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ビッグインタビュー:社会福祉法人恩賜財団済生会理事長・ソーシャルファームジャパン 理事長 炭谷茂氏

インタビュー 特集

元厚生省社会・援護局長、環境事務次官等を務めた炭谷茂氏は、現在恩賜財団 済生会、そして「ソーシャルファーム ジャパン」の理事長を務められている。 
学生時代から社会の底辺で生きる人達への救済について、福祉はどうあるべきかを追求し、いまもなお社会的排除や貧困問題の解決策に取り組み、一生の仕事として我が道を邁進し続けている方である。
今回の新型コロナ感染拡大により雇用環境が悪化する中、障害者の方々や社会的弱者の方々に対して、どのような支援や対策が求められるかについて、お聞きした。

拡大する格差社会において、貧困問題と社会的な排除を解決する「ソーシャルファーム」を推進しています!

社会福祉法人恩賜財団済生会理事長・
ソーシャルファームジャパン理事長 
炭谷茂氏

社会福祉法人恩賜財団済生会理事長・
ソーシャルファームジャパン理事長 
炭谷茂氏

―炭谷理事長のこれまでのお仕事の内容や福祉に対するお考えなど、教えてください。

もう半世紀前になりますが、私は大学時代から社会の底辺にいる人達への関心が非常に強くありました。昭和40年頃は、公害が多い時代でしたから、公害の被害者、また所謂高度成長期でしたが、その恩恵を受けられなかったような貧困者、或いは障害者等、当時そういう方達が沢山おりました。世の中は高度経済成長で給料が毎年2割、3割、もしくは2倍になるような時代でした。私は、学生時代から寧ろ世の中の困窮者に対する関心が強く、勉強したり、それらに関わる仕事をして今日までやってきました。またそういう思いで旧厚生省に入省し、仕事を続けてきました。学生時代に、例えば山谷や釜が崎のスラム街に行って、酷い暮らしだと思いましたし、障害者の施設でボランティア活動をしても大変だなという思いがずっとありました。厚生省の仕事というのは、社会の繁栄の恩恵を受けられない人達に対する仕事を行うことでした。まさに私にピッタリの職場でした。

しかし、考えてみれば役所というのは大きな制約があるところです。残念ながら厚生省に入った時に自分が思い描いていた理想と現実とは随分違うと思いました。厚生省というのは社会的な弱者の立場に立つ精神をすべてで貫いているかといえば必ずしもそうではありません。その当時の政治的な思惑等もありますし、圧力団体もあります。私自身は、上司などを見ていると、果たして本当に社会的な弱者を知っているのだろうか、彼らの実態をちゃんと知っているのかと疑問でした。この方達は山谷や釜が崎に足を踏み入れて寝泊まりしたことがるあのかなと。しかし官僚にそんな人は少ない。厚生行政をする場合はそういう社会的な弱者の実態をちゃんと把握した上でなければしっかりした仕事は出来ない筈なんですが、その理解が不十分でした。従って私は福祉行政についてこの面を徹底したいと思ったのが1つです。

もう1つは、役所というところはどうしても2年位の間隔で人事異動があり、どんどん変わります。いくら2年間真剣に仕事をやっても直ぐに移ってしまいますから、結局は中途半端になって自分の思いが中々実現しないということになります。やはり、組織ですから異動は仕方が無い。私は、ある時には精神障害者の行政に携わって、またある時にはホームレスの仕事を担当しましたが、その関わった各々の仕事を一人の個人として生涯追及しようと思って、それが自分の生き方になりました。

本来の厚生行政というのは、確かに様々な制約、財政的な制約もあり、理想は達成できないけれども、方向だけは、しっかり持っておくべきだと思っていました。そして局長くらいになると自分が全責任を負えば、達成出来るのです。ということで私は社会・援護局長になった時に、〝日本の福祉政策は根本から誤っている〟ということを言いました。局長ですから、責任を持って言えば影響力をもっています。何が誤っているかといえば、私が局長になったのは平成9年で、その頃の福祉というのは、与えられる福祉でした。解りやすく言えば、上から下の人に与える福祉でした。本来、福祉というのは日本の憲法でも一つの権利になっているものであり、決して恵みで与えられるものではありませんし、またお情けでもらう福祉ではないのです。それを根本から変えたい。福祉というのは人間の権利であるから、自分の好きな福祉サービスを自由に選べるようにしたいということで、福祉サービスの提供者と受給者を横の関係にしたいと思った訳です。

