スペシャルインタビュー:中野区長・田中大輔 氏
中野区の人口は約32万人。世帯数約19万世帯。中野区は、新宿駅からJR中央線で4分の中野駅を中心に、近年は大学も多く設立され学園都市の様相を呈している。元々中野区には、東京都名勝、哲学堂公園があり、哲学堂公園は哲学者で東洋大学の創立者、故・井上円了博士が精神修養の場として作った世界でも珍しい哲学がテーマの公園である。
そんな中野区に相応しい、自身の哲学をしっかり持たれている田中区長に今後の地域の在り方と自治体の在り方、そして支え合いや地域連携の取り組みについて熱く語っていただいた。
地域の方達が生き甲斐を感じながら生活できる地域密着型の支援体制を目指しています!!
中野区長
田中 大輔 氏
―日本の社会保障制度について田中区長のお考えをお聞かせください?
先ずはじめに医療については、国民皆保険制度で国民誰もが大きな病気をしてもそれ程大きな負担をすることなく何時でも治療が受けられるという、これは正に世界に誇るべき制度だと思いますし、年金についても、給付水準は世界的にみても高いと思います。人によって額に差があったりしますので課題もあるとは思いますが、やはり年金も世界の中でとても恵まれていると私は思っています。
また介護保険や障害者の総合支援、所謂ケアが必要な方達の仕組みについても発展途上の部分もまだまだいっぱいあるとは思いますが、仕組みは随分整ってきていると思っています。ただどこに行っても誰もがみな言われることですが、高齢化の勢いと就業年齢人口の減少等を考えていくと今の社会保障の制度をどうやって維持・存続できるかというのが、国民全体にとってとても大きな問題だろうと思っております。当然の流れと思いますが、中でも特に医療と介護の在宅ケアについては、地方自治体が大きな役割を果たしていくことになります。そういった社会保障の制度の持続可能性を考えていく上でも自治体が担う役割は益々大きな期待をされていくことになると思います。
これからの流れとしては、やはり介護予防、健康づくりが重要です。幅広い全員参加型の社会参加の促進を通じて、一つは社会保障の負担する層を拡げていくこと、又ある程度無理のない形で給付の量の増加を抑制することとあわせて、地域の中で誰もが安心して必要なケアを受けながら、生き甲斐を持って暮らしていけるような地域包括ケア体制を作りあげていくことが我々地域の側からのアプローチとしては物凄く重要な問題だろうと思っています。
あとは財政的な面で、どこまで維持できるのかという意味合いで言うと、多くは国政に期待しなくてはいけないと思いますし、そういった方向性の下で自治体の役割も非常に大きくなりますが、経済の再生、一定の経済成長が無いことには社会保障費用の増大に応えることが出来ません。従って経済成長できる国や社会、地域をどうやって作っていくかが今後ますます重要になってくると考えております。
―人口減少社会に突入しましたが、それについて田中区長のお考えを教えてください。
昨年発表された増田氏による問題提起は、全国規模での人口予測においては、かなり精度が高いものですが、各自治体に関しての人口予測においては必ずしもそうだとは言えない部分もあるように思います。ただ問題提起にはインパクトが必要ですので、評価すべきと思っています。
調査で分かったことですが、20年後には、中山間地域や沿岸の地域、離島など、今過疎化している所に限らず殆ど人が住まなくなる無居住地域が物凄く増えていくことを考えても、人口減少問題をどう考えて日本全体を作り直すかということは非常に大きな課題であると思います。人口減少を抑えなければいけないということもあり、全国市長会に「少子化対策プロジェクト」が設置されています。その中に東京では三鷹市長と私が入っておりますが、やはり全国の自治体でも危機感は本当に強く、特に地方に行けば行くほど危機感は強いです。昔は温泉のホテルで立派な建物だったものが、丸ごと廃墟みたいになってしまっているのが見られるなど、単なる民家がどうこうというだけの話ではないような現象がいっぱい起きています。
