ビッグインタビュー:鹿屋体育大学前学長 東京大学名誉教授 福永哲夫氏
NHKの「ためしてガッテン」で好評を博した「貯筋運動」。その生みの親である鹿屋体育大学前学長で東京大学名誉教授の福永哲夫氏は、向井千秋さんをはじめ宇宙飛行士の方達の無重力における筋力低下を如何に防ぐかとして、そのプロジェクトで研究を重ね、筋力低下防止のためのトレーニングを開発したことでも知られており、その道のパイオニアである。今後増え続ける高齢者の虚弱、筋力低下についても警鐘を鳴らされている。
福永哲夫氏に、我々国民は一体どのようにして体力を保持すべきかについて多くのことを教えて頂いた。
健康長寿を目指す我が国において、筋肉を貯筋することは、最も簡単なフレイル予防にもなります!
鹿屋体育大学前学長
東京大学名誉教授
福永 哲夫 氏
―福永教授はスポーツ科学の第一人者と称されていらっしゃいますが、まずはじめに「貯筋運動」について教えてください。
私は、長い間、日本人の体力を測って来ました。加齢でどうなるかというのを観た時に、筋肉は身体の場所によって加齢変化が随分異なります。年をとっても、腕の筋肉はそんなに落ちません。ところが下肢、特に太股(ふともも)の前、大腿四頭筋は、50歳以降の減少が大きいということが分かってきました。
歩いたり、階段を昇る等の日常生活動作で、一番大事な筋肉が大腿四頭筋とされています。この筋肉がなくなると歩けなくなるという一番大事な筋肉で、その筋肉が50歳以降で急激に落ちる。1年間で1%位の割合ですから、10年間で10%、50歳~60歳にかけて10%も落ちるというのは、非常に大きな問題です。通常、20歳代では男性の場合、大腿四頭筋の筋量は1800cc位、1.8リットル位の筋肉がついています。50歳~60歳にかけて10%、180ccというと相当な筋肉が落ちることになります。それ位筋肉の量が落ちるということは筋全体を構成している1本1本の筋線維がそれだけ細くなるということです。筋肉の量は、筋肉の線維の太さとその数の掛け算です。年をとってこの1本1本の太さが細くなるという現象が起こってきます。
加齢に伴い筋量が低下するのはある程度仕方がないけれども、特に、太股の前の筋肉の減少が大きい事は問題です。一方で、トレーニングで、筋肉に一定以上の負荷を加えると筋肉は太くなります。このことは、男性でも女性でも若者でも高齢者でも言えます。何故年をとっていくと段々筋肉の量が少なくなって、10%も落ちるのかというのは、結局年を取ってくると動かなくなるからです。動かなくなるに従って筋肉が無くなって、結局動けなくなるので、動くことを足してやれば良いのです。つまり、動くという意味は、筋肉を活動させるという意味であり、筋肉を収縮させるということです。筋肉を収縮させるということさえ出来れば、それは防げる訳です。
多くの人達に〝運動していますか?〟と聞いてみると、ほぼ全員が”運動不足です”が答えであります。その原因として〝時間がない〟や〝運動する場所がない〟等の応えが殆どです。やはり、多くの人の運動というイメージがサッカーをしたり、野球をしたり、そういうイメージが強いのです。しかし、筋肉を収縮させるというのは、それ以外でも簡単に出来るのです。座っている時に足を上げるだけでも筋肉は収縮します。これは、一般的には運動というイメージとは違いますが、筋肉は収縮するので、そういうことをやるようにすれば”運動不足(筋肉の活動不足)”は解消されます。
日常生活における身体活動は個人の生活環境によって違いますが、筋肉の発達萎縮の理屈が分かっていれば、生活の中で工夫が出来るのです。それをやろうじゃないかというのが「筋肉の貯筋運動」です。
