ビッグインタビュー:東邦大学医学部微生物・感染症学講座教授 舘田一博 氏
東邦大学医学部微生物・感染症学講座教授・舘田一博氏は、日本感染症学会の前理事長であり、政府分科会のメンバーである。デルタ株による爆発的な感染を起こした第5波はやっとピークアウトしたようではあるが、それでも下げ止まりである。ワクチン接種を2回行ってもブレイクスルー感染は起こってしまうことが分かり、今は3回目のブースター接種が検討されているところである。しかし、世界中を震撼させる大規模な感染症は、間違いなく繰り返すとされており、再度、舘田教授に警鐘を鳴らしていただくことにした。
まさに「ウイズコロナ」です。何時パンデミックが来てもよいように万全な備えをしておくべきです!
東邦大学医学部
微生物・感染症学講座
教授 舘田一博 氏
―今の状況を舘田教授はどのように思われていらっしゃいますか?
今回の第5波はやはり厳しかった、大きなピークは越えたようになってきましたが、未だ今からどうなるのかは分かりません。リバウンドするかもしれませんし、秋冬になってくると余計怖いですから。ただワクチン接種が、いま一般の人達の2回接種が60%位になってきて、恐らく10月には、70%位になるでしょう。またワクチンを接種した人達のブレイクスルー感染は、確かに起きておりますが、重症化は少ないです。ブレイクスルーと称されるようにワクチンを打った人も感染をまた起こすけれども、重症化率は低下するため、入院する必要が無い方、そして亡くなる方も少なくなっていきます。そういう意味では人口の80%以上を目指して接種を進める、まあ70%以上接種が進むとかなり変わってくるのではないかと思っています。
今回、ワクチン接種と検査のパッケージ、それに加えて宣言の解除の考え方について新しい提言がなされました。その中で、感染者数の推移は引き続き重要な要因ですが、それよりもさらに重症者数、医療現場および保健所の逼迫度が重要であるという内容が示されています。ですから、そうなってくれば、コロナ自体は完全に失くすことは出来ないけれども、重症化を抑えて、ある意味、この状態を受け入れていくという社会になると思います。つまり「ウイズコロナ」ということです。私は、いまウイズコロナにシフトする転換期を迎えているのではないかということを認識することが大事だと思います。〝怖い、怖い〟と畏れるだけでなく、今はワクチン接種が進んでいること、抗体カクテル療法などの治療薬が出来てきましたし、その有効性もかなり評価されています。そういったことで予防も徐々に出来るようになりましたし、治療も出来るようになったということがありますから、少し現場も落ち着いてくるように思います。従って、ウイズコロナという、まさに昨年から言われていたことですが、重症化を抑える、死亡数を減少させるという対応が取れるようになってきたことが大きいのではないでしょうか。ただし、その余裕が油断になってはいけません。やはりワクチンを打った人も感染は受けますし、非接種者と同じくらいのウイルスも持っているので、そのウイルスを拡げることになります。自分が気づかないうちに、周りの人に拡げてしまうと周りの人の中で重症化する方が出てくる可能性があります。ブレイクスルー感染を起こした人が更に周りの人に感染を拡げていくことで連鎖が断ち切れなくなってしまい、また大きな波を作る可能性があります。其処を注意しておかなければいけません。つまり、どうやって次の波を抑えるかです。
今は確かに下がりかけていますが、第5波が大きかったが故に何所まで下げられるかという、このまま横ばいになって暫くしてから、また急激に増加する可能性がありますので、ベースラインをどこまで下げられて、その下がった状態をどのくらい維持できるのか。リバウンドを起こさないで、乗り切れるかどうか。 特にワクチン接種が希望する全ての人にいきわたるのが、10月から11月ですので、その時までにリバウンドを起こさないようにすることが重要になります。
―12歳以下の子どもたちはワクチン接種を行えない中、学校も新学期がはじまりましたが、大丈夫でしょうか?
幸い子ども達は、感染はするけれども重症化の頻度は低いことが明らかになっています。しかしながら、感染した子ども達から今度は大人に感染してだんだん拡がっていけば、そういう中から重症例が出てきてしまいます。残念ながら最近10代の子どもさんが亡くなられました。たまにそういうことは出てくることもありますが、基本的にはそんなに重症化しません。それなのにワクチンを接種していくと、ワクチンを接種することによって副反応が出ますし、しかも強く出た場合のリスクを考慮すると、12才以下の子どもさんにワクチンは慎重に考えた方が良いのではという話になってくると思います。いま、お年寄りであれば100万人感染すれば2%、3%の方、2万人、3万人位死亡する訳です。しかしワクチンの副反応で亡くなる人は、お年寄りでも1人か2人です。1人か2人の方が副作用で死ぬのか、コロナにかかって1万人、2万人の方が死ぬのかと考えたら、1万人2万人も死ぬことになれば大変ですから、ワクチンで抑えようというかたちになっているのです。従って、そこのところは、やはりリスクとベネフィットの関係から考えていかなければならないのです。
―ブースター接種については、どのようにお考えでしょうか?
