ビッグインタビュー:(一社)スポーツ・コンプライアンス教育振興機構代表理事・武藤芳照氏
スポーツ・コンプライアンス教育振興機構の武藤芳照代表理事は、東京厚生年金病院に整形外科医として勤務した後、東京大学理事・副学長を務める等、37年もの間、教育に携わってきた方である。しかもオリンピックチームドクターも長きに亘って務め、医療・教育・スポーツ分野への貢献はあまりにも大きい。
2020東京五輪・パラリンピックを目前に控え、スポーツ選手への華々しい活躍が期待される一方で、スポーツ競技団体並びに指導者や選手の不祥事も頻繁に起きている。
武藤代表理事にスポーツのコンプライアンスについて、詳しく話して頂いた。
(一社)スポーツ・コンプライアンス
教育振興機構 代表理事
武藤 芳照 氏
スポーツのコンプライアンス教育を通して、フェアで全うなスポーツを広めていきます!
―平成29年6月29日に開かれた(一社)スポーツ・コンプライアンス教育振興機構の発足記念会で武藤理事長は〝今年の3月に文部科学省から提示された第二次総合基本計画の中に、「クリーンでフェアなスポーツ精神によるスポーツの価値の向上」が謳われており、コンプライアンスの徹底、スポーツ団体のガバナンスの強化等が明確に示されています。昨今、まことに残念なことではありますが、わが国のスポーツ界では様々な社会的事件、不祥事、コンプライアンス違反の事例が続いておりスポーツの価値が損なわれようとしております。各競技団体組織は、その対応に苦慮しているのが現状です〟と仰られていますが、それどころではない事態が次々と発生し、今や国民はスポーツ、特にアマチュアのスポーツが清廉なものではないんだという印象さえ持ってしまうような事態になっていると思います。貴機構ではこれらの事態に、今後どの様なことをして国民にスポーツの信頼を取り戻そうとお考えでしょうか?
まず「予防に勝る治療は無い」ということに尽きると思います。「スポーツには、明暗二相あり」と言われている通り、明るいところと暗いところがあり、社会を変え心奮わせるような感動・感激を招くのもスポーツですし、一方で非常に暗い、或いはこんな酷いことがと驚いてしまうようなことが起きてしまうのもスポーツの負の側面だと思います。つまり、明るい面と暗い面との両面あるのがあらゆる事象であると思いますが、光があれば影もある。光はより強い光、或いは輝く光にみんなで努力と工夫をして働きかけをするべきでしょうし、暗い面やネガティブな所はなるべく小さくして、ゼロには出来ないにしても減らす努力はすべきです。なにしろスポーツが持っている価値とか力とか社会への信頼は計り知れないものがあるというのは古今東西多くの人が語り伝え実感をしていると思いますし、それは間違いのない事実だと思います。だからこそスポーツが連綿と続き拡がり深まり、関わる人が増えてきているのです。
例えば、雑誌・新聞・テレビ・ラジオ等々でもスポーツが占める割合はどんどん増えており、20年前30年前の新聞と今の新聞を比べてみるとスポーツが占めるスペースは非常に大きい。また朝のニュースや夜のニュース、バラエティ番組でもスポーツ関係が占める時間帯の割合が間違いなく増えています。つまり、スポーツの社会化は進展していることは確かなことであると思います。かつては、元気な若者たちが行うのがスポーツであったけれども、今や子どもから高齢者そして障害のある人も含めて性別・年代・健康度・障害の有無等に関わらず多彩なスポーツが連綿として続けられており、しかもそれが更にもっともっと発展しようとしている状況ですから、過去にも「明暗二相」はありましたが、過去以上に多彩な「明暗二相」になってきているということです。
