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特集

『柔道整復基礎医科学シンポジウム2012』-柔整大学教育と柔整研究の在り方を考える-が開催!

2012/07/01

抄録

『関節拘縮の発生メカニズムの解明に向けて』
Elucidation of the pathogenic mechanism of articular contracture

森ノ宮医療学園専門学校 柔道整復学科
森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科 分子病態学教室
外林 大輔

【抄録】関節拘縮は、主に筋の形態的、機能的変化が重要な病態であるとされています。これに対し筋へのアプローチのみでは、十分な関節可動域を獲得することが困難な場合もあり、関節包など筋以外の関節構成体の関与も考慮しなければなりません。特に滑膜は滑液を産生することで関節の可動域および潤滑性を恒常的に維持しており、滑膜組織の形態的、機能的な変化は、関節の可動性に大きく影響すると考えられます。しかし、関節拘縮における滑膜の形態的、機能的変化についての報告は散見されるのみです。そこで今回、関節拘縮における滑膜組織の関与を明らかにする目的で関節拘縮モデルを作成し、固定除去後の膝関節可動域の変化を経時的に計測するとともに、採取した滑膜組織を組織学的および各種分子生物学的に検討しました。
その結果、時間経過とともに著明な膝関節伸展可動域制限が生じており、組織学的検討においても、経時的な滑膜内皮の肥厚と滑膜下層の線維化が認められました。また、拘縮滑膜において結合組織成長因子であるCTGFの発現や、血管内皮細胞のマーカーとされているCD31も認められたことから、線維性組織の増殖と、それに伴い新たな血管形成が生じることが示唆されました。また、各分子の遺伝子発現状況も、CTGFおよび血管内皮細胞を増殖させる因子であるVEGFとも非固定群に対し、有意に上昇していました。
このことより、関節拘縮における滑膜内皮細胞の増殖と、それらの細胞からの基質産生と新生血管の形成により滑膜組織の線維化が進行し、関節可動域制限に大きく影響していると考えられました。そこで、これらの分子の作用が関節拘縮の病態の主要因であると考え、これを抑制することで関節拘縮を予防および緩和させる介入手段についても検証しましたので、その結果を踏まえ報告し、関節拘縮におけるEBJ(Evidence based Judo-Therapy)を示したいと考えています。

 

『関節病変の組織学および分子生物学的解析-分子・細胞から眺める柔道整復-』
Molecular mechanism of bone and joint disease -Does molecular biology contribute to Judo-Seifuku?-

森ノ宮医療学園専門学校 柔道整復学科
森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科 分子病態学教室
大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学講座
川畑 浩久

【抄録】昨年の本シンポジウムにおいて、基礎研究で得られた成果が、柔道整復師の行っている施術の正当性を明確にし、科学的根拠に基づいた柔道整復EBJ(Evidence based Judo-therapy)の確立に大きく寄与することを提示しました。とりわけ骨折修復においては、オステオポンチンという骨基質蛋白が仮骨形成からリモデリングまでの広い期間にわたって発現、作用することで、正確かつ確実な骨癒合が得られることを示しました。今年度は靭帯損傷や関節拘縮などの軟部組織の外傷・障害に対して、柔道整復師が行いうる保存療法の有効性、有用性について検証します。
近年、難治性骨折の治療において用いられている低出力超音波パルス(以下LIPUS)は、骨折のみならず、さまざまな運動器疾患に対して有効であることが報告されており、柔道整復師の取り扱う新たな治療手段となりうることを期待させています。しかし、臨床において積極的にもちいるには、その有効性に対する基礎的な研究報告は少ないです。そこで我々は、まず靭帯損傷に対してLIPUSがどのように影響を与えるかについて組織学的かつ分子生物学的に検討したところ、LIPUSによる力学的刺激は、修復を司る遺伝子の発現を高め、修復を促進させることが示唆されました。また関節拘縮に対してLIPUS照射を行うと、滑膜の線維化を助長する遺伝子発現が明らかに減少し、滑膜の繊維化が阻害され、関節拘縮の進行が抑制されました。これらの研究結果は、LIPUSが疾患に関わる細胞の機能や遺伝子発現に直接影響を与え、病態を改善させる治療機器であることを強く期待させるものでした。
さらに組織学や分子生物学をもちいた研究は、柔道整復師の行う施術に有益な情報を与えるだけでなく、その正当性をも明らかにすることから、柔道整復師が基礎研究の情報を収集し、実践することはきわめて意義深く、EBJの確立に大きく寄与すると考えられました。