社会・援護局長時代に、100年間位続いた日本の社会福祉を根本から変えなくちゃいけないということで「社会福祉基礎構造改革」を行いました。自分の命をかけるつもりでやれば達成できるのです。ただし反対者のほうが遥かに多く、厚生省の内部、OBの方達も殆どが消極的でした。しかしながら、これは絶対正しいんだということで、当時の社会・援護局の職員の方達は強く支持してくれまして、みんな深夜遅くまで仕事をしてくれて達成することが出来ました。やはり、途中で責任者が変わったらダメになるということで、完成させるまで3年半居させて頂きました。私はこの仕事をやり遂げれば厚生省を去るつもりでおりましたし、実際にそのとおりになりました。これが自分の福祉に対する自分の哲学というか思いです。

―「ソーシャルファーム ジャパン」の理念や取り組みについて、お聞かせください。

私は、福祉というのは常に自分の人生を自己実現することであって、本当の自分の人生を形成させるために必要不可欠なものであるという信念を持って取り組んできました。与えられる福祉、お金を出すとか、サービスを支給するといったものだけでは不十分です。自分で仕事をする、芸術活動を行う、自分で学ぶ等、そういうものが福祉の根幹になければいけないと思っているのです。

もう1つは、釜が崎や山谷などのスラム街は、その当時から社会的な排除を受けていました。この社会的な排除は現在の私の1つのキーワードになっています。つまりスラム街に対しての偏見と差別、これはスラム街だけではなく、他にも部落差別とか在日コリアンの方などの人種差別、元受刑者等、そういう方達に対して社会が排除を行う。今またコロナ禍においてもそうなっていると思いますし、益々異質な人を排除することがより一層強い社会になってきていると危惧しています。これを何とか改善しなければなりません。今の社会福祉の一番大きな問題は、この社会的排除で、その中でも、いま私が最も関心があるのは精神障害と発達障害の方達です。身体障害に比べ、精神障害とか発達障害は非常に遅れています。他には元受刑者、在日コリアン、部落差別の問題、最近ではひきこもりの人達も、そういう人達が日本社会の中に少なくとも今2千万人位おり、そういう人達が社会から排除されている状態です。

それを解決するためにはどうしたら良いか。単に〝差別するのは止めましょう〟といった掛け声や標語だけでは解決しません。効果を出すためには何をすべきかと言うと、やはり先述の仕事をしたり、一緒に学んだり、一緒に遊んだりする等、住民の方々と一緒になってそういうことを行えば理解が深まって社会との繋がりが出来る訳です。やはり、それが今日の福祉問題、もしくは社会問題を解決する一番良い方法だろうと考えています。

中でも一番重要なのは、一緒に働くということなんです。一緒になって働くことで、人との関係性がいろいろ出来てきます。現代社会において、人との付き合いというのは働くことによって7割がた繋がっています。昔は地縁、血縁というものがありましたが、今はそういったものはありませんし、現代社会は働くことによって7割がた繋がっています。従って、働くことによって人と人とが結び合って社会的な排除がなくなってくるだろうといった構図を描いています。私自身実は、これらをヨーロッパで勉強をして、ヨーロッパでは「ソーシャルインクルージョン」と呼んでいます。つまり、ヨーロッパも社会的な排除が進んでいるということで「ソーシャルインクルージョン」政策を進めており、中でも「就労」に大変力を入れています。問題は〝じゃ働けばいいんじゃないか〟と言っても、今の日本社会の現状は、先ほど述べたような方達は働く場所が見つかりません。一般企業も中々雇ってくれません。かといって公が作るといっても、予算に限度があります。其処で私は第3の職場づくりを目指すことにしました。

