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ビッグインタビュー:早稲田大学スポーツ外科学学術院教授・福林徹氏

インタビュー 特集

福林徹氏は、平成19年にスポーツ外科分野において世界的権威のある国際関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会(ISAKOS)の「John Joyce award」賞、そして平成27年に「第17回秩父宮記念スポーツ医・科学賞」を受賞されるなど世界的な評価を受けている方であり、数々の輝かしい功績を残されている。これまで福林教授が歩まれてきた道を振り返るだけで、スポーツ医学の経緯とスポーツ界の発展の経緯について分かる。つまり、スポーツ界並びにスポーツ医学の発展は、福林教授なくして築くことが出来なかったといっても過言ではない。来たる2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて柔整の方々の活用はどうあるべきかについて、夢ふくらむお話を伺うことが出来た。

スポーツ現場でのアスレチックトレーナーの役割は今後高く評価されると思います。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに積極的な参加を期待します!

福林氏

早稲田大学
スポーツ外科学学術院
教授 福林徹 氏

―福林教授はわが国スポーツ界においては、「膝の福林」と称されるほど、研究者ならびに競技者から絶大な信頼を得ていらっしゃる方ですが、これまでの研究で何が最も世の中に影響を及ぼしたとお感じになられていますか?

近年私が行ってきたことは、いろいろな施設を作ったりシステムを構築するなどを手掛けてきました。学問的な業績としては過去のものでずっと昔になりますが、一番よく知られているものでは、「An in Vitro Biomechanical Evaluation of Anterior-Posterior Motion of the Knee」JBJS 1982、整形外科分野では非常に有名な学術雑誌Journal Bone and Joint Surgery に発表したものです。私のニューヨーク時代、コーネル大学の整形外科に留学していました。そこで行った「膝の前後方向の動揺性について」の実験的研究で、当時の最先端のマシーンを使って膝の動揺性についてどういう力が加わるとどのような動揺性が生じるかということを実験的にバイオメカニカルに示したものです。

ただこれは、アメリカのスタッフと一緒に行った実験ですので、その前に私が独自で行った実験では、Acta Orthop.Scand.の学術雑誌に論文発表した実験的研究で「THE CONTACT AREA AND PRESSURE DISTRIBUTION PATTERN OF THE KNEE」と言う論文があります。この論文は、半月板の役割についてバイオメカニカルに観た実験的研究であり、当時としては、最先端をいっていたもので東大時代に本研究を発表しました。この2つが世界的に一番よく引用されている論文です。最近は、こういった学術雑誌ではなく、日本体育協会が行っている研究報告書の総元締みたいなことをやっておりまして、「日本におけるスポーツ外傷 サーベランスシステムの構築」日本体育協会スポーツ医・科学研究報告の総括などを行っています。

また学内においてはいろんな実験を学生がやっておりますから、スーパーバイザーとして、その学生たちの指導にあたっております。しかしながら一番引用が多いのは、先に述べた2つの論文で、これはあちこちで引用されております。なお国際的学会でありますISAKOSのJohn Joyce awardとして2007年表彰された研究については、〝断裂した前十字靭帯を再生するために採取した半腱様筋腱がまた再生してきて元の腱になってしまう〟という事実を発見して、それを詳しく調べたものでした。

―また福林教授は、日本体育協会スポーツ医・科学専門委員会委員長として日本体育協会の各種研究事業を牽引され、研究プロジェクト班の班長として各種研究事業に参画されておられます。先述の『日本におけるスポーツ外傷サーベイランスシステムの構築』では、スポーツ外傷・障害を分析し、予防プログラムを作るなどアスリートの育成にも多大な貢献をされていらっしゃいますが。

