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ビッグインタビュー:看護未来塾理事長神戸市看護大学学長・南裕子氏

インタビュー 特集

未曾有の被害をもたらした阪神淡路大震災。その1年後の1996年に創立された神戸市看護大学は、被災地復旧復興の希望の光であり、またケアの担い手である看護師の育成と看護ケアの研究の拠点として、地域の人々と協力し合う開かれた大学である。
更に2019年4月には公立大学法人に認可され、地域連携活動や国際交流活動をますます発展させている。
デルタ株による感染拡大は止まることなく感染爆発を起こしている第5波にあって、医療崩壊をなんとか防ごうとしている日本の医療現場の状況を、看護師の先頭に立つ神戸市看護大学の学長であり、看護未来塾の世話人代表理事長である南裕子氏に率直に応えていただいた。

看護師160万人の声、医療現場の声に耳を傾けてくださることを願っています!

看護未来塾理事長
神戸市看護大学
学長 南 裕子 氏

―はじめに『看護未来塾』を創設した理由や目的について教えてください。

ホームページの設立趣意書に書いてありますのでご覧になっていただければと思います。簡単に申し上げますと、私たちが『看護未来塾』を平成28年7月に創設する切っ掛けになったのは、言論の自由が危なくなるのではという危機感からでした。多くの先輩看護職者が、人間の尊厳を否定する戦争の不条理さに直面し、多くの悲惨な体験をしました。あの悲惨な戦争の時代に戻るのではないかという危機感を強く抱きました。例えば学術会議の新会員任命拒否問題は、極めて重要な問題であり、やはり強い危機感を持ちました。同様に、コロナのパンデミックに対しても看護師不足を補うために政府が、看護師を動員するかのような呼びかけをすることに対しても危機感を持って看護未来塾としては議論しています。

もう1つは社会保障制度が崩壊していくのではないかという危機感があります。私たちは今まで国民皆保険で安心していた訳ですが、人口の高齢化や人口減そのことによって社会保障制度そのものが大きく様変わりしてきました。また健康格差や貧困を防止するためにも社会保障の在り方が問われています。これまでの看護職の大半は病院看護師です。しかし看護師も地域に根差していく必要性があると考えます。また近年の医療現場の様相は、あまりにも経済性や効率性が重視され過ぎて、医療者も医療の受け手も共に人間性が疎外されているという危機感を持ちます。医療技術の飛躍的な進歩が人々の延命に貢献したことは認めますが、一方で、過密な業務の繁忙ゆえに疲弊した状況下で、人間らしい心遣いや思いやりをもった看護の心を失いかねない状況すら生まれています。サービスの縮小と国民の負担増による改革は、看護の視点からも認める訳にはいきません。ゆっくり対話をするということが殆ど出来なくなって、また在宅に移行しなくてはいけないけれども、中々それが出来ていかないというような問題も多々あります。

あと1つは、長い歴史の中で病人をはじめ高齢者、障がい者、弱者や子どものケアに携わってきた看護職者が、物言わぬ集団になっていることへの危機感です。現在160万人もの大職業集団でありながら、体制に無批判に従い、職務を従順に遂行するだけで良いでしょうか。常に健康不安や生命の危機に直面した人々の間近にいる者として、自らの職業観に照らして納得できないことに対しては、主体性を持って声を上げるべきではないでしょうか。おかしいと思うことに抗議して、声明を発信していくべきです。全ての医療・保健・福祉に携わる職種と国民のために、人が人をケアする仕事が最も大事にされる社会となるよう共に声を上げていかなければなりません。

『看護未来塾』は、世界のあらゆる国や地域に暮らす人々の命と暮らしの安全を守り、国の在り方の根幹を問い、どのような状況でも一人ひとりが自由と可能性を実現できる、生き甲斐のある平和な社会の構築を目指し、アクティブに行動する組織です。

―昨年の9月12日に行った看護未来塾の勉強会で、大学附属病院の新型コロナウイルス感染重症者を受け入れる集中治療室の看護師Aさんは、感染症エリア(レッドゾーン)で働くことは初めてのことで、自ら感染するかも知れないと覚悟を定めたものの、あまりにも厳しい条件のもとで何度もくじけそうになった。しかし、患者さんに寄り添い続けようとの使命感で乗り越えたとありました。このことからもどれだけ追い詰められながら看護師としての使命感で毎日戦い続けているかが伝わって参ります。南学長の思いを聞かせてください。

