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ビッグインタビュー:帝京大学大学院医療技術学研究科柔道整復学・前専攻主任 塩川光一郎氏

インタビュー 特集

分子細胞学の第一人者として世界的に有名な塩川光一郎氏は、2008年4月、帝京大学に柔道整復学科が開設された時に学科長として就任され、また大学院が新設された4年後には専攻主任教授として、柔整教育界のフロントランナーとして活躍された方である。「細胞の気持ちが分かる柔道整復師を育成したい」として、柔道整復学問分野並びに教育界に大きな影響を及ぼした塩川光一郎教授は、柔整学研究領域に何を残し、どういう思いで去っていかれるのか。帝京大学大学院を3月に退官されるにあたり、今の心境を語っていただいた。

柔道整復学の構築までには道半ばでありますが、学問の方向性を示し、芽がいっぱい育ったように思います

塩川 光一郎 氏

帝京大学大学院
医療技術学研究科
柔道整復学・前専攻主任 
理工学部 バイオサイエンス学科・前教授(兼坦)
塩川 光一郎 氏

―まず最初に塩川教授が柔道整復に関わられて来られた経緯をお聞かせください。

私は、帝京大学でバイオの教授として6年間勤務しておりました。ある日、冲永学長から〝柔道整復学科を作ることにしたので学科長をやってください〟と言われました。その時は驚きましたが、考えてみると骨接ぎの仕事というのは、再生医療に近いということもあり、私は発生学が専門の立場で柔整学が専門ではありませんでしたが、お手伝いはある程度出来るのではないかと思ってお引受けしました。

やはり、私の気持ちとしては、武田薬品で3年間ウイルスの薬を作る仕事に頑張った時代もありましたし、1972年にニューヨークの血液センターに移った時も、当時献血は始まっていましたが未だ売血の時代で、売血で病気が伝播するため、善意で献血する健康な人の血をニューヨーク全体で扱うようにニューヨーク血液センターが頑張っている中で、私はメッセンジャーRNAというイースト菌の基礎研究をしていました。基礎研究は大変重要ですが、やはり人間を助ける仕事のお手伝いをしたほうが生き甲斐を感じられるのではないかと考えました。また私は、柔道初段でしたから「柔道整復」という名称に抵抗がなかったというより寧ろ馴染んでいたこともあり、柔道整復学科の職員を本務にして、バイオを兼担にしたのです。そして私の腰椎は分離すべり症で、いまはそれが悪化して狭窄症になり、近い内に手術と言われております。言いにくい話ですが、私の腰椎をそのようにしたのは柔道整復師の方でした。施術が終わる時に術者はバーンと体を左右に動かします。その施術を受けて、3日間うんうん唸って寝込みました。軟部組織がひきちぎられた形になったんですね。以来、私は「細胞の気持ちが分かる柔道整復師を育てる」という志に繋がっていったように思います。

しかし、私が「細胞の気持ちが分かる柔道整復師を育てる」という思いに至った一番の出来事は、私が九州大学大学院のドクター3年の学生の時に、0歳児の娘が骨髄炎になり、整形外科の院長先生に治していただきましたことです。治療の2週間め、私が〝今日レントゲンを撮りますか?〟と聞いた時に院長先生は〝この状態の骨にはレントゲンをかけない〟と言われ、X線照射はこの状態の骨には不適当な処置であるから、観たいけれども今日は観ないと仰られた。1週間後にもっと回復が進んでからレントゲンを撮られて〝思った通り回復しています。念のため、あと1週間薬を飲んでください〟と言われました。その体験が未だにずっと私の中で生き続けているのです。従って、私の「細胞の気持ちが分かる柔道整復師を育てる」という言葉は、私の腰椎のこともあるけれど、私の娘の病気の時に院長先生がみせた注意深い処置、そこから始まっています。1968年にその院長先生から得たインプレッション、それが私にその言葉を言わせたのです。原点はその院長先生のお蔭です。ただし、細胞の気持ちが分かる柔道整復師だけではまだまだ足りなくて、細胞の気持ちが分かる柔道整復師がもっと育つべきであり、医師が育つべきであり、薬剤師が育つべきであると思っています。