WHOは人類全体への接種を第一優先に、限られた国だけで多くのワクチンを使用するのではなく、まずは広く多くの方へのワクチン接種を進めようというポリシーを提案しています。イスラエルなどは、自分の国と国民を守るということを第一優先に3回目のワクチン接種をすでにスタートさせました。十分なワクチンを手に入れることが出来たということがイスラエルの強さなんでしょう。しかし必ずしも日本が同じように対応する必要はないように思います。3回目接種を先行して行っている国から情報をしっかりと解析して、日本としての方向性を判断していくことが必要であると思います。
―2回接種後も時間が経てば効果が薄れていくというのは如何なのでしょうか?
確かに時間とともに血液中の抗体量は減少します。抗体が上がって半年経つと下がってきて、もう少しするとまた下がってくるということが分かってきました。そのような状況の中でブレイクスルー感染は起きていますが、幸いなことに重症例は多くない。ということは、かかってしまうけれども重症化しないのであれば、ある意味それで良いのではないかという考え方も出てきます。つまり、重症化を抑えているのは抗体だけではなく、細胞性免疫が関与している可能性も考えておかなければなりません。ワクチン接種による重症化抑制のメカニズムがまだよく理解されていないのです。1回、2回接種された方においては、抗体価が下がってもまだ免疫が残っているのです。3回目のワクチン接種に関しては冷静に考えていく必要があるように思います。
― 一般病床・療養病床を合わせると約11万床の病床がある中で、コロナ患者さんに現段階で東京都では約7千床にみたない病床しか使用されていないとありましたが、何故そこまで少ないのか。癌患者さんや重篤な病気で入院されている方、もしくは入院することになると思われる患者さんのための病床の確保も勿論必要であると思いますが、ちょっと腑に落ちない面もあります。やっと医師会が動き出したように感じますが、何故もっと早くに動けなかったのか?差し支えない範囲でお聞かせください。
こういう危機的な状況の中では、ワンボイスでみんなが協力してやるということが大事で、政府と地方自治体の長・知事と全国の医師会もそうですが、地域の医師会、それらが全て連携して協力してやるという体制が、残念ながら弱かったのかもしれません。つまりワンボイスにならないと、何故かギクシャクしてくる訳で、これは反省点です。こういう状況の中での危機管理について、政府が勿論リーダーシップを発揮しながら、自治体とアカデミアと医師会等、市民も含めてみんなが協力してやるという体制を如何に作れるかということが大事ということではないでしょうか。私たちアカデミアは、感染症のことだけを言えば良い訳ですが、政府は経済のこと、外交のこと等、数多くのいろいろな問題に向き合っていかなければいけないのです。感染症のことだけであれば、ある意味簡単です。とにかく厳しくして、〝抑えろ、抑えろ〟と言えば良いのです。しかし社会経済も含めて、社会が廻らなくなってしまうと、失業者も増えて、自殺する人が増加してしまうという話になってしまいます。そういうことも含めて、様々な面を考えなければいけませんので、そういう意味では非常に難しいと思います。
―何故災害医療に匹敵するとしながら、野戦病院のような宿泊療養施設をこれまでにしっかり設置することが出来なかったのでしょうか?