昨年の2月くらいまでは、まだ国民にとっても看護師にとっても、コロナの問題は、「ダイヤモンド・プリンセス号」という船の中で起こった事柄であり、検疫のところでしっかり食い止めたら良いことだという感じで、国民の生活に直結していると考えておりませんでした。しかしながら、第一波がきてそして今は第五波になって医療の現場は厳しい状況になりました。第一波のときは、未だ準備も何もできていない中でしたから、それまでの医療の貧困が浮き彫りになりました。また急性期病棟での看護師の人員が元々少なかったということもあり、対応が出来ないほど、みんなが苦しい思いをしていました。しかも院内の中での情報提供が出来ていませんでした。確かにコロナ病棟で働いている人も非常にしんどい思いをしましたけれども、ただ何が病院の中で起こっているのか分からずに病棟が縮小されたり閉鎖されたり、病院の中を自由に動けなくなっていったりしました。未だ病院の中も混乱していましたし、病院側が中々情報を開示していなかったので、苦しい中、医療職は必死に頑張っていました。やっと9月になって情報開示されて、一応落ち着き始めました。状態はかなり悪かったのですが、情報開示が切っ掛けとなって、私たちも直接臨床家から話を聞くことが出来ました。その後、所謂コロナの患者さんを受け持っている病院への対応の仕方、クラスターを起こさないように学習していった訳です。

第三波のところで、病院によってはコロナに対応する病床数が少ないため準備が出来ていないのに、急に病院または病棟にコロナの患者さんを入れなければいけなくなりましたので、看護職者は十分な準備が出来ていませんでした。フローレンス・ナイチンゲールは、〝私たち看護者は感染を恐れない。私たちは身を守るすべを知っているから〟と言っています。コロナの患者さんを受け取ることになった病院の看護師に求められていたことですね。

その後、いろいろ学んでいって病院の中のクラスターは徐々に少なくなっていきましたが、やはり神戸も第四波が一番大変でした。かなり危なかったのですが、第三波までは医療崩壊にならずに、なんとかギリギリいけるだろうと踏みとどまることが出来ました。ところが第四波になると、特に関西でそれまでのウイルスとは違う、重症化のスピードが早いイギリス株による感染、特に神戸はひどくて医療崩壊直前の状況に置かれていました。そういった中でも、コロナ病棟の集中治療室の看護師達は、本当に頑張っていました。いろいろな病院が様々な工夫をして、特定の看護師達だけに負担をかけないように他の病棟にも入れるようにしていく等、準備をされていましたが、なにしろ病床数が少なく足りませんでした。神戸市では市民病院にプレハブの特別病棟を急遽造りましたが、それでも間に合わなくて、一般病棟に入らざるをえないほど酷くなっていったのです。とにかく、そこで働いている看護師は大変でした。

もう一つは、陽性者で中等度以下の軽症の人達が入れる療養施設ですが、ホテルみたいな施設で、コロナホテルと呼ばれていました。そこに看護師等の専門職が行って観察とケアを行っていました。感染した人達が一定の時期そこに滞在して急変した場合、病院棟へ送り出すなど行います。その療養施設は、軽症の方がいったん症状が落ち着いてくると、家に帰れる人達を預かっていた所でしたが、第四波では其処がまるで病院のようになってしまいました。通常であれば、患者さんはみんな軽症者でしたから、夜は寝て、朝に検温して、あとは電話で繋がっているというかたちでした。しかし本学の教員がかかわった軽症者療養施設では、第4波では軽症者とは言えない、本当にもう中等度の患者さんの症状でした。そこでは酸素吸入をすること出来ない(後にそれもするようになった)ので、血中酸素飽和度を回復することが出来ないや、いろんなことが起こりましたけれども、かなり専門家がおりましたので、なんとか吸引しながら、乗り切ることが出来た訳ですが、その時はとにかく大変だったようでした。結局、亡くなると思っていなかった患者さんが、亡くなられました。