その上、2020年の東京五輪・パラリンピックはもう2年を切って間もない状況になっていますので、実はこのままで本当に良いのだろうかと思われる事態が陰、アンダーグラウンドで多々あった筈です。そういうこともあり日本に対してIOCがコンプライアンスの徹底をしっかり行うようにという依頼なり指示がきている状況が生まれているということもある訳です。恐らく様々な要因が重なって体罰・暴力・暴言・ハラスメント・犯罪・パラドーピング等々が生じ、頻発して明るみに出る機会と場が増えたということのように思います。一方、スポーツが社会化した負の側面として、報償や収入、ご褒美やメダル等、そういう対価が生まれるスポーツも拡がっています。従って、本来の所謂アマチュアリズムで普及していた日本のスポーツ界から報償等が前提とされたプロのスポーツが一般化して、しかも若年化してきています。従って、それに伴ってかつてよりもリスクが高くなってきているのです。例えば、バトミントンのM選手のように20才前後で一挙に大金を掴むようなことが決して珍しくなくなって、いま20才で何億というお金が簡単に手に入ってしまうスポーツ、その中で平然と居なさいというのは50代60代の人でも中々難しいでしょう。つまり、日本のスポーツが若年化をしていて更に社会化の負の側面が加わった分だけ、かつてない世代の不祥事が顕在化しているのだろうと現状分析をしています。
しかしながら我々は警察でもなく東京地検特捜部でもないので取り締まるとか、検挙したり逮捕したり、拘置するということはあり得ません。また、そういう役割でもありません。但し、本来持っているスポーツの価値とか、そして何より信頼が損なわれることを看過することは出来ないですし、看過してはいけないと考えています。それは何故かというと、そのスポーツが持っている価値、スポーツの力によって育てられ、助けられ、いま私達はあると、スポーツ界に40年以上生きている人間としては思うんです。その中でやはり「予防に勝る治療は無い」ということで、不祥事をゼロには多分出来ないだろうけれども、今よりは減らして、本来スポーツの持っている価値・力・社会の信頼が高まるように、或いは保たれるように努力することが社会的責務であると認識しています。
―貴機構の使命と役割についても教えてください。
スポーツコンプライアンスという名称に「教育」をつけ加えることで、立場を鮮明にしております。例えば、アンチドーピング機構というのがありますが、あれはドーピングをしないように実務的な活動をしましょうという組織です。アンチドーピングも範疇に入りますが、もっと幅広いスポーツ界のコンプライアンス違反事案を極力減らせるように「教育」という視点を用いて「予防に勝る治療は無い」を実践しようということで基本理念を固めました。当機構の基本理念は〝ルールとフェアプレイ精神を守り、スポーツを愛する人々と、スポーツの価値を守り育む〟です。かなり議論を重ね、叩き台を幾つか作ってそれを固めていって最終的に勉強会のメンバーが合意したものです。
所謂趣意書を作成するにあたって、やはり理念が必要になりますし、組織や団体、或いは何か新しいものを作る時には基本理念、基本思想が大切です。どんな団体で〝何を目的としているんですか〟と問われた時に少なくともこの3行を読んでもらうことで、イメージを掴んで頂けるようにしたいと考えました。
設立記念パーティで「十年樹木、百年樹林」と話しましたが、一番の教育活動は人を育てることです。従って、教えている先生以上の人間を育てれば良い訳です。私は37年間大学教師をして、自分よりも優秀な人間を育てることを目指してやってきました。昨年度は、スポーツ庁の委託事業を行いまして、その報告書を5月からインターネットでオープンにしています。その中に、今のスポーツ団体のことを分析して書きましたので多くの人に読んで頂ければと思っております。フェアプレイ精神の良い話や物語等から、素材を提供して公平、公正さが大事であることを伝えましょうと、そのエッセンスのようなものを紹介しています。
同時に事案を集めて整理をして、殆ど毎日のように新聞に出ている一例一例を纏めてみると大体パターンが見えてくるのです。これは病院での仕事もそうですし、スポーツ界の仕事もそうですが、事例を収集整理して分析をすると、一例では見えないけれども全体像を正確に把握することが出来ますので、それを予防に結びつけていくことが大事です。昨年度の委託事業を収集して整理したのが第一弾で、これは今年度も継続しています。その継続した事案集をベースとして、夫々のいろいろな意見を含めて2つ事業を開始したところです。
