ビッグインタビュー 【新・柔整考①】 業界内外の声をお聞きする!
産業医として辣腕を奮う㈱大室産業医事務所・代表の大室正志医師。その大室医師の父は、(公社)山梨県柔道整復師会・元会長の大室正美氏である。産業医の重要な役割と柔整業界の今後の在り方について提言頂いた。
膨らみ続ける医療費!労働者の健康を守る産業医の役割は非常に大きく、また国民の健康を守る柔道整復師の役割も同じく大きい!!
―産業医の役割についてお聞かせください。
産業医という仕事について、よく〝役割は何ですか?〟と聞かれますが、大きく分けて2つあります。1つ目は、対個人です。個人というのは社員ということになりますが、例えば、血圧が高い方に対して、病院に行くように指導したり、最近は、癌を患いながら働いている方も非常に多い。そういう方が抗がん剤を使いながら如何働くか?みたいなことのコーディネートやアドバイスをする役割です。在宅勤務に切り替えられるのか。若しくは、この会社の場合は切り替えられないのか、といったことを考慮するような、治療ではなく、業務適用に対するアドバイザーです。いま一番多いのが、メンタル不調の問題です。やはり鬱病で離職する方が非常に多い。従って、この方がどういう勤務形態であれば働けるか等、対個人に向けて、その方に主治医が居るように、会社側には産業医が居る。つまり、個人に対するアドバイザーというのが1つです。また産業医として一番特徴的なのは、集団に対してのアドバイザーの役割です。例えば、ある会社でコロナが流行りコロナに感染したけれども、いま営業所は開けて良いのかみたいなことや、開けるとすればどういう感染対策のガイドラインを作れば良いのかといったことのアドバイスを行ったりします。ある意味、集団に対し医療版の顧問弁護士的な要素がありますし、医療版のメディカルアドバイザー的な役割がある訳です。一般的なお医者さんであれば対診断の部分が主ですから、あまりイメージしにくいところです。普段私たち医療職は対個人に向けて仕事をしていますが、対会社に向けてどうするかということを指導・アドバイスを行うのが産業医の特長です。
―地方公務員の方の残業等も問題になっています。かなりストレスが多いと思いますが、そういった方達の産業医的な役割を担われているのはどういった方でしょうか?
産業医というのは、「労働安全衛生法」という法律に準拠しています。元々は「労働基準法」の中にありましたが、今は「労働安全衛生法」として独立し、その法律に産業医の要件が明記されています。ただし、公務員の働き方というのは、「人事院規則」といって所謂別の法律です。つまり、正確にいうと産業医という言い方はしませんが、各省庁には産業医にあたるような職種があります。僕も昔、経済産業省の九州支局で産業医をやっていました。地方公務員の場合は、「改正労働施策総合推進法」における「三六協定」というのがあり、それに準拠して行っています。「働き方改革」といわれる時代に、時間管理、残業代等の問題、労務周りというのは非常に今の世の中、厳しくなっています。一方で、学校の先生だとか、そういったところは労働基準法に準拠していませんし、違う法律を使っているというところで、民間よりも少し遅れているイメージがあります。
―コロナ禍において、どういった指導をされていらっしゃったのか教えてください。
いま産業医の仕事は、僕の仕事も半分位オンラインになっています。特に今、ITスタートアップと言われるような会社は、そもそも会議等はテレワークやオンラインが基本になっている会社が多いです。基本的に産業医というのは、世の中や社会の在り方に合わせていく職業ですし、僕がどっちというよりも、会社がそうなったので、僕もそうしているということになりますね。勿論工場だとか物流センター、所謂エッセンシャルワーカーと称されるような人は無理ですから、今も訪問しています。
―エッセンシャルワーカーの方達にはどのようなアプローチをされていらっしゃいますか?
エッセンシャルワーカーの方達に対しては、どちらかというと対面ですので、今まで通りの産業医の在り方です。産業医の在り方は大きく分けて、前述しましたように対集団と対個人に分かれますが、もう1つマイナスをゼロにする作業があります。コンプライアンスという言葉があり、所謂法令遵守です。会社には安全配慮義務があり、社員の健康と安全に配慮しなければいけないという義務があります。従って長時間労働の方には、しっかり産業医面談をしなければいけないや、健康診断で数値が悪かった人には、就業をちょっと制限しなければいけない等、例えば運転業務の方で糖尿病の数値が悪ければ運転禁止になるかもしれない等、所謂法律を順守し、それを行うことでゼロにします。つまり、マイナスをカバーしなければアウトになってしまうというところのアドバイザーの役割です。そのことは法律で決まっていることであり、長時間労働やメンタル不調で休職した人が復職する場合には、産業医がちゃんと復職のプランを考えなければいけない等、これをしっかり行っていないと法律違反になりますので、この分野を行うのが一番の産業医の役割とも言えます。
繰り返しになりますが、産業医の役割というのは法律で決まっているというが一番です。ただし、其処を超えてもう一個、ゼロをプラスにする作業があるということです。最近は「健康経営」という言葉があります。例えば、ウチの会社は女性が多い会社だから、乳がん検診を無料でつけようだとか、会社の生産性を上げるために「採用ブランディング」を行う等、そういった健康経営的な世界観でアドバイスをすることもあります。
―健康保険組合では、健康指導が重要課題だとして重きをおくようになったと感じておりますが、よろしければその取組みなどについてもお聞かせください。