同様に各地域を管轄していた保健所が、一番大変だったと思います。神戸市では保健師さんは陽性と分かった途端に、その方を訪問して患者さんと出会って、しっかり向き合い様子を見て、一人の住まいの方であれば誰かが食事を作って運んでくれたらホテルに行かなくても自宅でも大丈夫であると。或いは、ホテルに行きたい人はそうしたほうが良いや、この人はコロナの治療に行かないといけない等の判断と仕分けをする役目ですが、本当によく頑張って夜中まで休みなく働かれていました。にも拘わらず、第四波はそれどころでなくなってしまいました。症状のある患者さんに処置をして、血中酸素飽和度が90を切るなどした方に、パルスオキシオメーターをお配りしたり、もう本当にコロナ病棟に入れてあげたいという患者さんが、例えば4人居たとしても、空いている病床は1つか2つしかないという状況でした。ある保健師さんが、〝指の間から命がこぼれていく〟と仰られるほど酷い状況になっていました。それが分かったので、外部から保健師や看護師を集めて、訪問して電話をしながら空いている病院を探して繋いでいくということを行っていました。それは本当に大変だったと思います。

悲しいことに、コロナに感染して病院に入院するとお見舞いも出来ませんし、亡くなられる時の看取りも出来ません。更には、コロナの患者さん以外の患者さんもお見舞いに行けなくなるため、その方のご家族は出来るだけ早く自宅に引き取っていかれました。そういった中で、所謂「在宅死」、在宅で看取りをしてお亡くなりになるなど訪問看護は増えていきました。第四波の時は、軽症者で自宅療養をしている人は、そんなに心配はないんですが、入院が必要な自宅待機の人が増えていったことで、そのため症状が重くなってそれで死亡するといったことがありましたので、市などの委託を受けて訪問看護師達が在宅療養をされている人のところに行くことになりました。ただし社会には多くの偏見があるので、自分の車で防御服を着ていく訳にはいきません。周りの人に気づかれないよう、玄関先で防御服を着て、やっと家に入ってコロナ患者さんのケアを行っていたのです。つまり病院の重症病棟も大変でしたし、普通の病棟も大変でした。また地域の保健所も訪問看護も大変だったということです。

―今は少し落ち着かれてきているのでしょうか?

コロナの感染者数がゼロになった時もあるくらい、いま神戸市は少し落ち着いてきています。ただ感染者があるということは、何割かは重症化しますので、重症病棟は閉めることは出来ません。それでも一時期のような厳しい状況ではなくなってきましたので、今は正常化をはかろうとしているところです。私たちは保健所へ応援に出ていたんですが、〝今は私たちでやれます〟となって、私たちの応援は要らなくなりました。

しかしながら東京の様子をみていると、再度ぶりかえすかも分かりません。私自身は東京は危ないと危惧しております。

―看護師だけがレッドゾーンに長時間滞在して、感染の危険と重症者の症状変化を見逃すまいとする緊張感が張り詰める中で、患者の生命を左右する機器の管理を行った〟〝コロナICUでは、室内の清掃をはじめ、通常は看護師が行わない業務や、理学療法士、作業療法士が行うリハビリなども全て行わなければなりませんでした〟とありました。今も看護師さんのお仕事ではない仕事も担われているのでしょうか。

こういった事態が報道された時は、レッドゾーンの中へ入れる人は限られていましたが、それでも管理職がしっかりしている病院は、徐々にお掃除の人も防御服を着て入るようになりましたし、PTさんOTさんも中に入れるようになりました。この報道がされる前後は、本当にこの通りの状態でしたし、特にコロナ重症病棟はそうでした。現在は、初めてコロナ病棟を開設するところでは似たようなことが行われています。

―からだサイエンス誌第152号で日本赤十字社の大塚社長は、〝病床の確保については各病院必死で、各自治体から何十床位確保してくれないかという要請が入り、大きな病院であれば患者入院用、例えば40プラス重症者用5床という形で要請がある訳です。感染症の場合、例えば接触した人は、交替しなければなりませんので人手が1.5倍~2倍は有にかかると言われていますように、それだけ医療スタッフが大勢必要です。・・・なにしろ看護師さんの勤務ローテーションは凄く緻密に出来ていますから、看護師さんは特に大変です〟と仰られていました。それは1年前の状況でしたが、いま現場はどのようになっているのでしょうか?