例えば、日本の歴史や世界の歴史の学習マンガがありますが、1つはスポーツコンプライアンスの「学習マンガ」を発刊予定で、いま出版社と調整を始めていますが、来年の夏までには発刊に漕ぎつけたい。最初の成果物なのでしっかり時間をかけて質を担保して、多くの皆さんに読まれて役に立つような本にしたいと思っています。その「学習マンガ」を各高校・大学の運動部のメンバー、コーチ、指導者、出来れば学校の教材として使ってもらえればと思っています。もう1つは、「スポーツコンプライアンスオフィサー」の養成事業を来年の3月に東京大学の弥生講堂で開催予定です。12月11日から全国に公表をして募集を開始します。それが人材養成の第1弾になります。
―事例を通して不祥事等の予防に繋げる重要性についてもう少し教えてください。
譬えていうと、カヌーの選手のパラドーピングという事件がありました。先輩が後輩のライバルの選手を陥れるために筋肉増強剤を彼が必ず飲むであろう飲み物の容器に混入して相手をドーピング違反にさせて我が身がその空いたポジションに入ろうという話です。結果として、パラドーピングを起こさせないために監視体制を強化することになりました。それが間違っているとは思いませんが、ポイントは、やはり其処まで追い詰められてしまっているその二人の関係性やスポーツ現場の環境等、何でその選手はそういう思いに至ったのかという心理分析と、そこの深い洞察がない限り似たようなことが他の種目、他の現場でも起こりうると思っています。何かが起こるとセキュリティをしっかりしろだとか、中止にしましょうとか、例えばプ-ルの飛び込み事故が起こると飛び込み台を全部撤去してしまったり、或いは飛び込み全面禁止等、禁止する対策をとられることが多い。勿論環境要因もありますが、そうではなく〝何で起きたのか?〟という、その選手の置かれた立場、要因をしっかり分析をしない限り、同じようなことが起こると思います。そういう意味で、事例から学ぶために重要事例については多職種連携でしっかり事例分析を行う、そういう取り組みが必要だと思っています。先程申し上げた「学習マンガ」を作るにあたって編集委員会を結成しますけれども、単に企画構成の検討会だけではなく〝カヌーの事件について皆さん如何おもいますか?〟と。いろんな意見があると思います。そういうことを勉強会で積み上げていって「学習マンガ」の構成の中に反映されるように工夫したいと考えています。
―スポーツ庁長官・鈴木大地氏が発足記念会で〝今年3月に策定された新しいスポーツ基本計画2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて我が国のスポーツインテグリティを高め、推進して参りたい。スポーツ庁としても、スポーツ行政の重要な課題であり、メダルの色や数だけではなく、スポーツインテグリティのチャンピオンを目指す等、関係の皆様と一体となって取り組んで参りたい〟と話されました。スポーツインテグリティのチャンピオンを目指すとはどのようなことでしょうか。
私がオリンピックのチームドクターを長年やっていた関係で、鈴木大地君は高校の時にロサンゼルスオリンピック、大学の時にはソウルオリンピックの代表選手でした。長い間ずっと一緒に水泳の現場に居て、彼が現役を引退した後もいろんな形で彼の研究論文のお手伝いや助言をするなど、長いお付き合いであります。彼は今、スポーツ庁の長官なのでそのお立場があります。ただ一方でスポーツ界のことについて意見交換や情報交換をしています。 「インテグリティスポーツ」という言葉については、IOCがよく使う言葉で、日本語にすると明確には分かり難い。「高潔の士」や「高潔な人」等、潔癖で立派な振舞いの凛々しい人という意味で使うことはありますが、「スポーツの高潔性」と言われると少し違うかなと。勉強会の時に「インテグリティ」をどの様に訳すかと、みんなに書いて貰ったことがあるんです。いろんな意見がありましたが、一番私が良いなと思ったのは〝全うさ〟〝全うなスポーツ〟、元々インテグリティ、インテグレーションというのは、纏め上げるみたいな意味ですので〝全うなスポーツをみんなに広げようよ〟というほうが日本語らしいし、分りやすいと思います。つまり、不祥事が起きているのは、全うなスポーツではないということです。