―大学院を開学された時にインタビューさせていただき、塩川教授は〝柔道整復学では、これまで蓄積して来た技術に対して、あまり学問的な裏づけが無いままで来ているので、大学院ではその学問的な裏づけの基になるものを探そうとしている訳で、非観血的療法で、どう施術すると、どういうメカニズムが働いて、どのような経過で患部が元のように治るのか、という現象を理論的に詰めていく、それが大学院の仕事だと考えられます〟等、仰られていますが、大学院教育の成果など教えてください。

この質問に答える前に、当大学院の話をしますと、帝京大学大学院は日本で総合大学としては最初の大学院であり、しかも卒業すると修士(柔道整復学)を与えられるというのは、実は非常に凄いことなんです。例えば私の場合、学位は博士(理学)です。医師の方々も整形外科学でも脳外科学でも内科学であっても博士(医学)ですから幅広い。この修士(柔道整復学)というネーミングは、おそらくもう出ないのではないかと思っています。大学院教育の成果は未だ見える形にはなっていないけれども、6人の院生全員が修士(柔道整復学)をとって、次の博士課程に進むことになっており、学問のやり方を覚えたのではないかと思います。

しかしながら、当大学院の6人の院生は全員柔道整復学はやれておりません。分子生物学或いは生理学をやったり、形態学をやったり、代わりの関連領域の学問をやっているにすぎません。つまり文科省のお役人と話したあの日に戻るのです。〝柔道整復学の大学院を作りたいですか?〟〝はい、作りたいです。〟〝柔道整復術があることは分っています。でも、柔道整復学は無いでしょう。大学院を作ってどうなるんですか〟と。私はどう言ったかというと〝柔道整復学はないんですよ、しかしこのままでは世間の人は救われない、だからレベルの高い柔道整復師が世の中にいっぱい出ていかなければこの超高齢化社会をメンテ出来ない〟と。つまり、柔道整復学が無いからこそそれを作るために大学院を作ってくれと言った訳です。今もその通りで、柔道整復学がどこにあるのか未だよく分らない。しかし、柔道整復師としての道を掘り下げていく中から柔道整復学は出来てくるんじゃないかと思う。

柔道整復学は他の全ての学問と共通領域を持っているが、それはあくまでも共通領域であって柔道整復学の専門領域とは言えない。柔道整復学の真骨頂、プロパーな部分が何処にあるのか中々言えません。本当は骨折とか脱臼、その辺にあると思えるのですが、整形外科学の領域と異なるところとなると非観血療法・保存療法がポイントになるでしょう。従ってそこを掘り下げていく中から柔道整復学が育ってくるという考え方です。まだうちの院生は学問のやり方を学んだだけということです。理学部の学生が理学博士をつくるやり方を学ぶことは当たり前でしょう。ところが柔道整復師の方達はどのように学んでいますか。今は知識と技術しかない。それは学問とはちょっと違うんです。私が思うには、柔道整復師の人たちが密接に関係した領域の方法論とか問題解決法、結論の出し方、新発見の仕方を大学院で学ぶことが大事で、そこから「柔道整復師の、柔道整復師による、柔道整復師のための学問」が育ってくる訳です。いま現実に行っているのは筋肉の分子生物学であったり、発生中の胚の細胞間相互作用であったり、おたまじゃくしの細胞に対する熱の効果であったりです。それらは柔道整復術から距離は大きいけれども、境界領域の学問を十分に勉強し、知り、体感し育つ中から柔道整復学を構築する芽が生ずるという考え方です。

