とは、簡単に言うと「病原体を認識して、病原体を排除する力」です。ヒトは、生まれた瞬間から、外界のさまざまな微生物と接触し始めますが、新生児から乳児の時期にかけては、母親から譲り受けた免疫力によって守られた状態となっています。これを受動免疫と言います。この受動免疫は徐々になくなってしまいますが、そのころからそのヒト固有の免疫力を獲得していくようになります。これを能動免疫と言います。どんどん年を重ねるごとに能動免疫が付いてくることになりますから、高齢者はそれまでに生きた証として多くの病原体に打ち勝った免疫力を持っていることになります。
2009年に発生した新型インフルエンザは、新興感染症でしたが、かつて流行したことがある季節型インフルエンザA H1N1の成分を含んでいたために、高齢者にはある程度の交差免疫がついていたようです。したがって高齢者での感染者は少なく、むしろ若年層に感染者が多かったです。今回の新型コロナは、まったくの初めてのウイルスなので、全ての年代層に感染してもおかしくありません。
女性の方は、男性とは異なる免疫状態となることがあります。それは妊婦さんです。妊婦さんは、自身のお腹の中に自分と異なった組織である胎児を抱えている訳で、異物を認識しないメカニズムが働いているのです。すなわち、分娩するまではある意味免疫状態が下がってしまっているのです。この間に受け入れてしまった病原体に対しては、免疫が作動せずに感染しやすくなっている状態(易感染性)になっています。冒頭で乳児は母親からの受動免疫を持っていると言いましたが、臍の緒を通じて免疫を貰う訳です。この受動免疫は、大体6か月位で切れてしまうのですが、そもそも母親に病原体への曝露歴(感染歴)が無いとか、ワクチン接種歴が無ければ、受動免疫も期待できなくなります。
現在問題になっているのは、6か月未満の子ども達でいろんな病気になっていることです。例えば、麻疹です。麻疹が大流行していた昔には無かったことですが、「新生児麻疹」や「乳幼児麻疹」が散見されるようになっています。麻疹のワクチンは、生後1年を経過しないと接種できません。これは母親からの免疫によってワクチンのウイルスがブロックされるからです。母親の麻疹の抗体価を測定して低ければ、妊娠中にワクチンは打てませんので、1歳前でのワクチン接種を検討する必要があるかもしれません。
―同講演で、〝病原体を正しく恐れる”方法の1つに、感染者の数と重症度、流行する可能性の2軸をマトリックスを使って考えることがあります〟とも仰られていましたが、実際にマトリックスを使ったリスク評価はされているのでしょうか?
その時の資料では、縦軸に公衆衛生上の重要性の指標として感染した際の重症度と実際の患者数を、横軸にその地域で流行する可能性をとったマトリックスで評価すると理解しやすいと話ました。新型コロナウイルス感染症の場合は、年齢群によって異なりますが、高齢者では重症または中等症のレベルに、若年層では中等症から軽症のレベルに位置することが多いでしょう。そのうえで、各年齢群の感染者数がどれだけいるかを検討します。これで公衆衛生上の重要性を推し量ることができます。感染力も、もともとすべての人が感受性者であり、多様な感染経路が存在するのに加えて、最近では変異株が出現してきています。地域や施設によっては、クラスターが発生するリスクが高いと言えます。
実際に、新型コロナウイルス感染症において、国内で緊急事態宣言やまん延防止等重点措置に該当するかどうかを具体的な判断を行う場合には、感染の状況と医療提供体制の負荷の程度を見ていますが、前者は新規報告者数(10万人当たり/週)、感染経路不明割合、PCR検査陽性率を、後者は療養者数(10万人当たり)、確保病床数の占有率(全体、と重症者用)と入院率で見ています。この中で流行する可能性を示す指標は感染経路不明割合とPCR陽性率になると思います。
また、東京オリンピック・パラリンピック大会の時には、「東京2020大会の安全・安心の確保のための対処要領について」の中で、感染症の性質(A重篤度、B感染力)と発生の様態(C発生地域、D発生範囲)を組み合わせて、「危機的事態の判断」を行うとしています。
A重篤度は①生命に危険がある、②入院治療が必要、③日常生活に支障(欠勤)がある程度に、B感染力は①ヒト-ヒト感染し急速に拡大する、②ヒト―ヒト感染、③動物・昆虫媒介感染、④食品・環境媒介感染に分類されています。
またC発生地域は①選手村・競技会場を含む地域、②左記以外でヒトが集中する地域(繁華街など)、③その他の地域に、D発生地域は①不特定多数の人々が発症、②特定の属性・集団内で発症、③単独発生と分類されています。
具体的な例として、中東呼吸器症候群(MERS)は、A重篤性は①生命の危険がある、B感染力は②ヒト-ヒト感染とされ、C発生地域が選手村・競技会場を含む地域で、D発生範囲が不特定多数の人々の場合、「東京2020大会運営に支障が生じ、競技の中止、順延などを検討する必要がある」すなわち「危機的事態」と判断されるとしています。
―変異株について、どのような対策が必要と思われていらっしゃいますか?