1995年頃のヨーロッパでも社会的な排除に悩まされており「ソーシャルファーム」で解決していることを知りました。これを是非やらなければならないということで、取り組むことに致しました。ヨーロッパで「ソーシャルファーム」を実践している方を、関心を持っている我々みんなで日本に招いて、シンポジウムを開いたり、また私自身が直接ヨーロッパに出かけて調査を行うなどして取り組んで参りました。今やヨーロッパでは「ソーシャルファーム」は1万社を超えています。私が呼びかけて仲間が沢山集まりましたので、平成20年に「ソーシャルファーム ジャパン」を立ち上げました。本格的に運動に拍車がかかりましたが、今は未だ100社位です。実は、この「ソーシャルファーム ジャパン」を立ち上げる前に韓国から呼ばれて、〝ヨーロッパではこうやっている〟ということを講演したことがありますが、韓国は法律を作って、取り組まれました。今ではもう2千社以上になっています。

しかし日本の場合は中々進まない。その違いは明らかで、実はここに日本人の福祉観に誤りがあるのです。つまり、福祉行政に携わっている人も、福祉事業を行っている人も、税金でサービスや金銭の給付を行うことが福祉だと思っています。私はそうではなく、その人の能力で働くなり勉強をしたり、人生を築くのが本当の福祉だと思っております。しかし、この考えは中々理解されないため、浸透していきません。あと1つは、今の福祉は非常に制度が良くなっており、しっかりした制度が出来ていますから、これで良いという気持になっていると思います。障害者ご本人が生きていく上で、本当に良い福祉になっているのかというと疑問があります。

「ソーシャルファーム」で働く方達は、社会的な排除を受けているような人と一般の人とが一緒になって働く、なお且つ普通の会社の経営と同じようにビジネスとして行う。それは厚生行政のみではなく、経済産業省とか他省庁に関係することが多いため、日本の行政は縦割りですので、中々進みません。そういうところに原因があるだろうと思っています。そういうことで平成27年から仲間達と「ソーシャルファーム ジャパン サミット」を開催して普及に努めて参りました。いま東京都知事の小池百合子さんと一緒に「ソーシャルファーム」について、ずっと勉強してきました。都知事になられる前に衆議院議員をされていた時に「ソーシャルファーム 推進議員連盟」を組織され、議員さん達に沢山会員になって頂きまして、今は現在厚生労働大臣の田村先生にバトンタッチされました。しかも都知事選挙に出られる時にも「ソーシャルファーム」を進めることを公約にされました。いずれにしろ都知事になられた後も「ソーシャルファーム」を推進するための条例を去年の12月に作って頂きました。今年度の都の予算に計上して頂いておりますので、徐々に日本でもこれから根づいていくのではないかと思っています。

―7月1日の読売新聞朝刊に「新型コロナ 障害者の仕事」と題した識者インタビューで炭谷理事長は、〝障害者をはじめ社会的にハンデを負った人達が働いている多くの事業所では、新型コロナウイルスへの感染を恐れ、働き手が自宅待機を余儀なくされた。心のバランスや体調を崩したケースも相次いでおり、今後の事業所運営も懸念される。現場からは「資金繰りが厳しく、存廃の危機だ」と悲鳴が上がっている。元々生産効率が低いところへ、追い打ちがかかった状態と言える〟等、述べていらっしゃいますが、今の状況についてお聞かせください。

国が助成政策をいろいろ出され、或いは雇用保険法の適用を受けて「休業支援金」等もありましたので、それで助かっている部分があると思います。しかし、完全に赤字を埋めるという施策ではないですから、経営はかなり苦しい。なにしろ製品を作っても売れないので、問題を抱えている所が殆どです。新型コロナで商品が売れなくなって店を閉じた所が非常に多い。企業の下請けで仕事をしている所は、仕事量が減っており、障害者の施設、働いた収入で給料をもらう所謂A型の事業所は大変苦しくて縮小せざるを得ないのが、今の状況です。

「ソーシャルファーム」の仲間も皆、苦戦しています。そしてもう1つは、働く人達も新型コロナの感染が怖くて通勤出来ないというような話しを沢山聞いています。また仮に仕事があっても働く人がいないということも未だ解決されておりません。一方、障害者施設が閉じると、結局家の中に閉じこもることになり、ストレスになってしまうといった問題も生じております。