これは私が勝手に考えたものではないのです。最近、学会がそういう方向性になっているのですね。医学というのは悪い疾患を治療する、怪我した人を治したいというのが昔ながらの考え方だった訳です。しかし2000年以来、世界的に考え方が変わってきました。悪くなったものを治療するのではなく、悪くならないように予防するのが本当のスポーツ医学の在り方であるとした方向性が出て参りました。それはIOCのトップで世界的に有名なJacques Rogge先生がそういうことを言いだしました。それ以降、みんなそういう考え方になりまして、私自身も非常に感銘を覚えましたので「Idea for prevention」を学会に数多く出しました。当然日本でもやらなければいけないと考えて、スタートさせた訳です。「prevention」を行うためには、4つのやり方がありまして、ただやみくもにやるだけではダメなんです。その4段階は、先ず障害・外傷の頻度や重症度を「Magnitude」計測する、これが1番目です。2番目は、その原因を究明「Cause」する。3番目に予防プログラムを作成して、4番目に「Test it!」 実際に介入し、その効果があったかどうかを調べます。この4段階を何度も繰り返すことが非常に重要です。

IOC の委員長のJacques Rogge先生が、「Idea for prevention」を提唱し、それに競合してサッカー協会FIFAのJiri Dvorak 先生がモデルを作って〝今後こういうことをやっていく必要がある〟ということで、FIFAをはじめ他の競技団体も力を入れ始めて「Idea for injury prevention」があちこちで出来たのです。私も興味がありましたので他の整形外科の先生と一緒に〝日本も遅れてはいけない〟ということで、日本体育協会でプロジェクトを作りました。それが『日本におけるスポーツ外傷サーベイランスシステムの構築』というプログラムです。

私の発案で、日本の競技団体でやろうということで私の管轄のJリーグ、ラグビーフットボール、女子バスケットボール、アメリカンフットボール、柔道にも単に障害発生の委員会ではなく原因究明をしていこうというプロジェクトを立ち上げました。まず2010年から日本における「スポーツ外傷サーベイランスシステムの構築」を、3年間実施しました。また、それに続くものとして「ジュニア期におけるスポーツ外傷・障害予防への取り組み」ということで、今年最終になりますが現在も継続して行っております。中でもラグビーと柔道は、特に脳振盪が多く、他の怪我も勿論問題ですが、脳振盪の予防についてどういったことが良いかということを専門的に解明しました。全柔連も脳振盪の多さを受けて柔道用の予防のプログラムを作りました。一方サッカー、バスケットでは捻挫や前十字靭帯が多く、特に女子に多くみられました。

膝の靭帯損傷は女子の方が圧倒的に多い。〝何故女子に多いのか?〟どうしてそれが起こるのかというのは、原因はいろいろある訳です。受傷時をビデオ撮影の結果から見ますと、膝が内側に入っています。詳しくいうと、脛骨が内旋して膝が更に内側に入って怪我をするのです。では、〝どう治せばいいか?〟元々女子はその素因を持っていて、ジャンプをすると、膝が内側に入る(外反する)選手が男子に比べると圧倒的に多い。そういう怪我の発生メカニズムを解明しました。つまり元々男女差があるのです。また、そういう素因は何時頃から出てくるのかというと、二次成長が始まる時期、女子が女子らしくなってくるとそういった怪我の傾向が増えてくるようです。一番怪我が多い若年の年代というのは、中学・高校で、その徴候が出てくるのは小学校5・6年くらいからです。女子が女性ホルモンの働きで女性らしい体になると、X脚になりやすくなる一方で筋力が弱ってしまうのです。

その予防策を解明したところ、単に筋力を強化すれば良いという簡単な問題ではありませんでした。ウエイトトレーニングを行って筋肉をモリモリにすればとみんな思っていましたが、それは誤まりでそうではないのです。筋肉を強くしても効果はなく、何時筋肉を使うのかとか全体のバランスの問題です。女子と男子ではタイミングが違うのです。従って、膝が内側に入らなければ良いので、必ずしも強い筋肉ではなく、その時にポンと力が入るようにするタイミングが重要であることが分ったのです。肉離れは違いますが、捻挫や靭帯損傷は使い方のタイミングが問題だということが分ってきました。結局、タイミングについて指導しないとダメなんです。人間の発育によって、基本動作とか内容等も変わる、そういうことをアカデミックな理論に基づいてもう少し細かくやっていく必要があると思っております。

昔流ではない、今流のことをしっかりスポーツ現場でやらせましょうと日体協で研究を積み重ねて参りました。

―わが国におけるスポーツ外傷の実態を明らかにされたとお聞きしておりますが、その辺についても教えていただけますか?