一方で先に申し上げたスポーツが社会化をして、その分スポーツが変容している訳です。スポーツは社会化すると同時に変容して多彩化している。だから余計に様々な負の側面が今までと違った形で起きているんだと思います。そういう現状分析の基にスポーツ界のインテグリティというのを考えなければいけないので、単に競技ルールを守っていれば良いという話ではないと思うのです。社会の中におけるスポーツになってきていますし、しかも非常に幅広く深くスポーツに関わっている社会の様々な分野がある。そのことを認識した上でインテグリティスポーツを語らなければいけないと思います。
本機構を立ち上げた時に、最初に声がかかったのが競輪と競馬の協会からでした。競馬は農林水産省、競輪は経済産業省の管轄です。スポーツというのはことほど左様に多彩で、文部科学省、スポーツ省で全てのスポーツを把握出来ないのです。馬のドーピングというのは昔からあってその検査も行っていますし、また八百長が起きないように「競馬法」「競輪法」という法律があります。それぐらい的確に運営していても不祥事が起きます。いま私は競馬場を合計6カ所回って、レースがない日に全騎手、調教師を集めて講義をしております。ある意味、競輪・競馬の公営ギャンブルもスポーツそのもので、競輪も馬術もオリンピック種目です。そういうことも視野に入れてスポーツインテグリティの全う性を考えなければいけないと思います。スポーツのインテグリティというのは、スポーツというものは非常に幅広く多岐に亘っていて、その中の全うさを求めていく営みであるという捉え方が必要です。特に競輪や競馬の選手達といろんな話をするようになってから、私もある意味目を開かせられた思いなので、スポーツというのは極めて幅広いものなのだと、知らないスポーツも沢山あり、オリンピックだけが全てじゃないということです。ゼロには出来ないけれど、やはりこういう努力をみんなでしませんかという話ですし、それに反対する人はおりません。
―悪質な事例について対処すべきことや注意すべきことがありましたら教えてください。
大事なことは競技ルール違反で、本来はスポーツの現場で対処、完了しなければいけない事案について、警察や検察等の介入をさせてしまうと話が複雑になり過ぎて、本来的な解決を遠のけると思います。譬えていうと、日大のアメフトの悪質危険なタックル、流行語大賞の候補にもなった「悪質タックル」ですが、本来ならあの事案は、競技現場において審判が〝そんなに危ないプレイはダメだ〟と、其の場で止めさせれば終わった事です。そしてまた、相手の関西学院大学の監督も〝うちの選手に何をするんだ〟と審判に抗議にいき、相手に抗議をすれば、あれは間違いなく危ないから学生スポーツではないと日大の監督と選手が関西学院大学に行って〝申し訳ありませんでした〟と頭を下げていたら終わっていたのです。審判も何も言わなかった、関西学院大学の監督もキャプテンも動かなかった。しかし、相当時間が経ってから顕在化し、なおかつ警察まで入れてしまって話がどんどん複雑になってしまいました。
元々はスポーツ競技現場で解決出来る話だったのです。毎日リピートして映像を流していましたし、悪質なプレイであることは間違いありませんから、厳重に処分をすべきことです。競技規則に基づいて「2年間出場停止」とか「1年間資格停止」等、学生に反省文を書かせて〝こういう勉強をしてきなさい〟といった教育的指導がなければいけないのです。それについては、大学の中のルールで決めていけば良い訳で、それを警察に行ったり、東京地検に行ったりというのは、あり得ないことです。本来はあのプレイグラウンドで解決すべきことです。この事案以外の他の連盟の事案でも「第三者委員会」が当たり前のように出来て、最後に第三者委員会の委員長を任せられた弁護士の方が記者会見をして終わるという、それもおかしな話です。協会や連盟の中には必ず理事会があって監事がおりますので、理事会が動かなかったら監事が動くべきで、監事が仕切って、第三者委員会の委員長が〝監事としてこういう決裁をします〟という報告を受ける。監事が定款に基づいて処置をするのであれば、それは文句の言いようがないんです。ということで、私は流行語大賞に「第三者委員会」を入れてほしいと思っています(笑)。