当大学院から育っていった学生諸君はやがて全国で教授になります。しかし彼らが柔道整復学に辿りつくかどうかはグッドクエスチョンだと思います。ところが今から次、その次、その次、その次といく長い年月の中で大学院の卒業生達がひょっとしたら定年になる頃にはキラキラ輝くような柔道整復学に到達している可能性が見えてくるのではないでしょうか。だから文科省と最初に話したあの日に戻るんです。〝柔道整復学はありますか?大学院柔道整復学科がありますか?〟と。〝いや、そういうものはまだないです。ないから似たようなものとして模倣しているんだけれど、それをスタートとしてその積りで勉強していく必要がある、その中から最後には柔道整復学が生まれてくる〟という考え方である。私の考え方からすると未だ柔道整復学はこの界隈では行われていない。柔道整復学に似せた解剖学であり、整形外科学であり、分子生物学であり、細胞生理学であり、リハビリテーション学なんです。あるいは、人類形態学、人体機能学なんです。それらは柔道整復学ではない。しかしそういうものを学びながら最後は真骨頂の柔道整復学に行きつく。これからもずっと自分の足元、毎日来る患者を治療する、その治療行為を徹底的に深めていく中から柔道整復学は育つ。しかしそれだけやっていたのでは全く旧態依然たるものになっていく危険があるので、それを追及する人たちに分子生物学、あるいは生化学、形態学、電子顕微鏡学、生理学等、その専門と似た分野の学位をとらせて、そういうことを経験させて体感させていく中で彼らは柔道整復学の枠組みに戻って自分の毎日の治療行為の中から柔道整復学の真骨頂をいずれ掴むにちがいないと私は考えています。人体解剖学、人体機能学、解剖生理学、比較解剖学をいくらやっても柔道整復学にはならないと思っています。そういうものをいっぱい学んだ人が柔道整復学は何であるかを探す時に柔道整復学が育ってくる芽があると考えている訳です。

以前にも話したと思いますが、世界で最古の総合大学として900年の歴史をもつ「ボローニア大学」があり、ダンテやコペルニクスが居たというその大学の旗にはラテン語で、アウマ・マテール・スツディオールムという金のぬいとりがある。英訳すると「Mother of All the Studies」で、日本語で「我々はすべての”学び”の母となろう」と書かれてある。このすべての学びの中の「すべて」には柔道整復術の学びも含まれているということなんです。人間の体を扱う柔道整復術から学が出来ない訳がない。ただし今は未だ無いというほうが当たっているのではないでしょうか。

―また、あらゆる可能な学会に発表されるともお話されていましたが、他の学会とはどんな学会に発表されましたか?

夫々の発表論文が受け入れられやすい専門の学会で発表しましたし、接骨医学会で毎年発表しました。柔道整復師の集まる接骨医学会で発表することは、少しでも接骨医学会にその学問を近づける意識を持たせるためであり、そちらに顔を向かせるために行かせています。アフリカツメガエルの研究をして接骨医学会で発表してそれで事足れりとしているようでは困りますし、それはあくまでも通過点です。本当のところ、接骨医学会で発表されるものの中で寧ろ未完成なように見える学問が柔道整復学の芽ではないかと私は見ているんです。

大学院で、これこそ柔道整復学の高等教育だと言っている人間が出してくるものは殆ど全部違う部門の、先程私が話した境界領域に埋没するところの学問を延長したものです。逆説的ですが、地道に研究している柔整師の方たちが、おとなしく自分の治療の箱の中から接骨医学会に出してくる論文発表の中にこそ柔道整復学の芽がいっぱいあるんだと睨んでいる訳です。従って私の考えは、大学で高等教育を受けて修士とか博士をもった人間が、現場で治療している中から出てくるそのテーマを磨きあげてこそ柔道整復学が育って来ると思っています。中途半端なものだとしてバカにすることは容易なことですが、その芽をキチッと見分けて、ハイテク或いは最先端の生化学、分子生物学、細胞生物学、或いは解剖学、整形外科学の先端的な頭でそれを真面目に取り出して、磨き上げる時に柔道整復学が育つのではないかという風に私は思います。だから大学の中のハイテクの中から柔道整復学がすくすくと育つのではない。寧ろたとえば萩原前会長が集められた『柔道整復學 構築プロジェクト報告集』の中にこそ柔道整復学の芽がいっぱいあると思っています。それを他の学問とコンバインすることが重要で、ああいうものは学問ではないと言って相手にしないようでは柔道整復学は育たないという考え方です。