もう少し具体的に説明すると、私が学長の時ですが、新入生を集めて入学の挨拶をしますが、その時に、まず、全員をスクワット姿勢(蹲踞姿勢)をとらせ、学長の私もスクワット姿勢で約5分間の挨拶をするようにしております。同じ姿勢がどれくらいとれるか。疲れてくると太股の筋肉が、なんでしんどくなるかという理屈を体験させます、大腿部の筋から神経が背骨を通って脳まで行っているからです。そのために脳が疲れたと感じる訳です。従って、筋肉を使うということは、脳と神経と筋肉を使っている。疲れるとかしんどいと感じるというのは脳が感じて、筋肉は感じていないのです。脳・神経・筋肉というのは、一つのシステムとして機能しているので筋肉だけの話しではないのです。つまり、貯筋をするということは、脳と神経も同時に活動しています。筋肉がついてきたということは、神経と脳と筋肉、この3つが同時に動いている。動くというのは、そういう意味です。
脳・神経・筋肉は1つであり、筋肉を鍛えるということは、イコール神経も脳も良くなるということです。それに関しては、イリノイ大学の研究で証明されており、小学生の1時限授業で算数の授業が9時から始まります。その前の0時限で体育の授業をやり、ある一定の距離を走らせて、それが終わってから算数の授業を行います。そのクラスでは、その効果を見るために国際的に共通の数学のテストがあり、そのテストを受けさせると、算数の授業をやる前に走ったクラスの子ども達の成績がグーンと上がったということが、いま論文で出ています。又それについて、同じようなことをネズミを使ってやってみたところ、運動をさせると脳内の神経伝達物質が運動することによってその量が増えるんです。その状態にしておいて、知能に関与することを入れてあげると効果的であるとされています。また、受験生が夜に勉強をしますが、その時にも疲れたら、足の上げ下しを10回程度行ってコーヒーを飲んでまた始めるようにすると神経伝達物質が増えますから、是非それをやってくださいと話しています。体も良くなるし、頭も良くなる、最高なんです。ボケ防止、認知症についても、そういうところから改善出来るのです。
―生活フィットネスというのは筋肉の貯筋運動と同じように考えれば良いのでしょうか?
健康で活発な日常生活を遂行する為には生活環境に適応できる身体能力が必要で、この能力を総称して私は「生活フィットネス」と呼んでいます。「生活フィットネス」は加齢と共に低下しますが、その低下パターンに個人差が大きいのです。平均的な生活を送っている場合と比較して、日頃活発な身体活動(スポーツ)を実施している場合には「生活フィットネス」は高い水準を維持する事が出来ます。一方、運動不足状態が続くと「生活フィットネス」が低下し、また、病気などをきっかけにして急激な「生活フィットネス」の低下が観察されます。
「生活フィットネス」の中でも特に重要な要素に脚の筋機能があり、脚筋機能の低下は、「歩く」「階段を昇る」「立ったり座ったりする」といった日常生活動作の遂行に支障を来し、関節への負担を増し、ちょっとしたバランスの崩れを修正できず転倒の危険性を高めることになります。加えて、身体不活動は骨量の低下を引き起こすので、骨折しやすくなり、ひいては寝たきり状態をもたらすことにもなりかねません。
英語のフィットネスという言葉は、適応性という意味です。体にはどういう適応能力があるのか、日常生活の中でいろんなことが出来るということです。そのためには、フィットネスのレベルを高めておきたい。歩く速度も速いほうが良いし、立ったり座ったりする動作も素早く出来るほうが良い。特に大震災みたいな大きな災害が起こった時には、自分の体を自分で守らなければならないため、動けなければどうすることも出来ません。勿論、他の様々なものを利用する方法はありますが、先ずは自分が動けるということです。動くためには如何すれば良いのかというのは、筋肉をしっかりつけておけば、動けるのです。つまり、「生活フィットネス」の根幹は筋肉の機能にあります。特に、大腿前面の筋(大腿四頭筋)の筋力(筋量)はその基になります。
―もう1つ「身体教養」についても教えていただけますか?