市長会の議論で〝自治体が出来ることと出来ないこととがあり、自治体に出来ることを一生懸命やりましょう〟〝国レベルでしかできないことについては自治体から積極的に提言をしていきましょう〟という話になっています。例えば先程の産業の活性化や産業構造の転換、地域に産業をどのように振り向けてくるかみたいな大きな経済政策は、国でなければ中々出来ないことですし、保育や子育てを支援することにかかる制度的な手当というのは、これも国レベルでなければ出来ないことです。自治体間競争で行うと、小さい自治体や財政が苦しい自治体ほど、どんどん衰退していく面がありますので、そういう基本的な構造、教育の問題や保育に関連する問題等については国でキチッと保障していただいて、又それを拡充していただかないといけないのではないかという議論をしています。
地域それぞれが自分の地域を活性化していくというのは、それぞれの地域の知恵や競争がある程度あって当り前であろうと思っていますし、それなりに工夫しようと思っています。しかし、人口減少問題イコール子育て支援に関しては手厚い補助があるとか、仕事があるとかないとか、お金の面で裕福であるとか裕福でないといったことで決まってしまうのではいけないという気がしています。
また、人口減少問題で何が大事かというと、働き手が減るのが一番困る訳で、働き手を確保することがとても大事です。全員参加型社会といわれているように、定年もなくして高齢者になっても元気でやる気のある人は働いてもらいましょう。女性もやる気があって元気な人がいっぱいいる訳ですから、専業主婦で家庭にずっといるとか、或いは税金の扶養控除の範囲内でしか働きませんというようなことではなく、女性が社会の中でフルに能力を発揮してもらえるような環境を作っていく。そうやって社会保障の支え手を増やしましょうという時代になっていくべきであり、女性が働くというのは当然の趨勢なので、それに追いついていかなければいけないでしょう。
―中野区に大学が沢山出来ましたが、都市計画に基づいて誘致されたのでしょうか?
街の活性化という意味では、外から人がいっぱい訪れるということがとても大事なことで、やはり大学があるって凄いんです。学生さんがいっぱい入って来て街の中を移動しますし、しかも大学は様々な研究と教育の専門機関ですから、社会に対していろいろ新しい情報と新しい知識、或いはノウハウを発信していただけます。
いま大学を評価する文科省の基準が幾つかある中で、その大きな一つが〝地域貢献しているかどうか〟です。中野区に開学した大学は競って地域とどうやって関わったら良いのか、地域にどういう風に貢献できるか、地域をステージにして学生に学ばせる取り組みを多種多様に行っておりますから、自治体にとって大学が存在することは昔よりもっとメリットが大きいと思います。そういう意味で、かつて警察学校があった地を開発する時の方針として、この区域とこの区域には大学に来てもらおうということを都市計画で決めていました。従って大学を誘致することは区の大きな方針でした。
これまで中野区は都心に近く、物価が安いまちということもあって、学生さんが多く住むまちとして知られていて若いビジネスマンも多く住んでいました。しかしただ寝にかえってくるだけの住宅街というのはまち全体の活力が衰えてきますし、当然そこで行われる経済活動にともなって自治体の財源というものも確保される訳です。その自治体なりの全体的なバランスが必要で、中野区に欠けているバランスは昼間来てもらう企業の活動や大学の活動みたいなものが不足しているということで今の形に計画的に進めてきました。
―近年、社会保障費の財源が苦しくなっていることに加えて、高齢社会で医療費も介護費も大変な増加が見込まれ、それに伴い在宅ケアを含め包括型の医療ケアシステムの構築が求められております。中野区では今後どのような地域包括型ケアシステムの整備を行おうとされているのでしょうか?