変異株は、従来株に比して感染力が1.5倍から1.9倍ほど高いと言われています。しかし変異株であっても、ウイルスの構造そのものは脂質2重膜でできたRNAウイルスであり、アルコールや石鹸で容易に失活するとか、感染経路は飛沫感染、接触感染であることに変わりはなく、予防のための基本要領は同じです。すなわち、ヒトへの侵入経路は同じで、皮膚を通過してウイルスが入ってくる訳ではありませんから、特にマスク装着や手指衛生が有用であることに変わりはありません。しっかりとぬかりなく行うことに留意してください。
海外で、特にインドでは日々何十万人もの感染者が発生していると聞こえてきますが、日本とは事情が異なっているような気がします。というのも、日本でも医療の逼迫状態が叫ばれていますが、医療制度そのものの差に加えて、基盤となっている社会インフラに歴然とした差があります。インドではもともと医療が受けられないために売薬が横行し、抗菌薬も薬局で自由に購入できる状態だと聞いています。しかも河川や土壌は不活化され残存抗菌薬のために薬剤耐性菌がまん延し、安心な水を得るのも大変だと言います。宗教的な儀式や祭りではみんながマスクを外して大勢が集まっていました。一方で日本では、多くのヒトがマスクを装着して生活し、水道をひねると安全な水が出てくる環境です。ですから同じことは起こらないのではないかと思っているのです。
―変異株について、重症化するやワクチンが効かない、若い方も多く発症するようになったと言われておりますが・・・
いわゆる英国株とか南アフリカ株、ブラジル株ですが、これは人に対する感染性が増加していることが分かっています。英国株は、N501Y変異があると言われています。これが意味するのは、スパイク蛋白のうち宿主の細胞のリセプターと結合する部分をRBD(receptor binding domain)と言いますが、このRBDの501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)がY(チロシン)に変化したという意味です。これによって感染性が増加したと言われています。また同様に、近隣の484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からK(リシン)に変化したものは、E484K変異と言いますが、この変異では中和能が低下する、すなわちワクチンの効果が減弱する可能性が指摘されています。
これらの変異によって、高齢者への重症化がさらに高まったということは無いです。もともとの従来株でも重症化する可能性が高いのは同じだと考えてください。しかし若年者でも重症化例が増えてきているのは、やはり少ない量での曝露で感染しやすいということに関連があるかもしれません。
懸念されているワクチンへの影響ですが、令和3年5月現在で欧州ではワクチン効果の影響からか、感染者がどんどん減ってきています。日本が導入しているファイザー社製、モデルナ社製、アストラゼネカ製のいずれのワクチンも、変異株にさほど影響は無いようです。
―世界でのワクチン接種に格差があるようです。未だ国内では数%の接種率と言われております。高齢者の接種が始まりましたが、各自治体にも差があるようです。加來教授はどのように考えていらっしゃいますか?またこのようにしたら良いという対策等あれば教えてください。
やはりワクチンは、基本的には発症しないように、万が一感染しても重症化しないようにするためのものです。重症化しない人を減らすということは、医療の逼迫を減らすことになります。また免疫を持った人が増えると、健康上の理由などで接種できない人を集団免疫によって守ることができます。
そもそも、私たちは、世界中で蔓延してしまったウイルスをゼロにすることは不可能だと考えていまして、ウイズコロナの世界をどう生きぬくかを考えなければなりません。もしウイルスに感染したとしても軽症で収まるように、迅速に隔離し治癒して、重症化しないような体制をとるというのがウイズコロナです。