―他にも女子レスリングのパワハラ問題、日本ボクシング連盟・会長による判定、また体操協会、日大水泳部、東洋大陸上部なども取り沙汰されて世間を驚かせております。貴機構ではどのような取り組みをされていらっしゃるのか教えてください。
昨年度の委託事業で10の競技団体に〝どういう体制を組んでいますか?〟〝組織的な整備をしていますか?〟〝事案が起きた際にどういう対処をしてきましたか?〟等のヒアリングを行って、評価をしましたが、バラツキが見られました。勿論、不祥事は起きないほうが良いけれども、何らかの不祥事の事案が起きた際に対処すべき仕方のモデル的なものを提示しました。但し、バラツキが大きいというのは皆夫々試行錯誤している中で、もう少し合理的に情報共有をして整えるべきところは整えて共通化していくべきです。勿論個別的な種目特性もありますから、其処は工夫をすれば良いことで、競技団体、協会、連盟等の中で規則と手続きに従って適切に処置出来るようにすべきだと私は思います。本来は各競技団体で定められた定款第何条、第何項に基づいて調査をし、調査結果が出たので、査定委員会や判定委員会で議論をした上での報告が委員長から連盟の会長に上伸される。会長はそれに基づいて最終決済を監事を含む理事会で〝こういう処置をしますが適切でしょうか、それで良ければ組織の判定とします〟とすれば誰も文句は言わないのです。つまり、本来あるべき規則と手続きが定められていないということだと私は思っています。どの団体も規則と手続きを作ってそれに則ってやるようにもっていけば良いと思います。法律家だけが集まってやる「第三者委員会」は適切か如何かというのは意見が分かれるところだと思います。
―オリンピック選手強化のために各種競技団体に今までになかったお金が国から拠出され、これまで経験したことのないお金が入ることでどのように使えば良いのか分からないということもあり、その使途について国はお金を出すだけで、内容を明らかにするよう求めていないこともあり、不正がまかりとおるといったことも言われております。そういったことについて武藤代表理事のお考えをお聞かせください。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前提としてスポーツ関連の予算が膨大に膨らみ、47都道府県のスポーツに関係する行政マンが様々なかたちで予算を獲得しようとか、2020年のオリパラに何らかの直接的間接的に関与をしたいという風に動いていることは事実です。これから更に加速する可能性が高いと思います。だからといって、そういうことに伴う弊害、不祥事を起こさせないように指導することはあり得ないと思います。どんな小さな競技団体でもどんな大きな競技団体でも先程から申し上げているように業務が適正に執行されているかどうかを監事が全うに仕事をしなければいけないんです。どの団体や組織においても必ず監査報告があります。業務が適正であることと会計が適正であること、その2つを監査をすることが監事の仕事です。つまり、指導するとか指導していないとかいうことよりも定款に謳われている通りちゃんとやりなさいということです。これだけコンプライアンスのことが社会の中で注目されている時代なので、やはり本来の定款にある監事の役割を担うようにみんなで努力していかないとそのスポーツ団体もスポーツも社会的信頼を失ってしまうのです。それは別に我が機構が指導するような内容ではなく〝貴方達もっとちゃんとしなさい〟と。自分たちが作った組織を大切にするか如何かです。やはりボクシングの会長職は長かったんです。日産のゴーンさんも長かったんですよ。〝権力は必ず腐る、奢れるものは久しからず〟ということです。