人手不足が解消された訳ではありません。同じことが起こったら、同じ事態になります。看護職者の数が足りないのです。やはり訓練を受けた看護師の数が足りないということですし、大塚社長が言われた通りです。今は入院患者さんが少なくなってきましたから、少し落ち着いてきて、元に戻ってきつつありますが、またぶりかえしたら同じことが起こります。

―集中治療室での看護師の労働条件を速やかに緩和するためにと看護未来塾では、 法・諸規則制定まで行うこととして、1)新型コロナウイルス感染の危険性に対する業務基準を定め実施すること 2)さし当たって1日の労働時間を6 時間とし、1回のレッドゾーン滞在時間の上限は2時間を超えないこと。2時間毎に30分間の完全休憩を保障する。 3)感染病棟内の環境整備、清掃等を専門的に行い得る新業種を速やかに育成し、各施設のコロナICUでの業務に当たること。
コロナ禍における看護負担感は、コロナ患者受け入れ病院に限ったことではなく、全ての医療機関の看護師に共通しています。慢性的なマンパワー不足が続く中で、離退職者も後を断たないのは、看護師の労働過重がその一因でもあります。抜本的な労働緩和策が必須で、今回は集中治療室に的を絞った改善を強く望む等、要望されていますが、何か変わりましたでしょうか?

先述しましたように、他の職種の方も集中治療室に入室できるようになりましたので、他の職種の方のお仕事まで何もかも看護師が担うことはなくなりました。ただ未来塾が要望したからといって、国が対応してくれる訳ではありません。また医師の働き方改革のしわよせが看護師に来ていて、その次には看護師の働き方改革をとされており、超過勤務をしないようにということが言われています。しかし私は看護師の状況が改善されたとしても、それまで看護師が行っていた患者さんのケアの質が落ちるのではないかと危惧しております。結局は「働き方改革」を行うだけのもので、看護師の数は増える訳ではありません。

要するに働き方改革をするということは、労働時間が短くなりますから、多くの看護師が必要になります。多くの人達が必要なのにも関わらず、7対1の配置基準は変わっていません。この7対1の配置基準というのは、先進国では非常に恥ずかしい数字です。特に日本の急性期病棟は、少な過ぎます。そこは何も変わっていないのです。アメリカは重傷者も死亡者も多く出て物凄い人の感染があったのに、配置基準が10対5ということもあり、医療崩壊は免れています。何故日本は対応できなかったかというと、急性期病棟の看護師の比率が悪いからだと思います。それは今も何も変わっていません。

もう1つは、非常勤の看護師や、災害時の支援の仕組みが、出来ていないからです。このようにパンデミックになって、日本全国どこへいっても感染患者さんがいる状況で、地方、或いは田舎ではコロナ病棟や集中治療室が少ないため、何所も逼迫しており、県をまたいで支援を行うことはとても困難でした。つまり、こういうことを想定した体制を構築してあれば、どうにか防ぐことが出来たと思いますし、医療危機は目に見えているのに何も変わらずでした。私たちの要望書も、声を上げて政治家の人にも伝えて活動していますが、〝コロナから学んだからこうしましょう〟という反応や具体的なことが全くないのは、非常に残念に思っております。

―東京女子医大病院で、看護師さんが過重労働にも関わらず、ボーナスが支払われない等で退職されたりしました。また千葉県のある市では、ワクチン接種を担ってくれる医師や看護師を募集し、医師に1時間1万4千円、看護師に2500円と表示されていました。同じ医療職であるのにこの賃金格差って、あり得ないと思いますが?

東京女子医大の場合は、あの時はまだコロナで被害を受けた病院への支援や手当の仕方が確立されていなかったのです。病院の財政が物凄く逼迫したため、看護師のボーナスに影響する等した訳ですが、その後、医療機関への国の補助は出されてきてはおります。ただボーナスの支給率が低いところは未だあります。

神戸市では「神戸市医療従事者応援ファンド」というファンドが出来ていて、それもHPを見てくださると分かると思いますが、やはりボーナスが減額になったこと等もあり、医療従事者を応援したいとして、高額の寄付をしてくださる方がいらっしゃったり、いろいろ支援してくださっています。