結局、学問をやる人間というのは謙虚でなければいけません。あくまでも謙虚に、高邁にみえる理論を振りかざすようなことをしない学生を育てようと私はしている訳で、地に付いた眼でじっくり見ながら何所に柔道整復学を育てる芽があるか、どこに着眼して、新しい考え方とテクニックでそれを磨いていくと素晴らしい柔道整復学が育っていくかと考える。そこに着眼してもらいたいために私もアフリカツメガエルの分子生物学と細胞生理学を教えている訳で、カエルの世界の研究論文を何とか柔道整復学に関係あるような理屈をこねながら無理して接骨医学会に行って話してきているのです。そこのトライの中から本物が次第に生じるのです。そして又、本物の学問を何所かで見ておく必要もあるんですよ。塩川研でカエルの細胞の分子生物学を学んだその目で、例えば『柔道整復學 構築プロジェクト報告集』を見ると、こういうアプローチとこういう解析が面白いかなと気がつく。じゃ実行してみようと。その中で、昔覚えたテクニック、訓練が役に立って新たなる柔道整復学が出てくるようになるだろうと。〝これって柔道整復学として成り立つのだろうか?〟ということを何時も考え続けるべきです。結局、成果としては上がって来ているという評価です。

―これまでの学部教育に加えて一つ新しい観点としてEBMの考え方を学生に指導する必要も感じられる〟とも述べられていらっしゃいますが、その辺の手応えと申しますか、学生さん達に十分指導効果が得られましたでしょうか?

今年卒業していく6人の大学院生は、次の博士課程にいって更なる展開をしようとして夫々が自分なりの努力をしています。極めてまだ不完全な状況ですが、施術とその効果の客観的な対応関係を求める立場に立って、完全な方向を目指してじりじりと近づこうとしているところで、其処が良い訳です。高等教育と称してはおりますが、実はまだ殆ど高等教育を出来ていないんです。高等教育は何であるかをイメージしながら既存の学問のテクニックを必死で学んでいるにすぎないのです。柔道整復学の領域における本当の意味での高等教育は何所にあるか。如何になされるべきか。未だほとんどの人に見えていないんじゃないでしょうか。そういう気がしています。しかし、それでいいんじゃないでしょうか。学問というのはそうやってトライすることで育つものでしょう。

―マクロの学問分野としての臨床柔道整復学的研究分野の研究テーマとミクロの学問分野としての分子細胞組織学的柔道整復学分野の研究テーマについても解り易く教えてください。

結局、今まで述べた中にもう答えは出ているんです。柔道整復学といえども、人の体の学問です。人の体というのは肉眼で見たマクロの姿とある計測機器をもって見た分子のレベルの姿と両方ある訳です。しかも全体の姿と分子一個の姿との間には途中ずっーと階層がある訳で、何所の階層で柔道整復学を展開するにせよ、分子から全体までずっと繋がりのある学問になるのです。そのことは、あらゆる生命科学について言えることであり、柔道整復学特有なことでは全く無いのです。答えはシンプルで、いかなる生命体の研究についてもマクロとミクロがあるんだということに過ぎない。つまり、まだ柔道整復学がなんであるかを答えられていないし、答えられないんです。しかしながら、それだけの幅があるというのが人間世界、生き物の世界であって、マクロのレベルの研究は肉眼で把握できる領域に主眼を置いた研究であり、ミクロのレベルの研究はそれより微細なレベルのできごとに主眼を置いた研究であり、研究にはいつも階層性があることを言ったに過ぎないのです。従って、今も同じ考えです。

―昨年の12月に塩川教授は、『ガードン卿:その研究と人柄の魅力』という本を出版されましたが、ガードン博士は2012年、山中伸弥教授と一緒にノーベル医学生理学賞を受賞された方であり、塩川教授と40年来のご友人で研究仲間であられますが、出版の動機などお聞かせください。