―9月20日讀賣新聞朝刊の記事で、『スポーツ社会変えられるか』と題して、福島県知事・内堀雅雄氏、スペシャルオリンピックス日本理事長・有森裕子氏、新潟県見附市長・久住時男氏が話されていました。中でも有森氏は、「パラリンピックやSOは、スポーツを通じ、社会に生きる人々の発想や考えに何を残せるか、という点を重視している。でも多くのパラリンピアンが、2020年以降に流れが続くかを不安視しているのが現実だ。私たちは「障害」を、自分のこととして考えているだろうか。いずれ高齢になれば、体の機能や認知力が衰え、車いすを利用する可能性もある。その時、今の社会は果たして住みやすいだろうか・・・」と話されていました。武藤代表理事のお考えと『スポーツ 社会変えられるか』についてお聞かせください。
障害という言い方が良いのかどうか、或いは障害が個性だという表現も適切かどうか分かりませんし、私には少し違和感があります。しかし障害があるなしに関わらず多くの人と接触、交流をはかることは一人ひとりの意識を変えますし、意識を変えれば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わると思うんです。その意識を変える存在として障害のある方たちと日頃交流をはかられているということはとても大切です。
以前、東大の安田講堂でシンポジウムを開催して、水泳のパラリンピックの金メダリストである成田真由美さんにシンポジストで来て頂き、終了後に懇親会が別の会館でありました。安田講堂の近辺にはいっぱい坂道があるし、階段もあってエレベーターは無いので、私が責任者でしたから成田さんとその会館に行くにはどうしようかと考えて、学生達があちこちで本を読んでいましたので〝おーい、みんなちょっと来てくれ。今日のシンポジストの成田さんは車椅子を使っている方で、そこの会館まで行きたいので申し訳ないけど手伝ってくれ〟と言うと、ワーッと学生達が来て成田さんをそのまま運んでくれました。行くまでの間お互いに話していたので、学生達は〝成田さんってこういう方なんですね〟と、成田さんも〝東大の学生、捨てたもんじゃないですね〟と。そういう障害をサラッと乗り越えるような意識の変革がありました。それって社会を変えることになります。
あまり大仰にここを全部エレベーターにしなければいけないやバリアフリーじゃないとダメとかいうのではなく、日本中全部バリアフリーにしたら良いかというと物理的刺激がなくなるので転倒しやすくなります。勿論明らかにこれは障害のある人に不利益であるとかリスクが極めて高いというものは減らすべきだと思います。見た目は分らないけれども実は聴覚障害の人もおりますし、内部障害で腎臓を痛めた方もおり、いろんな障害がある訳です。そういう正しい知識と情報に基づいて一人ひとりが意識を少し変える。10%意識を変えて、10人集まれば100%になりますから、それは社会を変えていく大きな入口になるかもしれないと思っております。
武藤芳照氏プロフィール
東京健康リハビリテーション総合研究所所長/東京大学名誉教授
[略歴]
昭和25(1950)年愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒業。東京厚生年金病院整形外科医長、東京大学教育学部長・理事・副学長を経て、平成30(2018)年4月より現職。医学博士。ロサンゼルス(1984年)・ソウル(1988年)・バルセロナ(1992年)各オリンピック水泳チームドクターを経て、国際水泳連盟医事委員(1992年~2000年)を務める。(公財)日本水泳連盟評議員。(一財)少林寺拳法連盟顧問、日本学生野球協会理事。第69回第一生命 保健文化賞受賞。
[編著書]
『疲労骨折』(編著・文光堂)、『スポーツ障害のメカニズムと予防のポイント』(編著・文光堂)、『水泳の医学Ⅰ,Ⅱ』(ブックハウスHD)、『スポーツ障害のリハビリテーション-Science and Practice-』(金原出版)、『イラストと写真でわかる武道のスポーツ医学』(柔道2016、剣道2017、少林寺拳法2017 監修・ベースボールマガジン社)、『学校の運動器検診』(共編、中外医学社、2018年)他合計91冊。
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