ワクチン接種の打ち手の金額についてですが、いま国が提示しているのは、医師は1時間1万5千円で、看護師は5千円です。ワクチン接種の場合でこれですから、酷いです。同じようにワクチン接種をしているのに医師は判断するからというので1万5千円です。かなり私たち看護職は傷つきますし、この金額は当たり前ではないと思います。〝なんだこれは〟と本当にみんな怒っています。ただ楽天が大規模ワクチン接種を行っていますが、注射をうてる看護師は1時間8千円です。それでも2分の1です。やはり、職域接種会場だとか大規模接種会場で今本当に看護師が足りなくて、打ち手が居ないので、いろんなところが凄いお金で雇うようなバブルになっていますから、潜在看護師たちが打ち手になっていることはあります。ただそれは一時的に看護師が足りなくなって、その穴埋めをするためにということであり、いつでも起こり得ることです。

―潜在看護師(64歳以下)が約70万人、その85%が再就職を希望しており、研修制度やガイドライン、構造的な問題を解決していく必要があるとも言われておりますが、現在のコロナに直ぐに対応するのは無理にしても感染症は今後も起こるとされていますし、近年頻繁に起こる災害に対してや、そういった非常時における体制の整備は必要と思います。構造的な問題の解決の糸口などありましたら教えてください。

日本の看護師の働き方は、フルタイムでなければ働きにくい仕組みです。例えば〝私は子育てしているから1日4時間働きます〟と言えば、アルバイトみたいな扱いになります。アメリカの社会保障はそれほどではないにしても、アメリカはかなり自由な時間で働くことが可能です。日本は基本的にフルタイムでの三交代制または二交代制が期待されていますので、三交代や二交代が出来ない人達は働き難い職場であると思います。それについては、改革していかなければいけないと考えております。これまでも日勤だけの看護師や夜勤だけの看護師の仕組みを作るなどしましたが、フルタイムの人達だけが本当の看護師で、パートの看護師は付け足しみたいな形で扱われることが多々ありました。そのためにプライドを持ってカムバックしようと思っても、入って来れる人が少ないのかもしれません。ただ度重なる大震災の時に潜在看護師の掘り起こしは出来ました。

健康アドバイザーみたいな形で保健機関をサポートしていくとか、仮設住宅の人を訪問してケアをしたり、そういう仕事を一時的に行っていました。今は派遣会社が増えてきましたので、自分の好きな時間帯に働くことが出来るようになりました。今の若い人達に聞いてみると、何処かの組織に所属することはあまりよしとしないとか、寧ろ自由に自分の時間を自分で作ることが出来るようにしたいと言う人もいます。勿論、潜在看護師が戻ってこれる模索は続けていかなければなりませんが、災害の時にも掘り起こしを行って、今回も6千人を超える看護師が現場に復帰して支援活動を行っています。ただそれは一時的なもので、〝働きたい時間帯で働く〟と言った時に、家庭を大事にしながら、子育てが終わったから、もう一回仕事に復帰したいなど、自由裁量で働く文化が看護職だけではなく、非正規の人に対して、ちゃんとした保障がされていくことが大事です。

今回のコロナ禍により、遠隔で研修を受けたり会話をすることが出来るようになりましたので、何処かに行って勉強するという研修ではなく、自宅に居ながら研修が出来るようになってきました。少しずつ事情が変わって来るのではないかと期待しているところです。

―ワクチン接種に医療スタッフを派遣し、通常のコロナ対応、救急対応、そしてオリ・パラの競技会場や選手村での怪我や発熱等に対してどこまで治療や入院を担えるのか。更に熱中症もあります。〝医療は限界 五輪やめて!〟とメッセージを張り出している病院もあります。〝国民の健康に大きな危険が伴う催しです。開催を避けられないのであれば、『災害』だと思って最大限の対応をするしかない〟と述べられている医師もいます。南学長のお考えをお聞かせください。

私は、このコロナ禍でない時であれば、五輪というのはとても大事な大きなイベントで、例えばいまメジャーリーグで大谷君が頑張っているとみんなの気持ちを高めてくれるように、スポーツ選手が自分にはない実力を出したり、勝ったりすると自分には関係がないのに日本人としてのプライドが上がってきたり、明日も頑張ろうと思えるようなパワーがスポーツにはあると思います。コロナの中では、みんな自粛して、縮こまって、楽しみが全然持てませんでしたし、出来る限りのことをして開催したかった政府の気持ちは分からない訳ではありません。ただ、医療関係の人間から見ると、もっと早くに、もっと緻密な計画を一つではなく、こうなればこう、こうなったらこうするというものを提示するべきでした。