日本には大きな団体「スポーツ安全協会」と「日本スポーツ振興センター」の2つがあります。日本スポーツ振興センターというのは中学校・高校の学校体育の怪我の全国集計を行っています。現在、私はスポーツ安全協会の顧問を務めておりますが、スポーツ安全協会というのは、学校体育を除いた任意加盟団体の怪我の集計を行っています。つまり、日本の全国レベルでの集計はこの2つです。ただし、此処に医者は関与しておりません。また、その統計について見ますとそれは数字が並んでいるだけで、詳しい分析がなされておりません。また独自の団体が全国統計を別に行っているので、足して2で割るということは出来ないんですね。本来は一緒になってやってくれれば、日本全体の怪我の統計が分りますし、原因解明もできるのですが、夫々の団体が行っておりますので非常に難しいものがあります。それで日本体育協会でやろうということで企画しましたところ、競技種目では、サッカー、女子バスケットボール、ラグビー、柔道が協力してくれました。予防プログラムについて各競技団体が何をやっているのかというと、サッカーはFIFAが全世界的にやっておりますFIFAイレブンプラスを日本サッカー協会でも推奨してくれております。本プログラムは特に中学・高校生向けには有用です。女子バスケットボールもジュニア向けとJリーグ・女子リーグ用のプログラムを作りました。柔道のほうは予防プログラムとして「柔道の基本運動」を作りました。ラグビーはラグビーレディーというのが出来ています。特にサッカーのFIFAイレブンプラスの予防プログラムは、世界的にも実施されており、ある程度有用性が証明され、効果も出ています。

―更に福林教授は国民体育大会における都道府県選手団へのスポーツドクターの帯同義務付けを実現され、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)など連携のもと、平成15年、第58回国民体育大会で大会期間中のドーピング検査を導入。しかも(公財)日本サッカー協会では、スポーツ医科学委員会委員長を務められ、Jリーグのチームドクター及びトレーナー制度の確立もされ、スポーツ界に多大な貢献をされていらっしゃいます。2020年東京オリンピックが決定しましたが、現在の心境をお聞かせください。

Jリーグのチームドクター制度は前からありましたが、トレーナー制度は私が立ち上げました。しかしながらスポーツ界全体としては未だトレーナー制度は確立されておりません。そこはアメリカと比較して日本の遅れているところです。私が思っているのは、アスレチックトレーナー(以下、AT)は人気が出てきましたから、ATをちゃんと現場に導入させるような事を考えております。これまでドクターも鍼灸マッサージ師も治療は行いますが、スポーツ現場に居なかった、というのは言い過ぎかも知れませんが、スポーツ現場にマッサージ師は居るんですが、スポーツ現場に即して動けないのが現状です。現場で選手のリクエストでその場でテーピングを行ったり、その場で応急処置をしたり出来るようにしなくてはいけないと思います。2020年には、日本でもちゃんとATを配置するべきで、前回のオリンピックと同じ話にはなりません。

日体協のATは、医療資格ではありませんし、またコーチ資格でもなく、やはりその中間に位置するような資格で、スポーツ現場で動いて選手が怪我をしないように予防をしてあげるのが本来の役割です。2020年に東京オリンピックを開催するにあたって日本の選手団が活躍するためには、怪我人が多くいたらダメなんです。怪我人が出たら選手の質がみんな落ちてしまいますので、怪我人を出さないようにしなければなりません。そのためには、やはり現場で選手が怪我をしないように予防できるシステムを構築しなければなりません。それは海外でも言われていることです。日本はそれが未だ出来ていないのです。それをやるのがトレーナーシステムで、それを一部の競技種目で作り始めた訳です。ATであり、しかも鍼灸或いは柔整のライセンスを持っていると医療行為も出来ますので、両方あれば非常に便利です。逆に両方の資格がないと医療行為が出来ませんから、テーピングを予防で捲くのは良いけれども、怪我したものを治療するとなると資格の問題が出てしまいます。