 

『肉眼解剖学の視点から柔整研究を考える-第3の機能的肩関節を例にして-』
View studies on judo-therapy from the standpoint of gross anatomy -taking the third functional joint of shoulder as an example-

東京有明医療大学 保健医療学部 柔道整復学科
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 臨床解剖学分野
中澤 正孝

【抄録】柔道整復師は単に骨の形態、筋の起始停止あるいは関節の構造などを理解するだけでなく、関節や骨がどのように動くのか、どの神経がその命令を伝達しているのかといったことを熟知していることが必要と考えられます。皮下にある構造物を直に観察することはできないので、アトラスや機能解剖のテキストで学びつつ、そのかたちや動きを想像するほかありません。近年は超音波観察装置が普及し運動器の動きを画像で見ることが可能になっており、そのようなツールや解剖学的知識あるいはイメージをもとにして、我々は患部の評価を行います。
しかしながら、まれに、どうしても知りたい骨や関節の動きが文献で明示されていなくてイメージできないことがあります。もしかしたら、臨床の現場で観察された症状をそのまま解釈すると解剖学書の記載とそぐわないことがあるかもしれません。そのような〝よくわからないこと、つじつまが合わないこと〟を詳細に調べたら、非常に興味深いことがわかった例を今回は紹介したいと思います。
これまで肉眼解剖学者は人体に配置された神経・血管・筋および内臓器官の位置関係を詳細かつ正確に観察し、描写することを大きな目的としてきました。さらに近年はQOLの重要性が叫ばれ、如何に機能を温存したまま手術できるかに焦点が当てられ、臨床医の目線で行う解剖、すなわち臨床解剖学の重要性が益々求められる時代になっています。それと呼応して、患者のニーズに応えるべく様々な臨床目線で研究を行い、解剖学はさらに発展を遂げています。今我々に必要なことは柔道整復師の目線で行う基礎医学研究ではないでしょうか。そこで得られた知見をどんどん取り入れ、柔道整復師を目指して勉強している学生を惹きつけてやまないテキストを柔道整復師が作ることは、後進の研究したいという意欲をきっと掻き立てると思います。

 

『筋膜の新たな機能を解き明かす』
Clarify the new function of fascia

名古屋大学大学院 医学系研究科機能形態学講座 機能組織学分野
安井 正佐也

【抄録】日常診療で患者さんが訴える痛みを、客観的に理解して差し上げることは、とても難しいと常々感じてきました。『痛み』を客観的に理解する事は、患者さんの状態を正確に理解するために欠くことのできないことだと思います。身体のどのようなメカニズムで痛みが起きているのかを把握する事で、施術者のActionは変わってくるのではないでしょうか。運動器の痛みは2000年を境に注目されるようになりました。その背景に、筋骨格系の疼痛に苦しむ患者さんが多く、その社会経済的損失は計り知れない程拡大している事があります。世界保健機構(WHO)の「BONE AND JOINT DECADE 2000-2010」に呼応し、日本でも「運動器の10年2000-2010」が発足して展開されており、この運動は世界規模で拡大しています。世界疼痛会議(IASP)においてもGlobal Year Campaign 2009-2010 に「Musculoskeletal Pain」を取り上げており、筋骨格系疼痛研究が盛んに行われています。そのような背景の中、運動器の疼痛研究の多くは、骨、筋、関節という主要な構成体に焦点が当てられています。しかし、筋膜についてはまったく置き去りにされています。
筋膜は筋の補助装置として脇役に位置づけられ、単なる支持組織としての認識が一般化されているのにもかかわらず、臨床的には筋筋膜性疼痛症候群や筋膜炎などの病名があるように、疼痛発生部位として考えられています。ヒトによる先行研究で、高張食塩水を筋肉に注入するよりも筋膜付近に注入した方がより強い痛みを誘発するという報告がなされ、筋よりも筋膜が侵害受容を担っている可能性が示されています。しかし、筋膜が実際に侵害受容を担っているかどうかについての基礎的研究は殆どされていません。また、近年、筋膜に収縮能が存在する事が証明され、筋膜は単に支持組織としての役割ではなく、アクティブな収縮エレメントとしての役割を果たしている事を考えさせる報告があります。
以上の背景をもとに、我々は筋膜に焦点を当て、先ずは正常時の筋膜構造や神経分布、電気生理学的特性について解析を行っています。その中で得られた結果を今回紹介し、我々が扱う運動器の痛みを科学的に理解することの重要性や研究・教育のあり方、またそれらの進むべき方向性について議論したいと思います。