「施設から在宅へ」みたいな言い方をよくしますけれども、私自身の考えは、施設より在宅のほうが絶対に良いと思っています。というのは、その人にとって施設に入所したり入院しているというのは、日常ではありません。そこでは生き甲斐や喜びや希望は生まれないんです。自分の家で暮らしているから生き甲斐を感じたり、どう前向きに生きられるかとなっていくのであって、体が動く時の生き甲斐もあれば、たとえ動けなくなってもそれなりにいろんな生き甲斐ってある訳です。施設に入って介護を受ける人が過ごしている時間や日々は、決してその方の人生にとって楽しいことではありませんし、良いことではないと私自身思います。
施設を生き甲斐が感じられるような場所にしていくことも必要だと思います。どうしても家庭で介護できない、或いは一人暮らしで生活できない場合に、施設が必要なことは間違いありません。しかし、施設の絶対量に限界があることも確かな訳です。基本はやはり自分の家で自分の意志に基づいて暮らすという在宅であり、しかも最期の看取りまで在宅でというのが人間の生き方としてそうありたいと、私は思っているのです。
そういう意味で在宅の条件を考えると、介護が必要になった場合に絶対に必要になるのがお医者さんで、医師の管理です。在宅生活というのは、その人の身体状況を見守りながら介護のメニューも変わっていきますし、家族の関わり方も変わっていく。それをコントロールする大本はお医者さんなので、まず第一にはお医者さんに在宅ケアにしっかり関わってもらえる体制づくりが大事であると思います。
勿論在宅介護の社会的な資源、ホームヘルプサービスや訪問看護について十分な量が必要です。最近出来た「定期巡回随時訪問型介護サービス」は、24時間決まった時間に訪問して排泄の介助、食事の介助、綺麗にしたり身なりを整える整容の介助など、随時訪問をして必要な介護をする仕組みです。そういった様々な医療・介護を含めた在宅サービスの充実が求められています。介護をする家族も疲弊しますので、宅老施設・デイサービスやショートステイも必要で、介護の資源を今まで以上に充実していくという方向性はまだまだあると思います。
つまり、こういった背景がありますが、これまで中野区で力を入れてきたのは、地域的な見守り、支え合いなんです。ご近所さんや町会・自治会みたいなコミュニティ組織の単位でお世話が必要になった人をキチンと見守っているという安心感がもてるような、定期的に〝こんにちは~お元気ですか?〟と、声かけする人がいれば孤独死も防ぐことが可能です。実際に中野区で「地域支え合いネットワークづくり」というのに取り組んでおり、町会・自治会が定期的な見守り活動を行って、倒れた人を救いだしている例が何件もあります。そういう地域的な見守りと行政が密な連絡、連携をとれる状況になっています。それを進めていく延長に地域包括ケア体制を作っていくことが非常に重要であると考えています。
「地域支え合いネットワークづくり」への取り組みを始めて、地域の中に高齢者がどこに住んでいるといった名簿も町会・自治会に提供するような条例を作りました。そういう地域的な見守りの中で〝あの人はもう介護が必要です〟という情報が行政に伝えられると支援の手が届きやすくなり、直ぐさま地域のお医者さん、或いは地域の事業所とも常に情報を共有し合いながらその方のお世話が出来るという環境を準備しています。その基本は、地域のコミュニティを単位とした見守り支え合いだと考えております。全員参加型で社会保障の経費を抑制していきましょうといっています。
高齢になればなる程、ひきこもりが最もいけないことで、健康を害したり介護が必要になったりします。しかも認知症が発見できなかったり、進行することも多いため、みんなが力を合わせて一緒になって活動する、顔を合せて自分の家から外に出て活動する機会がとても大事です。しかし、そうは言っても認知症の程度にもよりますが独居は無理で、認知症での独居の高齢者数はどんどん増え続けており、施設が絶対必要というのは間違いないですが、認知症の場合、やはり早期発見と早期対応で進行を遅らせたりするなど、在宅で自分の生活をある程度コントロール出来る期間を出来るだけ長くしていく努力はしていくべきでしょう。いま認知症の方はグループホームが割合多いんですけれども、そういうものも含め適切な施設型サービスは絶対必要だろうと思っています。
―また地域包括支援センターの力量差も言われており、地域力が弱くなっている現在、「互助」による支援体制が機能する可能性についてもお聞かせください。
地域で支え合いなどの支援をされている方達が一生懸命行っている活動はとても心強いものがあると思います。もっともっと強くしていかなければと思いますし、もっと多くの方に参加してもらいたいと思っています。何でも行政がお世話しますというのは無理な話です。しかし、しっかりと制度を作ってキチンと運営していくこと、本当に守らなければいけない人を行政がしっかり守るということはやっていけかなければなりません。それは財政負担が益々増えることになります。財政負担イコール皆の負担ですので、それを守り切れないということは、自分で自分が守り切れないということにつながり、私たち全体に今突きつけられていることなのです。そういうこともあって今後は、コミュニティの力によるお互いの見守り・支え合いがもっともっと重要になってくると思っています。