講演の時でも話しましたが、「教養」という言葉の定義です。所謂〝教養って何ですか?〟と聞くと、英語が話せるとかクラッシック音楽が分かる、クイズ番組でいろんな問題に答えることが出来る等、一般的にはそういうことを教養と称しています。しかし、「教養」というのはそういった様々な知識を知っていることとは違います。
広辞苑によれば「教養とは単なる学殖、多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身に着けた創造的な理解力や知識」と定義されています。この定義に従い「身体教養」とは「理想的身体を意識し、それを創造するための知識と技術(福永)」と定義しています。
「身体教養」の一番の基本は、みんなが自分の体をよく知ってどう自分自身の体を作りたいのか(自らの理想的身体)。先ずそのイメージがなければいけません。今テレビのコマーシャルで〝体重をどれぐらいにするか〟〝腹が出ないようにする〟等々、いっぱいやっています。理想像は、やはり皆さん夫々持っていますから、自分のイメージする理想的な体に向かって自分自身の体を創り上げていくための知識と技術が必要です。それは、そんなに大層な話ではありません。
人の身体は、変われるものと変われないものがあります。単純に身体の形で考えるならば、長さ、太さ、重さです。長さは変えられないけれども、重さと太さは変えられるのです。重さは体重で、太さはウエストです。つまり、ウエストと体重は変えられるんです。自分の長さ(身長や手足の長さ)に見合った理想的なウエストと体重を先ず考えて、何をすればウエストがどうなるのか、体重はどうなるのか、それが分かっていれば出来るでしょう。病気がない人であれば、高齢者でも弱った人ほど変えられるのです。病気ではないけれども、段々と立つのが億劫になったとか、寝ているほうが楽だとかという人を変えるのは簡単です。毎日立つだけでも行えば太股の筋肉はついてきます。逆に元気な人ほど更に上げようと思えば、そのレベル以上のことをやらなければいけないので大変です。つまり、体力レベルが低いと上げるのは簡単です。人間の能力は千差万別ですし体力がない人ほど少しの筋活動で体力がアップします。
―超音波で加齢変化をみることが出来るそうですが、一般人は超音波機器を持っていないので、やはり専門家に計測していただくことが大切でしょうか?
超音波で皮下脂肪の厚さ、筋肉の厚さを簡単に見ることが出来ます。最近は、いろんなスポーツクラブにパーソナルトレーナーという人たちが居て、超音波で筋肉の様子を観察できるようになっています。しかし、まだまだそれは広まっていないので、今後そういうことを貯筋教室で徹底していこうとしているところです。自分の体が今どうなっていて、身体教養を身に着けて、どういう体にしたいのか、そのためにはこういう生活をしたほうが良いですよと。自分の体を、より正確に把握するために超音波で観て指導をしています。これからもう少しすれば、超音波の機器がそんなに高くない値段で出来るようになると思います。いま血圧計も薬局やスーパーで簡単に手に入りますが、それと同じような形で、超音波機器を家庭で使って〝筋肉はどれくらいあるのか?〟という段階まで、持っていきたいと思っています。そうなるとスマホで映したものを、例えばある所に送って、其処で診断をして送り返してくれるようなことも簡単に出来るようになります。
しかし、超音波といった特殊な装置がなくても簡単に筋量を推定する方法があります。それは、体重/ウエスト比です。これまでの多くのデータから非常に興味ある結果がわかってきました。多くの人の筋肉量を超音波で測り、その筋肉量と体重/ウエスト比との関係をみると、体重/ウエスト比が高い人ほど筋肉量が多い事がわかりました。つまり、体重/ウエスト比が筋肉量を表す指標として有効であることがわかってきました。つまり、体重/ウエスト比が日によってどのように変化しているかがわかれば、自らの筋量の増減が推定できるわけです。是非、毎日体重/ウエスト比を記録してみてください。
―福永名誉教授は、昨年の10月20日、東京海洋大学品川キャンパスで開催された第20回日本スポーツ整復療法学会大会で特別講演をされ〝お金は借金できるが筋肉は借筋できません〟と述べられました。そのことについてお聞かせください。