 

『肩関連痛に関する肉眼解剖学的研究』
Anatomical study of the referred shoulder pain through the phrenic nerve

愛知医科大学大学院 医学研究科解剖学講座
名和 史朗

【抄録】肩関節痛は、柔道整復師が臨床現場において最も良く遭遇する愁訴の一つです。その原因は、筋骨格系のみならず、中枢神経系から内臓系に至るまで広範囲に及びます。しかし柔道整復師は、卒前教育の時点から筋骨格系のみに目を向ける傾向があります。まさしく「木を見て、森を見ず」の例えどおりです。医療の多様化や高齢化社会の到来によって、医療は大きな変革を求められています。これに対応するためには、柔道整復師も幅広い視点、とくにevidenceに基づく柔道整復術を行うためには基礎医学的視点を研鑽する必要性が高いと考えられます。
さて、肩関節痛は、腹部あるいは骨盤内臓疾患に由来する関連痛として生じることもあります。そのメカニズムとして、腹部・骨盤内臓からの痛覚刺激が交感神経幹を経由して脊髄に至り、同レベルの髄節に入る皮膚からの知覚性線維を刺激するために、肩関節部に関連痛が生じるとされています。また、痛覚刺激が横隔神経を経由して脊髄に至り、関連痛が生じるメカニズムも考えられています。特に肝臓疾患に由来する右肩関節部の関連痛に右横隔神経が関与することは、既に報告されています。しかし、左横隔神経の関連痛への関与については、ほとんど研究されていません。私は愛知医科大学医学部大学院生として、横隔神経および横隔神経節について解剖学的研究を行っています。その結果、左側においても腹腔神経叢と横隔神経の交通枝、横隔神経節が存在することを明らかにしました。さらに横隔神経節は、比較的疎らな外套細胞で取り囲まれた神経細胞体が観察されたことから、自律神経節と類似の組織学的構造を有することを明らかにしました。これらの研究結果から、腹部・骨盤内臓に由来する痛覚刺激が、左右の横隔神経を上行して頚髄に至り、頚髄レベルで脊髄神経を刺激することによって、左右の肩関節部に関連痛を引き起こす可能性があることを示唆しました。これらの研究結果は、第115回および第117回日本解剖学会全国学術集会において発表し、「献体学術賞」を受賞しました。

 

『運動神経細胞数と運動機能との関連』
Motor neurons essential for normal sciatic function in nerve-injured rats.