―介護の人材不足、在宅系看護師不足等、人材が不足していると聞きます。中野区においては人材は足りているのでしょうか。
現場でどのくらいの実態であるのかについては、あまりよく分っておりませんが、少なくとも基本的に人が全く足りないために事業所が回らないという話は聞いておりません。都心に近くて人が多いとか働きやすいという環境がある程度確保されているように思いますので、人数的には今のところ不足して困るというほどの状況ではないだろうと考えています。しかし、現場では人の流動性が高いのも事実です。私としてはやはり一にも二にも報酬が問題だと思います。一定の少ない給料で決まった仕事をやるという現状では、将来に希望を持つことが出来ません。若い人がその仕事に就いても、将来その専門性を高めてチームリーダーになったり、或いは事業所を立ち上げたり等、自分の人生設計を考えられるような職場であることが、これからの介護現場の人の力を高めていくためには、絶対に欠かせないと思います。
そういう意味で介護職の人件費について、もっと手厚くみていただきたいところではあるんですが、いかんせん介護費用の増加が著しいことも事実で、介護保険の必要な費用がどんどん増えていく中で〝保険料は上げるな〟〝介護サービスはちゃんとしろ〟〝ワーカーの方の給料は増やせ〟ということで非常に難しい話になっていくのは間違いないです。必要な経費はかかっていく、ある程度負担が増えるのは、やむを得ないと思いますが、その負担に応えられるような社会の経済環境を作ることを何とかやっていかなければと思います。
―古来から地域医療を支えてきた医療職種である柔道整復師は、骨接ぎ・接骨院の先生として地域住民の方々に親しまれてきました。また柔道整復師はスポーツ現場でもスポーツトレーナーとしてアスリートの怪我やパフォーマンスの向上に役立つ指導を行ってきました。今後の超高齢化社会においては、運動能力の維持管理が重要なテーマの一つと感じます。運動能力を維持していくには、単に痛みを取るという考えではなく、身体能力そのものへの取り組みとしてトレーナー的な業務は必要と感じます。介護分野では柔道整復師は機能訓練指導員として機能訓練を行える職種であります。地域包括型ケアシステムの中に柔道整復師の参入は可能でしょうか。田中区長のお考えをお聞かせ下さい。
中野区の場合には介護保険の制度が発足した時から柔道整復師の方も介護保険の認定審査会に入ってもらっています。医師会、歯科医師会、薬剤師会をよく「3師会」って言いますけれども、中野区の特徴としては、この3師会に加えて柔道整復師会を含めて中野区では「4師会」と呼んで、強固な連携をつくっていただいています。介護の事業所等の関係者を含めて在宅医療の研究会を作ったり、全体で口腔ケアのモデル事業を受け、在宅口腔ケアでの摂食嚥下支援のためのいろんな取り組みを共同研究したり、そういう実践への取り組みが多いです。この4師会と介護の事業所の連携が他の地区に比べてとても強く、良い活動をしていただいているという実績があります。
こうした4師会での活動を通じて医療連携・介護連携の中でも柔道整復師会の方たちが積極的にかかわっていただいており、介護予防の事業についても柔道整復師の方にさまざまな形で取り組んでいただいています。これからの地域包括ケアを考えた時には、柔道整復師の方を地域の皆さんが頼りにしているのです。 お医者さんは治療が終われば、それから先は行けませんが、柔道整復師の方たちは、急性期の手当て以外にも痛みの緩和や自然治癒力を引き出したり、リハビリといった意味で運動機能を維持するための指導も専門的に出来ますから、そういう意味で日常的に地域住民の人たちと具体的に接しながらケアが出来るということでとても可能性がある職種だと思っています。医師の同意によらないと出来ない事があったり、特に整形外科の医師の先生たちとの連携が特に大事だと思いますが、やはり今後は在宅の日常的なケアが主流になってきますから、いろいろな関わりを通じて介護予防、或いは地域の様々な介護・医療資源の中での連携を保っていけば役割を果たす場面が多いと思います。
田中大輔氏プロフィール
1951年11月、北海道小樽市生まれ。1977年3月、中央大学文学部卒業。1977年4月、中野区勤務(交通対策課長、健康課長、介護保険準備課長、行政改革課長を歴任)。2001年12月、中野区退職。2002年6月15日、中野区長に就任。2006年3月、中央大学大学院経済学研究科修了。2006年6月15日、中野区長に再任(2期目)。2010年6月15日、中野区長に再任(3期目)。2014年6月15日、中野区長に再任(4期目)。趣味:ジョギング、料理、陶芸、山歩き等。家族:妻、1男。
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