海外には日本の体育制度のような中学・高校の学校体育はありません。クラブ活動みたいなかたちです。結局、体育現場で生徒が怪我をしないように指導をして、例えばテーピングの巻き方一つにしてもケア出来るような指導者を入れていかなければいけないでしょう。少しそれが導入され始めて、スポーツで有名な大学や高校にトレーナーが付き始めました。ただし一般の高校では全くついておりません。弱小のところほど選手が間違った処置をしたり間違った固定法をしたりしているので、現場で指導できる人がいなくてはいけないと思います。そういう意味で日体協のATは今厳しく養成活動をしています。志願者が多く、受講したいという人が多いんですが、日体協が数を制限しています。受講出来ない人が多いと言う問題点はあります。しかし2020年までにトレーナーシステムをもう少ししっかり構築しようと思っています。話は違いますが、昨年の7月に日体協のアスレチックトレーナー学会を作りまして、研究発表もスタートさせました。ATのコースを持っている専門学校で日体協が認定した所は、日体協の講習会を受けなくてもATの資格を取得できることになっています。日体協のAT資格を取得するには、時間数も多く、また試験も難しく、その上受講するのも難しい、レベルを最初から高くしていますので。今度、日本体育大学でATの学科を作る筈ですし、各体育大学がATコースを作るという話を聞いています。それだけ若い人でATになりたい方が多いということでしょうし、またスポーツ現場でのニーズが高いということが言えると思います。私が思っていることは、ATをやりたい人は出来れば現場でトレーナーをやって、日本の需要から考えると両方のライセンス、柔整か鍼灸のライセンスとATのライセンス持って、治療から予防に至るまで一貫した指導が出来るように、それがベストであるということです。

―福林教授は、現場帯同トレーナーに対する予防プログラム取得の徹底化をはかられ、指導効率化のため、選手に対して連続ジャンプや着地動作を行わせ、特にリスクの高いと思われる選手を中心にトレーナーを通じて正しい動作の指導の徹底化をはかったとされております。こうした中で、スポーツドクタートとトレーナーの役割分担や連携において現状はどうなっているのか、更に今後の方向性もお聞かせください。

ドクターとトレーナーの役割分担はそんなに変わっていません。ドクターはあくまでも指示・指導を行って、実際にそれを行うのは、特に体の動きの指導はトレーナーの役目です。プロ野球界も近代化してきましたし、プロがあるような競技はやはりそれなりにちゃんと分担が決まっています。ここまではコーチの役割、ここから先はトレーナーの役割、ここはドクターの役割であると。そうすると鍼灸・柔整の役割は現場では入ってこない。結局、トレーナーの役割の中にマッサージや鍼灸的なことが一緒に入ってきてしまうのです。以前はマッサージにたけた人、スペシャルなマッサージを出来る人なんて言われましたが、今のトレーナーはそれだけではダメで、勿論マッサージも出来ないとダメですが、体の動かし方とか筋肉の使い方、その辺のトレーニング指導が実際に出来なければ難しい。そして今は、トレーニングコーチ的なところを少し入れていかなければいけないと思います。早稲田に廣瀬先生という方が居て、元々ATの方ですが『なでしこジャパン』を担当され、やられていたことは結局トレーナー的なことではなく、トレーニングコーチ的なことを、実際に練習メニューを決めるところまでやっていました。練習メニューまで決めると流石にトレーナーではなくトレーニングコーチです。少しずつ今のATはトレーニングコーチの分野を抱き込んでいっています。コーチは怪我とか何もできないですからね。体の動かし方や体の使い方など、その辺までの指導を幅広く行う、それを現場で出来るようにお願いしています。トレーナーはチームに雇われて、チームのためにやるもので、現場で働く人であって、治療院で働く人ではありません。私のゼミを出た人で、読売巨人軍のATになりキャンプに帯同して行っている人がいます。やはり若い人は、スポーツ現場でやりたいという夢をみんな持っているんですね。

