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特集

介護保険制度と柔道整復師

2012/09/01

佐藤 司

2006年度に改正された介護保険制度では、介護予防のための運動器機能向上や栄養改善、口腔機能向上といった介護予防サービスを提供することで、軽度要介護者や要介護になる危険性の高い高齢者の状態の維持・改善を目指しました。とくに運動器機能向上が重要で、2007年に政府が掲げた新健康フロンティア戦略では、介護予防対策を一層の推進する観点から骨折予防及び膝痛・腰痛対策といった運動器疾患対策の推進が必要であるとの方向性が示されました。健康フロンティア戦略において政府は、要介護者を「10人に1人」になるという目標を達成するためには、運動器疾患対策が重要な柱であると位置付けました。2009年には、厚生労働省は「介護予防の推進に向けた運動疾患対策に向けた検討会」の報告を受けて骨折予防や膝痛・腰痛対策に着目した運動器の機能向上マニュアルを発行しました。そして、2012年の改正は、介護給付に個別機能訓練加算Ⅱを創設し、介護給付におけるリハビリテーションや機能訓練の充実を図りました。このように介護予防・運動器疾患対策は介護保険制度の中で大きな位置づけが為されております。要支援者、軽度要介護者の多くは、「廃用症候群」と呼ばれる疾病とはいえない加齢に伴う心身の機能低下で要介護状態になっていくといわれます。廃用症候群は、外出を控える等の日常生活における活動の不足によって生活機能が低下していき、閉じこもりや各種臓器機能の低下、抑うつ等の精神症状を引き起こし、さらに他の症状を起こす悪循環が生まれることが指摘されています。具体的に要介護状態になった原因を分類すると、要介護2以上で多い原因の「認知症」や「脳卒中」に対して、軽度要介護者では「骨折・転倒」「関節疾患」「高齢による衰弱」が多くを占め、これは「廃用症候群」に関連します。これらの高齢者は適切な機能訓練や運動器疾患対策を実施することで、その身体機能の維持・改善が見込まれる可能性が高いと考えられています。

介護予防の対象者は、状態の維持改善の可能性が高く、基本動作がほぼ自立している高齢者です。このため、デイサービス利用にあたって目標についても生活機能の向上を明確にした「目標指向型」のサービスが提供されます。介護予防サービスでは利用者本人の能力や意欲を尊重しながら目標を立てて、その目標を達成するための有効なサービスを探り(機能訓練計画書の作成)、そして一定期間サービスを提供した後はその効果を評価(モニタリング)といった一連の流れでサービスが提供されます。

介護予防事業の目的は、要介護にならないように、また要介護状態になってもさらに重度化させないことにあります。つまり、生涯にわたって自分らしく自立した暮らしができるように手助けをすることです。これを実現するには高齢者一人ひとりの健康状態に適合した介護予防メニューを提供して、その効果測定まで立証していかなければなりません。運動器の機能向上の場合、日常生活動作をよりスムーズにするために有効な「立つ・座る」「歩く」とのかかわりの深い筋力を鍛え、包括的なトレーニングを行います。それらによって筋力だけでなく、膝OA、脊柱管狭窄症、脳卒中による片麻痺などの疾患に対する柔軟性、バランス能力などや意欲など精神面の効果を得ようとするものです。そのため、機能訓練や運動器の機能向上では、事前評価・事後評価を義務付けています。初回の事前評価と3ヵ月後の事後評価を実施して利用者が運動器の機能向上サービスを行ってどう状態が改善されたかを統計的に評価します。3ヶ月の運動指導期間が終了した後は、初回評価と同じ測定を行って効果判定を行います。評価は、主観的健康感の評価と体力測定、運動器疾患対策の3つの観点から見ます。実はこれら運動器の機能向上マニュアルに沿った運動器疾患対策を行っているデイサービスはとても少ないのです。ここに柔整師の介護保険事業参入のチャンスがあると考えます。

こんな研究結果もあります。2008年、厚生労働省は介護予防施策導入の成果を検証するため、83の市町村を対象に1,000人に調査を行い、高齢者の心身の状態や活動状況のデータを収集し、介護予防の費用に対する効果の分析を行いました。機能訓練指導員の職種として、医師、PT、OT、ST、保健師、看護師、マッサージ師など医療専門職の中で、柔道整復師は、特定高齢者、要支援者共に片足立ち時間、TUG時間、5m最大歩行速度で最も有意に高いオッズ比を認めました。介護予防の対象は運動器疾患を有した者が多く、柔道整復師の施術が役に立ちます。このデータは柔道整復師が機能訓練指導員として最も優れていることが結果に現れたのだと考えられます。一方、介護支援専門員の有資格者を職種別で調べると、介護福祉士が約35%、看護師・保健師が約35%と、この二職種が7割を占めております。しかし、柔道整復師の介護支援専門員はわずか6%しかいません。有資格者の人数で割ってみると、柔道整復師20人に1人ぐらい、PT、OT、鍼灸マッサージ師は、10人に1人ぐらいです。柔道整復師は機能訓練に関して素晴らしい技術はあるが、残念ながら介護保険に関心が薄いことが伺えます。

柔道整復師10万人時代は、もうすぐやってきます。すでに理学療法士(以下、PT)は10万人に達しており、資格を取った若者をどのように働かせるかが業界の大きな課題になっています。PTは、近年、病院では勤務先が少なく、介護保険に活路を求めています。現在、5万人の柔道整復師の療養費に3000億円以上が使われていますが、もし10万人になったら療養費も倍になることは難しいです。そうなると、柔道整復師が新しい市場を開拓し、これからの若者に食いぶちを作ってあげる必要があります。これができる方法は唯一、機能訓練型デイサービスによる介護保険への参入しかありません。運動器疾患を持っている高齢者も急増し、現在のデイサービスの三分の一は、機能訓練型に置き換わる可能性もあります。介護保険制度は、介護給付と予防給付は車の両輪として設計されました。ところが予防給付が十分に機能していません。その原因のひとつには、一般的なデイサービスに運動器疾患対策の専門職が圧倒的に少ないことがあります。介護職員は、運動器疾患の知識や機能訓練の技術が乏しいため、どうしても重度や認知症の対応に追われます。多くのデイサービスには看護師の機能訓練指導員はいますが、柔道整復師等の運動器疾患対策ができる者は不足しています。柔道整復師は「痛みの看られる機能訓練指導員」です。柔道整復師等が経営する機能訓練型デイサービスが増えることで利用者の選択の幅が広がります。今は柔道整復師が新しい事業を開拓する絶好の機会です。

私は、このたび「機能訓練型デイサービス起業のすすめ」という本書を出版しました。本書が柔道整復師の介護事業参入の一助になれれば幸いです。

 

 プロフィール
        佐藤   司

資格: スポーツ科学修士、鍼灸師・柔道整復師・社会福祉士・介護予防主任運動指導員・介護支援専門員、医薬品登録販売者
略歴: 淑徳大学社会福祉学部卒業、早稲田大学大学院修士課程 介護予防マネジメントコース修了、帝京平成大学大学院 博士後期課程リハビリテーションコース中退
活動: NPO 介護予防研究会理事長、株式会社くるみ福祉会代表取締役、早稲田大学プロジェクト研究所客員研究員、第5期練馬区介護保険運営委員、板橋区介護認定審査会委員、鍼灸柔整稲門会会長、くるみ商店会会長
著書: 「介護予防デイサービス起業のすすめ」(医歯薬出版)ほか