この新型コロナの問題は、長期的になりそうですけれども、福祉の関係から言えば問題はどんどん深刻化していくのではないかという風に見ています。働くということは、出来ればお金を得ることが第一ですが、第二は其処で人との繋がりが出来たり、働くことで体のリズムが整えられたりといった効果が多くありますので、そういうものが今失われてきているということだと思います。ストレスが溜まったり、障害が悪化したり、特に精神障害の方や発達障害の方々は大変厳しい状態になっていますから、段々表面化してくる時期だろうと思いますし、新しいやり方を考えなければいけないと思います。相手の方が患者さんや障害者のように抵抗力のない、感染症に対して弱い立場の人ですから、出来るだけ感染を避けるような形で進めていかなければと思っております。

―コロナ禍で、所謂3密でのマスクの着用やソーシャルディスタンスを確保する等により、障害者の方がどのようにコミュニケーションをとれば良いのか、不安を募らせているとお聞きします。障害者の方が少しでも生活しやすくするには、どのようなことを心がけたら良いでしょうか?

いま私自身も悩んでいるところですが、やはりこれまで積み重ねてきたことをやるしかないのかなと思います。コミュニケーションについてはオンラインで繋がれば、それを上手く活用していくことが必要でしょう。ただし、障害の種別とか程度によって随分あり方が違ってくるのではないかと思います。障害者の方が働けないために家の中に閉じこもってしまうという部分を如何にコミュニケーションをとっていくか、これは急を要する問題でありますし、今後いろいろ工夫をして、対策を講じていかなければいけないと思います。コロナ禍が、暫くして終わるのであれば待っていても良いでしょうけど、1年、2年と続いて長期化していきますので、問題の解決策を1つずつ考えなければいけないと思います。デジタルを使える人と上手く使えない人がいますので、その辺を如何解決していくか、非常に困難な課題ではありますが、知恵を結集して解決策を見つけたいと思っております。

―特別支援学校に在籍する子どもは約14万4千人。2007年度から約3万6千人が増えて施設の不備が目立っており、昨年5月現在で、全国で不足している教室の数は、3162室とあります。約14万4千人の児童生徒数の内の9割の子どもに知的障害がある。教室不足に拍車をかけているのは、児童生徒数の急増であり、知的障害者に発行される療育手帳の18歳未満の所持者は約28万人。最近10年で1.4倍である。漸く特別支援学校に統一した設置基準がつくられたそうですが、ご意見をお聞かせください。

私は教育問題の専門家ではありませんから、これが正しい答えですということは言えませんが、この問題は先述の話と非常に関連しております。所謂「ソーシャルインクルージョン」という立場から特別支援学校も考えなければいけないというのは、私の立場です。つまり教育問題は重要なテーマで、未だ解決していないけれども、何らかの障害を持つ子を、特別支援学校という所で分けて、教育をすることが本当に正しいのかどうか。障害がある子も一緒になって教育をすることを「インクルーシブ教育」と言いますが、ソーシャルインクルージョンを進めている私の立場から言うと、理想的にはやはり一般の子どもと同じような形でインクルーシブ教育を行う方向を目指すべきだと思っています。特別支援学校をどんどん増やして、そこでみんなを分けて教育を行う教育行政が、正しい方向なのだろうかと疑問に思っています。

ただ特別支援学校でなければ教育が受けられない、学校生活が送れないという子どもがいるでしょう。そういう意味では特別支援学校の存在は必要なのでしょう。しかしながら私は、可能であれば出来るだけインクルーシブ教育、一般の学校の中で学ばせる方向に持って行くことが大事であるという考え方です。そして特別支援学校でなければならない場合も、子ども達には何らかの方法で一般の子ども達、一般の大人たちと交流出来る機会を出来るだけもたせるような解決策を別途取るべきであり、完全に分けてしまうというのは正しい方向ではないと思っています。

「子どもの権利条約」、また「障害者差別禁止法」の中に、障害のある子も教育の権利があり、一般の人や一般の子ども達と出来るだけ接しながら教育を受けるというのが国際的な方向です。そういう子達が入ってくると〝教育の邪魔になる〟〝授業の妨げになる〟と言う保護者の方がいますが、子ども達の発達という面から考えると、社会の中にはいろいろな子ども達がいることを知って、一緒になって生活をしていくことを幼い内からしっかりと学んだほうが良いと思いますので、寧ろプラスになるんだという風に考えるべきだと思います。