帝京平成大学大学院 健康科学研究科 柔道整復学専攻
帝京平成大学 ヒューマンケア学部 柔道整復学科
信州大学 医学部 人体構造学講座
掛川 晃

【抄録】新生時期の坐骨神経に損傷を加えると運動神経細胞はaxotomy induced neuronal death と呼ばれる細胞死を引き起こすことが多いです。本研究では、出生直後(postneonatal day 1:p1)のラット坐骨神経に程度の異なる損傷を加え、正常な運動機能維持に最低限必要な運動神経細胞数を求めることを目的としました。
P1時期に、坐骨神経を露出したのみの『Control群』、坐骨神経にピンセットを用いて程度の異なるCrushinjury を加えた『Crush群』、坐骨神経を切断した『Cut群』を作成しました。8週後に、坐骨神経の運動機能をFootprintを用い、Static sciatic index (SSI)にて評価しました。SSI値が0に近付くほど運動機能は正常であり、-100.00に近付くほど高度な神経麻痺が生じている事を示します。坐骨神経の主要な神経である総腓骨神経に神経トレーサーBDA-3000(biotinylated dextran amine)を投与し、48h後に還流固定し脊髄を採取しました。脊髄を50μm厚に薄切し、ABC法にて運動神経細胞を染色し、BDA(+)の運動神経細胞を計測しました。運動神経細胞の計測は、核が観察できる運動神経細胞のみをカウントしました。 Control群のSSIは-5.49~-17.31.Crush群は-2.91~~10.00,Cut群は-91.67~-100.00であった。Crush群をSSIの結果より、機能正常群(above-20),機能障害群(-20~-60),高度機能障害群(below-60)の3群に分類しました。各群のBDA(+)運動神経細胞数は、Control群:385~571(average442),Crush群の機能正常群:74~383,機能障害群:14~61.高度機能障害群:0~32,Cut群:0~8でした。Control群の運動神経細胞数の平均値を100%とすると、Crush群の機能正常群は17~87%,機能障害群は3~14%、高度機能障害群は0~7%に相当し、Cut群は0~2%でした。
生後間もない時期の神経損傷により幼弱な神経細胞は死滅しやすいのですが、生存している運動神経細胞が多くのシナプス接続をし、motor unitが増加したために正常の6分の1程度の運動神経細胞数で正常と同等の運動機能を有することができたと考えられました。これらの結果より、P1時期に坐骨神経が損傷されても約15%以上の運動神経細胞が存在していれば、運動機能は正常に維持できる可能性が示唆されました。

 

『ヒト上肢筋間でみられる脊髄反射弓の筋電図学的研究』
Electromyographic studies of spinal reflex arcs among musclein the human upper limb.

帝京大学 医療技術学部 柔道整復学科
宮坂 卓治

【抄録】近年、生体に対する神経生理学的手法の進歩から、ヒト上肢筋神経結合(脊髄レベルでみられるある促通性や抑制性の投射)の解析が報告されるようになりました。今回は、先ず我々がこれまで用いてきた手法の一つpost-stimulus time-histogram (PSTH)法について、次に同法により明らかにした神経結合について、最後にヒト上肢筋脊髄神経機構について述べます。

1.
PSTH法
ヒト生体に対する神経結合の研究は、従来H反射を用いた報告が多くなされてきました。しかしその大半は下肢筋に対して行われたものであり、反射経路の短い上肢筋、特に肘よりも近位にある筋ではH波とM波の分離が難しいため、H反射による解析は困難とされてきました。
PSTH法は、1976年Stephensらにより考案され、1986年Fournierらの改良により普及するようになった方法で、末梢神経刺激(条件刺激)により誘発される運動単位の発火間隔の変化から運動ニューロン膜電位の変化を推定し、神経結合の有無を調べようとするものです。同法の開発より、上肢近位筋神経結合の解析が可能となり新たな結合が報告されるようになりました。
2.
我々らが明らかにした神経結合 
健常者に対し、上腕二頭筋(BB)と腕橈骨筋(BR)の間、BBと円回内筋(PT)の間、BRからPT、正中神経(Med)からBRへの神経統合などをPSTH法により解析しました。結果BBとBRの間、BBとPTの間、BRとPT間のⅠ群線維を介する寡シナプス性抑制性の、Med支配の前腕筋からBRへのⅠ群線維を介する単シナプス性促通性の神経統合のみられることが明らかとなりました。これらの統合のうち、BBとBRおよびBBとPTの間の抑制性結合は、動物も含め伸筋と屈筋の間以外で初めて示された相反性抑制です。
3.
ヒト上肢の神経筋特異性
ヒト下肢筋と動物後肢筋には神経統合の共通性がみられ、これは両者とも歩行に関連した作用(機能)を示すためと考えられています。一方、ヒト上肢筋の神経結合には動物前肢筋とは異なるものが多くみつかっており、これは歩行から開放された上肢が、食事や書字など様々な動作に使われるようになり、筋自体の作用が変化してきたためと考えられています。

 

ランチョンセミナー

『骨折の再転位はなぜ起きるのか?仮骨の組織学的機能を考える』
Why the transposition of fragments occur in the long bone fractures? -Consider histologically-