確かにもう少し早く病床の確保等が出来たらと思います。しかし、医療現場ではコロナのために病床を出すというのは、大変なことです。何時大きな波が来るのか分からないため、そういう兆しがあらわれ出してからやったとしても、もう間に合わない。そろそろ来だしたぞと思ってからやっても、それはもう間に合わなくなる訳です。かといって、2か月3か月前から準備していたとしても使わないのであれば、ある意味、無駄になってしまいます。しかもベッドや部屋だけではなく、人も用意しなければなりませんし、そのための医師や看護師さんを集めてくるというのは大変です。つまり、通常の医療が廻らなくなるということで、これが医療逼迫につながり、結局助けられる命も助けられなくなってしまうということが起きてしまいます。それが東京で起きかけていました。自宅療養中や入院療養等を調整中で、何所に行くのか未だ決まっていない人達の中から重症化してお亡くなりになるというケースも出てしまいました、そのような事態は避けなければいけないことで、少しでもリスクのある人達、重症化しそうな人達に対して早目に入院させて、医療従事者が診るような仕組みが出来なかったということ、ここは反省しなければなりません。日本のコロナへの対応というのは、いろいろと反省しなければいけないことは多くありますが、ここまでのところかなり頑張って対応してきたのではないかと思います。一日に東京で5000人も出ながら、亡くなった人には申し訳ないですが、大変だったけれども、それでもよく乗り越えてここまで来ていると思います。
第1波の時に東京で1日の感染者は200人前後でした。200人でも大変な状況でした。そして第2波の時は400人前後。第3波の時にはお正月の時でしたが、今度はもっと多い2500人を超えて大変な状況でした。第4波では1000人前後でしたが、第5波では5000人になってしまいました。しかし、それでもなんとか乗り越えてきました。最初の第1波の時にもしも5000人であればと考えると恐ろしいほどです。あの時は200人でも医療従事者も含めてみんなもう死にそうだったんですから。
アメリカやイギリス等では、何十万人もの人が亡くなってしまいました。しかしながら、日本は最初の波を小さく抑えることが出来ましたし、コロナ患者さんの対応にも段々慣れてきました。ある意味、それを受け入れられる力がついてきていると思います。
今回の第5波で東京は、7月12日から緊急事態宣言を出しています。かなり早い段階で出していますが、それでも全然効果が出なくて増えてしまいました。やはり、一般の市民の方達の協力が得られにくくなってきています。法律を作って、罰則を作るなど、もう少し厳しくすれば良いのかもしれませんが、欧米のロックダウンのような強制的な対応が日本に本当に必要であるのかは慎重に考える必要があると思います。そういった状況の中で何をすれば良いのかというところで、私はより強い対策として、第一回目の緊急事態宣言のときのように、一般のお店も含めて休業要請をかけるべきではないかと考えていました。しかし実際には9月になって急激に感染者数が減少してきました。下がってきた要因としては、勿論1つは緊急事態宣言が効いているのでしょう。もう1つは、やはり人々の行動に依存するところが非常に大きくて、連休やお盆、夏休みなどありましたが、それが終わってから人があまり動かなくなりました。ワクチンの接種率が確実に上がっていることも重要な要因だと思います。しかも5千人を超える感染者が出て、これはちょっとまずいぞという話になってきましたし、医療崩壊が近づいてきて、若い人達も救急車に乗っても何所にも連れていってもらえずに自宅に戻ってしまうというようなことが多くなってきましたので、〝怖い〟となって下がってきました。しかし、緊急事態宣言が解除された後に、一気に緩めてしまうとすぐに第6波に繋がってしまうことになります。先述の通り、ワクチン接種が進んでくると波が来ても重症症例は抑制することができます。今私たちは「ウイズコロナ」への転換期を迎えようとしているのではないでしょうか。段階的な解除の中で、もう暫くは基本的な感染対策を継続していくことが必要であると思います。
―兵庫県の長尾医師が感染症法上の分類を2類相当から5類相当に下げる、つまりインフルエンザと同じ扱いにすることで、直ぐに対応できるため重症化予防を行うことが可能になり、保健所の崩壊を防ぐことが可能になる等言われておりますが、実際のところは如何なのでしょうか?
私は専門ではないからよく分かっていないのかもしれませんが、インフルエンザであればワクチンがありますし、外来で処方できるタミフルのような治療薬もあります。恐らくこの新型コロナに関しても内服の治療薬が出来てくれば、状況は大きく変わっていくでしょう。抗体カクテル療法としてのロナプリーブは点滴です。しかし開業医の先生が飲み薬を使えるというかたちになれば、これはもうインフルエンザと一緒です。その時には「5類感染症」への変更が議論されるようになるでしょう。まさに「ウイズコロナ」に移行していく段階に差し掛かっているものと思われます。開業医の先生が経口の治療薬を処方できるようになると医療の現場は落ち着いてくるでしょう。
―世界のコロナ感染者が2億人を超え、また日本も既に100万人を超えました。ワクチンを2回投与したことで、今も感染者が多数出ているにも関わらず、アメリカではワクチンを接種後にもマスクは着用としていますが、その他の対策を講じているようには見えません。アメリカとの違いは何なのでしょうか?