―2020東京オリンピック・パラリンピックが来年に延期になりました。このパラリンピック開催に向けて、随分障害者の方のスポーツが注目されて一般の方の理解や共感も深まったという気がしていましたが、コロナ禍でアスリートの方達が困られており、もっと困られているのが障害者の方達のスポーツではないかと思います。お考えを教えてください。

いろいろな面で社会の関心が新型コロナに集まっていますので、障害者問題とか他の問題に対する関心の度合いが相対的に薄くなっています。そういうことで障害者問題が壁にぶつかっているということがあります。また2020東京オリンピック・パラリンピックに向けて、パラリンピックが非常に盛り上がったというのは事実です。私は、大分県にあるパラリンピック育ての親である「太陽の家」との関係を長く持っております。最初の頃は、彼ら自身がスポーツをやると、例えば新聞では社会面に載りました。しかし、本来スポーツとして考えればスポーツ面に載せるべきで、段々スポーツ欄で扱うようになりましたし、やはりNHKのテレビのニュースもスポーツの番組で障害者スポーツを扱うようになりました。これは非常に大きな進歩だったと思います。今オリンピックとパラリンピックを分けてやっていますが、何故一緒に出来ないのかなと思います。種目によっては一緒に行っても良いような種目もあると思いますし、出来れば一体化をしてもいいんじゃないかと思っています。

オリンピック・パラリンピックについて言えば、日本で認識が薄いものがあります。それは何かと言えば、8年前のロンドンオリンピックの時に、ロンドンオリンピックの理念は、〝ソーシャルインクルージョンをやるためにロンドンオリンピックを開催する〟と宣言したのです。これは殆ど知られておりません。ロンドンオリンピックは、イギリスの中でも一番の貧困地域で開きました。其処は外国人や障害者、貧困層が沢山集まっている場所で、そういう人達も社会の一員として参加出来るようにしたいというのがロンドン大会の狙いでした。その地域は私も見にいきましたが、社会的な排除が進行しているので、ソーシャルインクルージョンを進めなくてはいけないということを訴えて成功したのです。しかもリオのオリンピックの時に、パラリンピックで盛り上がって、それで東京に引き継がれているんです。東京オリンピック・パラリンピックの目標は障害者や貧困者、或いは外国人を差別しない。私が目標としている「ソーシャルインクルージョン」を実現するために東京オリンピックを開催しますと、東京オリンピックのホームページのトップに出てきます。インクルージョンをやるために、オリンピックは開かれているということを是非知ってほしいと思います。

―やはり「新型コロナ 障害者の仕事」と題した識者インタビューでもう一人の回答者である埼玉県立大学(障害者就労支援)の朝日雅也教授は、〝例えば障害者が就業支援施設と雇用契約を結ばずに働く「B型」の場合、平均工賃は月額約1万6千円。障害者が働くことに対する所得保障は不十分で、そこから見直していかなければならない。工賃の低さへの公的な対策を考える切っ掛けになるのではないか〟と仰られておりますが、それについても教えてください。

朝日さんは私の友人で、障害者もしっかりした給料をとれるような働き方を目指すべきだというところは共通しています。私の考えは、重要なのは、障害者がビジネスとして働くことを持続して収入が上がるような方法を目指していくことが大切であると考えています。ただし障害者の場合はハンデキャップがありますから、そのハンデキャップ部分に対しては公的な支援を行うことは必要です。基本は、あくまでもビジネスとして商品やサービスを売ることによって稼ぎ出すことであり、それによって給料が上がっていくようにしなければならないと思っています。

私の目指している「ソーシャルファーム」の競争相手は、一般企業です。例えば「ソーシャルファーム」を運営している滋賀県の「ガンバカンパニー」では、クッキーを作っています。そのクッキーをデパートに出して、他の有名店のクッキーと一緒の売り場に並んでいます。お客さんはそれを見て障害者が作ったお菓子だなんて思いませんし、値段と質で勝負しています。他にも北海道の新得町に「協働学舎」がありますが、そこではチーズを売っています。いま日本のチーズの中でトップブランドです。年間で2億円以上売上げています。それが本来の在り方で、ヨーロッパの「ソーシャルファーム」を見ても、そういうやり方で成功しています。