帝京平成大学大学院 健康科学研究科 柔道整復学専攻
名古屋大学大学院 医学系研究科 機能組織学分野
白石 洋介

【抄録】長管骨骨折に対する柔道整復師の徒手整復技術レベルの高さは、医療界において他に類を見ないものです。しかし、解剖学的肢位に整復ができても、その後、整復位を保てない為に外科的な固定が必要になる場合は少なくありません。本ランチョンセミナーでは、骨膜と軟性仮骨に焦点を当て、なぜ再転位しやすい骨折があるのかについての、組織学的な見解を述べたいと思います。骨折治癒過程における細胞の営みは、分子細胞生物学から見れば、所謂〝線維症〟とほぼ同じ営みです。私たち柔道整復師が施術の対象にするのは、骨折、脱臼、捻挫、打撲、筋腱軟部組織の損傷であり、それらを保存的に治療しています。これらの外傷が治癒に至る為に、様々なサイトカインが働いていますが、中でもTGF-β(主にβ1)は、組織の細胞外基質の線維化に関わる重要なサイトカインであることが分かっています。内科的・外科的な疾患でも、炎症反応が生じている組織では大なり小なり繊維化が生じており、TGF-βはそれらの治癒に大きく影響します。同時に、TGF-βは線維合成に関わる細胞の、細胞内骨格にも影響を与えます。線維芽細胞(Fibroblast)内にα-SMA(α-平滑筋アクチン)を合成させ、線維芽細胞を筋線維芽細胞(Myofibroblast)に変化させます。筋線維芽細胞自体が収縮能を有することは、これまで多くの報告があります。骨折の初期、炎症性サイトカイン(IL-1β、TNFαなど)によって増殖した線維芽細胞のほとんどは筋線維芽細胞なのです。このことが再転位につながっていることを臨床例や組織像を基に、お伝えしたいと思います。

 

『顎関節脱臼を機能組織学的に捉える-柔道整復の臨床(業務拡大含め)に基礎医学研究が果たす役割-』
Dispute aspects of the TMJ dislocation in the functional and histological observations

帝京平成大学大学院 健康科学研究科 柔道整復学専攻
名古屋大学大学院 医学系研究科 機能組織学分野
白石 洋介

【抄録】臨床で顎関節脱臼の整復を初めて経験した時の感触を忘れることはできません。通常、脱臼は靭帯や関節包が損傷するから生じるのであり、四肢の関節では、内出血による腫脹が生じるはずです。しかし、顎関節脱臼と呼ばれる急性の閉口制限という現象では、ほとんどの例で内出血も腫脹も出現しません。しかも整復された後には、すぐに顎関節としての機能を取り戻します。その後の臨床において、片側性、両側性と症例を重ねる度に、顎関節は本当に脱臼しているのだろうかという疑問が大きくなっていきました。残念ながら、柔道整復研究の歴史の中に、その回答を得ることができませんでした。私が調べた限り、柔整師による論文は、すべて〝顎関節は脱臼する〟という観点から書かれているのです。歯科口腔外科領域に検索を広げることで、海外の論文にやっとOpen lock という用語があることを知りました。どうやら、柔整師が顎関節脱臼としていた多くの例は顎関節円板の位置異常による急性閉口制限のようです。こうなると顎関節脱臼の整復法そのものが理論的に成り立たなくなります。しかし、欠伸などで顎が急に閉じられなくなり、救急医療で徒手整復を受けるも整復されず、その後、麻酔下で整復を受けるも機能を取り戻すことができない例は後を絶ちません。顎関節脱臼(急性閉口制限)に限らず、患者さんは科学に基づく医療を受けたいと願っているはずです。何の科学的な裏づけも無しに臨床的判断(経験)から開発された治療法は、患者の最大の利益にはつながらないのです。科学的根拠に基づく医療によって施術を行うことは柔道整復師の義務なのです。関節の機能と臨床を知るためには、発生学と組織学的理解が最低条件であることを知っていただきたいと思います。今回の報告が、顎関節脱臼を扱う臨床家にとって有益であり、その結果としてより良質の医療が患者に提供されるようになることを希望します。隣人の苦しみを除くことは単に立派な目標であるというだけではなく、医療に従事するもの一人ひとりにとっての基本的な義務です。そのため、大学教育・研究の果たすべき在り方があり、その先に卒後研修や教育の在り方があるはずです。無関心からは、より良き未来は生まれません。これまでの医学の歴史における先達の願いに耳を傾け、会場の皆様と大いに議論したいものです。