尾身先生が〝基本的に無観客で〟ということを言われた時に、私もそうだろうなと思いました。もうこれ以上、ぶりかえしたり感染が拡がったりすると、助かる人が助からなくなります。そのことで医療機関はダメージを受けます。勿論、医療にかかわっている者はみなそうですし、亡くなっていく人は「無念の死」です。またその家族の方もその「無念の死」を受け入れざるを得ません。しかも自分は病気にならないと思い込んでいた人が感染していく訳です。そういう意味で、犠牲者が多くなっていくので、そのことの重さを分かって、全体が理解しなければ、政府は動きが取れなくなってしまうと思います。

人の命を大事にしていくということを政治家も仰っていますから、こういう状況だから、こうやって実施するから、これで大丈夫だと思うということを情報開示して、もっと専門家の意見を入れた提案をしていかないと国民は中々納得しないでしょうし、私たち医療関係者はなんのためにこんなに一生懸命頑張っているのかと無念の思いが募るばかりです。

―パンデミックの中で、看護師さんの研修生について〝全体の成熟度に影響を与え、その目的意識と責任感を高めることになるのではないだろうか〟と新聞に書かれていたのを読みました。そうなんだなと共感し、尊敬の念を抱きました。南学長の思いを最後に教えてください。

私はいつも若者に感動します。阪神淡路大震災が起こった時に、私は兵庫県立看護大学の学長で、学生が減るのではないかと心配をしましたが、でも大丈夫でした。東日本大震災の時には、高知県に居て、南海トラフが来るとさんざん言われておりましたので、高知に行ってまで学ぼうと思う学生は少なくなるのではないかと思いました。しかし、そのときはむしろ受験生が増加しました。そしてまた、今回のコロナ禍の時にも、看護大学を受験して看護学を勉強しようとする若い人達の数は、減っていないのです。寧ろ場所によっては増えていると思います。ただ残念なのは、災害の時に、ボランティアに行きやすいんですが、このコロナでは学生たちがボランティアに行くことが難しい状況に置かれています。

彼女たちの、〝自分たちで役に立つことをやりたい〟という思いが、形になっていけない状況なので、残念に思っています。もっといろいろ配慮をして、学生たちが学生時代に、こんな状況だからこそ出来ることはあるのだということを示していければ良いなと思います。若い人達はいろんな工夫をして、なんとか患者さんのため、コロナで亡くなっていく人や、いろんな人のためにやらなければいけないことに挑戦して欲しいと願っています。同じようなパンデミックに備えて自分たちが頑張らなければいけないという強い思いと志を持ち、不安も前向きにとらえていく人が本当の看護師です。

私は、若い人って本当に素晴らしいと思っています。

南裕子氏プロフィール

1965年3月、高知女子大学家政学部衛生看護学科卒業
1982年6月、カリフォルニア大学サンフランシスコ校看護学部博士課程修了

【学位】
博士(看護学)

【職歴】

  • 1970年4月高知女子大学家政学部助手
  • 1974年4月高知女子大学家政学部助教授
  • 1982年4月聖路加看護大学看護学部教授
  • 1993年4月兵庫県立看護大学学長(2003年3月まで)
  • 2004年4月兵庫県立大学副学長・教授兵庫県立大学地域ケア開発研究所所長(兼務)
  • 2008年4月近大姫路大学学長2011年4月、高知県公立大学法人高知県立大学理事長・学長
  • 2015年4月高知県公立大学法人高知県立大学副理事長・学長
  • 2017年4月高知県立大学大学院特任教授(2019年3月まで)
  • 2019年12月公立大学法人神戸市看護大学学長

【所属学会】

  • 日本看護協会
  • 高知女子大学看護学会
  • Sigma The Tau(アメリカ合衆国の看護師名誉学会)
  • 日本看護科学学会
  • 日本生命倫理学会
  • 日本災害看護学会
  • 日本看護学教育学会

【その他】

  • 日本災害看護学会理事長(1998~2008)
  • ㈳日本看護協会会長(1999~2005)
  • 国際看護師協会会長(2005~2009)
  • 世界看護科学学会理事長(2009-2015)
  • 日本災害看護学会理事長(2011~2014)
  • フローレンス・ナイチンゲール記章受賞(2011)
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