福祉の関係者は、〝そんなことが出来るのか?〟〝そんなのは夢物語だ〟として努力をしない。それではダメなんです。確かにハンデキャップはあるけれども、やり方によっては付加価値を上げて、給料を増やす方法はある訳です。中々難しいのも事実ですから、公的な支援をして欲しいという気持はあります。今の福祉の関係者の問題点は、公的な支援があるから行うとしています。公的な支援が大前提になっています。それではダメなので、先ず自分達で努力をした上で、足りないところは支援を仰ぐべきだと思います。全て税金で支援をしてほしいというのが福祉の関係者の発想になります。この意識を変えない限り日本の社会は良くならないと思っています。そういうことが出来るように実証したいというのは、いま私が歩んでいる道です。

―以前、障害者の方が手伝って、農業が凄く成功されているという話を聞きましたが、ソーシャルファームでは如何ですか?

現在「ソーシャルファーム」は、農業が半分位です。ただ農業の場合、ビジネスとしては大半が失敗しています。農業の素人の福祉の関係者が成功する訳がありません。やはり工夫が必要です。いま農業をされている、例えば栃木県の小山市の知的障害者施設「パステル」は、桑の木を植えて、養蚕業を行っています。農水省では第6次産業化制度がありますが、栃木県で第1号を取ったのは、其の団体です。桑の葉は、糖尿病や血圧に良いということで、桑茶を作ったり、パウダー状にしてクッキーやうどんを作ったり、大変美味しいので成功しています。付加価値を高くすることが大事で、協働学舎のチーズづくりもミルクをそのまま売るだけでは成功しません。チーズにすることで付加価値が約10倍にもなります。そのためには、相当作り方を勉強しなければなりません。協働学舎の場合、フランス人の専門家に教えて頂いて、それで成功したのです。福祉関係者でもこういうことをやって成功している所もかなりありますが、更なる製品開発が必要でしょう。

―国連はSDGsを定め、2030年までに貧困の撲滅を目指してきましたが、このたびの新型コロナウイルスの大流行により世界中で4億人以上が貧困状態に陥り、国連大学の研究者が〝まるで貧困の津波だ〟と深刻さを訴えておられます。炭谷理事長の貧困問題に対するお考えをお聞かせください。

貧困問題は、私のライフワークの1つですので、ずっと取り組んで参りました。ただ私が最初に取り組んだ昭和40年頃の貧困問題と今の貧困問題ではガラリと変わり寧ろ悪くなりました。またこれは日本だけではなく、先進国みんなそうです。貧困の格差は拡大化する一方で、世界はそういう経済構造になっています。つまり、金融資産を持っている人は何もしなくてもどんどん豊かになり、それに対して金融資産の無い人は低賃金ですから、益々生活が苦しい。昭和40年代であれば、少しずつ良くなって、格差が縮まって行くという希望が持てました。しかしながら今は逆に格差が拡大を続けるという風にしか思えず、全く希望がもてないのです。

厄介なのは、今の貧困問題は、先述の社会的排除の問題と結びついており、現代の社会的な排除を受ける殆どの人は貧困です。これが結びついてしまっていることで、より解決が難しくなっているのです。社会的排除を受ける代表的な人達は、スラム街に住んでいる人間とか、元受刑者や、ひきこもりをしている人、精神障害者等々で、そういう人達の殆どは貧困です。従って現在の社会問題は、貧困と重なりあっていると言っても過言ではありませんので、より一層解決が難しくなっています。社会的排除の問題を解決するためにはこの貧困問題も併せて解決をしないと本当の解決にはなりません。

では、如何したら良いのかと言うと、基本的には社会保障制度を充実させる等、勿論そういうこともありますが、やはり私は1つの方法として、これまで推進してきた「ソーシャルファーム」のような所謂社会的課題を抱える人が働ける場所をどんどん作っていく。それが出来れば貧困問題も解決するでしょうし、社会的排除の問題も解決するということで、正にソーシャルインクルージョン政策が、非常に効果があると考えています。

今それを「社会的経済(ソーシャルエコノミー)」と称して、こういう社会問題を解決するための経済政策をやっていこうとしています。今日の問題を解決するために、フランスやイギリスで「社会的経済基本法」のような法律を作って、中間的な組織、解りやすく言えば生活協同組合のような組織、こういう組織は単に利益だけを目的にするのではなく、社会的な問題を解決しながらビジネスを行う。これはOECDでも、これから「社会的経済(ソーシャルエコノミー)」が必要だと訴えております。貧困問題を解決するためには、社会的経済というものをしっかり確立していかなければならないでしょう。