会社における健康管理の予算には2つあり、1つは会社の人事とか総務が持っている予算です。もう1つは、その会社が契約している健康保険組合が持っている予算、つまり健康指導の予算が2つある訳です。しかも、健康保険組合というのは2つの保険があります。1つは、所謂保険会社の保険です。お金を集めて出す。これが全体の仕事の9割以上でしょう。残りの余った予算の中で所謂保健指導をしなければなりません。今までここの部分が軽視されていた訳ですが、これを始めた経緯というか、注目されるようになった経緯は、「特定検診」、「特定保健指導」が出来た時です。所謂メタボ検診の時に、会社ではなく健保に課せられて、「特定保健指導」の制度が出来ました。その時に健保組合における保健指導が一躍脚光を浴びました。健保組合の責任下において、メタボリックシンドロームのような方に「特定保健指導」を受けませんか?みたいなことを行ったのが2008年のスタートです。しかし、実はその前から保健の予算はあったのです。その後、更に各健保が工夫を凝らして、所謂医療費が増大するのを下げるために予防にお金を使おうとして、目立った動きが出てきました。例えば、関東IT健保では、禁煙の指導に対して予算を付け、タバコを止めたい人には、タバコを辞める薬に対する補助等々、そういった予防医療に対して健保は予算をつけるような動きが少しずつ出始めました。それが2010年代になって凄く増えて、「特定健診」、「特定保健指導」という制度で健保の保健指導が脚光を浴びるようになりました。つまり、医療費を削減するために予防医療の運動が出来ないかということで、健保の保健の予算を使っている訳です。ただし、この予算について、いろいろ言うのは産業医の役割ではありません。自社健保であれば、産業医が健保の予算と会社の予算を上手くダブりなく、健保の予算ではこれを行い、会社の予算ではこれを行いましょうということで、一緒に使っていくというやり方も可能です。
―近年、柔道整復師の評価が落ちているように思います。大室先生がこのようにしていくのが良いとお考えになられていることや正しい在り方について教えてください。
僕は健保組合の顧問もやっていましたので、健保組合側の会議等に参加することもありますが、やはり健保組合の9割以上は赤字です。そういう仕組みになってしまっているんです。そうすると何が起こるかというと、何が削れるかという議論になります。従って柔道整復師のように慢性疾患、慢性疼痛等で、通院回数が増えるような業種は、ターゲットにされやすい。例えば、感染症にかかった方が、1回通院して抗生物質を出しましたというのは、分かりやすく削りようが無いけれども、慢性疾患みたいなものに対しては、その対象になりやすいということです。従って、健保側の気持ちもよく分かります。
柔道整復師は、今後どうしていくかという問題については、業界全体として非常に難しいところだとは思います。例えば、中国のように西洋医学的な分野と東洋医学的な分野を完全に分けるという方法が1つあると思います。もう1つの方法は、いま整形外科の先生達と柔整の先生達の業務範囲というのは、何所までが如何なのか。お互いの棲み分けについて、例えば今ナースの方達に対して、お医者さんが出来る機能を一部渡していこうという動きがあります。それと同じように、整形外科の先生が出来る権限の一部を取りにいくような動き、所謂西洋医学の中での権益拡大を、ナースが行っているような業界運動の方向に行くのか。もしくは保健指導にとどまらないところのマーケット、混合診療的な職域を拡げていくかというような戦略が主にあると思います。また、業界内部でも我々の目指すべきところは何所だということをある程度しっかり持っていたほうが良いと思いますし、方向性がある程度定まっていないとロビー活動等も出来ません。柔整の先生達からすると不本意でしょうけど、「整体」と称されるような呼んだもん勝ちの名称の業種が多い。そういった業種との差別化に対して苦慮している先生は多いと思います。いずれにしても真面目にやっている人が損をするような仕組みというのは良くないと思います。こういった今の世の中全体、特に健保の財政が厳しくなっているので、それは別に柔整だけではなく、医療全般そうかもしれません。お金を使うものに対しては、どこに対しても目が厳しくなっているので、このお金が何故必要なのかというロジック立ては、ちゃんと他者にも分かる説明が求められています。今までの「伝統だ」という一言で片づけるのではなく、若い方や柔整を知らない方が聞いても合理的に聞こえるような説明の仕方を柔整の団体はやっていくべきであると考えております。
―今後の抱負や目標について
昔はジョンソンエンドジョンソンという会社の中の健康管理センターの統括産業医をしていました。現在は、独立して50人以上999人以下の事業所30数社と顧問契約をしています。お蔭様で顧問先の企業等には恵まれ、個人の開業産業医としては、ひとまずある種満たされた状況にあると思っています。産業医という職業について、法律で規定されたものではない部分等を抽象化して考えると、働く方のストレスや健康に一番間近で向き合っているといった立ち位置を活かして、産業医にとどまらずに例えばスタートアップの医療系の会社のアドバイザー等、そういう活動も少しずつ始めておりますが、そういった周辺領域にも手を拡げていきたいというのが次の目標です。
●大室正志氏 プロフィール
- 産業医科大学医学部医学科卒業
- 大森赤十字病院研修医(内半年は都立松沢病院出向)
- 産業医実務研修センター修練コース修了
- Johnson&Johnson 株式会社 統括産業医
- 医療法人同友会 産業医部門 産業医
- 大室産業医事務所設立
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