―以前福林教授にインタビュー(からだサイエンス誌第51号掲載)させていただいたときに、福林教授が考えられているトレーナーの全体像について、〝今はアメリカ主導の時代ですからNATAのシステムに準拠せざるをえない。そこと格段のレベルの差があると話になりません。単に医療の知識だけではなくスポーツの知識を十分に持つ、シューズ、生理学的な問題、コンディショニングをいかにキープするかという問題は非常に重要で、巾の広い知識が必要です〟等、述べられていらっしゃいますが、あの頃と今では何か変わりましたでしょうか。日本型のトレーナーというような方向性もあるのでしょうか。

私自身あの頃とは、少し考え方が変わりました。また、当時よりシューズやコンディショニング等のトレーナー知識を持っている人が増えましたね。シューズはどういうシューズが良いかとか、基本的には〝選手にあったシューズとは何か?〟そういうことを競技別に知っている人が多いし、その辺の地識を持っていますから、昔より勉強している人が多いと思います。しかし未だ栄養学等まで知っている人は居ないですね。私も、中田ヒデ君とつきあって〝怪我しないためには如何すれば良いですか?〟ということを聞かれました。つまり怪我した患部を如何治すかではなく、怪我をしないためにはどういうトレーニングをすればいいのかということであり、予防法の考え方が非常に重要になってきました。

あと日本のトレーナーで重要なのは、やはり中学・高校の学校体育現場です。最近有名な高校や大学は、トレーナーが学校付きで入っています。学校に保健婦さんが必ず居るのと同じように体育のトレーナーという指導者がスポーツ現場である学校に本当は居なくてはいけないと思います。これは行政の問題でありますけれども、私はそう思っている訳です。今後特にジュニア期の障害に取り組み、ジュニア期に予防するためには、医者がスポーツ現場に居る訳ではありませんし、学校に雇われたトレーナーが一人くらい居て、学校体育の現場で実際に障害予防の取組みをしなければなりません。体育の先生は応急処置を出来なければなりませんから、怪我をしたらアイシングぐらい体育の先生も行いますが〝怪我をした生徒の再受傷を予防するために何をするの?〟というと、それは体育の先生も分らないのです。

結局、私がやったことはFIFAイレブンプラスの予防プログラムをサッカー協会に導入しようということで、サッカー協会の全面的な協力で、やって頂きました。そんなにコンプライアンスが良い訳ではありませんが、ある程度それを行って、その結果として障害が減ったというデータも出して頂きました。つまり、医者が言うことを協会のほうで了解頂いてやってもらいました。

―柔道整復師に、現状に於いてアドバイスがあるとするならば、どのような点でしょうか。2020年に開催される東京オリンピックで、世界から来られるアスリートの方々に対し、それまで柔道整復師は、どのような方向性をもって、進むことが良いのでしょうか?

2020年は、現場主体ですので、前の東京オリンピックと同じ様に考えてはダメです。積極的に現場に行って、それで選手をケアする、そういう柔整師をしっかり育成していく必要があります。私が見て柔整師さんが少し遅れているのは、最近の医療というのは、特に予防が非常に重要になっている訳ですから、柔整師さんも怪我や疾患の治療だけではなく、予防の知識、〝怪我しないためには、どうしたらいいの?〟と選手に聞かれた時に、ちゃんと答えられる柔整師でなければならないでしょう。

参入するための方法論としてはスポーツによって違いますけれども、やはり現場に積極的に入っていくことです。私はサッカーしかやっていないけれども、いま柏レイソルをみています。柏レイソルはドクターも沢山いてトレーナーも何人もいて、大体ATの人がみんなトップについていますが、柔整の免許を持っている人もいれば鍼灸の人もいます。柔整の技をいかしたり鍼灸であればハリ、それも1つの力量です。そういうベーシックなものは柔整でも鍼灸でも持っていないといけない。