日本の場合は、公か民間の2つしかないため、中間の事業活動が非常に弱い。ヨーロッパの場合は中世からの伝統で、教会があったり協同組合があったり、労働組合なども含めて、中間的な組織が非常に強い。そういう伝統があるので、社会的な問題は比較的上手く吸収し解決しています。日本では、未だ中間的なものは育っていないので、これからもっと育てていく必要があります。

―炭谷理事長は恩賜財団「済生会」の理事長も務められていらっしゃいますので、恩賜財団「済生会」についても教えてください。

恩賜財団「済生会」は、明治44年2月11日、明治天皇が「済生勅語」を発布させ、生活困窮者に対して、医療面を中心とした支援を行う団体の創設を提唱され、同年5月30日、恩賜財団「済生会」が設立されました。そして第二次世界大戦後には、社会福祉法人としてスタートした訳ですが、現在は公的医療機関として指定されており、東京に本部を置いて、全国都道府県で病院、介護老人福祉施設など379施設で事業を展開しています。総裁には秋篠宮皇嗣殿下であります。何故済生会が出来たのかといえば、当時は結核や栄養失調、そしてコレラや腸チフスといった伝染病が蔓延していた時期で、しっかりした医療が必要であるとして創設され、特に貧困者は医療が受けられないために済生会が出来た訳です。初代の医療部門のトップである医務主管には、日本の伝染病研究の生みの親である北里柴三郎がなっていることからもお分かりになると思いますが、「済生会」は、感染症に対して第一線でやっていこうというのがスタートでしたし、またその役割は現在も続いていると思います。

もう1つ、「済生会」というのは、私のライフワークである貧困者のために、社会の底辺の人のために事業運営を行っていこうという団体ですので、正に新型コロナは感染症であり、必ずしも社会の底辺の人だけではありませんが、社会の人々を苦しめているものですから、これに対してはしっかり対応していくことが我々の基本的なスタンスです。現在も多くの新型コロナ感染症の患者さんに、治療を受けていただいている訳ですが、これからもその役割を果たしていきたいと思っております。

やはり多くの病院が経営難に陥っているとよく言われておりますように、済生会病院も経営が悪化しているのは事実です。4月から6月までの間で、去年に比べて外来の患者さんが17%、入院患者さんは13%減っておりますので、大変な赤字で、非常に苦しい運営をしています。これについては、国も何らかのかたちで補填をしていただきたいということで要望を出しております。

介護施設や福祉施設については、現段階では大きな影響はありませんが、デイケアや通所介護には若干の影響がみられます。済生会の特養、或いは介護施設においては幸い感染症が発生しておりません。何故発生していないかというと、これこそ済生会の強みで、隣に病院があるところが多く、医療との関係が非常に強い。つまり老人施設や障害者施設に対して感染症の専門家が今回の新型コロナに限らず、以前から〝こういう風に感染症を予防したら良い〟ということで、直接指導をして徹底して行っておりますから、今回の新型コロナでも比較的上手く対応しているということが言えるでしょう。我々済生会の特長を活かしているのではないかと思います。

介護人材の不足について、いま危機感が大きく叫ばれておりますが、働きやすい職場にすることが福祉施設運営の基本です。良い職場にして良い人に来てもらえるように努力をすることだと思います。

炭谷茂(すみたにしげる)氏プロフィール

1946年富山県生まれ。1969年東京大学法学部卒業後、厚生省(当時)に入る。厚生省社会・援護局長、環境省官房局長を経て、2003年7月環境事務次官に就任、2006年9月退任。現在恩賜財団済生会理事長、日本障害者リハビリテーション協会会長、中国残留孤児援護基金理事長、地球・人間環境フォーラム理事長、人権文化を育てる会代表世話人、富山国際大学客員教授、環境福祉学会会長等を務める。
また国家公務員在職中から一個人として障害者、 引きこもりの若者、刑務所出所者等の仕事づくりに従事。

主な著書:
「私の人権行政論」(解放出版社)、「環境福祉学の理論と実践」(編著・環境新聞社)、「社会福祉の原理と課題」(社会保険研究所)

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