当然お金があれば、イザという時にそのお金を使って目標とする生活水準を維持できます。またお金は借りることも出来るし、様々なことで稼ぐ方法はありますが、筋肉は借金できません。筋肉をつけるかというのは非常に簡単ですが、道は1つしかありません。筋肉を如何に動かすかだけです。動かすということは、収縮させるということです。頭を使って神経を使って筋肉を動かす。単純な話でこの道しかありません。昔、アメリカのスペースシャトル計画が盛んで、有人の宇宙旅行を、日本も向井千秋さん達が行ってきましたが、あの時には〝無重力になると如何に筋肉がダメージを受けるのか〟というのがテーマでした。筋肉が収縮しなくても体が浮いている訳だから、楽な状態です。しかし、地球に帰ってきたら、重力加速度がかかってきますので、その環境に耐えなければならない。宇宙にいってもしっかりトレーニングをしないと地球に戻れなくなってしまうという大きなミッションで宇宙飛行士の筋肉を如何に落とさないようにするかということで、いろんな研究のプロジェクトがスタートしました。
僕達は筋肉トレーニングの専門家として約5年間位無重力環境での筋萎縮をいかに防ぐかとのテーマに取り組みました。無重力を如何シュミレーションするか、シュミレーションで一番簡単なのは、寝たきりになってベッドで頭を少し下に下げた状態、即ち、ヘッドダウンベッドでの状態にしておくと、血液の流れや体液の流れが無重力に近い状態になり、そういう状態にしておいて、例えば一週間或いは二週間24時間寝たきりにすると筋肉はどうなるか。夏休みに学生に募集をかけて1週間ベッドで寝たきり、夏休み8月の第1週、第2週を病院のベッドを借りきって行う。ベッドレスト中はテレビを観ても良いし、勉強をしても良い、何をしても良い、ただし横になっていなくてはならないといった条件で行いました。病院のベッドを借り切らなくてはなりませんし、24時間監視で看護師さんもつけなくてはならない。
24時間ずっと寝たきりにしておくと、2日で1%位大腿前部の筋肉が落ちる、2週間14日行うと7%位一気に落ちるんです。一方で、寝たきりだけれども、15分だけ横になった状態で足を持ち上げるトレーニングを行い、残りの23時間と45分は寝たままの状態を実施したグループは大腿前部の筋肉が落ちません。更に大きな違いは、そのグループは頭がシャキッとしています。しかし、24時間寝たきりのグループは昼と夜がグチャグチャになってしまってテレビも途中から観なくなって、目はトローンとして意欲がなくなって、沢山試験勉強のために持ってきたのに何もやる気がしない。15分のグループはしっかりやっている。つまり、先ほど話したように、運動をギュッとやれば脳も神経も働くし、筋肉も働く。僅か15分ですが、脳・神経・筋肉が働くのです。そういう実験結果で、宇宙飛行士が筋肉を落とさないためには、筋力トレーニングを行うしかないと我々の研究プロジェクトで結論を出しました。
―やはり同講演で、浦島太郎の話もされました。今一度、福永教授説をお聞かせください。
あの講演でも話しましたが、浦島太郎の童話というのは、僕は最初、亀を助けたので、良い行為をして、そのご褒美として竜宮城への招待をしてもらった。動物に対する優しい愛情を持つことが大事ですという教えと思っていましたが、後で玉手箱を開けたら年をとってしまったというのは、これは何の教えかと疑問を感じました。〝浦島太郎は何歳で亀を助けて竜宮城に何日間居たのか〟という疑問でした。いい思いをして遊んでいちゃダメですよっていう教えなのかなあとも考えられます(笑)。
そこで次のような事を考えてみました。竜宮城というのは、水の中にあって、水の中は無重力状態である。でどの位居たのか?1カ月30日間水中(無重力)に居たら、宇宙に30日居たと同じことになる。宇宙飛行士を見ると1週間居た人は7%、向井さんは2週間居て15%、1日1%づつ筋肉が減る、このことは地上での1年間の加齢と同じである計算になります。従って浦島太郎は無重力で30日居ると、30%落ちてしまう。30歳に行って、1カ月居て、30%落ちた訳だから60歳、ヨシこの話は面白いということになりました。つまり、それは遊んだらダメだということになるかもしれない。もし太郎が竜宮城でトレーニングしていたら良かったということで、竜宮城にトレーニングジムがあれば浦島太郎は30歳1か月で地上に帰ってこれたはずである(笑)。
―近年、盛んにフレイル予防が言われております。福永教授が唱えるフレイル対策とは、どのようなものでしょうか?