ガードン博士は2012年のノーベル医学生理学賞をiPS細胞の生みの親である山中伸弥京都大学教授と共同受賞をしました。ガードン博士と私が出会ったのは、私が九州大学大学院を修了し、武田薬品からニューヨークに移った1972年です。以来、毎年開かれる国際会議でもよく顔を合わせ、お互いの自宅に泊まるなど旧知の仲です。私が東京大学を定年で退官し、帝京大学で教えるようになってから、この帝京大学でガードン博士の公開講座も開くことが出来ました。またガードン博士には、数々の素晴らしい研究があり、わけても「クローンガエル」の研究成果は、これまでも幾度となくノーベル賞候補になってきました。そのガードン博士が2012年になって期待された通りにノーベル賞を授与されることになったことは、世界中のこの分野の研究仲間を喜こばせました。そこでこの受賞を心から祝福したい気持ちを表現する意味も込めて、この機会にガードン博士の研究の軌跡を、私の目から見たもので限定的でありますが、ノーベル賞受賞の研究という観点から解説してみたいと思ったのです。執筆にあたって、どんどん書いていくとあの本の中にも書いておりますように、〝なんだ自分のことを書いているんだなあ〟と。それを読んだ友人から〝塩川さんらしいね〟という手紙ももらいました。書いている内にひとりでにああいう風になってしまいました(笑)。国会図書館に入っておりますから、手にとって読んでいただければと思います。

○2012年に届いたガードン博士からの手紙

文末に〝あなたの世話している新設の大学院柔道整復学専攻がうまく行くように、祈っていますよ〟と記されている。

―また塩川教授はその著書にスイスのローザンヌ大学に赴きセミナーを行い、セミナー前半は、アフリカツメガエル胚でのSAMDCと略称して呼ばれるポリアミンの代謝で大事な役割を果たす酵素を用いた発生学研究のテーマについて、後半では現在の本務である柔道整復学についてお話しされたと書かれていましたが、スイスの研究者の方達の反応はいかがでしたか?塩川教授があちこち海外各国で柔道整復についてお話してくださっていますが、海外の方は日本の柔道整復についてどの程度理解・認識されているようですか?

非常に興味ある方向性を示してくれているということで、みんな面白がっています。いろんな国からの感想をいただいております。外国の研究者や大学院生はとても高い関心を持たれて面白いと言われますので、〝じゃ貴方は、腕が折れたらどうする?〟という質問を私が投げかけると、MIHの女性の部長が〝私は手術をしないで治してくれる柔道整復師の病院に行きます〟と言われました。ところがフロリダのポリアミンの生化学者である仲良しの研究者が〝お前の話は素晴らしい〟というので〝君が骨を折ったらどうする?〟と尋ねると、〝イヤ、私は整形外科に行く〟と言いました。当然だと思います。私が面白い話をしたからといっても整形外科に行く人が殆どかもしれません。やっぱり柔道整復はもっともっと宣伝をして事実を知らせなくてはいけません。私はこれまで7カ国位で柔道整復の話しをしています。私が覚えている範囲では、中国の大蓮医科大学、ペンシルベニア大学の医学部、ローザンヌ大学、イタリアのパドバ大学とローマ大学、オーストリアのグラーツ大学、スイスの公文アカデミーでも、行く先々で話しました。ローザンヌ大学の一人の遺伝子学者は〝ツーショート〟、話が短すぎると言われました。もっと知らせろということです。

―最後に細胞生物学者である塩川教授がこの業界に深く関わってくださって、またこの度帝京大学を退官されることで、元の世界に戻られていくことになるようですが、どんなことをお考えになられていらっしゃるのか、そのお気持ちをお聞かせください。