マスク着用をはじめとして、密を避けるとか、換気や手洗いなど、日本に比べれば少し緩いかもしれません。今でもアメリカでは1日1000人位の方がお亡くなりになっています。いま日本は少し増えてきてしまいましたが、それでも1日の死亡数は50人、60人位です。アメリカの戦略というか、対策は必ずしも良いとは思いません。やはりこれについても国民性だと思います。イギリスは、暴動が起きるから政府が抑えておくことが出来なくなりました。それで解放したのです。ところがまた上がってしまっています。イギリスも国民性でしょう。あまり国民性にばかり頼ってもダメですが、でも日本は、みんなで協力して行おうとする文化が優勢な国の1つではないかと思います。日本は欧米の国々に比べて何とか良いかたちで対応していると思います。
―以前から、自宅で看取りを行う等として在宅医療が推進されてきました。その医師や看護師もコロナの患者さんの治療に出向いていると思われますが、現状はどの程度の医師や看護師がコロナ感染者の治療に携わっていらっしゃるのでしょうか?
在宅医療の医師や看護師がどれくらいコロナ感染者の治療にあたられているのかについては、よく存知あげておりません。ただファストドクターが今回頑張られて訪問診療をしながら、対応されていることが報じられています。自宅療養ということで、家で待機をしていると不安でしようがないと思います。そういう時にファストドクターの人達がきてくれれば、非常に助かります。やはり、災害医療が求められる状況ですから、みんなが持っている力を出し合って協力し合わなければ、解決できません。政府がリーダーシップを発揮して大きな方向性を示し、皆が協力して活動していくことが必要であると思います。
―世界中がワクチン頼みであったと思いますが、アメリカ東部のマサチューセッツ州で今の感染者の中にはワクチンを2回接種した人も、約70%にあたる人が感染したり、人口の約6割がワクチン接種を完了したイスラエルでも7月21日の新規感染者1336人の内、ワクチンを2回接種した患者は半数以上の52%と報告されていました。舘田教授の見解をお聞かせください。
アメリかのマサチューセッツで400人以上が感染を起こしてしまって、その内の70何パーセントがブレイクスルー感染だったという、ある意味衝撃的な数字が出てきましたが、やはりアメリカはワクチンを打ったら、マスクも外して大騒ぎをしてということを既にやってしまっています。ワクチンを打っても暫くはダメなんです。打っていない人もいるんですから、〝ブレイクスルーでまた拡げることがある〟というアナウンスをもっとしっかり行うべきだと思います。この教訓は、ワクチンを打った人も暫くは協力をして、感染対策を段階的に緩めていくということを理解してくださいと、日本ではなっていくと思います。
―酸素ステーションも出来ましたし、抗体カクテル療法はやはり重症化を防ぐ意味でも出来る限り多くの宿泊療養施設で行うのがのぞましいと思います。また、一般外来でも行って良い、或いは大阪では訪問診療でも使用して良いとなりました。舘田教授のご意見をお聞かせください。
これはとても大切なことです。酸素ステーション、或いは入院待機ステーションなど、そういう所を上手く活用しながら、出来るだけリスクのある人達は医療従事者の目の届くところでケアしていく仕組みに移行していかなければならないと考えています。とりあえず自宅でということをやっていると、その中から重症例が必ず出てきてしまいますし、それが今起きていることです。
酸素ステーションとか入院待機ステーション、或いは臨時の医療施設とか、そういう風なものを今作って増やしておりますのは、医療従事者の目の届く所で、診ることが出来るような仕組みに変えていこうとしているのです。家で急変する可能性がありますので、その時に対応できるような施設を増やしていくというのは当たり前のことです。これも経験しましたので、次の波が来た時には、経験を踏まえて今度はもっと上手にやれると思います。
―最後にもう一度舘田教授から、警鐘を鳴らしていただきたいと思います。
新型コロナのような新しい病原体を人類は何度となく経験してきました。過去20年でも2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2012年には中東呼吸器症候群(MERS)の発生がみられました。今後も新型病原体の出現とそれによるパンデミックが来るということを私たちは覚悟しておかなければなりません。危機管理の1つとしてパンデミック感染症に対して備えていくことが必要です。今回の新型コロナウイルス感染症の経験を、私たちの教訓として次につなげていかなければいけないと思います。
舘田一博(たてだかずひろ)氏プロフィール
1960年鎌倉市生まれ。1985(昭和60) 年3月長崎大学医学部卒業。1985(昭和60)年6月長崎大学医学部第二内科入局。1990(平成2)年10月東邦大学医学部微生物学講座助手。1999(平成11)年10月~2001年3月米国ミシガン大学呼吸器内科留学。2005(平成17)年12月東邦大学医学部微生物・感染症学講座准教授。2011 (平成23) 年4月 同講座教授。東邦大学医療センター大森病院感染管理部部長。
関係学会等:
日本感染症学会理事理事長(2017- 2021 )
日本臨床微生物学会理事長(2018- )
ICD協議会議長(2017— )
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