現代の日本における日常生活では自然と体を動かさなくてもよい環境になってきています。食べる物はいっぱいある、バスがあり、電車があり、車はあり、テレビはあり、掃除機はあり、洗濯機はある。体を動かさなくても支障がない。文明社会では、人は無駄に動かなくても生活が保証される。バリアフリーというのは、人が動かなくてもいいような生活環境です。逆に言うと人類は段々動かなくてもよい生活に近付いてきています。〝段差があったら危ないので、取り除きましょう〟バリアフリーにするということは、つまり体を動かさなくてもいいようにするということです。動かなくてもいいようにすることで、動かなくなってしまうのです。
以前、国際バイオメカニクス学会を東大でやることになった時に、学会の理事のメンバー何人かが東京に視察に来られました。当時、駅にエスカレーターは少なかったので、メンバーの皆さんが階段を昇ったり降りたりしていると、スウェーデンの教授が〝車椅子の人は如何するんですか?〟と真剣に怒っていました。そういう動けない人を手厚くするというのは非常に大事なことです。一方で、そうならないようにする社会も必要です。そうならないためには、やはり日常生活の中で筋肉を使うことが重要です。昔はそんなことをしなくても、車はそんなに無いし歩くしかなかった。全部体を使ってやるしかなかったんです。2、30年前、読売新聞に出ていた記事で、肥満が増えてきた一番の原因は、車とテレビを含めてコンピュータが発達してきたことが原因であると報じていました。歩かない、動かなくても生活が出来る、食べ物はいっぱいあるといった生活がそういう人間の体を作ってきたということを言っていましたが、当然そうなる訳です。
関連した話で、都内在住の60歳代の人達と山形県の農家の60歳代の人達の体力を比較したところ、下半身の筋肉は東京の60歳の人達のほうが農家の60歳の人達よりもはるかに発達していました。農家の60歳の人達の下半身の筋肉のほうが東京よりも低い。その原因を調べてみたら、トラクターを使って農作業を行う、軽トラックを運転して畑や田んぼに行くのです。上半身は発達しているけれども、殆ど歩かない、農作業は歩かなくても済むのです。つまり、文明が進むとそういうことになってしまうんですね。
―転倒予防についても教えてください。
転倒の原因というのは、1つは脚の筋肉、特に大腿四頭筋の筋肉が委縮したために膝の伸展力が落ちて、そのために脚が上がらないので歩幅が短くなる。歩幅がとれないと擦り足みたいになり、ちょっとした障害で転ぶ、厚い絨毯などでも躓いたりします。多くは躓いて転倒、骨折、寝たきりになるというパターンです。年をとってくると段々足の歩幅が小さくなってきます。太股の筋肉が落ちるために、足が上がらないので、すり足になります。すり足になってくるともう典型的な転倒のパターンです。やはり、太股の筋肉が大事です。転倒予防にはスクワットなどの股関節周りの筋肉を鍛える(貯筋運動)しかないと思います。
―また貯筋運動を行うことで軽度の認知症が改善された事例についてもお聞かせください。
北区のデイサービスの施設長の方が貯筋運動のことを聞いて〝面白そうですね、やってみてくれませんか〟ということで、私がそのデイサービスに出かけていってやってみた時のデータです。それ以外の所でもあちこちで試してみましたが、やはり凄く効果があります。先ほど弱っている人ほど効果があると述べましたが、杖ついてやっと歩いていた方が、3カ月で小走り出来るようになりました。つまり、筋肉がついたということは、脳を使ったということなんです。筋肉を貯筋出来たということは脳も神経もよく働くようになった、その結果であるということです。杖をつかずに歩けるようになったということは、貯筋で筋肉も力もついて脳もしっかり動いているという証明です。脳を鍛えるには運動しかないという論文がありますが、間違いなく脳内の神経伝達物質がいっぱい増えるのです。