引き続き、柔道整復専門学校で生理学を教えることになっておりますから、柔道整復師の方々のお手伝いをしていくことになります。冲永学長のお蔭で、レパートリーが広がりましたので、生きていて良かったなと思っています。帝京大学に来て、バイオサイエンスでスタートしてバイオサイエンスで定年退職するのであれば私にとっては普通のことだったでしょう。しかしそれをバイオサイエンスと柔道整復学と両方足し算でやってきましたので、レパートリーが広がりました。そして、基礎生物学のことがらを医療技術の1ブランチに注ぎこむことが実行できました。それは自分にとって、とても良いことでした。トンイという韓国の昔の朝鮮王朝の映画があり、クムという天才的な子供がいて、ある時、偉い学者に〝お前は勉強が好きで仕方がないように見えるが、いったい、何のために勉強するのか?〟と問われて〝分けるためです〟と答えるんです。学者は、〝それは、どういう意味だ?〟と問い返すのです。その子供が答えるには〝才能のある者は、周りの人間から才能を集めて生まれてきているので、才能のある者は多くを学び、その学んだことを周りの者達に分け与えるのがその本来の役割である〟と言うのです。これは私もおぼろげながら感じていたことでしたが、このように明確に表現できるまで、考えがまとまってはおりませんでした。私はクムのような天才ではありませんが、勉強が好きだから努力をしている訳です。このトンイの子供のように、勉強してきたことを自分のためだけに使うのではなく、親戚縁者をはじめ友達、周りの無関係の人達にも分けるのが良いことだと思います。冲永学長が、〝塩川さん柔道整復学科の学科長になって少し面倒をみてくれないか〟と言われたことにより、私も分けるチャンスを冲永学長から分けて頂いたのです。私達がこれまで勉強してきたものを学生諸君に分けたことにより、当大学院から院生が育っていきました。その院生達がやがて教授になって、私塩川が言っていたことを思い出しながら、また世の中の世話をする。細胞の気持ちが分かるという考えも引き継がれていくでしょう。そのことを私としては今とても嬉しく感じております。

塩川光一郎氏プロフィール

経歴

1963年、九州大学理学部生物学科卒業。1968年、九州大学大学院理学研究科生物学専攻修了(理学博士)。同年、日本学術振興会奨励研究員(九州大学理学部生物学教室)。1969年、武田薬品工業株式会社生物研究所(感染病菌およびウイルス研究部)。1972年、ニューヨーク血液センター研究所(細胞生物学部門)、客員科学者(Visiting Scientist)。1974年、九州大学理学部生物学教室助手。1981年、九州大学理学部生物学教室助教授。1981年、日本動物学会賞。1989年、東京大学理学部動物学教室教授。2001年、東京大学名誉教授。2003年、帝京大学理工学部バイオサイエンス学科教授。2008年、帝京大学医療技術学部柔道整復学科学科長。2003年、中央民族大学(北京)客員教授。2010年、大連医科大学(大連)客員教授。2012年、帝京大学大学院柔道整復学専攻主任教授。2014年、福岡医療専門学校講師(非常勤)およびアジア日本語学院(福岡・長住)学院長(2002年より)

所属学会

日本発生生物学会 日本動物学会 日本分子生物学会 日本細胞生物学会(永久会員) 日本ポリアミン学会(評議員) 日本柔道整復接骨医学会

専門分野

分子発生学・細胞生物学・生理学・柔道整復学

趣味

福岡OBフィル会員(2nd Vn);九大フィルハーモニー会顧問。

著書

実践柔道整復学シリーズ(塩川・宇井・松下監修):塩川光一郎編著『生理学』2010年オーム社。同シリーズ、(塩川・宇井・松下監修):川崎一朗・塩川光一郎編著『柔道整復学総論』2012年オーム社。塩川光一郎著『生命科学を学ぶ人のための大学基礎生物学』2002年共立出版。塩川光一郎著『分子発生学』1990年東京大学出版会。塩川光一郎著『ツメガエル卵の分子生物学』UPバイオロジー・シリーズ1985年東京大学出版会。『ガードン卿:その研究と人柄の魅力』2012年理工学社。

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