日本は幸いなことに、感染者数は70万人位(令和3年5月24日現在)で、米国は3300万人ですから桁が違います。そういう状況で、海外の製薬メーカーがいち早くワクチンを開発したわけです。製薬メーカーがどこに優先配分するかは、医療戦略的なところもありますが、医療崩壊を起こしている地域からということになるのは至極当然なことだと思います。そのような状況下にありながら、わが政府が国民のために多くのワクチンを手に入れてくれてありがたいと思いますが、やはりここは国の安全保障上の問題として国産ワクチンの独自開発を進めてもらいたいと思います。また、これまでもワクチン行政に関しては、国民の副反応に対する根強い反発から後手に回ることが多かったのは事実です。これを機に国も国民もいい方向に改善してほしいと思います。
―加來教授はマスギャザリングについてのリーフレットなど発刊されていますが、中身についてご教授ください。
このリーフレットは、感染症学会と環境感染症学会が中心となって、いくつかの感染症に関係したワクチン学会とか、小児科学会とかが一緒になって『FUSEGU2020』という啓発活動を行っていますが、そこで配布しているものです。感染を防ぐためのFUSEGUを2020年のオリンピック・パラリンピック大会を機にレガシーにしていこうという活動です。リーフレットは、ポストタウン事業を行っている自治体や、他には私たちのメンバーがボランティアを対象とした講演会の会場で配布したと聞いております。
―日本の緊急事態宣言や対策はあくまでもお願いにすぎません。怖がる人は既に3密や換気、手洗い、会食等は避けていると思いますが、終わりが見えない状況がいつまで続くのだろうかと思います。繰り返しになりますが、何か一言お願いします。
一般市民がもつ感染症のイメージは、昔も今も実はあまり変わりません。当初は、極度の恐怖・不安・警戒、そして差別・偏見、さらに不平・不満です。時間が経過すると慣れとか諦め、そして無視・無頓着といった具合です。なかでも根強いのは偏見と差別です。これがおこると、人権侵害だけでなく、体調不良時の受診の遅れや検査回避、さらに保健所が行う疫学調査に対する協力拒否などが起こります。ハンセン病、HIV、B型肝炎、C型肝炎等同じことを繰り返しています。これを無くすためには、繰り返しになりますが、感染症の正体を見抜き、正しく恐れることです。“知”こそがワクチンなのです。
加來 浩器(かく こうき)氏プロフィール
- 1988年防衛医科大学校卒業
陸上自衛隊に入隊し医官として勤務((熊本県、埼玉県、広島県) - 1996年陸上自衛隊衛生学校(三宿)で教官として勤務
- 1997年米国とタイでの熱帯医学専門医官研修、自衛隊中央病院で旅行外来開設
- 1998年陸上幕僚監部衛生部(六本木、市ヶ谷)で環境衛生、感染症対策の担当として勤務、ホンジュラス国際緊急援助隊に参加
- 2000年国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J)で研修
- 2002年陸上自衛隊衛生学校で教官として勤務
- 2004年インドネシア国際緊急医療航空援助隊(スマトラ島)に参加
- 2006年東北大学大学院医学系研究科 感染制御・検査診断学分野 准教授として感染症クライシスマネジメント人材育成プログラムを担当
- 2008年防衛医科大学校 国際感染症学講座 准教授
- 2011年東日本大震災時に岩手県でのいわて感染制御支援チーム(ICAT)を支援
- 2012年防衛医学研究センター 感染症疫学対策研究官 教授、青森県での感染症リスクマネジメント作戦講座を担当(2年間)
- 2016年同センター 広域感染症疫学・制御研究部門 教授
- 現在に至る。
広域感染症疫学制御・研究部門は、国内外の日々の感染症流行等に関する情報を収集し、自衛隊の諸活動に与える感染症脅威分析を行います。
(IDEA:Infectious Diseases Epidemiology Analysis)
感染症脅威分析に基づき、優先性が高い疾患に関する疫学調査や媒介昆虫等の生態調査や病原体分析などの基礎的研究を行います。また感染症危機事態(新興・再興感染症、大規模災害の発生時など)には、実地疫学調査による感染制御に関する提言を行います。
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