―健康長寿社会ということで健康志向が凄く高まっているように思いますが・・・
生物としての加齢変化というのは、これは当然起こりますから、それは仕方がありません。個人差が大きく、落ち方が少ない人と大きい人の差は年とともに大きくなります。出来れば誰もが落ちないようにしたい筈です。其処は知恵ですよね。また、回復が凄く早い人と遅い人もいます。僕らは出来るだけ、健康で人生を送りたいですし、国民の皆さんもそれが望みです。ほんのちょっとした知恵でそういう生活が保証出来るということです。
―福永名誉教授は、(一財)健康医療産業推進機構・理事長、(公財)健康・体力つくり事業財団・アドバイザー、㈱日本スポーツ科学研究所所長等々、いろんなお役職につかれていらっしゃいますが、その事業でどのようなことをされていらっしゃるのか教えてください。
いま、「ララポート豊洲」の中に子どもの運動・スポーツをみるクラブ((財)日本スポーツ科学)がありまして、そこのスタッフたちが本当によく子どもを指導しているんです。
子どもを指導する時にただ運動をするだけではなく、同時にスポーツ科学の知識も教えるという発想が面白い。具体的にいうと〝100メートルを20秒で走る人は、平均スピードはどれ位になりますか?〟という問題を出します。すると、時速何キロで走っていますとか秒速何メートルで走っているという計算をしなければならない。そういうことを子どもの頃からやる訳です。一日1000歩、歩きました。トータルのカロリーは何カロリー?こんな問題は計算で直ぐ出来ます。何メートルが何カロリーになるかということも、もう子どもの頃から既に出来るようになります。
小学校や中学校の算数とは、別のものみたいに思っていますが、そういうことを同時に教えようというのが、この子どものフィットネスクラブで、しかも必ずそこに父兄が付いてきているので、父兄は子ども達がイキイキとやっている姿を見ることが出来るのです。若いインストラクターが一生懸命やっているのを見て、ここは面白いなと思って全面的にサポートするようになりました。子どもがスポーツをやりながら考える力がついてくるんです。凄くいい雰囲気なので、所長になってくださいと依頼されて、引き受けることにしました。凄くイキイキしているから、とても楽しいです。
福永哲夫氏プロフィール
昭和16年11月8日徳島県生まれ。
専門分野
運動生理学、バイオメカニクス、トレーニング科学
学歴
昭和46年、東京大学大学院教育学研究科博士課程体育学専攻修了。同49年、教育学博士(東京大学)。昭和48年-50年、西ドイツ政府留学生(DAAD)、ケルン体育大学スポーツ医学研究所に留学。
職歴
昭和46年、東京大学教育学部助手。同48年、中京大学体育学部助教授。同54年、東京大学教養学部助教授。平成2年、東京大学教養学部教授。同7年、東京大学大学院生命環境科学系教授。同14年、東京大学名誉教授。同14年、早稲田大学人間科学部教授。同15年、早稲田大学スポーツ科学部教授。同20年、国立大学法人鹿屋体育大学学長。同21年、早稲田大学名誉教授。同28年、国立大学法人鹿屋体育大学退職。鹿屋体育大学名誉教授。同28年~国立大学法人鹿屋体育大学特任教授。
所属学会
日本体力医学会名誉会員,日本体育学会名誉会員、日本ゴルフ学会会長、日本スポーツパフォーマンス学会会長。
受賞歴
2001年、日本バイオメカニクス学会学会賞。2003年、国際バイオメカニクス学会学会賞(Muybridge Medal Award)。2010年、第13回秩父宮スポーツ医科学賞功労賞。2017年、瑞宝中綬章
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