ただし、最近いろんな医療機器が出ていて、20年前とは違います。いまハリ治療では衝撃波が出てきて、バンとやったらアキレス腱の治療とかに一発で結構効くんです。或いはレーザー治療が出てきて、こういった新しい機器を使いこなせなければ難しいでしょう。近年、治療機器や診断機器は格段の進歩をしています。鍼灸や柔整の歴史があるのは分かりますが、何時までもその歴史だけに捉われずに、新しい治療機器が出ていますので、それを上手く使いこなせるようになることです。しかも、それを使うのは医者だけで鍼灸や柔整の人が使うなとは誰も言っていないのですからね。毛嫌いしないで、やはり近代的な機器を駆使できるようにしないと鍼灸も柔整も20年前、30年前と同じではダメでしょう。つまり、この30年間、何が進歩したかということが問われているのです。

2020年に、鍼灸や柔整の人が様々な地域や現場で働けるようにするためには、やはり進歩した医学に柔整も鍼灸もついていかないと。新しい医療機器を使いこなせて、其処に柔整・鍼灸の技を入れて、その上で〝如何か?!〟という、その辺の発想が見受けられないように思います。2020年に柔整・鍼灸がATとして活用して頂くためには、前回の1964年の東京オリンピックから何所が進歩したのかというのを世の中の人に分ってもらわなければ、特にスポーツ庁など、そういう方々に〝柔整鍼灸が進歩しているんだ、昔とはこれだけ違うんだ〟ということを分り易く、私が外から見ていて、何が20年前30年前と違うのかということが分からないのです。

―最後になりますが、福林教授は研究者としての功績もさることながら教育者としての指導力に優れていらっしゃることで有名で、福林教授の研究室を巣立っていかれた卒業生の多くの方が、現在の我が国の体育・スポーツ科学の第一線で活躍されていらっしゃるそうですね。この分野の展望や希望、そして福林教授の今後の抱負についてお聞かせください。

時々講演を頼まれてお話するんですが、医学というのは時代と共に変わってきて、やはり近代化されてきていると思います。それで、これからの医療というのは、先ほども言いましたように「治療の医学」から「予防の医学」に大きく変わりつつある訳で、これが大原則です。今までは怪我した人や病気になった人、また外傷・障害だけではなく内科的なものも含めて疾患を治療することに専念してきましたが、その時代はハッキリ言って終わりつつあります。また、それは政府の政策とも合致しており、予防に力を入れる時代になりました。実は私が言い始めて、日体協に採用されて、多分私が言わなかったら今のようなトレーナーコースは出来なかったと思われます。〝是非、作ってくれ〟と言って国体等に強制的にATを入れさせて、それで日体協でそのシステムを作った訳ですが、それは現場でちゃんと医療の出来る人を作りたいと思ったからです。予防をやるためには、やはり現場で働いている人が理解して、現場でそのことを指導できる人を作っていくことが重要でした。今後何年やれるか分かりませんが、手術を執刀しているよりも、そういう人たちの育成が重要だと思っているのです。

最後に、〝2020年に向けて柔整として何をやるべきか!?〟というのは、スポーツ現場でしっかり働けるような柔整師をちゃんと作って各チーム・各競技団体に送り込むことではないでしょうか。柔整が2020年に出場する選手のケアをやりたいというのであれば、自分から競技会に行って、普段から選手の信頼を勝ち得ることです。それをやらないと無理だと思います。来るのを待つという時代ではないので、自分で行って、良さを分っていただくことが重要だと思います。そうすると多分信頼関係ができて、いろんなことを選手が相談してくるようになります。私もカズ(三浦知良)・ゴン(中山雅史)・ヒデ(中田英寿)と仲良くなりましたけれどもね(笑)。

お互いに信頼関係を構築して、そうしないと選手は本当のことを喋りません。構築すると本当のことや考えていることを話してくれますから、それに対して、示唆を与えることが出来るようになる訳です。

福林 徹(ふくばやしとおる)氏プロフィール

昭和47年、東京大学医学部卒。同53年、東京大学医学部整形外科助手。同54年、Hospital for Special Surgery で1年間研修。同57年、筑波大学臨床医学系整形外科講師。同61年、同助教授。平成8年、東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系教授。平成16年早稲田大学スポーツ科学学術院教授。

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